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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第六部:いにしえの遺構
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和解の条件


ピクニックに赴くかのようにのんびりと馬車を進ませて数刻、モリエール男爵の屋敷に到着した。

俺とアプレイスは、最初にルマント村に来たときと同じような貴族風の装束で、パルレアはピクシー姿で前回と同じ白いワンピースだ。


エルスカインの手下はともかく、男爵自身はアプレイスが何者かなど気にも留めないだろうし、素のままのアプレイスでもドラゴンだと気付けないだろう。

俺もアプレイスもパルレアも『精霊の気配を遮断する』メダルは身に着けているから、高原の罠を破壊したときと同じようにドラゴンの気配もこれで完全に隠せるはず・・・


そしてシンシア渾身の芸術的な一点モノ魔道具、『隠れ損ねてるアプレイス』の気配メダルは屋敷の手前で起動して路傍に投げ捨てた。

これで姿を隠したまま、敷地の外から屋敷を覗き込んでいる様子・・・を表現できると良いのだけど。


どういうわけか門番は誰もおらず、門が開いたままになっている。

初手から怪しさ満点だな。


そのまま敷地の中に馬車を進めて驚いた。

庭が荒れ放題だ。

夏の盛りとは言え、たった一ヶ月でここまで荒れるものなのか?

芝生も花壇も雑草がボウボウに伸び盛って、もはや園庭という様子じゃない。

庭だけを見れば放置された廃墟のようだぞ。


以前に、逃げ出してきたアンスロープの青年達が言ってたように、下働きの人達が残らず逃げていなくなってるのかもしれないけど、俺は随分昔に、遍歴修行の途中で魔物退治に立ち寄った『取り潰しとなった貴族家』を思い出したよ。


そこは謀反の疑いを掛けられて爵位を剥奪された貴族の館で、後釜になって領地を貰った別の貴族家は当主が屋敷内で変死。

家族や爵位継承者達も屋敷の中で様々な怪異現象に出会って逃げ出す羽目になった曰く付きの廃墟だった。

いったんそうなった場所には、経緯もへったくれも関係なく思念の魔物が取り憑きやすい。

まあ、もしも主であるモリエール男爵が本当にホムンクルスになっているんだったら、ここも文字通りに『魔物の棲む屋敷』って事になるけどね。


前庭の真ん中辺りで馬車を停めて降りると、すぐに屋敷内から見覚えのある護衛騎士が出てきて俺たちを花壇脇の芝生に案内した。

もはや芝生と言うより草むらのような有様だけど、そこに十脚ばかりの椅子が円陣を組むように並べてある。


最初から屋外で会う前提か・・・


もしもドラゴンの目を恐れていたらそうはしないだろう。

そして、あの傲慢なクセに小心な少年男爵がドラゴンを恐れていないとしたら、理由は明白だな。

並べてある椅子を見た俺たちの表情に懸念を感じ取ったのか、護衛騎士が一応のとりなしをしてきた。


「もしも屋内で話されたいのであれば男爵様に伺ってみるが、そうお望みか?」


「いや、今日は天気も良いし、男爵と会うのはここでいい。それほどの長話にはなるまい」

「ではこちらの椅子に座ってお待ち頂きたい」


もちろん護衛騎士は一欠片の反意も見せずにすぐに屋敷に引っ込む。

椅子には妙な仕掛けなど無いようだけど、こちらも屋敷内に入りたがらないのは、ドラゴンが背後に控えているからだと思ってくれるかな?


ここは本来『芝生』の上なんだけど今は草ボウボウなので、園庭での優雅なお茶の時間というよりは、まるで椅子だけがポツンと野原に転移してきたかのように場違いな感じがする・・・

こちらが屋敷内に入りたがらない事は想定済みで、屋内が良いかどうか聞いてきたのは建前というよりも様子見だったんだろうな。


待つほどもなくモリエール男爵が屋敷から出てきた。


以前のように『ワラワラと出てくる』ほどの騎士はもう残っていないのか、先ほどの護衛騎士と魔道士しか連れていない。

それに屋敷の中や周辺にも人の気配をまるで感じない。

魔道士は前回と同じ人物のようだ。

護衛騎士も魔道士もドラゴンから庇おうとしなかった事は家臣全員が同じなので不問だったのかな?


モリエール男爵は相変わらず尊大な態度で歩いてくるし、なんとも言えない笑顔を浮かべている。

その笑顔を一言で言うと『友好的な笑顔』ではなく、『勝利を確信している笑顔』ってところだろう。

醜い笑顔だ。

そして近づいてくるモリエール男爵の周囲に滲み出ている独特の気配・・・

彼に何が起きたのかは、ほぼ想像通りだね。


「アタリだな」

俺が小声で呟くと、アプレイスが頷いた。


「こういう気配なんだな?」

「そうだ。シーベル子爵のところなんかで、正体を隠して潜り込んでいるときには周囲に気配を隠す魔道具を仕込んだりしていたけど、本人から滲み出るモノは隠せないよ」

「シンシア殿の作る気配隠しに較べれば、稚拙もいいところだよなあ」


「でも最初のヒントってゆーかさー、アタシが魔道具開発の参考にさせて貰ったのはこれだったのよねー」

「マジかパルレア殿?!」

「マジー」

「マジでエルスカインは頭がいいよ。だけどシンシアはその上を行くと思うしパルレアもいる。いまは逆に、自分以外の全ての存在を見くびっている事こそエルスカインの弱点じゃないかって気がするんだ」


「なるほどね。言わんとする意味は分かる気がするよ」


不気味な笑顔のモリエール男爵は真っ直ぐに俺たちの前に歩いてくると、挨拶もなく向かい側の椅子にドスンと腰掛けた。


「わざわざご足労痛み入るぞ。この炎天下の中を荷馬車で進むのはさぞ暑かったであろうな」

「確かに、もう少し風があれば快適だったろうね」

「どんな強い力があろうと、天候までは(まま)ならぬからな!」


これは暗に『ドラゴンが味方いてもどうしようもないぞ』という事でも言いたいのかな?


ドラゴンと対立すれば天災級のトラブルなはずだけど、それでも自分達なら打ち勝てるとでも言いたそうだ。

なんにしても、モリエール男爵は俺たちに勝利を宣言するのが楽しくて仕方が無いという感じで、一度に開陳せずに小出しにするつもりらしい。


「ごもっとも。暑さ寒さは人の力じゃどうにも出来ない事だからな。ところで今日はアンタとなにを話せば良いんだ?」


本当は精霊魔法で自分の周囲の暑さぐらい制御できるけどさ。


「うむ、伝えたとおりに貴様達のルマント村との和解だ」


モリエール男爵がニヤリと口元を歪ませるけど、両脇に控えている魔道士と護衛騎士は仮面のように無表情だ。

友好さの演技すら無いのか。


「それは構わんが、ミルバルナ王室からの書状は届いているだろう? ルマント村はそっくりミルシュラント公国に移転させて貰う。一人も残さず、だ。今後そちらがどう出るかはあまり関係なくなると思うんだがね?」


「そうか? 誰も残していく気は無いか?」

「無論だ」

「ではこちらからの和解の条件を伝えよう」

「条件だと?」

「そうだ条件だ。村の移転は認めるし邪魔立てはせん。ただしレミンと、レミンより若い娘は全員置いていけ。まあ下働きの手伝いも出来ぬほど幼い者は除外するがな!」


若い娘を全員置いていけ?

一体コイツは何を言ってるんだよ?


「は? お前は一体何を言ってるんだ?」


「それが和解の条件だ。この条件を飲むならルマント村の移転は認めるし一切の手出しはせんと約束しよう。だが拒否するならお前たちの安全は保証しないぞ。これは村人全員の安全を保証しないという意味だ! ルマント村を滅ぼされたくなければ俺様に従え!」


「なあモリエール男爵よ...和解ってのは、お前の謝罪以外に考えられないんだがな?」

「誰が謝罪などするかっ!」


おっと、もう激昂したよ。

そして宣誓魔法が効力を失っている事を隠しもしてない。

コイツの今後や輪廻なんてどうでも良かったから、先日のパルレアは宣誓魔法を男爵の魂に掛けてはいないのだ。


目の前にいるのは間違いなくモリエール男爵の魂をそのまま移された『ホンモノ』のホムンクルスだよな・・・

むしろエルスカインが死体から作った『ニセモノ』ならもうちょっと頭が良いだろうという気がする。


「いいか貴様ら! ドラゴンの力をかさに着て我に逆らえると思ってるのだろうが、そんなものはまやかしだ! 我はドラゴンなど恐れぬ! むしろ今ここに来たなら返り討ちにしてくれるわ!」


えっと、つまり『ここにドラゴンを呼べ』と言いたいんだよな?


・・・猛烈に分かりやすいぞ!


次の瞬間、後ろに控えていた貧相な魔道士がフッと杖を動かすと、俺たちとモリエール男爵たちとの間に半透明の、障壁らしきモノが生まれでた。

それも普通の防護結界では無くて、一枚の半透明なガラス板のような存在・・・


男爵達の姿は障壁の向こうに見えているけど、曇った感じというか少しぼやけた感じになっている。

見た事もない魔法だなコレ!


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