国境からの馬車輸送
貴族っぽい衣装のお陰でいきなり警戒されるって事態にはならなかったけど、さりとて貴族風に振る舞うというのがどう言うものかは、正直さっぱり分からない。
俺の周囲にいるホンモノの貴族の方々は、互いに侍女ごっこをして遊んでいた姫様とエマーニュさんとか、日頃は雇われ魔道士のフリをして居たシンシアとか、『一般的な貴族』の範疇からは逸脱してると思われる人達ばかりだ。
ジュリアス卿はちょっと格が違うし・・・あえて言えば、以前に会ったシーベル子爵フランツ・ラミング卿とかかな?
それとも、その弟のギュンター・ラミング卿の方がイメージに近いか。
まあいい、当たって砕けろだ。
砕けたくないけど。
「お初にお目に掛かる。私はリンスワルド伯爵家の縁者ライノ・クライスと申す者で、大公陛下と伯爵の命を受け、先行してミルバルナに入国していたのです」
ギュンター卿の立ち振る舞いを想いだし、ちょっとだけ威厳を持たせる感じでそう言って、胸元からリンスワルド家のペンダントを引き出してみせた。
「おお、リンスワルド家の! なるほど、あえて目立たないように乗用馬車では無く荷馬車をお使いになって...しかし、その牽き馬がかように立派な魔馬というところに、噂の伯爵家の拘りを感じますな!」
なんか、勝手に深読みしてくれたよ!
助かるよ!
確かにこの荷馬車を牽いている魔馬は、ドラゴン・キャラバンの旅を経て頻繁な転移や革袋への収納にも慣れきってるからね。
拘りと言うよりも信頼度という点で、もはや手放せない相棒である事は確かだ。
でもバーダー騎士位の言う『リンスワルド家の噂』がどんな内容なのかは聞かないでおこう。
「治安部隊という事は、バーダー騎士位殿はクルト・ラミング卿麾下の部隊員と考えてよろしいので?」
「いかにもです。クライス卿は我々の連隊長をご存じなのでしょうか?」
「ええ。リンスワルド伯爵やクルト卿の兄上であるギュンター・ラミング卿と一緒に王都の自宅に伺ったことがありますよ。私の名を告げればきっと思い出して下さるでしょう」
それを聞いてバーダー騎士位の顔には、明らかに安堵の表情が浮かんだ。
あの訪問って、実際はクルト卿にとって良い思い出かどうかは甚だ怪しいけどね!
「左様でございますか! して、本日クライス卿はどのようなご用件でこちらにいらっしゃったのでございましょうか?」
「これをご覧頂きたいのです」
そう言ってジュリアス卿の命令書と、後は互いにサインをするだけになっている売り買い証書を渡す。
内容を確認したバーダー騎士位が、目をまん丸にして驚愕した。
「なんと! いや、それにしても...これほどの数の幌馬車を全てとは...それも即金で買い取られると?」
「つまり、それなりの理由があると言うことです」
これはホントだからね。
俺は嘘はついてないよ?
荷馬車を振り返ってアプレイスに目で合図をすると、打合せ通りに馬車から金貨を納めた箱を持ってきてくれる。
シンシアは小箱に収納したから平気な顔をして戻って来たけど、あの細腕でこの箱を抱え上げろと言うのはちょっと避けたい重さだな。
て言うか無理か・・・
アプレイスがバーダー騎士位の乗る馬車の御者台にずしりと金貨の箱を置いた。
「代金はこちらに金貨で用意してありますので、お受け取り願いたい」
「なんとも...」
バーダー騎士位は突然の出来事に面食らって、どうしていいか分からないって言う様子だ。
こういう時は、あまり畳み掛けずに向こうの気持ちが落ち着くのを待つに限る。
むしろ、ここで畳み掛けて早く取引を済まそうとするのは詐欺師の類いだからな。
こちらが黙っていると、バーダー騎士位は何度も命令書と売り買い証書を見比べている。
どこかで自分たちの隊列を追い抜いていった早馬が、この書面を運んでいたのだとでも考えてるんだろうなあ・・・
もしもこの命令書の内容が『馬車を売れ』ではなく、『馬車を無償で引き渡せ』だったら、彼も詐欺ではないかと強く警戒した事だろう。
だけど命令内容は『売れ』だし、その代金もここにある。
やがてバーダー騎士位は、じっと立って待っている俺とアプレイスに根負けしたかのように大きく溜息をついた。
「かしこまりました。それではクライス卿、失礼ながら金貨を確認させて頂いても宜しいでしょうか?」
「もちろんですとも」
箱の金貨を数え、部下を呼んできて全ての金貨の重さをしっかりと量らせ、随伴の魔道士にも金貨の純度を確認させ、なにも問題ないと分かってまた命令書と売り買い証書を穴が開きそうなくらい見つめ、チラチラとこちらの様子も窺い・・・
なんだか非常に申し訳ない気分だ。
アッサリ納得できない状況ではあるモノの、断る理由も無いって感じかな?
断れば大公陛下の命令書をニセモノだと断じたことになり、もし、それが本物だった場合には大問題だ。
たぶん、辞意を表明するレベル。
そして、この命令書は本当に本物だから、認めて貰わないとバーダー騎士位の将来に関わってしまうのだ。
もちろん問題にならないようにジュリアス卿には言っておくけど、そんな事になってしまったら途轍もなく後味が悪いよ・・・
やがて、大きく息を吸ったバーダー騎士位が、なんと言うか半ば諦めたかのように合意を告げてきた。
「正直言って突然の出来事に信じられない思いでは有るのですが、大公陛下の命令書も大公家の売り買い証書も本物で有るとしか思えません。リンスワルド家の紋章を持つ方が怪しい取引など持ちかけてくるはずもありませんし、何より、ここに金貨が揃っております」
「不審に思うのも無理もありませんよ。急にこんな段取りが発生することは、まず普通ならありえませんからね」
「ええ、クライス卿の仰るとおりです。ですが陛下の命令書がある以上は事実として捉えなくてはなりません」
「そうして頂ければ幸いです。今回はミルバルナ側との行き来の関係などで、急遽全ての馬車をリンスワルド家の所有物として扱う必要性が出てしまったのです」
バーダー騎士位が自分を納得させるかのように深く頷く。
これもまるっきりのウソじゃあ無いからね?
「後はこちら側で、この移送事業を引き取ります。治安部隊の方々にここまで輸送の手間を掛けたことや付帯する費用なども踏まえた上で、この大公家へのお支払いがあると考えて頂ければ良いかと」
「私どもの連れてきた要員の往復の旅費も含まれていると言うことですね?」
「おおよそ、ですが」
「承知しました。しかし、ここで馬車の所有権をお渡ししたところで、輸送自体はどうされるのですか?」
「こちらの手配した運び手たちがここに到着しますのでお気遣い無く。馬たちもここでしばらく待たせる事になりますので、街道の脇へ避けさせて、飼い葉でも食べさせておいて下さい」
「では、全ての馬の首に飼い葉袋を下げさせておきます。馬たちも少しはのんびりできるでしょう」
「お願いします。御者の皆さんには最後尾の馬車の数台に乗り合いして王都へ帰還して頂ければと思います」
「その馬車の代金を差し引く必要は?」
「有りません。それに、御者の方々を無理に詰め込まなくても大丈夫ですよ。運ぶ人数も交代する御者の分だけ減るのですから」
「なるほど...」
「積んできた食料なども全て遠慮無くお持ちください。ここまで随伴して頂いた護衛の方々も、そのまま引き返して頂いて結構です」
「本当によろしいので?」
「こちらには自前で用意がありますから問題ありません」
「承知しました。それではお言葉に甘えて帰還の準備をさせて頂きます」
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バーダー騎士位が部下達に命令を下し始め、俺とアプレイスは荷馬車に戻って隊列の人々が慌ただしく帰還準備を行う姿をぼーっと眺める。
「意外とすんなりいったなライノ。俺はもっと怪しまれて揉めるんじゃないかと思ってたよ」
「まあ、その可能性はあったと思う。俺たちの服装が平民風だったり、リンスワルド家のペンダントが無かったりすれば、そうなった可能性は高いな」
「そんなもんか?」
「人の社会ってのはそんなもんさ。服装とかの見た目がものを言うし、だからこそ争いを少なく出来る」
「なんで服装が争いに関係するんだよ?」
「服装で相手の影響力を測るからさ。ドラゴンの場合で考えると、身体の大きさや滲み出てる魔力が実際の強さに全く関係ないとしたらどうだ? 無謀な決闘を吹っ掛ける奴はいまよりも断然多いと思うね。それと同じだ」
「あー...なるほどな」
もしもエスメトリスがアプレイスより小さくて可愛いかったら、考えなしに突っ込んでいってコテンパンに伸されるアプレイスの姿が目に浮かぶようだぞ。




