幌馬車の大量買い付け
口をあんぐりと開けて、本当に言葉通りと言って良いくらい『目が点』になっているフォブさんに簡単な説明をする。
「転移魔法なんです。使えるのは俺たちだけなんで秘密にしてるんですけど、今後はノイルマント村への資材の搬入や人々の移動にもこっそり活用するつもりなので、そう思っていてください」
「なんとまあ...」
「もちろんリンスワルドの騎士団も心得てます。こういう秘密が色々とあるから宣誓魔法を受けて頂いたんですよ」
「な、なんかもう、なんとも、納得ですわ...」
すぐにシンシアが一人で戻って来て、次はエマーニュさん、レミンちゃん、レビリスと、順次一人ずつルマント村に運んで・・・
と言うか、一人が跳ぶ度に転移メダルを回収しては戻って来て、次の人に渡していく流れだ。
全員をルマント村に帰し終わってから、最後にもう一度シンシアが戻って来た。
「お疲れ様シンシア。やっぱり転移メダルの数が少ないと大変だよな」
「でも魔力抜けの疲れが無いですから、手間は掛かりますけど見た目ほどの疲労は感じません」
「それでもお疲れ様。ありがとうな」
「はい!」
「アサム、俺たちはそろそろ村に戻るよ、今後はここにも気軽に来られると思うし、馬車の移入に目処が付いたら連絡する。ルマント村の手紙箱ラベルはシンシアが用意しておいたから、何かあったら直接手紙箱を送ってくれ」
「分かったよライノさん。色々ありがとう!」
「ああ、アサムも頑張ってな。じゃあ、また来ますよローザックさん、フォブさん。リリアちゃんもまたね」
みんなに別れを告げ、俺とシンシアも続けてルマント村に転移する。
今回、パルレアとアプレイスは留守番だったから退屈してたかな?
魔石メダルを使った転移門のテストのためにシンシアが俺と一緒にノイルマント村に行くという話になった時に、パルレアは『もしもの時のために』と言って、自主的に村に残ってくれていたのだ。
「おかえりー!」
家に入ると早速パルレアが飛びついてきた。
「ただいまパルレア、留守番ありがとうな」
「へいきー」
と言いつつも、くっ付いてくるパルレアの頭を撫でる。
いまはコリガンサイズだから頭を撫でられるけど、ピクシーサイズだと微妙に怖くて出来ない。
本人は『絶対に大丈夫』だって言ってるけどね・・・
結局、途中でダンガもエマーニュさんもレミンちゃんもレビリスも、シンシアがノイルマント村に連れて行ってしまったけど、パルレアはそれでも自分からアプレイスと一緒に残っていてくれたらしい。
ひょっとするとクレアの影響が出ているのかも知れないけど、最近のパルレアは本当に周囲をよく見て、色々と気を遣ってくれる。
まあ、村にはトレナちゃん達とシルヴァンさんにサミュエル君も残っていたから、エルスカインを警戒してくれるのは本当に有り難い。
ちなみにアプレイスはずっと昼寝していたらしい。
ドラゴンってのはホントによく寝てるよ!
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翌日、今度はアプレイスを連れて荷馬車で村を出て、村はずれからミルシュラント公国の出来るだけ端っこに転移した。
転移場所は、最初にアプレイスの翼に乗せて貰ってルマント村に向かった時の着陸地点の一つで、三日目にアプレイスが『面倒だから竜の姿のままでいい』と言って晩飯抜きで夜を明かした場所だ。
ここからアプレイスにはドラゴン姿に戻ってもらい、不可視結界で姿を消しつつミルバルナとの国境に向けて飛んで貰う。
まずは両国の間を結ぶ街道を探し、後はそれに沿って飛んで貰う予定だ。
「ライノ、その街道を見つける目印とか、なんかあるのか?」
「いや、ここから真東に向けて飛べば必ず街道を横切るはずだ。長い一本線だから空から見てればすぐに分かると思う」
「じゃあ、家が見分けられるくらいの高さで飛べばいいか?」
「そうだな。それぐらいなら馬車の隊列もすぐに見つけられるだろう」
「国境まで行って馬車がいなかった場合は?」
「ミルシュラント側にひたすら戻って行くしか無いな。なにか不測の事態が有って俺たちの予想より進むのが遅ければ、有り得る話だ」
「了解だ」
案ずるよりも産むが易し、数刻ほど跳ぶと眼下の平原に一本の線が見えてきた。
ミルバルナへと向かう街道だ。
この街道はミルシュラントとアルファニアを結ぶ東西大街道・・・つまりリンスワルド領とキャプラ公領地を横切っている街道だが・・・その途中から枝分かれして南に向かっている。
いま俺たちが横切ったところから南に向かえばミルバルナ方面で、北に向かえば、やがて東西大街道との交差路にぶつかる。
その交差路を東に向かえばアルファニアに入り、逆に西に向かえばフォーフェンを経てルースランドの海岸まで至るはずだ。
街道としては悪くない立地なのだけど、いかんせんミルバルナはエドヴァルやアルファニアのような歴史の古い国と較べると産業も発展していないし、南は人の住まない南部大森林を抱え、東のクロリア王国との間も大きな山に遮られていて『どん詰まり』のような場所だ。
ミルバルナ中央から西に向かえば、俺の生まれ故郷で有るエドヴァルのロンザ公爵領まで辿り着くけど、ぶっちゃけそこもエドヴァルにおいては『ど田舎』で有る・・・
要するに、ミルシュラント、エドヴァル、ミルバルナの三国が通商協定を結んで商人の往来を自由にしている中で、通る人が一番少ない街道がこれ。
申し訳なけど、田舎から田舎へ抜ける道と言ってしまっても過言ではないな。
「いたぜライノ! あの大群だろう?」
「おお、さすがに一発だな!」
荒野の中をそれなりに真っ直ぐに伸びている街道に、結構な長さで進む隊列が見えた。
「この高さから見ると、蟻の行列みたいだ」
「アリか? あれ、見てると面白いよな?」
「アプレイスが蟻の行列を面白いって言うことがビックリだよ! 竜の姿だったら小さすぎて認識できないだろ?」
「まあ人の姿になってた時だな。岩に座ってじっと考え事をしてた時に足下を行進しているのを見つけてな...そのまま数刻くらい眺めてたことがある」
「へぇー」
ちょっと驚いたけど、確かに眺めていて面白いという感覚は分かる。
だけど、自分が蟻になって働いたり、あるいは行進を指揮したりするのはゴメンだな。
あの数の馬車を指揮して、食料を配布したり、毎朝出発時に点呼したり、あれだけの数がいればそれなりに故障も出るだろうから、その度に隊列を止めて修理させたりとか、俺が隊長だったら発狂しそう。
そういうのは是非ともスライに任せたい。
「通り過ぎてから出迎える感じにしよう。ここなら左右の土地が広いから、引き取り作業のために待っていたって体でもいいだろう」
「了解だ」
アプレイスがスピードを上げ、隊列を遙かに超えてから見えない位置に着地した。
隊列の先頭車はまだ地平線の向こうだけど微かな土煙が伺える。
あれだけの数だもんな・・・途中の街や村で通り過ぎる隊列を見た人はビックリしただろうな。
軍隊でも無いのに、この規模の馬車が列をなして進んでいくなんて、滅多に有ることじゃないだろうからね。
アプレイスが人の姿に変わって不可視結界を解いたところで、革袋から荷馬車を出して、さも北上していたかのように馬を進める。
隊列の先頭が視認できたところで馬車を停めて大きく手を振った。
これで、向こうも用事があって待っているものだと分かるだろう。
「ミルシュラント公国ジュリアス・スターリング大公陛下の命により、ミルバルナのルマント村へ移送に向かう方々とお見受けする。指揮官はどなたか?」
声が届く距離まで近づいたところで、御者台に立ち上がった俺が大声で叫ぶと、先頭の馬車・・・荷馬車では無く乗用馬車の御者さんが車内に声を掛けてざわつく様子が見て取れた。
それから俺たちのところまでかなりの距離を開けて馬車が停まる。
念のための用心かな?
こちらも一応は貴族風の装束を着込んでいるから初見で敵対されることは無いだろうと期待し、アプレイスを残して荷馬車を降りて、スタスタと隊列の先頭車まで歩いて行った。
儀礼的に少しだけ距離を開けて立ち止まると、乗用馬車から立派な服装の軍人が降りてくる。
「自分が移送隊列の指揮官を務める公国軍治安部隊のケビン・バーダー騎士位で有ります。そちらはどなた様でしょうか?」
名乗りを上げてくれた男は、こちらの正体を訝しみながらも口調が丁寧だ。
やっぱり『馬子にも衣装』だよな・・・俺!




