ペンダントの謎
「それにエルセリア族は覇権意識が無いというか...」
「覇権意識が無い? それって、つまり人に勝ちたいとか他者を従えたいとか、そういう気持ちを持たないって事か?」
「ええ、恐らくは呪い返しの影響で闘争心が薄く、アンスロープのように他の人族の戦争に加わったり、一旗揚げようと里を出て騎士や傭兵になるという若者も滅多にいないので、叙爵される機会も無かったのだろうという話ですね」
いまのような平和な時代ならともかく、かつてポリミサリアのあちらこちらで紛争が頻発していた時代に、森の奥に同族だけで固まってひっそりと暮らしていたとなると、相当な筋金入りだな。
闘争心が薄いって言うよりも、厭戦的な気質だと言った方が近いような気がするよ。
「じゃあ獣人族って似たような括りで呼ばれてても、アンスロープとは種族の性格が全然違うのか。ダンガ達はとても真面目で温和だけど、戦いを知らないとか、誰かと戦いたくないって人達じゃ無いもんな...」
「そうですね。アンスロープ族は真っ当な理由があれば勇猛果敢に戦う人々です。それこそ御兄様と一緒になって、リンスワルド家の皆を魔獣から守って下さったように」
「ああ。戦闘能力は高いけど、それ以上に生真面目ってだけだろう」
「対してエルセリア族は、血に混じる『獣の要素』こそ豹や虎のように猛々しいものが多いですけれど、実際はとても平和的な人々だと言われてるんですよ」
まあリリアちゃんを見れば納得できる雰囲気だけど。
でもエルセリア族が厭戦的というか平穏を愛する種族なら、エルスカインの『配下』になったりするのは似つかわしくないよな・・・
「そういう訳で、今でこそエルセリア族の方をあちこちで見掛けますが、ミルシュラントが建国された大戦争以前は、それこそエンジュの森のコリガン族の方々のように密やかな暮らしぶりだったそうです。むしろポルミサリアが全体的に平和になって争いが消えたから、エルセリアの人々も安心して人前に出てくるようになったのだと」
「なるほどね。だとすると...もしリリアちゃんが貴族家を先祖に持ってるとしたら太古の世界戦争の頃からの家柄だって事か? でもそれって、いくらなんでも昔過ぎるよな?」
俺の問いかけにシンシアが黙って頷いた。
いくら由緒正しい家柄だとしても、森の中で暮らしながら何千年も家宝のペンダントを継承していくなんて事が可能なのかな?
それこそ、リリアちゃんの母親がどっかの山の中で拾ったという方が、まだ可能性が高い気がする。
「じゃあ、バシュラールという家名は、実はリリアちゃんとは全く関係なくて、あのペンダントはリリアちゃんの母親が誰かから預かったか、拾ったかしたものだという可能性も高いか?」
「無いとは言えませんけど、先ほどリリアーシャ殿の手からペンダントを受け取ったとき、微かにペンダントの内側で魔力が揺らぐのを感じました。全く無関係の血筋だったら、そういうことは起きないのでは無いかと思うんです」
ああ、そうか。
俺やパルレアとは違う意味で、リンスワルドの女性達は天然の魔力の流れや揺らぎが視えるんだったな。
「うーん。血筋の問題があるのか・・・」
仮にペンダントというモノ自体を祈祷の対象物みたいな感じで部族全体で守ってきたとしても、特定の家門の血筋を維持する方が難しい。
いくら同族でまとまって暮らしていたとしても、何千年も経てばいずれ血が薄まり過ぎて鍵が機能しなくなるか、あるいは逆にその部族の子孫だったら誰でも鍵が使えるほど拡散するか、どちらかだろう。
それとも、なにか『継承させる』ための特別な魔法でもあるのか?
「なるほど。おおよその疑問というか不安というか懸念というか、リリアちゃんの出自に『何か』があるかも知れないって言うことは分かったよ」
「ええ」
「ただ、それ以上は考えても仕方が無いし、アサムやフォブさんだけじゃ無くてリリアちゃん自身にもどうしようもないことだろうな」
「ですよね」
「シンシアもそう思ってるから、ワザワザみんなの耳に入らないように俺を呼び出したんだろう? 確かにこれは俺たちが片付けるべき問題だ」
「はい。ただ、なにを調べれば答えが見つかるのかもさっぱり思いつきません」
「鍵だけじゃなあ・・・」
それにルースランドから逃げてきたらしい理由が見当も付かない。
「刻んである文字列から読み取れたのは『バシュラール』という家名と、散文詩のような短い言葉だけです」
「どんな?」
「えっと...古語なので正確かどうかは自信が無いのですけど...出てくる単語としては『風』、『遊ぶ』、『人』の『幸福』と『願い』、それに『バシュラール家』で、言葉を全部繋ぐと『風と戯れる者に幸いあれ』みたいな感じですね。きっと、ここで言う『人』がバシュラール家を指しているのだと思いますけど」
「なんだそれ? なにかの呪文って雰囲気じゃないし、家訓とかでも無さそうだよなあ?」
「ですよね?」
古い貴族家の紋章には、短い言葉が刻んであるものも多い。
大抵は家訓と言うか、名誉とか心構えのような雄々しいセリフで、こういう長閑な雰囲気を感じるものって見た事がない気がする。
むしろシンシアが『散文詩』と表現したのも分かる感じだな。
「対応する錠前はともかく、その扉が何処にある何なのか...重要なのはそこだと思いますけど、これだけでは意味が分かりません」
「鍵の魔法陣自体から読み取れそうなことは、さして無いって感じかな?」
「恐らく、あのペンダントの魔法陣が生成するのは、ただの合い言葉みたいなものじゃないかと思います。それも意味の無い記号や数字の羅列のような...本当に鍵の凹凸の役目を果たす、道具のような文字列かもしれません」
「そりゃ解明しても無意味かもな」
「やってみる価値がないとは言いませんが、無駄足の可能性も高いですね」
「リリアちゃんはエルセリアで、つまり闇エルフの子孫だ。そしてルースランドのエルダンから母親と二人、着の身着のままで逃げてきた可能性が高い。だけど、あのペンダントの鍵がエルスカインと関係しているという可能性は別に高くない」
「むろん確率的にはそうでしょう」
「やっぱり拾ったモノかも知れないしな?」
「何千年も一族で持ち続けてきたって想定より現実的ですよね」
「ただのお守りにしてたのかも?」
「実際にそんな程度で持っていた可能性もあります」
「でも、無視は出来ないか?」
「御兄様は、偶然と片付けて忘れることが出来ますか?」
「...ダメだな。あのペンダントには何かの『縁』があると俺の直感が囁いてる。師匠からは絶対に直感を無視するなって叩き込まれてるんだよ」
「実は私もお母様からそう教わっているんです。直感は大切にしなさいと」
シンシアはそう言ってニコリと笑った。
お互いに良い師匠を持ったな妹よ。
あのペンダントとリリアちゃんが俺たちに引き寄せられた縁...運命の交わりが、なにかあるはずだ。
俺とシンシアと、二人の直感が、そう告げている。
++++++++++
リリアちゃんのペンダントについて話した後、シンシアが丘の上の転移門からしれっと王宮に跳んで、命令書と売り買い証書一式、それに預けていた転移メダルをジュリアス卿から受け取ってきた。
二人で湖畔に降りて、話を弾ませているダンガ達に声を掛ける。
「ダンガ、アサム、ジュリアス卿から馬車の売り買い証書と命令書を貰ってきたよ。ダンガとエマーニュさんが、あまり長く村を開けているのも良くないから、そろそろ戻ろうか?」
「おお、そうだな!」
「おや、そおゆうと皆さんの乗ってこられた馬車は何処に?」
「フォブ、馬車じゃ無いの」
「は? 騎馬でいらしたんか?」
「そうじゃないの」
「フォブ殿、ここで見ていて頂ければ分かりますが、これも私たちの大きな秘密の一つなんです」
シンシアがそう言って、ダンガと一緒にリリアちゃんの着替え小屋の脇に開いた転移門に立った。
見ている間に二人の姿が揺らいで消える。
「なんとっ!」
フォブさんが腰を抜かしそうになる。
と言うか、丸太の椅子の上から転げ落ちそうになった。
「フォブって大袈裟なの」
「いや、リリアや無茶言うな! 誰でも驚くわい!」
むしろ、みんなが転移で行き来するのを見ても最初から全然動じてなかったリリアちゃんって、意外と大物なのかもね?




