リリアちゃんの出自
「そんで、その場所にリリアの母親のお墓を作りましてなあ。身元の分かるような荷物はなーんも持っとらんかったし、リリアが母親から受け継いだのは、リリアーシャっちゅう名前とペンダントだけですわ」
「ペンダント?」
「これなの!」
リリアちゃんが胸元からペンダントを引き出して見せてくれた。
綺麗な緑色の宝石に魔法陣のようにも見える模様が刻み込んである。
これって一種の護符のようなものかな?
「リリアちゃん、そのペンダントをよく見せて貰ってもいいですか?」
「はい!」
お、シンシアが魔法陣らしきものに興味を抱いたな。
リリアちゃんがペンダントを外して渡すと、シンシアはじっと宝石の中を覗き込んだ。
魔法陣の術式を読み取ろうとしてるんだろうけど、相当に小さい文字?だぞ?
ぶっちゃけ俺には単なる模様にしか見えん。
ホントにただの模様だったりして・・・
シンシアはそのまま動かなくなったし、リリアちゃんもペンダントを預けたことなど忘れて母親の話題に移ったので、俺もそちらの流れに加わった。
リリアちゃんのお母さんのお墓はルースランドとの国境に近い山際だそうだ。
ここから行くとなると、歴史的な経緯で東西に細長いキャプラ公領地を端から端まで横断する感じだな。
遠いと言えば遠いけど、年に一度や二度くらいなら、行商ルートの途中で尋ねるのを躊躇するほどの距離でも無いだろうね。
冬のさなかに母娘二人で碌な荷物も持たずに行き倒れてたとなれば、誰がどう見ても『ワケあり』だし、そこがルースランドの国境に近いってところがチョットだけ気になる。
ミルシュラントとルースランドの国境付近と言えば、先日シンシアが吹き飛ばしたエルダンの古城からも近い。
考えすぎかな?
いや、これは考えて辿り着いた答えじゃ無くて直感だ。
『直感は大事にしろ』・・・俺は師匠にそう教わってきた。
「フォブさん、立ち入った事というか失礼なことを聞いてしまいますけど、ルースランドではエルセリア族が迫害されてるとか差別されてるとか、そんなことあるんですかね?」
「さあ、儂もよう知らんですな」
「あたしも知らない」
「そらあリリアはまだ小さかったからのう...それに国境近くゆうてもルースランドから来たとは限らんし、むしろ国境を越えたんやったら山道やのうて、大街道沿いを歩いとったはずでしょう?」
「まあ確かに」
だけど、それは『正規に国境を越えた』のなら、だな。
もちろん今のルースランドとミルシュラントは昔のように犬猿の仲じゃあ無いから、交易も盛んだし人の移動も大きな制限は無い。
交易の免状を持った商人なら自由に行き来出るし、身分を証明できる貴族やその周辺の人々も同様。
平民でも、なにか理由があれば地元の領主や官吏に身分証を発行して貰って通行できるだろう。
でも仮に、身分証を『請求できない』立場だったとしたら?
危険と苦難を承知でエルダンから出て、魔獣の闊歩する冬の山を越えようとするかもね・・・
もしもリリアちゃんの母親も『豹に変身』できるエルセリアだったなら、その姿になって危険地帯を駆け抜けようとしたかも知れない。
そうだとすれば、フォブさんが二人と出会った時に母親が倒れて動けなくなるほど消耗していたことも、冬の最中なのに荷物をほとんど持っていなかったことも説明が付く。
国境に近いエルダンから一か八かのスピード勝負で寒さと魔獣達の間を掻い潜り、ようやくミルシュラント領の山中に辿り着いたところで力尽きたと・・・
そもそも荷物を持ち出せない状況だったのかも知れない。
有り得そうなストーリーだよな?
本当にフォブさんが偶然通りかからなかったら、幼いリリアちゃんも一緒に命を落としていたことだろう。
「御兄様?」
冬の山を豹の姿で駆け抜ける幼いリリアちゃんと母親の姿を空想していたら、ふいにシンシアから呼びかけられた。
「うん?」
「さっき開いた転移門と魔石メダルのことでちょっとご相談したいことがあるので、一緒に来て貰えますか?」
「いいよ」
「はいリリアちゃん、ペンダントをお返ししますね」
シンシアがリリアちゃんにペンダントを返して立ち上がった。
フォブさんはシンシアの言葉にちょっと首をかしげていたけど、深く考えなかったようだ。
俺もシンシアの後を追い、一緒に丘を登っていく。
丘の天辺の、新しい転移門を開いたところに着くまでシンシアは口を開かなかった。
ここまで来れば、エルセリア族のリリアちゃんやアンスロープのアサムの耳にも声が届かないかな。
シンシアの様子から、たぶんリリアちゃんとペンダントに関係有る話だろうと予想は付いてたけどね。
「あのリリアちゃんのペンダントは護符ではありませんね」
「そうなんだ? 細かな模様が刻んであるように見えたから、てっきり護符系の魔法陣かなんかだと思ったよ。身に着けるペンダントだし」
「身に着けるのは持ち歩きやすいようにと言うか、無くさないためでしょう」
ちょっと含みのある物言いだな。
俺が目線で促すと、シンシアが続きを口にする。
「御兄様、あのペンダントは『鍵』だと思います」
「えっ、鍵?」
「はい。恐らくは特定の方法というか手順で魔力が注がれないと魔法陣が起動しない類いの鍵ではないかと」
「マジかよ、いったいなんの鍵なんだシンシア?」
「それは分かりません。ただ、リリアーシャ殿の家名は『バシュラール』でしょう。その読み方が正確かどうかは分かりませんけど」
リリアーシャ・バシュラール、それがリリアちゃんの正しい名前か。
田舎暮らしの庶民は苗字を持たないことが普通だし、仮にあっても名乗らないことが多い。
『家名』という大袈裟さがそぐわないということもあるし、国によっては苗字を名乗れる基準が定められていたりする事もある。
まあそもそも田舎だったら交流する相手も限定されていて、『どこに住んでいる誰それの子供のナントカ』で済んでしまうけどね。
しかもシンシアが『読み方が正確か分からない』と言ったからミルシュラントには無い外国の名前だろう。
えっと、シーベル子爵家の魔道士三人組・・・ポルセトから来たあの人達みたいな・・・なんだったっけ?
モンタルバンとかパイヤールとか、あとオレンジ? オランジュ? そんな雰囲気のある苗字だな。
「私も御兄様もエマーニュさんも、リンスワルド家の紋章入りペンダントを身に着けていますが、それはまあ、どちらかというと探知魔法はおまけで実際は身分証代わりのようなものです」
「ああ、分かってるよ」
「ですが、言ってしまえばただの身分証です。当家の紋章を知らない人に見せても何の役にも立ちません」
「鍵は違うな」
「はい。あの鍵が動く場所にリリアーシャ殿が赴けば、そこが何処であろうと扉は開くはずです」
「リリアちゃん自身がか?」
「確証はありませんが、鍵の動作条件は特定の手順というだけでなく、『特定の血筋』が必要な可能性も高いですね。本当にそうかどうかは、対応する錠前の方を見ないと断言できませんけれど」
「そうか・・・」
動作に血筋が必要な鍵の魔法陣?
宝物庫とか、蔵書室とか、家門にとって大切な由緒のある場所とか?
どうひっくり返っても庶民には縁の無いシロモノだな。
バシュラールっていう名前の響きも庶民っぽくないし、さっきからシンシアが急に『リリアちゃん』ではなく『リリアーシャ殿』と呼び始めたのはそのせいだろう。
まあ貴族としての本能みたいなものだ。
「そうなるとリリアちゃんと言うかリリアちゃんの母親が、どこぞのやんごとない産まれの人だったってことになるのかな?」
「そうだと思うのですけど、ちょっと不自然なこともあります」
「どうして?」
「私が知っている限りではエルセリア族の貴族家というのは存在していません。サラサス王国や幾つかの国ではアンスロープ系の貴族家は存在していますが、エルセリア族の貴族家はいないんです。それもまた太古の世界戦争の結果だと言われてますけど」
エルセリア族の先祖は世界戦争に敗北した闇エルフだ。
敗北と同時に呪い返しを受けてエルセリアに変貌しただけで無く、敗者として貴族家も存続出来なかったことは想像に難くない。
ただ、その後の長い年月の間に、どこかの国で功績を立てて叙爵された一族くらいは幾つかいてもおかしくないはずだよな。
だってアンスロープ系の貴族だって、そう言う人達が立てた家門だろうし。
「なんでだい? もしそれがリリアちゃんとフォブさんに失礼なことで無ければ教えてくれないか?」
「いえ、さほど大袈裟な話では無くて...単にコリガンやピクシーの貴族家がいないのと同様に、長らくの間、同族だけで集まって他種族と交流しない暮らしをしていたからだと言われています」
「へぇ、そうだったのか」
言われてみれば、コリガン族やピクシー族の貴族なんて聞いた事が無いし、そもそも存在してそうな気がしない。
貴族だ平民だっていう区別は大きな国の中だからこそ意味を持つものであって、少数の同族だけで暮らしているなら『村長』や『族長』さえ決めていれば済む話だ。
逆に他者との関わりを最小限に押さえているドラゴン族にも、貴族なんて概念は似つかわしくないな。
アスワンが以前に言っていたように、良し悪しは別として王だの貴族だのは世の中を回すための仕組みの一種って事なんだろう。




