即席住居の移設作戦
いま、この場所に漂う空気は幸せと暖かさだけだ。
もちろん誰にとっても、先々には沢山の苦労が待ち構えている事は言うまでも無いけど、いまはそれを口にしたくない。
「良かったなダンガ。それにエマーニュさんも。これでこれからの方針に不安が無くなったね」
「ああ、ありがとうライノ。元を正せば全部が君と出会ったお陰だよ」
「それはお互い様だから言いっこナシだな」
「分かったよライノ。それはそれとして、まずは直近に迫ってる問題を片付けないと。これから色々と大変だよなアサム?」
「うん、移転についてはシンシアさんのお陰で一気に行けそうだけど、その分、こっち側の受け入れ体制を急がなくっちゃなあ...俺もウェインスさんも、まだ一ヶ月以上は猶予があるって思ってたよ」
「まあ偶然が重なってトントン拍子に可能になったってことだからな。いい意味で予想外だ」
「だよね」
「だけどアサム、幸い今は夏だからどんな場所で寝たって死にはしない。住処に苦労しないうちに冬に備える準備が最優先だな」
「仮の小屋でも相当な数だよ兄貴?」
「そりゃあ一気にやるとなれば、ここまで材木を運び上げて小屋を組むだけでも大変な数の人工が必要になるなあ...むしろ、どっかから小屋ごと運んで来たい気分だよ」
「おっ、それだよダンガ!」
「え?」
「ここに当面の寝場所をそのまま運んでこようぜ!」
ダンガが今日で何回目からの面食らった顔を見せているけど、なーに、収納魔法と魔石稼働の転移門があれば恐るるに足らず、だよ。
「小屋を運んでくるって、ライノやシンシア殿の魔法でかい? どこから?」
「まあそうだけど、家作りも二段階で考えようよ。まず切迫して必要なのは村人全員が夜露をしのげる場所だろ? それはすでにあるじゃ無いか?」
「えっ、ドコに?」
「出迎え部隊の荷馬車だよ。村人全員と、ある程度の家財を運べるだけの台数が揃ってるんだ。快適とは言えないけど荷台に横になって休めるし、帆布の屋根にも夜露や雨を凌ぐ程度の耐候性はある。当面、それでも数が足りない分とか荷物置き場だけは帆布の幕舎にすればいいだろ?」
「なるほどな...」
レンツの街の外には避難民を収容する幕舎が建ち並んでいたけど、慌てて床板も張ってない掘っ立て小屋を建てたりするくらいなら、しっかりした幌付きの荷馬車の方が快適だと言っていいくらいだろう。
だったら丘の向こうに荷馬車を運び込んで、そのまま村人達の臨時の寝床にしてしまえばいい。
荷馬車は地面から床板までの高さがあるから湿気が溜まりにくいし、風も通しやすいから夏は快適だ。
逆に冬は床下を風が吹き抜けて寒いから、それまでにしっかりした住居を出来るだけ建てるか、荷馬車の周囲を囲って防寒対策をするか・・・まあ、なんらかの対応をする時間は確保できる。
馬は開墾作業の労働力として働いて貰うことも出来るだろうし、南の草地に柵を立てて放牧してもいい。
「確かに、ここに荷馬車を運び込んでしまえば、後は置き場所も移動も自由自在だよな...」
「まずはずらっと並べて詰め込んでから開墾具合に応じて分散させてもいいし、動かさないなら床板の水平を取るのも難しくない。いよいよ不要になった時は荷馬車を解体して板材と帆布を再利用してもいいだろう?」
「だな!」
「それに転移魔法を使った村人の移送が終わるまでは、この場所には出来るだけ事情を知らない『部外者たち』を踏み込ませたくないって事もあるんだ」
「そりゃあ、妙な噂が広まるのは避けたいよなあ...」
「だろ? それに人目があると転移門を使う事自体も面倒になるからね」
沢山の小屋を一気に建てるとなったら相当な数の遍歴職人を呼び寄せることになるから、奇妙な噂も立ちかねないし、村に残りたがる職人とかが出てくると少しばかり面倒なことになる。
ある程度は外部の手を借りることが仕方ないとしても、最初は出来るだけルマント村の人々の力で村づくりを進めて貰う方が何かとスムーズだ。
村人には物作りの専門家もいるし、南部大森林では一通りの自給自足的な生活様式を営めてたんだから、きっと大丈夫だろう。
「だけどライノ、その出迎え部隊の馬車達は今どこにいるんだい?」
「そろそろミルバルナとの国境付近に近づいてるはずなんだけど...」
俺がそう言うと、ジュリアス卿が横から引き継いだ。
「うむ、ミルバルナ王室からの通行許可や勅使状はすべて、こちらの王宮まで運ばずに国境で待ち構えて輸送部隊に渡すよう、使者達に指示を出しておる。どちらの到着が早いか次第ではあるが、国境付近で探すのが早道であろう」
「よし、いったんルマント村に戻ってアプレイスと一緒に一番近い場所まで転移しよう。街道沿いに飛んで空から探せば、すぐに見つけられるはずだ」
「うむ、大所帯であるからな」
「国境付近からここまで隊列を折り返してこさせるのには、どれくらい日数が掛かるかな?」
「折り返す必要は無いよ。見つけたら後は俺が運ぶから」
「えっ、革袋でか?」
「そうだ。収納魔法で人は運べないけど馬車は問題ないからな」
「そんなこと言っても、凄い数だぞ?」
「たぶん行ける。仮にキツくてもシンシアと手分けすれば絶対に大丈夫だよ」
疲れるのを通り越して飽きるまで魔石を注ぎ込んでも、まだまだ底が見えなかったからな。
空っぽの荷馬車の数十台くらい行けるだろう。
ダメだったら頑張って何往復かすればいいだけの話だ。
「ジュリアス卿、ミルバルナとの国境付近に広い空き地はありますか?」
「申し訳ないが、自分はあの辺りを訪れたことが無いのだ」
「そりゃそうですよね...」
用も無いのに王様が行くような場所じゃあるまい。
まあ、行ってみれば分かるし、無ければ無いなりの方法を取るだけだ。
「じゃあ、出迎え部隊に馬車を捨てろ、いや俺に販売しろって命令書を出して下さい。場所は俺が現地で適当に選びます」
「なるほど、馬車をクライス殿に売ったという体にして回収すると」
「ええ」
「良い手であるな。食糧輸送部隊の方はまだフォーフェンまで来ておらぬだろう。そちらは直接ここに来させれば良いだろうか?」
「ですね。スライは転移魔法も収納魔法も知ってますから、ここまで入らせても問題ありません。フォーフェンに着いたら騎士団から使者を走らせて貰えると助かります」
「承知した」
「シンシア、ここから王都別邸のわたくしの寝室に跳べますか?」
「はい、お母様」
ノイルマント村はキャプラ公領地の端っこだ。
いまの俺やシンシアなら、ここから王都までは自力で跳べるな。
まあムリせず屋敷を経由したっていいんだけど。
「では、部屋の金庫から金貨を持てるだけ持ってきて頂けますか?」
「お母様、小箱を使えば金庫の中身が全部入りますよ?」
「そうでしたね...念のために四分の一ほど残しておいて下さい。後はシンシアの小箱へ」
「承知しました」
シンシアは返事をすると、サクサクとその場に転移門を開いて別邸に跳んでいった。
丘の下まで歩くよりも、ここに新しく転移門を開いて跳んだ方が楽ってどういう・・・まあ、気軽に『銀の梟亭』まで昼ご飯を食べに行ってた俺が言える台詞じゃ無いか!
それにここから王都までなら、俺やシンシアにとっては魔石メダルの力を頼る必要も無く、ステップストーン型転移門から自力で跳べるからね。
「ところで姫様、馬車の市価を調べておいた方がいいですよね?」
「ジュリアのところに記録がありますから、それを基準にすれば大丈夫です。それに手元金は多いに越したことはありませんわ。ちゃんと契約して売り買い証書を渡したならば、すべてジュリアの元に戻ってくるお金ですから」
「それもそうですね」
「市価より高値だから売る価値があると大公家が判断した...そう思えば隊列のリーダーも命令内容に納得しやすいでしょう」
「じゃあ、何台かは残して御者さん達はまとめて引き上げて貰います。俺は金貨と売り買い証書、それに勅命書を受け取ったらルマント村に戻りますよ」
「かしこまりました。いまフォーフェンで騎士団が集めている職人達には別の作業をして貰いましょう。ローザックはフォーフェンからここまでの道沿いに衛士隊の詰所を建てる計画を具申しておりましたから、その建設要員に回って貰えば良いかと思います」
「ローザックさんと相談して、そうして貰いましょう」
「うむ、ではそろそろ戻ろうかレティ。長居をしてはご迷惑であろうし、あまり姿を消しておる訳にも行かんからな」
「あら? わたくしとジュリアが部屋に籠もっているのに、大臣や召使い達が踏み込んできたりは致しませんわ?」
なんか姫様のセリフが艶っぽいんですけど!!!
「ま、まあな。ところでクライス殿。戻ったらすぐに命令書を用意させるゆえ、シンシアに受け取りに来させて貰えまいか? この転移メダルも一度お返ししなければなるまい」
「そうですね、まだ数が足りてないので」
「いずれ自由に行き来できるようになれば有り難いのだが」
「ノイルマント村の移転が完了する頃には、ここにいるみんなに配っても問題ない数が揃ってますよ」
「おお、そうか。それは有り難い!」
「戻りの魔石はありますか?」
「うむ、先ほどシンシアから見たこともないほど高品質の魔石を籠一杯に受け取った。我の中で魔石の価値観が崩壊しそうだ」
サイロの中を見たら確実に価値観が崩壊するな・・・実際に俺とシンシアは崩壊したよ。




