ノイ・ルマント村を訪問
魔石を使える転移メダルがあれば、村人の移転は恐ろしく簡単な話になる。
シンシアはすでに、土地の魔力を溜め込んで利用すると同時に基準点を相互に確認し、アスワン屋敷を経由せずに転移門から転移門へと移動する画期的な改良を産み出しているから、今回の『誰でも使える』魔石駆動型の転移門はそれに続く二回目の大発明だ。
「そうなると、ルマント村の人達を一気にミルシュラントに送るって事も問題なくなるな。って言うか、一人ずつでも移動させられる訳だから、準備が出来た人から随時送り込むってやり方でもいい訳だよな?」
「そーよねー!」
「ただ転移門の使い方としてはそうなんですけど、それでもできる限り皆さんを一緒に送り届けた方がいいと思います」
「なんでだいシンシア?」
「えっと、すぐに行く人とギリギリになってから行く人がいると準備状態に差が付いてしまいますし、向こうでの作業負担も変わってくるでしょうから」
「それもそうだな」
「先に行った人ほど大変で、こちらでゆっくり準備した人の方が余裕が持てて向こうでも楽、と言うことになってしまうと...あまり良くないかと思うんです」
「おぉ、なるほどな! そういうところも、さすがシンシアだよ」
これは『魔道士』としてでは無く『領主』としての視点だよな。
行った先で村人達の間に不公平感が募ることを出来るだけ抑制しようというのは大切な判断だろう。
重ね重ねだけど、さすがはシンシアだ!
「よし、そうなったら余り時間を掛けない方がいいと思う。ダンガとも話した二段階方式で、とにかくできるだけ早くノイルマント村に全員を送り込もう。本当にありがとうなシンシア」
「喜んで貰えて嬉しいです。まずはテストをしてみましょう!」
今回の方式は、魔石を使って転移門を開くってところが従来と全く違うから、一応、姫様に報告する前に確認しておいた方がいいだろうと言うことで、早速、テストを行ってみることになった。
行き先はもちろんノイルマント村にしたいんだけど、当然、まだ現地には転移門が無い。
フォーフェンから馬車で・・・いや、パルミュナが出会ってすぐの頃に山あいの村の近くやラスティユの村に開いてた転移門から戻るのが最速かな?
ラスティユなら馬車を借りられるかも知れないし。
「御兄様、アサム殿とお母様との間で手紙箱のやり取りが出来ていると言うことは、あの荷馬車に仕込んでおいた転移門をそのまま利用しているのでは無いでしょうか?」
「ああそうか。もう馬車を動かさずに現地に留めっぱなしなんだな?」
「そうだと思います。まず試しにここからアサム殿かウェインス殿に手紙を送ってみてはどうでしょう?」
「よし、やってみよう」
まずはウェインスさん宛に手紙箱を送ってみた。
シンシアの作ったラベルは転移門を場所では無く、通し番号的なもので見分けているらしく、他の転移門との間で位置関係を確定出来るくらい長時間留めたままにしておけば問題なく作動するそうだ。
実際に姫様やジュリアス卿は、そのタイミングを掴んでアサムとのやり取りを始めたんだろうし。
試してみると、こちらかの手紙箱は問題なく転移門上から姿を消し、そして待つほども無くウェインスさんからの手紙箱が無事に到着した。
「お、上手く行ったな!」
こちらから送った内容は『転移門を使いたいからしばらく馬車を固定しておいて貰えるか?』という事と、『周囲に転移を目撃されたら問題になる人達がいるか?』と言う質問。
それに対してウェインスさんからの返事は『馬車は動かさないでおきますが、ローザック殿の部下の一部と自分が手伝いを依頼した商人には、まだ転移門について知らせていません』と言うものだった。
うーん、リンスワルド家の騎士団は宣誓を受けてるし、どうせ村人達の転移が始まったら秘密もへったくれも無いよな。
商人ってどんな人だろう?
でもウェインスさんが選んだ人なら問題無さそうな気もする。
『ウェインスさんが良いと判断した相手には転移門のことを知らせても問題ありません』と返答し、もう少ししたら転移すると予告しておく。
「じゃあ行ってみるか?」
「ハイ!」
俺達の借りてる家に開いた転移門からメダルを起動すると、ちょっと離れた空間に見慣れない転移先が見つかった。
ここがノイルマント村か。
増えたなあ・・・転移先。
今回はすぐに見つけられたし、どれも距離と方角で並んでるから探せるんだけど、このペースで転移先が増えていったら、なにか分類とか整理の方法を考えないと面倒なことになりそう・・・
さて、当初のノイルマント村移転先はウェインスさんに預けた馬車の荷台だ。
幌があるから周囲からの視線は防げるけど、逆に言うと転移前に周辺の様子を確認するって事が出来ない。
取り敢えず、荷台が整理されていて邪魔になるモノが無いことだけは分かったのでそのままメダルの力で転移。
もしもこの時点で魔石の力が足りないというか・・・距離が遠すぎたり、運ぼうとしてるものが多すぎたり、あるいは何かの影響で妨害を受けていたりしたら転移先がぼやけることは普通と変わらない。
ただし、すでにセットした高純度魔石は解放しているから、選択肢は二つ。
ちゃんと見えている近場の安全な場所を選んで跳ぶか、使った魔石は諦めて、いったん跳ぶのを止めるか・・・
俺とシンシアは収納魔法のお陰で転移先に運べるものに制約が無いけど、転移メダルの力で跳ぶ場合は移動する人物の体格も含めて、転移させる全ての量が影響するから仕方ない。
俺が荷台から降りようとすると、すぐにシンシアも続けて跳んできた。
シンシアは大抵のモノに予備を作る。
試作品でも時間があれば予備を作る性格だ。
手紙ゴーレムにまで予備を作ってあるのは過剰じゃ無いかって気もするんだけど、言わぬが花か。
「お疲れ様です、ウェインスさん!」
ウェインスさんは見張りをかねてか、馬車のすぐ後ろで待っていてくれた。
「おお、お元気そうで何よりですなクライスさん! シンシア殿も息災でいらっしゃいましたか?」
「はい、ウェインス殿」
「ところでアサム君は?」
「数人の騎士と一緒に開墾予定地の計測に行ってます。そろそろ昼食を取りに戻ってくる頃でしょう」
俺たちが馬車の脇に固まって話し込んでいると、ローザックさんが駆け寄ってきた。
「ご無沙汰しておりますクライス様!」
「苦労をお掛けしてすみませんローザックさん」
「なにを仰いますか! これほど楽しい思いは騎士団に入れた時以来ですな!」
「それはなによりですよ」
「命の恩人のお手伝いが出来て、おまけに村の名付けまでさせて頂いたのです。これを僥倖と言わずしてなんと申しましょう!」
最初にダンガとアサムへの謝罪に来た時から感じていたけど、ローザックさんって言うのは若いながらも本当に律儀な人だよ。
この若さでフォーフェンの分隊長を任されたのは伊達じゃ無いだろうし、騎士らしい、と言えば正統派の騎士らしい人格かな。
「いまウェインスさんから大まかな説明を聞いていたところですけど、ちょっと移転の予定が変わりましたから、その相談も兼ねて伺いました」
「ほう、移転がずれ込みそうですか?」
「いえ前倒しです」
「えぇっ?!」
普通はズレると言ったら後ろにズレるしか無いんだから、ウェインスさんとローザックさんが驚くのも無理はない。
距離は縮まらないし、馬車を二倍の速度で走らせることも出来ないからね。
「色々な幸運が重なったところにシンシアの努力が実って、村人全員を転移門経由でここに連れてくる目処が立ったんです」
「まさか数百人を?」
「ええ、偶然入手できた高純度の魔石とシンシアが開発した魔道具で、俺たちが連れて跳ばなくても転移門で移動出来るようになりました。方法は限定されますけど、ルマント村からの移動には十分に対応出来ます」
「それは素晴らしい!!!」
ウェインスさんとローザックさんがぴったりハモるという光景は珍しいな。
むしろ俺の方が感動だ。
「しかし、そうなると段取りが大きく変わりますなあ。ここの受け入れ体制が一番の問題ですが、クライスさんからも村人の輸送用に手配した馬車隊や食糧輸送の輜重隊への指示も変えて頂かないといけませんね」
「ええ、相当に慌ただしい話になると思います」
スライが指揮する食料輸送隊もとうの昔に王都を出発している。
彼らはずっと移動しているから手紙箱を送ってもいないけど、リンスワルド領に大回りせずに南北本街道を真っ直ぐ降りてきているとしたら、そろそろフォーフェン辺りに到着する頃合いだろう。
「クライス様、騎士団に出来る事は何なりとお申し付け下さい。姫様からもそのように指示を承っております」
だったら騎士団にスライ達を待ち構えておくように頼んで、直接ノイルマント村に来て貰うのが一番効率的か。
だけど先行して移動中の人員輸送部隊の方はどうすればいいかな?
そっちは、そろそろミルシュラントとミルバルナの国境付近に近づく頃合いのはずなんだけど・・・うーむ。




