魔石矢と転移メダルの完成
パルレアの協力で組み上げた魔法を起動させたら、革袋から二つの魔石を取り出して、その一つを手の平に載せる。
それから制御用の魔法陣を脳内に呼び出し、まず魔力供給用の魔石を握り込んだ方の手にそれを現出させる。
すると俺の手の平に載せてある『鏃』になる方の魔石から、投射する相手に向けて、魔法陣のリングが伸びていく。
普通なら魔法陣は『面』で広がっていくけれど、コイツの場合は積層される感じで厚み方向に伸びていくのだ。
つまり魔石を包むサイズの小さな直径の魔法陣のリングがどんどん空中に転写されていき、まるで『筒』のようになって投射対象にぶつかるまでその仮身を伸ばしていくわけだ。
ひとたび発射すれば、魔石はその魔法陣リングの筒の中を超高速で飛んで行くから、相手にしてみれば逃げようが無い・・・って言うか、この筒は標的と定めた相手に勝手に追従していくから、避けても逃げ出しても無駄ってワケだな。
ただ、この『魔石矢』による攻撃は石つぶての生成が不要な代わりに、俺が以前に完成させた方式のような連射は出来ないけどね。
毎回、新たな魔石を補充して魔法を起動し直す必要があるのだ。
なんにしても絶対に自分に向けては撃たれたくないけど、この魔石矢は発射と同時に『空中に描かれた魔法陣』が一回こっきりの使用で霧散してしまうので、それを敵に奪われて再利用されたり、固定の魔道具のように式を分析されたりする心配はない。
取り敢えず、イメージ的には上手く行きそうな程度に修練出来たので、一度は試射してみたいんだけどな・・・
実際に魔石を撃ち出せば激しい爆発が伴うだろうから、滅多な場所ではテストも出来ないし・・・
どこか離れた場所までアプレイスに連れて行ってもらうか?
早速、散歩から戻って来たアプレイスを捕まえて、いましがた完成させたばかりの贅沢な武器について説明し、適当に試射できる場所に連れて行ってくれるように頼んでみる。
「と言う訳で、贅沢な魔石矢を試射してみたいんだよ。ちょっと付き合って貰えるかアプレイス」
「それ、何処で撃つんだ?」
「いやあ、さすがに村の中とか人の住んでるところって訳にはいかないだろ。少し遠くに飛んで貰って、人のいない大森林のどっかで撃ってみようかと思ってるんだけど?」
そう言うとアプレイスは半目になって俺を睨んだ。
「森を燃やすな!」
「だよねー...」
この周辺には乾燥した草原とか荒れ地とか無さそうだもんね。
当面、『贅沢すぎる武器』改め『魔石矢』の試射はお預けだな・・・
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『魔石矢』の試射を諦めた翌日、オババ様の家の集会場に顔を出すと、なぜかアプレイスが村人達に囲まれていた。
感覚の鋭い村人から、あれほど本能的に恐れられていたアプレイスが、だ。
どういうこと・・・?
俺が面食らっているとダンガが寄ってきて説明してくれた。
「聞いてないのかライノ?」
「なにをだ?」
「昨日、アプレイスが村の中を散歩中...もちろん普通に歩いてな。散歩してた時に、村の女の子を助けたんだよ」
「そうなの?!」
「ああ。最近、村の少女達がレミンとレビリスに花束を贈るのに熱中してただろ? 段々エスカレートして、それで村の中心部にはもうめぼしい花が咲いていない状態になってな...小さな子が一人、言いつけを破って森の中に花を摘みに行っちゃったんだ」
「あー...」
「大人達も引っ越し準備で大わらわだったから目が行き届いて無くってね。勝手に森に入っちゃったんだ」
わかるなあ。
大人でも子供でも、人って、どんなことにもどんどんエスカレーションしてしまうんだよな。
防護結界のお陰で村の中心部に魔獣が入ってこれないとしても、こちらから森の中に踏み込んでしまったんじゃあどうしようもないし、いかにも起こりそうなシチュエーションだ。
「でまあ、運悪くそこに魔獣が向かって来たってところに、偶然、近くを通りかかったアプレイスが気配に気が付いてくれてね。即座に森に飛び込んで、その子を助け出してくれたんだよ」
「そういうことか...」
「で、今日はあの状態ってわけ」
「納得だ。昨日、アプレイスはなにも言ってなかったから知らなかったよ」
助けられた幼女の血縁者やグループの代表が、アプレイスに礼を言うために朝から集まっていたらしい。
アプレイスの膝の上に座らせて貰ってニコニコしているのが件の幼女か?
すでに十分に怒られた後なんだろうけど、子供ってのは立ち直りも早いね。
「ああ、ついでに村の少女達には『花束贈呈禁止』ってことにしたから、レミンとレビリスもホッとしてるみたいだよ」
アプレイスなら人の姿で素手でも、魔獣ごときに後れを取る事はあり得ない。
むしろアプレイスが突然目の前に飛び込んできたら、魔獣の方が気配に恐れをなして逃げだしたんじゃないだろうか・・・
なんにしても、まあ良かったよ。
アプレイスが怖くない、むしろ優しい人? だって事がみんなも分かって、一気に村人達の間で言葉を交わすハードルが下がったってところかな。
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なんやかんやとありつつ、移転先『ノイルマント村』への引っ越し準備が村中総出で着々と進む中、シンシアがついに個人用の『転移装置』を開発した。
不可視防護結界と同じようにメダル型だけど、これは一人が一回の転移を行うごとに高純度魔石を一個消費する。
メダルに埋め込まれた魔法陣を利用し、シンシアオリジナルの『精霊魔法を起動する魔法』経由で転移門を動かすから、精霊魔法が使えない普通の人でも高純度魔石をセットすれば単独で転移可能だ。
しかも緊急時には、まだ転移門が設置されてない場所でも、好きなところで新しい転移門を開いて転移することが出来る。
ただし、その場合は魔石だけで無く、転移メダル自体もそこで使い捨てになるらしいけどね。
まあ、その程度は仕方ないし、誰でも、どこからでも、緊急避難させられるという安心感は大きい。
その場に精霊魔法の使い手が一緒なら、強制的に周囲の転移門を起動させて、メダル保有者を自分と一緒に転移させることも可能だ。
「シンシアちゃん、これってどの位の距離と質量まで送れるの?」
「質量って、質と量のことか?」
「ちっがーう。お兄ちゃんは重さの事だと思っててくれてればいーです」
「なんか雑な説明だな」
「よーするに重さの本質のこと!」
「重さは重さだろ?」
「えっと御兄様、大きな丸太を抱えて水に入れば、陸上で抱えている時よりも丸太を軽く感じますよね? 浮いて重さを感じないかも知れません」
「ああ、それはそうだな」
「ですが、それは単に『軽く感じている』だけで、その丸太の本質的な重さが変わった訳ではありません。コリガンやピクシーが魔法で重いモノを持ち上げたり跳んだりする時も同じです。その物自体の重さの本質は変わらなくても、魔法での扱い方や扱う場所で重さの感じ方は変わるんです」
「だからさー、アタシ達が普通に言う重さ、つまり『重量』ってゆーのは測り方や場所によって変わるよーな、身に感じてる重さの事。で、『質量』ってゆーのは、それの本質的な重さのことなの」
「まあ、分かったような気がしないでも無い...」
気のせいかも知れないけど。
「でー、どれくらい運べるのシンシアちゃん?」
「えっと...あくまでも机上での計算ですけど、あの高純度魔石は大体の品質が一定していますから、魔石一個で大柄な人を...鎧を着込んだヴァーニル隊長くらいの人をここからアスワン屋敷まで送れると思います」
「すごっ!」
「さっすがー!」
「はい、ありがとうございます! まあ、私の術式が凄いって言うよりも、あの魔石の純度が凄いってことなんですけどね」
「いや、それにしても、ポテンシャルを使い切れてるって事が凄いと思うぞ?」
「そーよね! さっすがシンシアちゃん!」
「ホント凄いなあシンシアは。いつもいつも思うけど、シンシアは俺が予想するモノの、遙か上を実現してくるよね」
「そうですか? ありがとうございます御兄様」
「お礼を言うのはこっちだ。シンシアのお陰でどれほど動きやすくなったか考えると...いや逆に、むしろシンシアが一緒にいてくれなかったらと思うとゾッとするよ」
実際これは本音だ。
シンシアが一緒に来てくれなかったら、アプレイスとの決闘に勝てたかは甚だ怪しい。
そうなると、俺一人でパルミュナとクレアを現世に呼び戻せたはずも無いからな。




