転移門が指し示すもの
その後も二人で黙々と魔石を革袋と小箱に収納し続け、時々アプレイスの口にもザラザラと流し込み・・・とうとう飽きた。
「シンシア、まだ入るか?」
「まだ大丈夫だと思います」
「さすがだな!」
「御兄様は?」
「俺もまだ底が見えん...だけど正直に言って、この作業に飽きた!」
「ですよね...」
ずーっと、馬が馬車を牽くかのように黙々と単純作業を繰り返して来たけど、眼前の魔石の山は一向に減る気配がない。
そりゃそうだ、サイロと似た構造なら掬い取った分だけ上から落ちてくるだろうからな。
この建物の中身を完全に空っぽにするまで終わりがないってことだよ・・・
もう泣きそう。
「ちょっと休憩しよう」
魔石サイロの外に出ると太陽が眩しい。
たらふく魔石を喰ったアプレイスも半目を開けてウトウトしてる感じだ。
「これもお祝いに値する出来事ですね!」
そう言ってシンシアは小箱から砂糖菓子を取り出す。
「はい、アプレイスさんもお一つどうぞ!」
「お、ありがとうシンシア殿」
「御兄様も!」
「うん、ありがとう」
俺とアプレイスに砂糖菓子を渡してから、シンシアも自分の口に一つ放り込んだ。
美味い砂糖菓子を味わいながら、壊した扉越しに建物の中を見やる。
奥の方から流れ出してくる高純度魔石の山は相変わらずだけど、落ち着いて見ていると奇妙な感覚に囚われた。
建物の外側は酷く焼かれた上、長い年月に風化されたせいでボロボロに脆くなってるけど、室内は綺麗だ。
暗い部屋、
光を吸い込むように真っ黒で、ザラザラした質感の石の壁。
既視感を感じるんだよな・・・俺はどこかで、似たような場所に入ったことが無かったっけ?
「あっ!」
不意に、これがどこで見たモノだったかを思い出した。
「どうしました御兄様?」
「思い出したよ。俺はこの建物を作ってる素材を全然違うところで見た覚えがあるんだ」
「これって古代の素材ですよね? 一体どちらで?」
「エンジュの森だ」
「は?」
「コリガンの里にこんなモノ無かっただろライノ?」
「いや『これと同じ光景』を二人は見てないよ。ウォームが掘ったトンネルの底で、降りた場所の周囲がこういう黒くてザラザラした岩壁だったんだ」
「そんな!」
「トンネルの中は明かりを付けずに歩いたから、ずっと黒い岩壁が続いていたのか、あの場所の一部だけだったのかは分からない。だけど、穴に降りた時に面白い岩肌だと思ったから記憶に残ってるんだ。コレと同じ材質だよ」
「まさか...」
「なんてこった...」
シンシアとアプレイスが絶句した。
「見たのは暗い中だけど間違いないと思う。あのウォームは、この黒い岩みたいな壁を削ぎ取るようにトンネルを掘ってたんだ」
「だとすれば...」
「ライノ、それはエンジュの森の地下にも、古代のなにやらが埋まってるって事なのか?」
「たぶんな。それにアプレイスが降り立った岩場があっただろう?」
「ああ」
「あそこは浅く土に覆われてたけど、黒い岩があちこちに転がってたじゃないか。これほど真っ黒じゃ無いけど、むしろ太陽に晒されて色褪せたみたいな黒い岩がな。シンシアが腰掛けて手紙を書いていた黒い岩の事を思い出して見ろよ」
二人が言葉を失って考え込む。
このサイロの外壁は高温で焼かれて脆くなってるけど、ただ長い年月を風雨に晒されていただけだったら、エンジュの森の岩場のように少し褪せた感じの真っ黒い岩になってたんじゃ無いだろうか?
「そうだとすれば、ウォームがエンジュの森までやってきたのは、それが狙いという可能性もありますね?」
「ああ。単純に魔力の濃い場所に来ただけじゃ無くて、エルスカインに操られて積極的に遺跡を掘り返しに来てた可能性もある」
「そうかあ...エンジュの森がそもそも魔力の濃い場所だって言うのは、地下に古代都市が埋まってるからだったのか...」
アプレイスの言うように、エンジュの森が周囲の他の場所より魔力が濃い事にも説明が付く。
単純に、その濃い魔力を狙ってウォームがトンネルを掘ってきたのか、もっと具体的な狙いがあって地下都市?を掘り返すはずだったのかは分からないけど。
「あそこはサランディスやアンケーンとは違って、街として生き残ってない。何があったかは分からないけど、埋もれて森になったんだ」
「ここと同じようにか?」
「そうだな...ただ、エンジュの森はココと較べたら地面も普通で、大きな木が育ってるちゃんとした森だろ? 溶岩に埋もれたなんて事は無かっただろうね」
「かつてあそこに街があったとして...そうすると埋もれた原因はともかく、エンジュの森の地下にも、こんな魔石サイロが眠っている可能性がありますね」
「あるな。ただ可能性はあるけど俺たちには探しようがない。だからこそエルスカインは地下を探らせるために、わざわざ南方大陸からウォームなんか引っ張ってきてるんだろうけど」
「ですね」
「まあコリガン達のことを考えたらエンジュの森を掘り返す訳にもいかないし、むしろエルスカインを放置してたら、将来的には森を焼かれる可能性だってなきにしもあらずだよ」
「ウォームを殺さずに引き返させて良かったなライノ。殺してたら単純に次のウォームが送り込まれてたと思う」
「だよなあ。あれで時間稼ぎにはなっただろう」
「エルスカインが『探索して見つけられなかった』ってことになってくれたらいいですね」
「それを祈ろう。まあ手紙箱があるから、もしもの時の連絡は来るさ」
「ええ、彼らからの連絡次第で判断すれば大丈夫だと思います。ところでこの魔石サイロ? ですか。これが周囲にまだ幾つかあるんですよね?」
「そうだ。上から見れば分かるんだけど、木々の間からちょっと黒い岩が顔を出してるくらいだから、よほど近くを飛ばないと気が付かないだろうな。遠目だと岩にしか見えないし」
「俺も前を見て飛んでたから気が付かなかったぞ? パルレア殿が横を監視してたから見つけられたけど、普通なら真上を飛ばないと無理だろうコレ」
「アプレイスさん、全体の中で真ん中辺りにある魔石サイロの上に、私を運んで貰えませんか?」
「なにするの?」
「魔石がこれだけ潤沢にあるんですから、上手く使えば結界なんて張り放題です。ここ全体を不可視の防護結界で覆ってしまおうと思います」
「なるほど、万が一にもエルスカインに見つけられなくする訳か」
「はい。仮に見つけても入れないし、入ろうとすれば私たちに露呈します」
「それはいい」
「平たく言えば、それって泥棒よけだよな!」
「そうですね。ちょっと攻撃的な泥棒さん避けです!」
うん、『泥棒さん』に対してどのくらい攻撃的かは聞かないでおこう。
++++++++++
当面何があっても供給できるくらいの魔石を収納したところで、シンシアとアプレイスが魔石サイロ全域に不可視の防護結界を張り、俺たちは村に戻った。
村の中は『移転先決定!』の報せで沸き立っているかと思ったら、そんなことはなくて全然静かだ。
「あれ? 以外とみんな冷静なの?」
「いえ御兄様、ルマント村の皆さんにはまだ知らせていません。そもそも手紙箱の存在も教えてないのですから」
「そうだった...」
「おば、エマーニュさんとダンガさん、レミンさんには伝えました。村人の皆さんには、御兄様の許可が出てから発表すると」
「許可かあ...まあ秘密って言ったもんな」
「先ほどの話で問題なければ、皆さんにも王都からの報せを開示しますか?」
「そうしてくれ。ただ当面は精霊魔法とか転移門って言う話は抜きにして、シンシアが手紙箱の魔法を使ってると思ってて貰った方がいいだろうね。魔道士ポジションだしな」
「分かりました御兄様。では遠隔地と手紙のやり取りが出来ると言うことだけ知らせて、アプレイスさんのことと転移門のことは必要になった時に教えると言うことにします」
「うん、それでいいよ」
いきなり村人全員に教えても意味がないというか、理解できないだろうと言うことで、まずはオババ様と長老達に手紙箱のことを教えることにする。
当面、村人達には手段は伏せて『村の土地が見つかった』という報せの内容だけを伝えればいいだろうっていう判断だ。
もし本当に『転移門で移転する』となったら、結局は全部を教えることになっちゃうんだけどね。
その先はその時に考えるとしよう。




