贅沢な作業
浮かれている俺を見て、シンシアが少しだけ心配そうな表情を見せる。
「ただ、この魔石と手紙箱の術式を使って人を移動させる事は原理としては可能だと思いますけど、それを実際に動く魔道具として完成させるのに、どの位の日数が掛かるかは取り組んでみないとなんとも言えません」
「そりゃあ当然そうだろう?」
「最悪、予定通りに出迎え馬車に乗せた方が良かったとなることも...ないとは言い切れないです」
「まあな。その時はその時だ。それに早すぎると受け入れ側の準備が出来てないだろうし、行き先も決まってないのに送り出しても仕方がないからね。移転は二段構えで考えよう」
「いえ御兄様。それに関しては先ほど、お母様とお父様からの手紙が届きました。アサム殿とウェインス殿が新しい村の場所を決めたそうです」
「おおっ、そうなのか!」
「はい。なんでも大公家の古い狩猟地があったところだそうです。キャプラ公領地の中で、なおかつスターリング家の私有財産なので、どうにも出来ると...お母様も、さっそく騎士団を現地に向かわせて手伝いをさせると書いてありました」
「そうかあ...それは良かったなあ...」
「本当に良かったですよね!」
「これでアンスロープの人達も心置きなく準備が進められるな。目的地がハッキリしてればやる気が大違いだし、向こうに持っていかなくて良いものとかも選びやすいからね」
「ええ、それとお父様からの手紙にもう一つの用件が...」
「うん?」
「実は、しばらく前にルースランドのエルダンにある古い城で大きな事故が起きたらしいのです」
「ルースランドで?」
「なにぶんにも遠いところでの出来事ですし、厳しい箝口令が敷かれていたことから、密偵の報告がお父様に入るまで時間が掛かってしまったようですが...推定するに、その事故が起きたのは、私たちが牧場の転移門を破壊した時と一致するらしいんです」
「マジか!」
「マジです。エルダンの古城で石組みが崩れて、大規模な崩落事故があったと」
以前から奇妙な噂の絶えなかったルースランドだ。
これを偶然の一致と考える方がおかしい。
もしもエルスカインが、犀の魔獣だのウォームだのといったデカブツを南方大陸から貿易船に乗せて運んで来たとすれば、ルースランド王家に手配させて港町のデクシーに降ろすってのが妥当だしな。
しかもエルダンか・・・
俺は行ったことが無い古い土地だけど、東西大街道の整備が完了するまでのエルダンは、ミルシュラントとの国境に一番近い『砦』の一つだったはずだ。
それこそガルシリス辺境伯が健在だった時代にはミルシュラントと睨み合う最前線の一つだったらしい。
「そうかエルダンか。シンシア覚えてるか? あの罠を吹っ飛ばす時に『アプレイスを取り込もうとした転移門の先はエルスカイン自身がいるような場所じゃない』って話をしたよな」
「はい、いきなり『謁見の間』にドラゴンを連れてきたりはしないと」
「となれば?」
「エルスカインはそこにいなかったはずですね」
ルースランド王家が居城を構える首都は『ソブリン』だから、今回の事故で王家自体もさしたるダメージを受けてないだろう。
「そうだ。つまりルースランドのエルダンはエルスカインの重要拠点だったけど、本拠地じゃない。だけど賑やかな首都のソブリンにエルスカインがいるって気もしないな」
「きっと居場所は別でしょうね」
「なあライノ、やっこさんの本拠地がこの南部大森林でもルースランドだかでもないとすれば何処なんだ? 前にシンシア殿が見せてくれた絵図の、結節点のどこかか?」
「そこはなんとも言えないけど...この南部大森林にエルスカインが隠れてるんじゃないかと俺が思った理由は、ここだけは他の結節点みたいに古い都があった場所じゃなくて、実際に『何があるか』が不明だったからなんだよ」
「ふーむ、ライノの言わんとするところは俺にも分かるな。なにも無いのが逆に怪しいって奴だ。まあそれにしても、ホントに古代の遺跡があったとはビックリだけどな!」
「ああ。だけどルースランドみたいに、大結界からは離れた全く別の場所だって可能性もある。俺たちが全く知らないだけでな? 実際、いまシンシアからの報告を聞くまでは、エルダンなんて地名は脳裏に上がった事さえ無かったんだから」
「...そうですね。痕跡が全くないとすれば、私たちには探しようが無いって可能性もありますから...」
「なら考えるだけムダだろシンシア殿? いまヒントのあるところから追うしかないさ」
「ヒント...そうですね、ヒント...そうだ御兄様、転移門の解析をもっと進められるかも知れません!」
「おっ、そうか?」
「はい。これまでエルスカインの転移門は強い術者が設置して回っているという前提でした。ですが先ほど御兄様が仰ったように、この高純度な魔石をエルスカイン側も持っているとするならば話が変わります」
「だよな」
「しかも、高原の牧場にあった罠の転移門は跳び先がルースランドのエルダンだったと、いったん確定して考えても良いと思います」
「あ、そうか! 解析しなくても跳び先が分かっちゃったな!」
「ですが、基準点がルースランドかどうかは、まだ不明です」
「基準点?」
「私たちにとってのアスワン様のお屋敷です。新型転移門で転移門同士の間を自由に跳べるようになりましたけど、全ての転移門を辿って行けば、最後はアスワン様の屋敷に辿り着きます」
「ああ、そうか!」
「ええ、解析を進めれば、エルスカインの転移門の基準点に辿り着けるかも知れません。少なくとも跳び先がエルダンだと仮定できれば、解析の難易度が格段に下がると思います」
「シンシア殿、ちょっと気になったんだけど?」
「なんでしょうアプレイスさん」
「逆に、俺たちの使ってる転移門をエルスカインに辿られて、アスワン屋敷の位置を特定されるって心配はないのか?」
「絶対、はありませんけど、恐らく大丈夫です」
「なんで?」
「一つは私たちの使っているのが『精霊魔法』だと言うことです。そもそも精霊魔法を使えない者にとっては解読以前の問題ですし、転移門を攻撃に利用することも出来ません」
「なるほど」
「それと、新型転移門には念のための仕掛けを施してあります」
「え! そうなのシンシア。それって俺も知らなかったよ」
「そんなに大袈裟な話ではありませんので...そもそもパルレア御姉様が以前に置いていた転移門でも難読化はされています。そこは、どんな魔法陣でも程度問題ですからね」
「そっか」
「新型転移門には、さらに偽の基準点が仕込んであります。もしもエルスカインが何らかの方法で解読できたとしたら、基準点として浮かび上がってくるのはアルファニアの首都、ラファレリアにある王宮です」
「は?」
「リンスワルド家はアルファニア王国が出自ですし、わたしも王宮魔道士見習いとして長く滞在していました。そこで大精霊様と知り合ったとか...自然な流れに見えませんか?」
「かもしれないけど、ヒドい責任転嫁だな!」
「いえ、ただの目眩ましですから。無いとは思いますが万が一エルスカインが基準点を解読したら、ラファレリアに私たちを探しに行くよりも、必死で解読したのに騙されたと分かって怒る方が先でしょう」
「シンシア殿って時々、辛辣だよね」
「そうですか?」
「まあエルスカイン相手なら丁度いいくらいだよ」
「御兄様まで...」
「冗談だよ。それよりもシンシア、とにかくこの魔石の有効利用を考えようじゃないか?」
「はい!」
仮にエルスカインとの戦いにおいて、一つの高純度魔石が一人の魔道士や熟練兵士に匹敵すると読み替えれば、俺たちはとんでもない軍勢を手に入れたことになる。
これを活用せずしてなんとする、だ。
「シンシア、とりあえず小箱を出してくれ」
「は、はい」
シンシアが腰のポーチから小箱を取り出したが、それからどうすればいいか分からずに戸惑っている。
「この魔石を運べるだけ収納しておこう。転移門への応用に限らず、何処でどんな使い道が出るか分からないからな」
そう言って俺は革袋からシャベルを取り出し、宝石のごとき価値を持つ高純度な魔石を、さながら石ころのように掬って革袋に流し込んだ。
「あ、そうですね!」
シンシアも慌てて小箱の蓋を開け、俺が譲った鍋セットのフライパンを取り出して魔石をザクザク掬い始める。
フライパンで高純度の魔石を掬うって凄い光景だよな。
魔石がまるで黒豆のように扱われているとか、一体どこの国のお伽話だって感じ。
リンスワルド家の岩塩採掘孔に入り、俺の中で『塩の価値』が駄々下がりした時と同じだけど、塩と高純度魔石じゃあ経済的価値が雲泥の差だな。
ホントに塩と金くらい違う。
それも重さじゃなくて大きさでね。
「アプレイス、少し喰うか?」
「おう、くれくれ」
シャベルで魔石を山盛りに掬い上げ、そのまま戸口まで運んでアプレイスの口にざらっと流し込む。
「うまいな!」
「味なんかするのか?」
「味覚って言うのとはちょっと違うか。少なくとも人の姿で飯を食うのとは意味が変わるけど、噛み砕いて魔力の濃さを感じ取る事を楽しく感じる。そう考えると『味』というよりも純粋な『濃さ』だな」
なるほどね・・・魔馬かお前は。
リンスワルド牧場から連れてきた七頭の魔馬達に魔石を喰わせてる状況を思い浮かべてしまったぞ。




