岩の平原が出来た理由
大森林の成立よりも古い建造物・・・誰が、いつ、なんのために建てたものかもサッパリ見当が付かない。
「南部大森林は、一つの国ほども広い範囲に大岩が敷き詰められているような場所だ。で、いま生えている森の木々はその上に積もった浅い土に根を張ってる。俺は土が浅いから巨木が育たないんだって思ってたけど、実は逆で、まだ巨木が育つほどの土が溜まるほど年月が経ってないってことだろうな」
「じゃあルマント村みたいな場所は例外って言うか、地形的に周囲から雨で流れ込んできた土が溜まった場所って事か?」
「だろうな。洗い流された土が流しの底に溜まったようなものさ」
「酷い例えだな」
「ねーお兄ちゃん、だったらそのゴロゴロ岩達はどっから転がってきたの?」
鋭い質問だなパルレア!
俺にもさっぱり分からん!
いや待て・・・随分と昔、似たような話を聞いた覚えが無かったか?
「ここと同じかどうか分からないけど...南方大陸の火山の近くで、似たような事が起きた話は聞いたことがあるな」
「へぇー」
「火山か。リントヴルムどもが好んでる場所だ」
リントヴルムか・・・アプレイスの言う『地竜』のことだったな。
「その地方で大昔に火山が爆発...噴火って言うんだけど、それで大地の底から信じられないほど沢山の燃えた砂や岩が飛び出してきて、あたり一面を埋め尽くしたって伝承を聞いたんだ」
「燃えた岩と砂か、そりゃあたぶん溶岩って奴だな」
「溶けてんのか?」
「岩や砂も熱せば溶ける。人は道具を作る時に鉄を溶かして固めるじゃ無いか。あれと同じだよライノ」
「まあ砂鉄も鉄鉱石も、元を正せば砂と岩か」
「そういうこと。まあ俺なら鉄でもブレスで溶かせるけどね」
「えー? アプレースのブレスってさー、お兄ちゃんとシンシアちゃんに防がれたクセにー!」
「あれは防げるコトが異常なの!!!」
「まあとにかくだ。地中から燃えた岩と砂が吹き出して辺り一面を覆い尽くし、その土地で生きていたモノは全てが死に絶えた。近くにあった湖も凄まじい炎で蒸発して岩で埋め尽くされた。後に残ったのは、ただただ全てが岩と砂と灰で埋め尽くされた『死の平原』なんだそうだ」
「ライノは、そこに行ってみたことあるのか?」
「無いな。話に聞いただけだ」
「その場所って、いまはどうなってるんだろうな?」
「その噴火がどれくらい昔に起きたのか次第だけど、世界戦争と同じくらいに古い話だったら、そこも、ココと似たような森になってるような気がしないか?」
「わかる...」
「でもさー、もしそうなら南部大森林にも昔は火山があったって事かなー?」
「大森林の南側、ポルセト王国の近くにはそこそこ高い山脈があるけど、あれが火山かどうかは分からないな。煙が出てる訳じゃ無さそうだし」
「でも、違うとも言い切れないか」
「まあな」
「その山にはポルセト王国側から登れるのかな?」
「無理じゃ無いかな? ポルセト側と言ってもポルセト王国の領土内って訳じゃない。どのみち南部大森林のど真ん中だし、誰も踏み込んだことなんか無いだろうからね」
「じゃあ国境を越えるとか、そういう話でもないのか?」
「南部大森林の中に国境なんてないよ」
「ふーん、ドラゴンにとっちゃあ国境なんて心底どうでもいいけど、普通なら人族はなにがなんでも線を引きたがるクセに珍しいな」
「否定はせんな。その線が争いの結果だったり、逆に争いの種だったり色々だけどね」
そんなことを話しながら『謎の建造物』の周囲をぐるっと歩いて一周し、入り口らしきモノでも無いかと探してみたけど、やっぱり窓一つ見当たらなかった。
足下は山奥の渓流のように大岩がゴロゴロ積み重なっていて歩きづらい。
この三人だから良いようなモノの、もしもシンシアを連れてきていたら、ずっと俺が抱きかかえて歩くことになっていただろうな。
「もしもこの建物に入り口があるとしても、そこは『元の地面』って言うか、コレが作られた時の地面の高さだろ? ライノが言うように周囲の岩が後から転がってきたんだとすれば、入り口は岩の下に隠れてるよな?」
「そーよねー!」
「古代の人が作ったものだとして、エルフ族や人間族なら大きさもそう変わらないだろう。もしも建物だったら構造とかも同じようなモノだと思うんだよな」
「この周辺の岩って、どれくらいの厚みで積み重なってるんだろうなあ...」
「よく見ると岩と岩の間って、けっこー隙間が多いよねー。アタシが隙間に入って探ってみよーか?」
「絶対にダメ!」
「なんでー?」
「万が一でも岩が揺れたりしたらどうすんだよ。潰されるとか挟まれるとかしたら終わりだろうが」
「えー、お兄ちゃんしんぱい...」
「やかましいわ。とにかく危ないことは兄として許しません!」
「なら、俺がドラゴン姿に戻って掘り起こしてみるか?」
「そうだなあ...それが確実か」
「だな!」
空中でアプレイスがドラゴン姿に戻って木々を押しつぶすっていう手もあったんだけど、その衝撃で岩が崩れたり、この建造物が揺れたりしたら良くない気がしたし、『痩せても枯れても森は森』なのでブレスで焼くのも却下。
結局、面倒だけど俺が建造物の周囲の樹をスパスパと伐採して回った。
作業が手早く済んだのは、対魔獣戦闘から伐採開墾まで万能なガオケルムのおかげである。
竜に戻ったアプレイスが、掘り起こすというか、爪先で岩を一つずつ丹念にほじくり返すようにして建造物の根元を探っていく間、念のために俺とパルレアはアプレイスの背中の上に避難し、なにかヤバいことが起きたらすぐ空中に飛び立って貰えるようにしておく。
最初は慎重だったアプレイスも、掘り下げるに連れて剥ぎ取った岩を周囲にポイポイ投げ捨てるような感じになっていったけど、おかげで一刻と経たないうちに建造物が埋まっている『本当の地面』と思わしき境目が見えてきた。
「けっこう深かったけど、ここが元の地面か...なあライノ、やっぱり溶岩みたいな感じで元々の地面や生えてた樹、それにこの建物の表面も、全部焼け焦げたんだじゃないかな?」
「ボロボロに脆くなっていたのはそのせいか?」
「かもな。風雨の影響が大きいだろうけど、最初に表面を焼き尽くされたから余計に脆くなってたんだろう」
「じゃー、黒いのは焦げたから?」
「いや違うなパルレア殿。これは元々こういう黒い材質だと思う。むしろ表面が脆くなって内側の黒い材質が剥き出しになってきてるんだ」
「ふーん」
アプレイスが掘り下げた深さは、ゆうに俺の身長を超えている。
その露わにされた面の一つに直線的な溝が見えていたので、地面に降りて近寄ってみると、綺麗な矩形を描いているのが分かった。
「コレってさー、人の背丈よりちょっと高いくらいかなー?」
「だな、俺には入り口とかの切れ目に見える」
「でも何千年だか地面の下に埋まってた訳だろ? 引っ張ったぐらいで開くとは思えんな」
「斬るしか無いか」
「マジかよ?」
「魔鍛オリカルクムだぞ。魔力を集中すれば岩だってスライスできる」
とは言えガオケルムでバシバシ打ち付けるようなモノでも無い。
オリカルクムのナイフを出して、元は出入り口の境目だったらしい窪んだ線に突き立てた。
ナイフを握る手に若干の抵抗感を感じつつ、線に沿ってオリカルクムの刃を滑らせていくと、徐々に深く刃先がめり込むようになっていった。
「やっぱりただの模様じゃ無いぞ。この線は素材の繋ぎ目だな」
「しかし...人が入れる扉の付いた建物だって事は、なんらかの役目があった訳だよな。窓もないし扉も一個だけ。そんな建物の使い道ってなんだ?」
「うーん...倉庫とか?」
「ホラあれ、なんだっけお兄ちゃん、牧場とかにある奴!」
「牧場?」
「背のたっかーい倉庫がリンスワルド牧場にあったじゃん! 牧草を刈って冬の間に貯めとくとかってゆーやつ!」
「ああ最新型って言ってたアレか! サイロだっけ?」
「そーそー、それそれ!」
「なんだよその『サイロ』って?」
「レンガ積みの背の高い倉庫だ。最近広まってきてる方式で夏に刈った牧草なんかを上からぎゅうぎゅうに詰め込んで保管しとくんだよ」
「それ、なにかいいことあるのか?」
「俺も良く知らないけど、なんか夏に詰め込んだ牧草が冬になる頃には、いい感じの飼料になってて、牛たちが喜んで食べるんだってさ」
「へぇー、じゃあこの建物って牛や馬の飼料を溜めてた建物か...」
「いやまあ、形が似てるってだけだけどな」
数千年前の牧草とか、もしそのままだったら見事な土になってそうだけど。
「うまく切れそー?」
「仮に扉だとしても蝶番の構造がわからん。さび付いてる可能性が高いし、ナイフで全周を切り抜く方が早そうだな」
「魔法の鍵ならアタシが解呪しちゃうんだけどねー!」
そうなんだけど物理的に固着してるモノは仕方ないし、この場合は魔法で吹き飛ばすよりもナイフで抉る方が丁寧な作業と言えるからね。




