黒い岩の群落
小さな粒のように見えていた沢山の黒い点々は、近づくにつれてハッキリとした岩の形を現してきた。
一つ一つは、岩山と言うにはちょっと小さい。
三〜四階建ての塔くらいの大きさの巨岩が木々の間から少しだけ頭を突き出しているような感じで、全体が樹の海だと考えれば、あの黒っぽい岩達は水面から顔を出している岩礁のように思える。
偶然、すぐ脇を通りかからなければ見つける事が出来なかっただろうな・・・
それも空からじゃないと無理だ。
見通しの悪い捻じ曲がった樹木の海を歩いて通っても、真っ直ぐにぶち当たらなければ気がつけないだろう。
「パルレアとアプレイスは変な雰囲気を感じるか?」
「別にないかなー?」
「そうだな...他と較べて魔力が濃いとか濁ってるとか、そういうことも無いと思うぞ?」
「ねーっ!」
「だったら近寄って確認してみよう。大きな岩の上なら着地できそうかな?」
「よっぽど脆い岩でなきゃ問題ないと思う」
「じゃあ頼む」
少しずつ距離を開けてポコポコと林立している岩々にゆっくりと近寄ってみると、黒い大岩はどれも同じように見えて、アプレイスが『群落』と言ったのも然もありなん、という雰囲気だな。
立っている間隔もほとんど均等に思えるのが人工的だ。
もちろん遠目には岩っぽいけど、形が整っていて周囲の木々とは異質というか存在感が浮いているし、こんな風合いの岩や石ころをルマント村の周辺で見た記憶はない。
「思ってたよりも天辺がなだらかだな。ちょいと降りてみるか」
アプレイスがそう言って、黒岩の一つに頭を向けた。
近づいてみると、どの岩も全体の形状は円筒状で、天辺が緩やかなドームになった塔のようだ。
大きさも似たり寄ったりで、個々の特徴と言うべきものも無い。
「ん、なんか思ってたより脆いな。固いけど表面が崩れかけてるみたいな岩だ」
いつもの如く、まるで着地の衝撃を感じさせない見事な着陸をしたアプレイスが、ちょっと意外そうな声を出した。
土地によっては、そういう岩は良くある。
一見固そうに見えるけど、指でほじると粒がボロボロと崩れていくような感じで、魔獣を追ってそういうところをよじ登る羽目になると難儀だし、単純に墜落の危険が高くて危ない。
アプレイスの背から飛び降りてみると意味が分かった。
固いのに、脆い。
表面はかなり風化しているみたいだ。
岩の縁まで歩き回ってみたけれど、この岩の用途を示すようなものはなにも見つからなかった。
表面はかなりボロボロと崩れやすいから、迂闊に縁まで近寄ると足下が崩れて落ちかねないな・・・まあ、パルレアは飛べる高さだし、俺もこの程度なら飛び降りてもどうと言うことは無いからいいけどね。
でもどうして、この岩の塔?を見ていると心がざわつく感じがするんだろう?
「ちょっと下に降りて調べてみよう」
「アタシも行くー!」
「俺も行くよ」
アプレイスはそう言って人の姿に変わった。
「その格好でも飛べるのか?」
「ちゃんと飛ぶのは無理だな。身軽に動くって言う程度の意味なら飛べるから、ここから降りるくらいは問題ない」
そう言えば最初に会った日は、この姿で尾根の上から降りてきてたんだったな。
迂闊に飛び降りて木の枝に引っ掛かったりするのは嫌だから、ギリギリの縁まで歩いて地面を見下ろし、木々の隙間が開いているところを選んで飛び降りる。
パルミュナとアプレイスは、俺の後からふわーっとした感じで降りてきた。
ちょっと羨ましい。
「良いなあ、そういう風に飛べるのって!」
「お兄ちゃんも頑張ったらきっと飛べるよー? ピクシーだって飛ぶんだもん」
「重さが全然違うだろ!」
「まー、使う魔力は桁違いになるけど、もうお兄ちゃんの保有魔力ってふつーの人族の域じゃないもん」
「そうか...今度練習してみるからコツを教えてくれよ?」
「分かったー!」
「よし、俺も教えてやろう」
「ドラゴンと同じに飛べる訳あるかっ!」
せめてポリノー村でグリフォン討伐した時のパルレアというか、当時のパルミュナくらいに飛べるなら格段に戦い方の幅が広がるんだけどな。
ともかく、地面に降りてから大岩を見上げてみると、側面が意外なほど垂直だ。
天辺の周囲が風化して崩れ落ちていなかったら、もっと『筒』のような形に見えていたかもしれない。
遠目に自然な岩のようにも見えたのは円筒形だからだろうな・・・これが四角い直方体だったら、一目で人工物だと思ったはずだ。
見上げていて、ふと気が付いた。
岩の表面になにか溝のようなものが刻まれている。
最初は岩自身の模様とか、風雨に晒されて崩れていく時に出来る縞模様とか、そういう類いだと思って気に留めていなかったんだけど、それにしては溝のような線の向きや幅、長さがどれも一定だ。
まるで・・・
「まるで、人が刻んだような模様だな」
「えっー、マジで!」
「これがなにかは分からないけど、あの複雑な溝の形には『装飾』よりも『機能』を感じる気がするんだよ」
「つまりあの縞々は、模様って言うよりは加工跡なのか?」
「ああ。どれも形状が整ってるし、これは恐らく『人が作ったモノ』だ」
「マジかよ...」
「お兄ちゃん、南部大森林って人跡未踏だって言ってたじゃん?!」
「そうは言っても人が全く入ってない訳じゃ無いぞ? ダンガ達みたいに森の縁に住んで狩りをしてる人達もいるし、西の端っこの方には通り抜けられる道もある。ただ、大森林の内側には住んでる人が誰もいないってことだからな」
「それにしたって、誰がなんで、こんなデカい岩の塔に模様を刻んで回ったんだ? いや、そもそも岩の塔を作ったりしたんだ? それにコレ、加工されたのは相当な大昔だろ?」
「風化具合から言ってもそうだろうな...パルレア、前にアスワンが屋敷で言ってたことを覚えてるか?」
「えっとー、確か、南部大森林には世界戦争時代のふるーい王国の遺跡が眠っているとかなんとかー?」
「そうだ」
「ってことはライノ、コレはその大昔の遺跡って事か?」
「確証は無いけど、そう考えるのが自然じゃ無いかな? ダンガ達だって、こんなものは知らないだろうし、そもそも森の中を歩いてたらここまで何日も掛かる。いま、大森林の縁で暮らしてる人達には無縁だろう」
「たしかにな」
「もー古すぎて、気配はそこらの岩と変わらないよねー」
「エルスカインの作ったものじゃ無いならいいけど、気味が悪いよな...」
「忘れたのかアプレイス? エルスカインは世界戦争時代の闇エルフの系譜だって言われてるんだぞ?」
アプレイスとパルレアがぎょっとして俺を見る。
俺も自分でそう口にしながら、自分自身の言葉に戦慄していた。
「で...古代人が作ったものだとして、一体なんなんだよコレは? ライノには分かるのか?」
「さあな、見当も付かん」
「カタチは建物っぽいけど窓もないしー」
「こうやって見上げてると一枚の大岩みたいな壁だ。石組みでもなければレンガを積んだ訳でも無い。そもそもこの材料って岩なのかな?」
「漆喰とかー?」
「黒い漆喰なんて見たことないし、脆くなってても元がこんなに固いものじゃないだろ」
「なあ、どっかに入り口とか無いのかよ?」
「ぐるっと周囲を回ってみるか。コレ自体がエルスカインとは直接の関係が無いとしても、本当に同じ時代に作られたものだとしたら何かのヒントになるかも知れんからな」
三人で大岩の周囲を歩いてみた。
それで気が付いたけど、この大岩というか『建造物』は根元が見えてない。
南部大森林の他の場所と同じように岩がゴロゴロ転がってるのは同じだけど、この建造物は『岩の上に建てた』のでは無くて、『建てた後に岩に埋まった』ように見える。
「なあライノ、南部大森林っていつから存在してるんだ?」
アプレイスも、俺と同じ事に気が付いたっぽい。
「知られている限り太古から、だろう」
「じゃあ世界戦争時代の古い王国の遺跡って、これそのものだな! それにコレ、たぶん南部大森林の起源より古いぜ?」
「だよな」
「なんでー?」
「この建造物の根元はゴロゴロ岩に埋まってるだろ? つまり岩の上に建てたんじゃなくて、これを建てた後に岩が転がってきて周囲を埋めたんだよ」
「えー、それってどんだけー!」
パルレアが心底ビックリした声を上げて俺の顔を見た。
アスワンでさえ世界戦争時代のことは知らないと言っていたし、アスワンよりも出自が新しいっぽいパルレアというかパルミュナにしてみれば知らなくて当然か。