Part-2:南部大森林の村 〜 大森林を空から偵察
ダンガを中心にルマント村移転の準備が着々と進む中、昨日の時点でをシンシアが確認したウォームの位置は、レンツがあると思われる地点にほぼ到着していた。
ここからどう動くか・・・
ノイズの魔道具があってもターンしてエンジュの森方向へ引き返すか、どこか別の場所へ向かうか、それとも動かなくなるのか。
ただし動かなくなるとか反応が消えるとかっていう場合には、仕込んだ追跡魔道具がエルスカインに露呈したケースも考えられるから判断が難しい。
いまは俺とアプレイス、シンシア、パルレアの四人で、借りている家の中で額を付き合わせて相談中だ。
「もう一度動きを確認してから対応を決めますか御兄様?」
「そうだな。基本方針は前に相談したように、動かなければ動くまで放置して、ここでの移転作業と森の偵察を優先する」
「もしエンジュの森に引き返した場合は、ライノが行ってウォームを討伐するんだろう?」
「そのつもりだけど、ただ同じスピードならエンジュの森に戻り着くまで、また一ヶ月近く掛かるだろう? それにシンシアの新型転移門があるから時間的な猶予はある。なんならアプレイスとシンシアにはここにいて貰って、俺とパルレアでエンジュの森に向かうことも出来るしね」
「ここから屋敷に戻るための新型転移門は設置してからの時間が長いほど魔力を蓄積できます。エンジュの森まで跳ぶのは、ギリギリまで待った方が効率的ですね」
「問題はさー、レンツから先のどっかへ向かい始めた場合よねー。その場合は、どこへどー向かうのかさっぱり見当も付かないもん!」
「ヒントが重なってくれると良いんだけどな」
「どんなヒントですか御兄様?」
「例えばウォームが方角的に真っ直ぐ大結界の他の結節点に向かい始めたとか、ウォームの行き先と複写した転移門の解析内容に関連が見いだせるとか、かな?」
「しょーじき解析の方はまだ時間が掛かるかなー? 逆にそっちもお兄ちゃんの言うみたいなヒントが欲しーって感じ」
「そうですね。先日の錠前の話に喩えて言えば、鍵を回す方向とか噛み合わせの枚数とか...いまは手元にある『鍵の写し』だけで錠前本体の内部構造を推測しているような状態ですから、鍵を回す向きが分かるだけでも、検討する選択肢の数が半分に減るんです」
「なるほどなあ...」
「まあライノ、とりあえず適当に目星を付けて、姿を消した状態で空から偵察してみようぜ? ついでに、この辺りの近くを飛び回るときだけ姿を見せとけば、ドラゴンが住んでるって噂の証拠にもなるだろ?」
「そうは言っても範囲が広いぞ? 大結界の結節点がここよりも南にあることだけは確かだけど、端っこから虱潰しに飛んでいたら大変だよ」
「ヒントかあ...ダンガに頼んで、領地の住民達が変なモノでも見た噂を集めてみるか?」
「モリエール男爵の領地内でアンスロープ族の集団はルマント村だけらしいぞ。他は人間族の村ばかりだろうから付き合いが薄そうだ」
そもそも大森林の中に一歩踏み込んだような場所に有る集落は、その発祥からして曰くがある事も多く、周囲との関わりが薄い傾向にある。
ダンガも以前に、『なにかルマント村に無い物を手に入れたい時は、他の村との交易よりも、たまに寄ってくれる行商人の方が頼りだ』と言っていたしね。
「考えて分かることならシンシア殿とパルレア殿に任せればいいさ。とにかく、大森林のどこかに何かが隠れてることは確実なんだ。とにかく俺とライノが動けばヒントとやらにぶつかるかも知れないだろ?」
「それもそうだな。ここで唸ってたって仕方が無いし、ウォームの動きがハッキリするまでアプレイスと一緒に飛んでみるか」
「ああ、ちょいと目立って噂になってみようぜ?」
++++++++++
翌日、パルレアも一緒に三人で村の外まで馬車で赴き、そこからアプレイスが竜の姿に戻って空に舞い上がった。
不可視の結界があるから村のど真ん中から跳び上がっても大丈夫なんだけど、異常なほど気配に鋭い村人達に対して、得体の知れない心理的不安を巻き起こさないよう念のため・・・
まずは明確な目標も無くウロウロする状態だから、シンシアは転移門解析を優先して、探すモノや場所がある程度ハッキリとしてから手伝って貰う方がいいだろうという考えで村に残って貰った。
そこそこ高く上がったところで不可視の結界を解いてワザとらしくモリエール男爵領を飛び回ったあと、再び結界を張って大森林の上空へと向かう。
今日は日帰りの予定だからそんなに奥地まで行くつもりは無いけど、そもそも俺は・・・いや誰でも有ろうと・・・南部大森林を空から見下ろしたことのある人族なんていないはずだ。
これだけの広大な森林だから、ピクシー族やコリガン族だって住んでいそうだけど、ピクシーの魔力ではそれほど高くは舞い上がれないからね。
そう言えば、モリエール男爵もピクシー族を普通に知ってる感じだったな。
どうでもいいけど。
「それにしても広い森だなあ。言葉通りに『見渡す限り』ってヤツだ」
「広いねー。端っこの方なんて霞んで見えないもん」
「こんだけ広くて人の村が無いって言うのも不思議だけどな。なんか特別な事情でもあるのかライノ?」
「こうやって空から見下ろしてるとそれほど感じないかも知れないけど、実際はもの凄く地面の起伏が激しいんだ。歩いて入ってみれば分かるよ」
「へぇー」
「へぇー」
二人とも、そんな気の抜けた感嘆詞でハモるなよ。
「岩がゴツゴツしていてちょっと歩くだけでも苦労するし、見た目より土が浅いから農作にも向いてない。開拓したくても出来ないんだ」
「そーなんだ!」
「獣は山ほどいそうだけどな」
「ああ。でもダンガ達はアンスロープだから脚力もあって大丈夫なんだろうけど、人族の狩人じゃあこの森は手に負えないな。それほど深くは踏み込めないと思うよ」
「じゃー、ルマント村は特殊?」
「あそこは谷筋に長い年月を掛けて流れてきた土が溜まったような地形だな。超広い谷戸って言うか...村の土地は平らだし農作も出来てるけど、両脇の山に一歩踏み込んだらココの下と変わらないよ」
「魔獣がいなくても、並の連中には楽に住めない森って事か」
「使える土地が限られてるからダンガ達も全く別の土地へ移動するしか無かった。本来ならモリエール領内で移転できれば良かったんだけど、まあ、男爵の領地もそれほど広くは無さそうだしね」
「ミルバルナの他の地域じゃダメだったのか?」
「南部の平原は人間族、北部はエルフ族の集落ばかりで、ルマント村に限らず、アンスロープの集落は大森林の縁にしか無いんだってさ。どうせなら外国で土地を探したいって思った気持ちは分かる」
「へぇー」
「へぇー」
そう言えばパルレアは、ダンガ達に初めて会って移転話を聞いた時には、アスワンから精霊界に連れ戻されてて一緒にいなかったんだったな・・・
「そういう事なら、大森林から魔獣が溢れてきてるのが問題なのに、そのまま大森林の縁沿いに横にスライドするって気にはならないだろうな」
「村を移す手間は北でも西でも変わらないもんねー」
「ん? 西にスライドって言えば...結果論だけど、ルマント村が魔獣の圧に押されてるのは大結界の結節点に近いからだよな? だとすると、東西に広がってる大森林の縁に他のアンスロープの集落があったとしても、そこは特に危機に陥ってない訳か?」
「調べちゃいないけど、そうかも」
「ライノ、普通なら魔獣達は魔力が濃く湧き出してるところに集まってくるもんだろ?」
それはそうだ。
リンスワルドの岩塩採掘孔しかり、レンツの井戸しかり。
「だけどライノ、エンジュの森に魔獣達が流れ込んできて荒らされ始めたのは魔力の濃さで引き寄せられたんじゃ無くて、逆に、あの高原の牧場にエルスカインが罠を置いたからこそだよな?」
「だな。元から住んでた魔獣達は突然の異変や幻覚に恐怖を感じて逃げ出したってことだ」
「それは追っ払われたようなもんだ」
「実際そうだろ?」
「魔獣は敏感だ。ってか、こう言っちゃあなんだけど俺たちドラゴン族と違って普通の恐怖心もある。エルスカインが奔流を弄った結果っていうか、変化の仕方に恐れを感じたんだろうな...ただ自然に魔力が溜まっただけなら、むしろ寄ってくるはずだ」
「まあな」
「つまり、魔力の変な動きがその中心にあったって事だな...なあライノ、魔獣達が大森林の中をどういう風に移動してきたか知る方法って無いかなあ?」
「移動経路って意味か?」
「ああ。移動経路を逆に辿れば、その中心に『魔獣達を追っ払ったなにか』があるって事だろ? 魔獣がなにを厭がったのか怖がったのか知らないけど、昔は...エルスカインの活動が活発になる最近までは...存在してなかった『なにか』が、そこにあるんだと思う」
「おおっ...」
「アプレースって頭いいー!」
「照れるぜ!」
「そうだよな! きっと魔獣達が逃げてきた中心にエルスカインの置いた結節点があるんだ」
「いやこれ、最初はライノの思いついたアイデアじゃ無いか? ウォームの後を追おうっていうのと考え方は同じだろ?」
「う、それもそうか」
「それがあったから俺も思いついたんだぞ? 先にライノが思いつけよ!」
「お兄ちゃんって、時々抜けてるのよねー!」
「ずーっと一緒にいるお前が言うな」
「えへー」
「で、どうするライノ? そうは言っても魔獣達が逃げてきたコースを辿る方法なんて有るのか?」
「無くはない、と思う」
試してみないと確実性は分からないけど、ダンガの力を借りればなんとかなるかも知れない。




