印を持ってるわけは?
それって、俺のいたエドヴァルのロンザ公爵領で出されてる印だよね?
つまり俺の首から下がってるものと同じだよね?
一瞬、パルミュナがいつの間にか俺の首から抜き取ってたのかと思って、思わず胸もとに手を当ててしまった。
もちろん、ちゃんと下がってたけどな。
なあパルミュナ・・・行く先々で俺の知らない設定を小出しに開帳していくの、勘弁してもらえないかな?
周囲のみんなも驚いたけど、俺も、もう泣きそう。
「えぇー....」
パルミュナを『妹ちゃん』と呼んでいた優男は、パルミュナが服の下から引っ張り出した印を見て絶句した。
どこの師匠筋であろうと、パルミュナが正規に印を受けているというのは、見ため年齢的にちょっと無理がありそうだ。
「あの...妹ちゃんはさ、その印はどうしたの?」
俺に聞かずにパルミュナに聞くか。
まあ、その方がいいけど。
「お父さんの形見ー!」
にこやかに宣言するパルミュナ。
本当に流れるように嘘をつくとはこのことだな。
まあ、一気に周囲の空気は和んだよ。
『だよねー』とか、『いくらなんでもそれはないよねー』という、視線による無言の会話がテーブルの周りを飛び交う。
「ああ、あのね、妹ちゃんさ。お父さんの形見を持ってるのは大切なことだけどさ、あんまり、人に見せない方がいいと思うよ?」
「うん、そうだね。詳しくはお兄さんにちゃんと聞いた方がいいけど、破邪の印ってね、本当は師匠についた人たちから認めてもらわないと、身につけちゃいけないものなんだよ」
「もちろん、大事なものだから持ってていいんだよ? ただ、それを誰かに見せて、自分が破邪だって言うのは、やめた方がいいかなー?」
みんな、『父親の形見』を握りしめてニコニコしているパルミュナを傷つけないように諭そうと、言葉選びに苦労している。
言うまでもなく、逆に俺には刺さるような視線が浴びせられている。
それはもちろん『ちゃんと説明しとけよ! 家族だろうが!!!』という非難のメッセージだ。
だから目立つなとあれほど・・・
「や、すみません。修行を積んで師匠から認めてもらわないと破邪を名乗れないってことは教えてあるんですけどね。破邪の印を持ってるってことが破邪なのではないと」
「うん、それはわかってるー。だって、あの山賊のおじさんたちも印を持ってたしねー」
周囲の男たちがグサッと心臓を刺されて黙り込んだ。
まあ、これは言葉を継ぎづらいよね、しかもパルミュナがいかにも無邪気そうに言ってるし・・・この役者め!
「でもアタシ、魔法も使えるしお兄ちゃんと一緒に戦えるよー? だからアタシは本物の破邪じゃないけど、『破邪の従者』なの!」
なんだそれ?
破邪は騎士じゃないよ?
弟子は連れていても、従者を連れてる破邪なんか見たことも聞いたこともないわ!
ていうか娘の次は妹で、次は従兄妹で従者でって、一体この先はどんな属性を出してくる気だよ?
周りの男たちの空気が微妙だ。
こんな細っこくてちっこい子が言ってもリアリティがないからな。
いくら『魔法で戦う人の強さは見た目でわからない』と言っても、戦うことに慣れた人間特有の、肝の座り方というか、図太さみたいな雰囲気というのは確かにある。
加えて、ここの人たちは痩せても枯れても現役の破邪だからな。
相手が身に纏う魔力や、戦闘力をある程度は感じ取れるさ。
日頃、魔力を封じ込んでいる状態のパルミュナの外観と身に纏う雰囲気は、中身を知っている者からすればとてもイラつくことに、『可愛い』と『無邪気』だ。
さっきの衣装店の店員さんのように、『きっと魔法が強いんでしょうね』っていう見立ては、結果論としては間違っていないが、鋭いとも言い難い。
ところがややこしいのは、パルミュナの場合は本当に強いだろうってことなんだよな。
それも、俺なんかじゃ比較にもならないくらいに・・・
あれ?
だったら、ここの破邪たちもやっぱりパルミュナの外観と雰囲気に騙されてるってわけで、『魔法の強さは見た目じゃわからない』ってのは、結局正しいってことになるよな?
偽の裏は真って感じか。
ちょっと悪戯心で、パルミュナに全魔力を解放させてみたくなる。
みんな、どんな反応するだろうな?
絶対にやらせないけど。
うっかりこの建物が消えたりしたら困るしな。
微妙な空気が場を支配して、みんなが喋りにくくなったところでドアが開いて、さっき出て行った男が帰ってきた。
ふー、ナイスタイミング!
さて、結果はどうかな?
「いま騎士団の連絡所に行って、コリンの街で変な話がなかったかって聞いてきたんだが...」
うんうん。
これで何もなかったとか言われると辛いな。
まあ、いいけど。
「ここで印を受けた破邪が五人、思念の魔物に取り憑かれて山賊になっていたと、自分から騎士団の詰所に報告に来てたそうだ。一応、事実関係の確認のために、ワンラ村の村長のところへ人をやったら、確かに、その五人が魔獣討伐の依頼を引き受けたものたちだったそうだ」
お、話が届いていたか。
「ただ、話を聞くと死人も怪我人も、っていうか、被害者が誰も出てなくて、急ぎの調査対象じゃないってことになったらしい。あと、あんたと妹さんのことは、その五人もワンラの村長も話してたそうだよ。疑ってすまなかった」
すると、周りにいた全員が、俺とパルミュナに向かって、軽く頭を下げてくれた。
急にそんなことされると驚くぞ。
「報告じゃあ、その五人は、あんたのことを恩人だと言ってたそうだぞ?」
「まあ、そこまで大袈裟な話じゃないと思うんですが」
「いや、魔物に取り憑かれてから最初に出会ったのがあんたじゃなきゃあ、いつか罪もない人を殺めたか、自分達が死んでたか、どっちかしかなかったって思ったらしい。だから恩人だとさ」
「そうですか...まあ、その気持ちは受け取っておきます」
「それと、あれほど強い魔法の使い手に会ったことはない、とも言っていたそうだ」
「いやあ、それはなんとも。浄化が上手くいってよかったですよ」
そこにウェインスさんが俺とパルミュナのお茶を持って来てくれたので、周囲にとてもいい香りが漂う。
これは確かに気分が良くなる系統の香りだな。
「いただきます」
「いただきます-」
うん、パルミュナもちゃんとお礼を言えたな。
語尾の音引きも短かったし、えらいぞ。
冗談はともかく、俺の話が事実だってことは、ここにいる面々にもわかってもらえた。
問題は、俺がここでウェインスさんから聞いた話が、それとどうまとまるか?ってことだ。
「えっとクライスさん。ともかくも、ここで印を受けた破邪たちを救ってくださったことは、寄り合い所の世話役としてお礼を申し上げます」
「いやウェインスさん、気になさらないでください。それが自分にできる範囲のことであれば、破邪なら誰でも同じことをやるでしょう」
「それでも、彼らが助かったことは事実ですからな...ところで、お礼を言った舌の根も乾かないうちに申し訳ないのですが、クライスさんに、もう一働きしていただくというお願いはできないものでしょうかな?」
「えっ俺がですか? 何か地元の方には不向きな依頼でも?」
ここに数人の破邪が昼間から屯っているのだから、彼らをすっ飛ばして俺に依頼をするというには、相応の理由が必要だろう。
「不向きというのとは違いますがね...まさにいま話していた旧街道の調査なんですけれど、いかがでしょう?」
それを聞いて、深刻な表情になっていた周りの男たちが、パッと顔を上げた。
「ああ、それがいいな。逆に地元の俺たちじゃ見つからなかったことも、先入観のないクライスさんなら見えるかもしれん」
「うん、確かに」
「そうだな、それはある!」
「しかもウォーベアが出たなんて言われちゃぁなあ...」
先ほど、破邪が山賊化したことを『麦角のせいじゃないか?』と言いかけて全員から白い目を向けられた男が、またポロッと本音をこぼして周囲にぎろりと睨まれた。
うん、そりゃあ調査の依頼で行ってウォーベアと戦う羽目になったりしたら、絶対に嫌だよね。
勝てば依頼料なんか関係なしに結構な収入になると言っても、負ければ確実な死だもんな。
うーん、こう言ってしまっては自分に驕りがあるようで嫌なんだけど、ここにいる人たちをざっと見た限りでは、独りだとウォーベアはちょっと荷が重いかもしれないという気はする。
かと言って、討伐じゃないただの調査依頼にパーティーを組んで出かけて行っても、依頼料は一人分しか出ないだろうしなあ・・・
尻込みする気持ちはわかるよ。
でも俺としては、最初から旧街道の様子を見に行くつもりだったんだから、それを依頼として受けることには是非もない。
「いいですよ。元々、旧街道の話が気になってここに来たんですから。ただ、こっちの慣習には不案内なんで、調査の条件とか守らなきゃいけないこととかあったら教えてください」
途端に周囲にホッとした空気が漂った。
「おお、引き受けていただけますか! それはありがたい!」
「実はミルシュラントで依頼を受けるのは初めてなので、エドヴァルと流儀の違うところがあるのかも知りません。こっちでは常識、みたいなことも、一応教えていただけると助かります」
「いやいやもちろんですとも! 旧街道沿いの詳しい地図もあるのでお渡ししましょう」
そう言いながらウェインスさんは再び席を立つと、今度は壁際の棚から関係する資料や地図などを抱えて持ってきた。
「まあ俺たちが行っても、やっぱり何も見つからないって可能性の方が高いので、そこは、あらかじめご承知おき下さい」
「ええ、ええ、わかっておりますとも!」
「フォーフェンでの用事は済んでいるので、明日には旧街道に向かえますよ。それで問題ありませんか?」
「もちろんですとも! こういう話は早い方がいい」
ウェインスさん、俺が旧街道の調査を引き受けたら急に元気が戻ったな。
その後はウェインスさんから、なんやらかんやらの説明を受けて、街道筋の地図やこれまでの調査結果をまとめた報告などの幾つかの資料、それに地元の宿屋や集落の村長さんへの紹介状と、キャプラ公領地全体の簡易な地図も受け取った。
この地図を見ると、旧街道とガルシリス辺境伯の元居城が、領地の端っこにあるということがよく分かる。
防衛とか領地の見回りとか色々な観点からすると、領主がこんなに端っこに住んでるっていうのは珍しい気もするけど、それだけ昔は南北の旧街道が重要だったのか・・・
あるいは大戦争以前の大昔は、辺境伯領とリンスワルド伯爵領はまとめて一つの国で、旧街道がその中心を通ってたっていう可能性もあるかな?
わかんないけどさ。