ノイルマント村
みなさんと今後の大まかな方針が相談できたところで、新ルマント村あらため『ノイルマント村』をこの場所に建立することに決めたという旨を手紙箱の便箋にしたため、荷馬車の中からこっそりと送っておきます。
これでジュリアス卿や姫様も安心して下さることでしょう。
それにクライスさんもずっと気にしていた様子。
そもそもクライスさんがタウンド氏をリンスワルド家に呼んだのも、最初は村の候補地探しを手伝って貰うためだったと聞きました。
喜ばしいことに、どうやらタウンド氏はレミン殿と所帯を持たれるようなので、いずれはフォーフェンの居所を引き払ってノイルマント村に住むことになるのかも知れません。
その場合、もしも私が以前のようにフォーフェンで破邪衆寄り合い所の世話役を務めていた時分でしたら、『貴重な優秀な破邪が!!!』と、歯ぎしりしていたことでしょうね。
ですが・・・この狩猟地は明媚な場所とは言え、ずっと奥の方ではエドヴァルとの国境にそびえる山脈に連なっている場所でもあります。
魔獣が出る用心はしておくべきでしょう。
アンスロープの方々の戦闘力はこの目でしっかり見ていますが、それでも魔獣に対処する様々な知識や技能を持った現役の破邪が村に住んでいれば、住民の皆さんも色々と安心できるはずです。
それから騎士団の方々にもお手伝い頂いて、フォブ殿の馬車からほとんどの荷物を降ろしました。
鋳掛け修理などの野鍛冶もやると仰っていたとおり、簡単な鍛冶仕事なら出来る道具類も揃っていましたから、村人達が越してくる時に必要な道具や金物も色々と融通が利きそうですね。
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さて、なんやかんやと荷物整理に精を出していると、こちらの荷馬車の中で転移門が稼働する気配がしました。
一瞬、不思議に思いましたが、考えてみるとかれこれ十日以上もここに馬車を停めたままです。
荷台に仕込んである転移門の位置が動いていないので、他の転移門からも場所を確定できるようになったのでしょう。
それもシンシア殿が、各馬車に仕込んだモノも含めて全ての転移門に手紙箱を送れるラベルをご用意下さっていたからこそ、ですが。
届いた手紙箱を開けてみると、予想通りにジュリアス卿と姫様からの手紙でした。
実に反応が早いですな。
『順調に村の開拓場所が決まって喜ばしい』というお二方からの賛辞に続いて、早くも姫様からは実務面での検討事項が怒濤のように記載されていました。
越してきた村人達を受け入れるための仮設住宅の建築。
最低限の整地および道普請などの土木工事を行う人足と資材の手配。
調達に関するフォーフェン側の拠点設置。
当面の食糧供給と備蓄について。
諸々に必要な予算の見込み。
そして現時点での出迎え部隊の移動状況。
エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ・・・びっしりです。
ああ、最後にジュリアス卿の筆跡で、『費用は全て大公家持ちで』と小さく書かれていました。
姫様の目を盗んで書き足したという訳では無いと思いますが・・・
思うに私にとっても、フォーフェンに住まう一領民であった頃は御領主である『リンスワルド伯爵』とは、ある種の謎の存在でした。
元々から、ご夫妻共に公の場には滅多に姿を現さず、式典などに列席されるのは名代の官吏だけということが多かったのですが、二年ほど前の痛ましい事故以来は療養のために外国の保養地に向かわれたとのことで、領民の前に姿を見せることは全くなくなりました。
代わりに、ご息女である姫様が表だって当主代行として動かれるようになり・・・
と言うのが領民達の理解だったのですが、クライスさんからドラゴン探しに誘われて、『本当のこと』を知らされた時の衝撃たるや!
さらに公領地長官のエイテュール子爵様がその横に!
もう何が何やら分からず、ジュリアス卿の登場に至っては前後の会話をよく覚えていません。
美しく可憐な姫様を伯爵様ご本人であると紹介された時は少しばかり不思議な気もしていたのですが、この怒濤の『ノイルマント村建立計画』の段取り指示を見れば、リンスワルド領を運営する伯爵家・・・と言うか姫様の・・・政治経済に関する辣腕ぶりが即座に理解できますな!
さてさて姫様宛の返信に、こちらではフォブ殿という行商人を仲間に引き入れており、当面の資材調達を任せるつもりだということを知らせる手紙を返送してから、こっそりローザックさんに声を掛けて、姫様からの指示を一緒に確認して貰います。
「なるほど...委細承知しました。残してきたフォーフェンの分隊へは本城からの応援が出ますから、連れてきた騎士達はこのまま警備のために常駐させて問題ないでしょうな...たまに交代はさせますが」
「では、騎士殿をお一人、これからフォーフェンへ仕入れに向かうフォブ殿の護衛に付けて頂けませんか?」
「もちろんです。それに姫様の指示にもあるように最終的にフォーフェンとの間では定期的な輸送路の確立が必要となります。かなり長期間に及ぶと思いますから、道中の安全を確保するために公領地の衛士隊と協力して一定間隔で詰所を建てましょう」
「それは有り難いですな」
「できるだけ早くフォーフェンで遍歴職人達を集めますが、それまでの急場凌ぎに、騎士達には帆布で仮住まいの小屋でも建てさせましょう。リリア嬢も居りますし、少しでも居心地良くすべきです」
それは助かります。
こう言っては語弊があるかも知れませんが、リリア嬢が見るからに『貧しい庶民の娘』であっても、皆さん一点の曇りもなく『レディ』として接していますから、こちらとしても見ていて気持ちが良いものです。
さすがはリンスワルド家の騎士たちですね。
さっそく、ローザック殿が部下達に命じて仮小屋を建てさせ始めました。
私のイメージでは騎士達というのは武芸意外にはおよそ興味が無いという人々のように思っていたのですが、どうしてどうして。
ローザック殿が木組みの枠に帆布を張って目隠しの壁と屋根を作るようにと指示したところ、それでは隙間だらけで淑女が寛げる場所にならないと具申する騎士が出て、更に実家で小屋を建てた経験があるという騎士が名乗りを上げ、いつのまにやら丸太小屋を作る話になっておりました。
もう騎士殿たちは鎧も脱いで樵のように森の奥から木を切り出し、ワイワイガヤガヤと楽しそうに小屋作りに取り組んでいます。
色々な意味でリンスワルド伯爵家の騎士団は常識外れというか規格外と言って良いのでしょう。
騎士団の小屋作りを一緒になって手伝うべきか、手を出さない方が迷惑を掛けないかと逡巡していると、そっとアサム殿が近寄ってきました。
「ねえウェインスさん、ジュリアス卿はここをノイルマント村にすることを認めてくれたんだよね?」
「もちろんです。むしろスターリング家の土地を有効活用できたと、とても喜んでいますよ」
「良かった。だったらさあ...森でちょっとくらい獣を獲ってきても構わないなかな?」
「構わないも何も、ここから先この土地をどう使うか、何をするか、それはすべてアサム殿とノイルマント村の住民の方々の考え次第ですよ。いま時点でアサム殿がやっても構わないと思うことや、やるべきだと思うことは実行されれば宜しいし、止めるべきだと思うことには断固として反対すべきです」
「そうなの?」
「それが任された者の為るべきことですからね。自分の考えや勘を信じてください。もちろん不安に思ったことは一人で抱え込まず、いまのように誰にでも相談なさるのが宜しいですが」
「うん、分かった。有り難うウェインスさん。スッキリしたよ」
「どういたしまして」
「じゃあ、俺ちょっと森に入って獲物を探してくる。色々手伝ってくれてる騎士団の人達に新鮮な肉を御馳走したいから」
「それは良いですね! きっと皆さん、とても喜んでくださるでしょう」
「だよね!」
アサム殿は元気よく返事をされて我々の荷馬車に戻ると、弓と矢筒を背負って降りてきました。
腰に下げている得物もいつもの片手剣ではなく、以前から使っているらしい無骨な狩猟刀です。
そこへ、先ほどまでフォブ殿と話していたリリア嬢が駆けより、アサム殿に何やら相談し始めました。
なんとなく会話内容の想像は付きますが・・・
リリア嬢はアサム殿と一緒にいたいのかも知れませんが、さすがに狩りの経験もない、か細い少女を連れて行くのは厳しいでしょう。
危険が云々ではなく、気配の隠し方や音を立てない歩き方、獲物の追跡の仕方、そういった狩りのために必要な技能や知識の諸々を身に着けていない者が同伴しても、かえって獲物を逃がすことになってしまうからです。
しばしの問答の後に、リリア嬢は荷馬車の中に入って白豹姿になって出てきました。
なるほど、その手がありましたな!
白豹姿であれば、失礼ながらリリア嬢も獣のように隠密に行動できるに違いありませんね。
人族姿で弓矢を担いだアサム殿の脇に白豹姿のリリア嬢がピッタリくっ付き、二人で元気よく丘を登っていきます。
私の目には、その後ろ姿がノイルマント村の将来を象徴するかのような明るく爽やかな光景に映りましたよ、アサム殿。