騎士団の登場
結局、それから我々は十日間に渡って湖に滞在しました。
食料はたっぷりあって水も綺麗、人っ子一人上がってくること無く邪魔も入らないとなれば、野営を続けていても不満はありません。
長居した理由は、見れば見るほどこの土地が村づくりの第一候補だという思いがアサム殿の中で高まっていき、広く周辺地域まで足を伸ばして土地の様子を確認していたからです。
わたしも三日目からは同道するのを辞めてフォブ殿と一緒に湖畔に留まり、狼姿と白豹姿になったアサム殿とリリア嬢が駆け出していくのを見送るようになりました。
もし何か危険なことがあっても、狼姿のアサム殿がいるならば私はむしろ足手まといですから・・・
ここは山中と言っても『奥まった場所』というだけで『標高が高い』訳ではありませんから、冬でもさほど過ごしにくそうではありません。
道も少し普請し直せば問題なく馬車が通れますし、なにより、この湖よりも上には人が全く住んでいない。
位置的にも北側の山稜は・・・に限らず東西南北全域ですが・・・キャプラ公領地の中であることは間違いありませんから、アサム殿の拘っている最優先ポイントとも言える『綺麗な水源』を自前で確保できることは大きいと言えます。
養魚事業だけで無く、農作や住民の健康のためにも綺麗な水は欠かせませんからね。
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「それにしても、ホントに人っ子一人こんなあ。こんだけ長居しとりゃあ狩人の一人くらい見かけるかと思うとったんやが」
フォブ殿がわたしと一緒に、長い若木の丸木を持ち上げながらしみじみと仰りました。
丸木と言っても森から若木を切り出してきたもので、片手で掴めるほどの直径ですから重さも大したことはありません。
二人だけでも雑談しながら楽に扱えます。
「狩人も免状制ですからね。万が一にでも禁足地や禁猟地に入ったことが露呈したら即座に免状を取り上げられて路頭に迷いますから、滅多なことでは無茶をしないのですよ」
わたしが丸木の反対側を押さえている間に、フォブ殿が手早く紐を括って丸木を柱に結わいて留めます。
全くすることがないと言うのも退屈というか却って疲れるので、ここ数日は二人で野営地の整備に取り組んでいました。
いまやっているのは、雨が降った時でも幌が掛かっている馬車の荷台に這い上がらなくて済むように、若木で組んだ骨組みに帆布を渡して押さえただけの簡易な差し掛け屋根の補強です。
露天商の店を大雑把にしたような感じですが、幸い、フォブ殿が金物を中心に扱っている行商人だと言うことがあって、鋸や手斧のような木工道具と釘や鋲のような材料には事欠きません。
暇な二人が毎日少しずつ手を加えていったことで、作業五日目にはそれなりに居心地の良い野営地が出来上がっていました。
差し掛け屋根があれば、そこそこ強い雨が降っても屋根の下で火を熾して煮炊きが出来ますし、焚き火の横で四人が乾いた地面にゴロリと寝転がって寛げる広さもあります。
「なるほどなあ。まっとうな商人が禁制品に手を出さんようなもんですな」
「そういうことです」
「誰もおらん山の中なんやから、上手くやれば人に見つかったりはせんでしょうけど、狩人さんっちゅうのは意外と律儀なもんですかの」
「いやいや、商人さんが禁制品を扱って露呈するのと同じですよ。周りから見れば『アイツは不自然に獲物を手にしている』という事になってしまいますからね」
「密告されると?」
「それでも獲った肉を売りにも行かず、山の中で暮らしている狩人が自分の食べる分だけ獲っている分には露呈しにくいでしょうけど、狩りの痕跡は残ります。ここのように放置されている場所で無ければ、普通は貴族の狩猟地や禁猟区にはゲームキーパーのような管理人がいるものです」
「痕跡ですか。確かに肉は喰っても骨や皮は残ると!」
「独りだったら鹿や猪を丸々担いで行くと言うことも出来ないし残骸を地面に埋めるのも大変です。大物を狙うならいくつも罠を設置して頻繁に見回らなければなりません。肉を捌いた血だまりや残骸に集まる鳥も目に付きます...それに、どんな凄腕の狩人でも全ての獲物を一撃で仕留められる訳ではありませんからね。いずれは、身体に矢を突き立てて血を流しながら逃げる手負いの獣も見られてしまうでしょう」
「なあるほど!」
「いったん見つかれば狩猟番だって狩人の同業者です。跡を追われてあっという間に捕まってしまいますよ」
「それで捕まったら大変な目に遭いますな?」
「獲物を換金している猟師なら本人が免状を取り上げられて投獄ですね。肉が目当ての村の狩人でも村全体が責を問われますから、無茶をさせないように周りの目も厳しいのです」
「ま、そんくらい厳しくせんと、あっという間に野山の獣も捕り尽くされておらんくなってしまいますやろうからなあ...」
フォブ殿の言うとおりです。
アサム殿が養魚事業を村の柱の一つにしたいと考えたのは、まさに『捕り尽くす』ことへの心配が理由でした。
食べる分だけ育てればいい、というのは農民にとっては『なにを当たり前のことを?』と感じるでしょうが、狩人や漁師と言うのは『そこで勝手に増えていた獲物』を相手にしていますから、そう言う発想になりにくいのです。
アサム殿は若いながらも受けた教育が良かったのか、そう言う点でも卓越していると思いますね。
「それはそうとして、やっぱり屋根の下には、ちゃんとした板材で床を張りたくなりますな!」
「ええ、出来れば今度ここに来る時には、そう言う材料を色々と持ち込みたいですね」
「ですなあ。この先も長居するなら、寝泊まりできる程度の小屋は建てときたいもんですわ」
十日も一緒にいるとさすがに気心も知れてきます。
いつの間にか、フォブ殿もすっかりここに村を建てることを前提に話すようになっていますね。
アサム殿とリリア嬢にとっては大変良いことでしょう。
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差し掛け屋根の補強が一段落して、そろそろ夕食の準備にでも取りかかろうかと考え始めた頃、湖に向かって一団の気配が近づいてくるのを感じました。
ほんの微かな音ですが、馬の嘶き、蹄の音、それに金属同士が擦れたりぶつかり合ったりする音が混じっているとなれば、正体はおおよそ想像が付きますな。
フォブ殿が驚かないように声を掛けてそのまま待っていると、やがて私たちが上がってきた時と同じ場所から、騎士の一団が姿を現しました。
「やっ、やっぱ、こん場所に勝手に入ったのはマズかったんやろか!」
「いえ、大丈夫ですよ」
フォブ殿が慌てますが、騎士達の鎧と旗にはリンスワルド家の紋章が付いているのですからなにも問題はありません。
ただ、彼らがここに来た理由は判然としないのですが・・・
騎士達は我々を見つけると真っ直ぐに馬を進めてきます。
そして中央にいる騎士の顔を見た瞬間に、なんとなく事情が分かりました。
「お元気そうですなマルク・ウェインス殿!」
「どうされましたローザック殿? わざわざこんな場所までいらっしゃるとは」
「ウェインス殿なら、おおよその経緯は推察されていらっしゃるのでは?」
そう言ってローザック殿がニヤリと笑います。
「手紙が届きましたか?」
「左様です。姫様からの勅命で、この近辺にウェインス殿のご一行がいらっしゃるはずなので、万事滞りなく進むようお手伝いするようにと命ぜられました。併せて、大公陛下からの勅書もウェインス殿にお渡しするよう賜っております」
そう言って馬を降りたローザック殿が革張りの手紙挟みを寄越しました。
きっと後ろにいる部下達の中には『手紙箱』というか『転移門』のことを知らされていない者もいるから、フワッとした言い方をしているのでしょう。
中を開けると豪華な便箋にジュリアス卿の流れるような達筆で、『スターリング家の狩猟地が新しいルマント村として活用できるようなら誠に喜ばしい』という旨の言葉が綴ってありました。
この狩猟地はキャプラ公領地の中で、つまりは以前にガルシリス辺境伯の領地だった土地です。
二百数十年前に起きた辺境伯の叛乱未遂事件でガルシリス家がお取り潰しとなり、領地がそっくりエイテュール・リンスワルド子爵家に管理が任された公領地となった際に、当時としては無価値に等しい山際の僻地だったここをスターリング家が国庫から買い上げたそうですな。
その後、ジュリアス卿の曾祖父殿の時代までは狩猟地として時折使っていたらしいですが、最近は全く利用していなかったとのことです。
なにしろ公領地長官の官邸があるリストレスからも遠いですからね。
こんなに王都から離れた土地を私財にしたのは当時の大公家当主に、なにか狩猟スポーツとは無関係な思惑があったのかも知れません。
それにしても、『ここを候補地として考えても差し支えないですよね?』という確認を書いて送っただけなのに、気が早いというかせっかちというか・・・
むしろ、ぜひココに決めて欲しいという圧すら感じ取れますな。




