変身した二人
さて、今日もアサム殿は大変ご機嫌です。
正確に言うと先日の夕方、『しばらくの間はフォブ殿と行動を共にして村探しを手伝って貰うことになった』という事を伝えて以来、ずっとニコニコしています。
そんなアサム殿とリリア嬢を見ていると、私もなんとなく幸せな気持ちになれますね・・・
ともかく、今朝はようやくフォブ殿に教えて頂いた『湖のあるらしい山あい』へとやってきました。
彼の言っていた通り旧街道からも離れた土地で、周囲にめぼしい集落がないと言う話も然もありなんというところですね。
むしろ、ちゃんと道が通っていると言うことが不思議なくらいの僻地です。
エマーニュさんから貰った地図を良く見ると、この周囲が薄らと点線で囲まれていることに気が付きましたが、その意味が記載されていません。
ひょっとして『開発予定地』とかでしょうか?・・・
キャプラ公領地は一時期はかなり沢山の移民を受け入れて領内の開発を進めたそうですが、いまではそれも落ち着いて、新たな開発の話は出ていません。
そう言う話が有ると、いの一番に地元の破邪に魔獣の調査や駆除・・・つまり入植者達の露払いということですが・・・の声が掛かるので、開発系の話に関して破邪は耳聡いのです。
一番最近では、件の『ガルシリス城と旧街道』の再開発の話でしょうか。
長らく中断していましたが、ルマント村の件が落ち着けば、あれもまた動き出すことでしょう。
もっとも、旧街道の魔獣の件はすでにクライスさんとタウンドさんが解決してしまってるので破邪の出番はありませんが。
ところで、いま現在の問題は目的地までの経路です。
フォブ殿の話と地図を照らし合わせて見る限りは、湖があると推測される辺りまで馬車で行ける道が無い様子。
かと言って、ここに馬車を残して歩いて行くというのも気掛かりです。
私たちの馬車は例の結界があるから問題ありませんが、フォブ殿の馬車はそうも行きません。
フォブ殿の身だけであれば私たちの馬車に乗っていて貰うことで大方の危険は回避できると思いますが、フォブ殿の荷馬車と積み荷は彼の全財産と言っても過言ではないのです。
いくら旅慣れた行商人とは言え、人気の無い山中にお年寄りと少女を残しておくのは心配ですからね。
「いやあ、儂のことは気にせず行ってきて下さいや。食い物もたっぷり譲って貰いましたし、何日でもここでのんびりしとりますわ」
「フォブ、独りで平気?」
そもそもリリア嬢は我々と一緒に行く気が満々のようですな。
「おお、平気じゃとも。せやからリリアは気にせずアサム君と行っておいで」
「うん!」
リリア嬢が快活に、そして躊躇無く返事をしました。
もはやアサム殿と別行動というのは『論外』だという、強い意志を感じますね。
それは大変宜しいのですが、リリア嬢が一緒にいるかいないかに関わらず、フォブ殿のことは少々心配です。
「アサム殿、ここは魔獣が出るかも知れません。もしもの事を考えるとフォブ殿を独りで残しておくのは躊躇われますし、湖の場所もハッキリしていない以上、普通に歩くとどの位掛かるのかも不明です。場合によっては行き帰りの森の中で夜を越すことになる可能性だってあるでしょう」
「そうだよね...」
「なので提案ですが、アサム殿とリリア殿が一緒に変身して湖に向かう、と言うのが一番スピードが速いのではないですかな?」
「あっ、そうか!」
「私はその間、ここでフォブ殿と一緒にいましょう」
「そうだね、それがいいよね!」
「変身した姿なら山の中でも自由に走り抜けられるでしょうし、アサム殿が一緒にいれば途中で魔獣が出ても問題ない。そこらの魔獣なんかに遅れを取るはずがありませんからね」
「アサム君ってそんなに強いの?」
「強いですよリリア殿。ブラディウルフ程度なら何匹いようが本当に言葉通りの瞬殺です。たとえ虎が出たって敵じゃありません」
「すごい!」
「なんとまあ...」
「いや、それほどでも...兄貴や姉さんの方がもっと強いし...」
リリア嬢のキラキラした眼差しとフォブ殿の感嘆を浴びて、アサム殿がちょっと照れました。
やはり若いというのは良いものですな。
何回そう思ったかを数えるのはとうの昔に止めましたが。
実際にアサム殿が一緒にいて、なおかつリリア嬢も豹の姿ならば怖いものは無いでしょう。
それに豹姿のリリア嬢はほとんどの魔獣より速く走れそうですから、逃げるのに困ると言うことも無いはず。
これが現状の最適解だと思います。
フォブ殿も納得して、このプランで行くことになりました。
なにも慌てることはありませんからね。
アサム殿が湖の位置を確認して、そこが村づくりに適した場所だと感じれば、改めてみんなで登ってみることを考えても良いですし、いったん近くの村まで戻って馬車を預けることだって出来るでしょう。
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それから数刻の間はフォブ殿と世間話をしつつ適当に道具類の手入れをしたりして時間を潰していましたが、結論から言うと、お二人とも心の底から楽しそうに戻って参りましたな。
泥濘地を走り抜けたのか二人とも足は泥だらけ、リリア嬢の美しい白銀の毛皮も泥跳ねだらけで散々な有様ですが、全く気にせず笑っています。
よほど楽しかったのでしょう。
「ウェインスさん、湖の近くには道があったよ!」
「おや?」
「きっと、ここと反対の西側から入れば行けるんだと思うんだ。湖の岸部近くには凄く古いけど崩れかけた小屋と、馬車が通れる幅の道の跡もあったからね。それを反対に辿っていけば入り口が分かるんじゃ無いかな?」
「ふむ...地図に無い道を探すなら、その方が確実ですか」
「だよね!」
「では私とフォブ殿はこの山塊に出来るだけ近づきながら馬車で西に回ってみましょう。アサム殿とリリア嬢が湖から降りてきてどこかの道で出会えれば、逆にそこから登れば良いということですから」
「あ、でもリリアちゃんは馬車に乗った方がいいかな? またあの泥地を通るから服を持って行くと汚れちゃうし、もしも人に会った時に服が無くて姿を戻せないと困るでしょ?」
「その時はアサム君の影に隠れるから平気!」
「そっかな...」
「うん!」
リリア嬢も本当にアサム殿を慕っておりますな。
私とフォブ殿は馬車を出して西に向かい、アサム殿とリリア嬢はもう一度湖に戻って、そこから麓へ降りられる別の道を探すと言うことになりました。
そこから細い田舎道を馬車で辿利始めましたが、数刻ほど進んでも人や馬車には全く出会わないままです。
草ボウボウとは言え、道が維持されていることが不思議なレベルですね。
やがて、木立の間にアサム殿とリリア嬢が仲良く座っているのが見えてきました。
お二人とも獣姿のままですから、ちょっと不思議な光景です。
「ウェインスさん、ここから湖まで行けるよ! 道幅もあるし路面もそれほど酷くないから馬車で進めると思う」
「こんなところに入り口がありましたか...コレは、道があると知らなければ見過ごして通り過ぎていたでしょうね」
「だよね。ずっと誰も通ってないみたいだし」
「うーん、以前は湖に行く人がいたのに、最近は誰も通ってないと...少し不思議ですな」
「なにか、良くないこととかありそう?」
「いや、そうとは限りません。とにかく行ってみましょう」
「うん!」
二人が狼姿と豹姿のままで道を先導してくれます。
背高く茂った草を踏みしだきながら脇道に馬車を乗り入れさせ、しばらく進んだところで、この道が使われていない理由が判明しました。
道の脇に古い看板が立っていたのですが、倒れかけて木の陰になっているので、アサム殿が山側から降りてきた時には気が付かなかったのでしょう。
馬車を降りて倒れ掛けた看板を引き起こすと、文字を読むことが出来ました。
なるほど・・・地図に描いてあった点線の囲みはそう言う意味でしたか。
「なにこれ?」
「立ち入り禁止の表示です。ここはどうやら大公家の狩猟地らしいですな」
「どうりで人が通らんはずやなあ」
「古い看板だし立て直されてもいないと言うことは、ここはいま休ませている場所なのでしょう。湖にあった朽ちかけた小屋というのは、以前に狩猟番の使っていたものかも知れません」
「そっかー」
「いやあ、無駄足をさせて済まんかったなあ。そういう特別な場所とは知らんかったもんでな...」
フォブさんが恐縮していますが、全然そんなことはありません。
「大丈夫ですよフォブ殿、とにかく湖まで上がってみましょう」
「いやしかし、大公家の狩猟地に勝手に踏み込んだとなりゃあ、お咎めがあるかも知れんよ?」
「問題ありません。我々は長官からの勅命状と特権状を貰っていますからね。むしろ、ここが大公家自身で管理していた土地だとなれば、なおさら良い候補地ですねアサム殿」
「だよね! 湖も素敵だよ!」
「後は、周辺にどの位の土地があるかですな。あまり深い森に覆われていたら開墾するのが少々手間です」
「そうだね...そこはあんまり村人達に負担を掛けたくないし」
「ホントに大丈夫なんやろうか?」
「ええ、本当ですとも」
フォブ殿が不安になるのは分かりますが、ここが『国有地』では無く『スターリング家』として直轄していた土地となれば、ジュリアス卿はむしろ喜んで融通を利かせてくれるのでは無いかと思えますね。




