行商人の情報
「ところでウェインスさん達は、これからどちらに行かれるね? 儂らの後から来たっちゅう事は、やっぱりエドヴァルへ抜けようと?」
「いえ、我々の調査範囲はあくまでも領内だけですので。山奥へ向かった理由は人の住んでいないところを調べて回る必要があるからですよ」
「ああ。そういう話でしたな」
フォブ殿には、先ほど私たちの調査目的を掻い摘まんで説明してありますから、すぐに納得して貰えました。
「しかし、人里離れた場所に新しく村を作るなんて大変そうや」
「それは逆で、むしろ沢山の人が住んでいる場所に、新しい村を押し込む訳にはいきませんからね」
「そらあそうか...」
「で、私とアサム殿は二人でリンスワルド領と公領地を巡る日々を送っていると言う訳です」
「山奥に開拓村を作ったら街に出るだけでも難儀やろうけど、まあ確かに人の住んどるところは避けんといかんですもんなあ...山あいで湖のあるような土地っちゅうお話でしたか? ここより東の山中にも湖があるって聞きましたけど、そういう場所を見て回っとる訳ですな」
「えっとフォブ殿。その湖と言うのは、すでに魚の養殖をやっている湖なのでは?」
「それは旧街道のホーキン村から上がったところにある山上湖のことやないですか? そうや無くて...もっと南の山奥なんで、たぶん大きな村とかないでしょうな」
「ほう?」
「儂もそこら辺の土地は行商仲間から聞いた話として知っとるだけで、自分で行ったことはありません。なんせ人が住んどらんなら商売の相手が居りませんからなあ!」
そう言って笑うフォブ殿の快活な言い様に、私もアサム殿も同時にピクッと反応した気がしました。
「この辺りだって普通なら商売の範疇外ですなあ。ボーモン村に物を売りに来た訳でも無いし、エドヴァルに抜けられると思わんかったら踏み込まんかったでしょう。普段行ったことの無い見知らぬ土地に踏み込んで危ない目に遭うなんて、初心な行商人の定番ですわ」
「いやまあ、それは事情が事情でしょう」
エドヴァルに行くために行商ルートから外れた旅回りを進むのは、お金を稼ぐことより遣うことばかりになってしまいますからね。
出来るだけショートカットをと考えるのも無理はありません。
それはともかく、もし先ほどのフォブ殿の言葉通りなら『南の山中の湖』とやらは現地を見てみる価値がありそうです。
「それでフォブ殿はどうされますか? このままエドヴァルに向かわれるにしても、怪しい道に入り込むよりは素直に本街道まで出ることをオススメしますよ。私の持っている地図にも、この周辺でエドヴァル側に山越えできる道は書いてありません」
「やっぱ、そうですか...」
「これも行き掛かりです。本街道の近くまで私たちも一緒に行きましょう。その湖とやらは地図に載ってないようなので、途中でおおよその位置でも教えて貰えれば助かりますし」
「そうそう、急がば回れ、だよね!」
アサム殿が少し嬉しそうですが、その理由には触れぬが花でしょうな。
「まあ湖っちゅうても話に聞いた限りじゃ小っさいものやろうから、その縮尺の地図には載っとらんでしょうなあ」
「ごもっともです。それに現地に行ってみて、その湖が実在して居なくても気にはしませんよ。いずれにしても私たちは、あちらこちらを見て回る必要がある役目ですからね」
「ほんなら、儂の聞いた限りで見当の付く辺りに行ってみましょうか?」
「ええ、ぜひお願いします」
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そんな訳で、私とアサム殿はしばらくの間フォブ殿とリリア嬢が乗る馬車と一緒に進むことになりました。
眼下では村長と実行犯の五人が改めて縄を掛けられ、他の村人達も次々と表に引き出されて衛士にまとめられていきます。
数人の男が裏口から森の中に逃げ出そうとした様子がありましたが、気配に気付いたアサム殿が先回りをして一睨みしたら即座に諦めたようです。
やがて衛士隊が村人達を完全に掌握し、もうアサム殿が睨みを利かせていなくても大丈夫と思えるようになったところで、我々はいったん麓まで降りることにしました。
土地のことを知らない人間をボーモン村へ誘い込むための道案内の看板が立っていた分かれ道まで戻り、そこから東へと向きを変えます。
少し進むと小川の流れている広い草地があったので、二台の馬車を停めて昼食を取ることにしました。
本当ならボーモン村を出る前に腹ごしらえをしたかったところですが、衛士隊が物々しい雰囲気で立ち働いている脇で、呑気に食事を作っている気にはなれませんからね。
念のために狼姿を続けていたアサム殿も、ここで人族形態に戻ります。
そうそう、折角の機会ですから、こちらの荷馬車に積んである食材をお二人に振る舞いましょう。
「軽い食事を作ろうと思いますが、お二方は塩漬け肉と塩漬けの魚と、どちらが宜しいですか?」
「おや、まさか御馳走して下さるんで?」
「もちろんです。食料はたっぷり積んでいますからね」
「何から何まですんませんなあ...お二人が来て下さらんかったら、儂もリリアもあそこで命を落としてたかも知れんと言うのに...」
「それはまあ、運の良さでしょうからお気になさらず。で、おかずは肉か魚か、どちらに?」
「リリアはどっちがええ?」
「...えっと...おさかな?...」
「ははっ、リリアは本当に魚が好きじゃな! じゃあ贅沢を言わせてもろうてすんませんが、魚を頂けますか?」
「承知しました。アサム殿も魚好きですから丁度良かったでしょう」
「だって魚は美味しいよ? それにリンスワルド養魚場の塩漬け魚って処理が良いのか塩が良いのか分からないけど、余所のよりも断然美味しいって思うし」
「それには同意しますよ。塩も処理もどちらも良いのでしょう」
「あとさ、きっと魚の育て方にも工夫があるんだと思う。なにより綺麗な水で育ててるからじゃないかなあ?」
「そうですな。では村づくりの場所が決まったら、養魚場の管理人をやってるバイロン殿に色々と話を聞きに行ってみましょうか?」
「そうだね! 色々知りたいな!」
「養魚場って、そこで、お魚を育ててるの?」
「そうだよリリアちゃん。すっごく沢山の池があって、そこで色々な種類の魚を育ててるんだって。俺も新しい村を作ったら魚を育てて売れるようにしたいんだ。牧畜と違って広い場所が無くてもやれるし、山の獣や川の魚を獲るみたいに食べ過ぎて捕り尽くす心配とかないし、魚は美味しいしね!」
「すてき...」
「だろ、だろ?」
本当に養魚場のことになるとアサム殿は饒舌です。
「もちろん野菜畑とかは作るけど、麦なんかは魚を育てて売ったお金で買うんだ。もしも広い池や湖があるなら、同じ広さで羊を育てるよりも魚の方がいいと思うんだよね」
「効率という点ではきっとそうでしょう」
「って言っても、兄貴と姉さんは魚より肉が好きだけどさ」
「そこは趣味ですな。私も昔は魚よりも肉が好きでしたが、最近、魚醤焼きを覚えてからはどちらも甲乙付け難しです」
「わかるなあ...」
「アサム君の村づくりが上手く行くといいですなあ。養魚場を作ろうって言うアイデアも大したもんやと思いますよ」
「フォブさんも昔は鍛冶職人をやってたんでしょ? だったら俺たちの作る村に一緒に来たらいいんだよ」
「鍛冶ですか...」
「うん。きっとルマント村のみんなにも喜ばれるよ?」
「まあ年も年なんで、軽い修理程度ならって感じですわな。さすがに見習い職人をやってた頃のように朝から晩まで重いハンマーで鉄を叩き続ける力は、もうありませんでな」
「じゃあ若い人に教える役とか?」
アサム殿がなんとか村に誘おうとして、フォブ殿も苦笑していますな。
フォブ殿も結構なお年まで行商人や野鍛冶をやってこられた経験の持ち主のようですが、新しく作る村に定住するとなったら、そうそう簡単な話では無いでしょう。
非常に遅い昼食というか、もはや早すぎる夕食と言えなくも無い食事の後、再び東へと馬車の頭を向けました。
私は折角の機会なのでフォブ殿からあちこち回った経験談でも聞いてみようと、フォブ殿の御者台にお邪魔することにしました。
こちらの馬車はアサム殿が御せるから問題ありません。
そして予想通りにリリア嬢は後ろの馬車へ・・・御者席でアサム殿と並んで楽しく会話に興じているようですな。
若いというのは・・・
いやいや、今日だけでも、それを思ったのは何回目のことでしょうか。
しかしアサム殿との旅は賑やかなドラゴン・キャラバンとはまた違った趣があり、とても心を柔らかく満たしてくれます。
クライスさんから村探しの手伝いを頼まれて本当に良かった。




