リリアーシャちゃん
「うん。リリアは...本当の名前はリリアーシャって言うんじゃけど、行商の途中で拾った娘なんじゃよ」
フォブ殿は、まるでなんでも無いことのようにサラッと言ってのけます。
「ええぇっ!」
「八年ほど前の冬かのう。ここより西の、ルースランドとの国境近くの山道を回っとった時に偶然行き倒れた母娘を見つけてなあ。冬のさなかやし捨てておけんやろ? 儂はこの馬車があったから中に寝かせて何日か看病したんやけど、結局、母親のほうは消耗が酷うて助けられんかったよ...リリアにそっくりな白い髪の美しいひとやったねえ」
「そうだったんですか...」
「その母親が息を引き取る前に、『どうか娘のことをお願いします』とか言われてのう。リリアの母親は近くに墓を作って埋葬した。今でも年に一回くらいは立ち寄ってリリアがお墓に花を捧げとる」
フォブ殿からは優しい人柄を感じていましたが、その通りの人物だったようです。
偶然通りがかった旅人を助け、挙げ句に子供を引き取って育てるとは・・・
「それからリリアと一緒に行商してまわっとる。まあ儂もいい歳やし、リリアのためにもどっかに落ち着きたいんやけんど、日々の飯のことを考えると、そうもいかんでな」
「フォブさんの行商は、一年中が旅の空って感じみたいですもんね」
「そもそも帰る家なんか無いからのう」
「そっか...」
「まあ、儂は楽しくてやっとるから構わんのやけど、リリアは行き掛かりやからなあ。行商の後を継がせるにも小さな娘っ子に金物を扱わせたり野鍛冶をやらせるのは、ちょいと無理がある」
「フォブ殿の仰るとおりですな。行商の中身を徐々に変えていく、みたいなことが出来れば良いのでしょうけれども」
「それより、女の子に行商をやらせるって危なくないかなあ?」
アサム殿の心配も分かります。
フォブ殿から仕事をしっかり仕込まれたとしても、魔法使いでもない年若い娘が一人で行商して回るというのは危険すぎるでしょう。
もっとも、魔法が使えるなら生活のために行商をする必要もありませんが。
「リリアは変身できるエルセリアやからね。優しい子やから人と戦うのは無理でも、イザとなったら一人で走って逃げるくらいは出来るでしょうよ」
「うーん...でもそれって全財産を無くしそう」
「死んだり酷い目に遭ったりするよりはええですよ」
「そりゃあそうだけど...」
「儂の行商路は基本的に村を繋いでいく感じで、普段はあんまし人里離れたところには踏み込まんですからな。そうゆう山奥の開拓村みたいなところに住んでる人らは、儂が商品を卸した村の雑貨屋で買いもんするんですわ。そもそも開拓村の人らは日頃は物々交換とかが多いんで、さほど現金を持っとらんモンですよ」
「あ、そうですよね。俺も故郷の村じゃあ、あんまりお金って使ったこと無かったし...それに、そんな小さな集落まで回ってたら、売れる数よりも手間の方が大変だ」
「ですな。じゃから街道を繋いで旅している分には、これまではホントに危ない目に遭うたこともありませんな。それより、さっきみたいな目に初めて遭うてもリリアが逃げようとせんかった事の方が問題ですわ。いくら逃げなさいと言うても聞かんで参りました」
確かにリリア嬢はフォブ殿の背中に頭陀袋のようにしがみついていましたな。
フォブ殿を置き去りにして自分だけ逃げると言うことがどうしても出来なかったのでしょうけれど、その少女の心持ちを思うと、ますますこの村の卑劣漢どもが許せなくなってきます。
「まあとにかく、リリアのこともあってエドヴァルに行ってみようかと思ったんやけどのう...」
「どうしてまた?」
「エドヴァルも行商人は免状いらんしミルシュラントとも往来自由ですからのう。儂も昔、冬の間は回ったりしてたもんやけど。それにちょいと思うところあって、海沿いにあるヨーリントンちゅう街に行ってみようかと」
私自身はヨーリントンに行ったことがありませんが、エドヴァルを代表する港町で、南方大陸からの荷物も沢山荷揚げされている活気ある街だそうです。
「なるほど、もしもここから海際のヨーリントンまで山越えが出来るのなら、いったん南北本街道に出てカシンガム経由で大回りするよりも、圧倒的に早く着くでしょうな」
「そう思ったんやけど、甘かったですなあ...」
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世間話と言いますか、当たり障りの無い範囲で今回の村探しに至った経緯などをフォブ殿と話しているうちに結構な時間が経ち、そろそろ空腹も酷くなってきたと感じ始めた頃に、狼姿のアサム殿がピクッと耳を動かしました。
それからかなりの時間が経って、ようやく私にも村へと向かってくる蹄の音が聞こえてきます。
音の響き方からすると、それなりの集団のようです。
動かずに待っていると、やがて騎乗した十数人の衛士隊が村へと駆け上がってきました。
あの麓の街にこれだけの騎兵が常駐していたとは思えないので、急いで近隣からも応援を呼んだのでしょう。
リリア嬢も人の姿に戻っていて、後ろにいる衛士と一緒に馬に乗っていますね。
「この手紙を書かれたのはどなたか!?」
隊長らしき人物が私の書いた手紙を掲げていたので手を上げて歩み寄り、勅命状と特権状を見せて経緯を説明しました。
「実は、この村については以前から少々怪しいところがあったのだ。そもそも、いま住んでいる者たちはこの村を開墾した者たちでは無く、だいぶ前に国外から流れ着いた者たちだという噂もあってな」
「納得できる話ですな」
「付近の街に出稼ぎに出るなどもしていたようだが、あまり暮らしぶりの話が伝わってこない。やはり真っ当では無かったようだ」
困窮していたのでは無く、国元から追われた盗賊崩れの連中が居着いた村でしたか・・・恐らく、元からいた住民達はなんやかんやと時間を掛けて追い出して入れ代わり、最終的に乗っ取ってしまったのでしょう。
そう言う村の存在を話には聞いたことがありましたが、まさか自分が出会うとは思いませんでしたね。
「あなた方の被害は?」
「直接はありません。我々が捕縛した五人に、あの行商人のご老人と少女が殺される間際でしたが、ギリギリ間に合いましたので」
「うぅむ...ご協力痛み入る。ところでフォーフェンの破邪殿であれば、追ってそちらに治安部隊の者が話を伺いに上がることがあるかも知れぬが宜しいか?」
「ここしばらくの間は、調査で公領地とリンスワルド領を旅して回る日々が続きます。フォーフェンでは寄り合い所では無く、騎士団の詰所に伝言を残して下さると良いでしょう」
「騎士団で?」
「いまはリンスワルド伯爵家とエイテュール子爵家から直接の依頼を引き受けている身ですので。騎士団の分隊長はローザック殿という方ですが、今回の調査の件も良くご存じですからね」
「なるほど。しかと承知した。後のことは一切引き受けよう」
どうやら無事に衛士隊に揉め事を引き取って貰うことが出来たようです。
やはりリンスワルド家の紋章の力は大きい。
「リリア嬢も麓まで走って大変でしたね。お陰で無事に衛士隊に彼らを引き渡せましたよ」
「ううん、いっぱい走って凄く気持ちよかったの! 最初に詰所にいたオジさんに手紙を見せたら変な顔をされたから、預かったペンダントを見せたら急に慌てだして...アサム君とウェインスさんの事を話したら隣町からも衛士を呼んでここに来ることになったの」
「そうでしたか。お疲れ様です」
「はい、ペンダントをお返しします」
リンスワルド家の紋章入りペンダントを返してくれます。
「そんなに綺麗じゃ無いけど、わたしもペンダント持ってるの」
リリア嬢はそう言って、首に下げているペンダントを服の内側から引き出しました。
いえいえどうして、装飾は少ないもののかなり美しいペンダントです。
透明な緑の石に模様が刻んでありますが、貴族家の紋章などでは無くて魔法陣の類いに見えますな。
だとすれば、このペンダントは身分証では無く護符の一種なのでしょう。
「そのペンダントは、リリアの母親が身に着けていた形見なんじゃよ」
「そうでしたか。何かの護符のように見受けられますが、どういった効果があるものでしょうか?」
「さあ。儂も聞く暇が無かったからのう」
「わたしも知らないの」
「それは無理もありませんな...」
リリア嬢の実年齢は存じませんが、外見から察するに十歳か十一歳かと言うところ・・・とすれば、フォブ殿に助けられた当時のリリア嬢は恐らく三歳前後でしょう。
明瞭な記憶が無くても当然ですね。




