怪しい村を制圧
村についてまずは村長を呼び出し・・・我々が最初に会った男が村長でした。
いやはやなんとも。
さすがに村人五人を現行犯で捕縛された上、変身したアサム殿を目の前にして歯向かう度胸はないようです。
それに、村についてすぐにアサム殿は周囲をぐるりと一周して匂いを覚えたそうで、誰かが村からこっそり出たら跡を追えると言っていました。
その言葉は村長も聞いているので迂闊に逃げだそうとはしないでしょうが、村人と密談して証拠隠滅や口裏合わせを謀られると面倒なので、村長と五人の男だけを少し離して外に留め置きました。
他の村人達には家の外に出ることを禁じましたが、逆らう方は一人もいません。
皆、自分たちの村がやってきたことに対して自覚があるのでしょう。
さて、捕まえたは良いのですがどうしたものやら。
家屋の数からして、ぱっと見で村人は二十人かそこらと言うところのようですが、全員を麓の衛士隊詰所まで歩かせる訳にも行きません。
家屋内の村人には女性や子供達、老人だっているのかもしれませんし、大人数を連れ込まれたら詰所側だって困るでしょう。
『山賊の現行犯は処断可』というのは、こういう事も理由ですな。
衛士隊や騎士団が行う大規模な討伐でもない限り、捕まえたゴロツキたちを街に移送するのは大変なことですからね。
私も本気で実行犯の五人を処断するつもりなんかありませんし、他の村人達に関しても、この場は放免して街の衛士隊に報告を入れるくらいしか出来ることが無いのですが、それでは衛士達がここに確認に来る頃には村はもぬけの空になっているでしょうな。
ほとぼりが冷めるまで更に山奥に隠れ住むか、あちこちの街に散り散りになるか・・・そして、また悪行に手を染める・・・そんなところでしょう。
そう思うと、一人の破邪としては『アサム殿の知己の方を救えたのですから後はどうでもいい』と言う訳にもいきません。
面倒でも捕縛した五人と村長だけでも荷台に乗せて、麓の街まで運んでいくしか無いかと悩んでいると、フォブ殿が意外なことを言い出しました。
「麓の街まで、リリアに衛士隊を呼びに行かせましょう」
「えっ?」
「ウェインスさんはここで奴らが逃げ出したり証拠を隠したりせんように見張る必要があるでしょうし、アサム君がいないと睨みが利かせられんでしょう。とは言え儂の荷馬車じゃのんびりすぎますな」
「いえフォブ殿、お心遣いはありがたく思いますが、さすがに年若い少女を一人で山道を歩かせる訳には参りません」
「リリアなら大丈夫ですわ。あの娘は変身できますからのう」
「ああ...そうなのですか...」
私も伝聞でしか知りませんが、アンスロープ族と違ってエルセリア族には獣の姿への変身が出来る人と出来ない人がいる、と言われています。
出生直後の方が受け継いだ獣の形質が色濃く出ていて、それが成長と同時に薄まっていくのだそうですが、逆にある程度成長してからは獣の姿に『戻る』ことが出来なくなる人が一定数出てくる、という事だそうです。
となると、リリアというこの少女は豹の系統の獣姿になれるのでしょう。
確かに豹には足が速そうというイメージはありますが・・・
「しかしその、魔獣と間違われたりはしませんか?」
「アサム君と同様に、変身しとっても喋れますからな」
「なるほど」
「街の近くに着いたら人の姿に戻って衛士隊の詰所に行けばええでしょう。ここから儂らが通ってきた麓の街まで、リリアの足なら大して掛かりません」
ちなみに先ほどからアサム殿とリリア嬢は村を見通すポジションに並んで座り、楽しそうに歓談しています。
「おーい、リリア!」
「はーい!」
フォブ殿がリリア嬢を呼ぶと、彼女はすぐに立ち上がって駆け寄ってきました。
アサム殿も一緒に付いてきます。
「なあに、フォブ?」
「リリアや、済まんがちょいとひとっ走り麓の街まで走って、この村に衛士を呼んできてくれんかな?」
「うん。じゃあ豹になって行くね!」
「おぉ、頼むな」
リリア嬢はそう言ってフォブ殿の馬車の荷台に入っていきました。
しばらく中でゴソゴソしていた様子のあと、ひょいと荷台から飛び降りてきたのは黒い斑紋の浮いた白銀の毛皮を持つスマートな豹です。
豹型魔獣のスローンレパードよりは少し小さいでしょうか?
変身してもアンスロープのように大きくなったりはしないのか、豹の体躯はすらりとしていて、人の姿だった時のリリア嬢とさして変わらないように思えます。
もちろん、手足の長さとか作りは全く違うので完全に同じという訳ではありませんが。
「うわあ、リリアちゃんカッコいいなあ!」
「え、そう? ありがとう。でもアサム君の方がカッコいいよ」
「リリアちゃんの方がカッコ良くて綺麗だよ! スタイルも良いし!」
「え、そっかな...でもアサム君は大きくて強そうだし、耳もシュッとしてるから素敵なの」
二人の言葉だけを聞いていると、まるで青年と乙女の甘酸っぱいやり取りのように思えますが・・・
実際に目の前で繰り広げられているのは『巨大な狼と白銀の豹が互いの姿を褒め合っている』という不思議というかシュールというか、普通まず目にすることがないだろうと思える光景です。
それを見ているフォブ殿も面白そうに笑っていますな。
「ちゃんと服は持ったな。街に入る前にどっかで着替えてから詰所に行くんじゃぞ? 豹の姿のままじゃあ人に道も聞けんからの」
「うん、大丈夫!」
リリア嬢は首から頭陀袋を下げていますが、恐らくその中に先ほど着ていた服が入っているのでしょう。
アサム殿たちが着ている服のように、魔力を通すと体型に合わせて変形する素材で作っている訳で無ければ、変身する際には全部脱がなければなりませんから、リリア嬢が荷台の中に潜り込んだのも納得です。
「リリア嬢、いきなり衛士隊の詰所に駆け込んでも、話を真面目に受け取って貰えない可能性があります。いま私が手紙に事情を記しますので、それを詰所の隊長に渡して下さい。それと、このペンダントを持っていって『手紙を書いた男に預かった』と見せると良いでしょう」
「わー綺麗!」
「ええ、このペンダントの印はこの領地を管理しているリンスワルド家一門の紋章です。コレを見て動かないとなれば後で大問題になりますから、必ず話を聞いてくれるはずです」
「はい。じゃあ、それも一緒に袋に入れて下さい」
ボーモン村で起きていることを簡潔に書き留め、私たちの素性とエイテュール長官の命を受けて公領地の調査を行っている最中だと言うことも書き添えます。
ついては至急、ボーモン村に村人全員を捕縛もしくは監視するに十分な数の衛士を派遣して欲しいと締めくくりました。
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リリア嬢が私の書いた手紙とペンダントを袋に収め、村から出る道を白い稲妻のように駆け下りていってから数刻・・・その間、私とアサム殿とフォブ殿は村長と五人の男を監視しつつ、ほぼ世間話で時間を潰していたのですが、その話によるとフォブ殿はリリア嬢を連れてミルシュラントを点々と行商して回っていたようです。
「行商って、大変ですか?」
「そりゃあアサム君、一口に行商人と言っても色々おるから商売のやり方次第じゃなあ。狭い範囲で決まった場所だけを行き来する者もおれば、儂のように何ヶ月も掛けて国中を回る者もおる。どっちが良いとも言えんけど、ほとんどの行商人はそんなに長旅はせんよ」
「そうなんですか。行商人の人たちって一年中旅をしているようなものかと思ってました」
「仕入れも売り先も、顔が馴染んどる方が楽じゃからね」
「あ、それはそうですよね!」
「それに食べ物を売る連中は仕入れた食材が傷まんうちに売り切らないといかんからそんなに遠くまで行かんね。けど、儂みたいに金物や道具類を中心に扱っとる者は、逆に時期を開けんと次の商品が売れんからな」
「そっか。道具なんてしょっちゅう買い換えるものじゃあないですもんね。売れなくても腐ったりしないし」
「そや。一つの村には、まあ年に一回か二回ほど顔を出しゃあ十分やな。だから勢い、広い範囲で商って回ることになるわけや」
「どんな金物を売るんですか?」
「道具全般扱うけど田舎で売れるのは鍋や農具と大工道具やね。鋳掛けの修理や鉄継ぎなんかの野鍛冶仕事もやるよ。色々あって行商人になったけど、元は鍛冶職人だったでな」
「へぇーっ!」
「働いとった工房が親方の都合で畳むことになってなあ。給料代わりに貰った鍛冶道具を持って遍歴職人でもやろうかと思っとったら、ひょんな事からこの馬車を手に入れてのう。いつの間にか自分で作るよりも仕入れて売る方が商売になっとったわい」
「そうなんだ! 面白いですね」
アサム殿が感心していますが、本当に人に歴史あり・・・人それぞれに人生とは以下略、なのでしょう。
それにしてもフォブ殿がごつい手をしているのは元農夫だったからでは無く、元鍛冶職人だったからだと言うのは、私も見抜けていませんでした。
「あの、もし聞いちゃいけないことだったらごめんなさい。フォブさんとリリアちゃんって肉親じゃないですよね?」
アサム殿が少し遠慮がちにフォブ殿に聞きました。
なるほど。
アンスロープ族は匂いで血縁関係を嗅ぎ分けることが出来るのだとクライスさんから教えて貰ったことがあります。
フォブ殿の頭には獣の耳がないですからエルセリアでは無いという事は一目瞭然ですが、リリア嬢との年の離れ具合からすると孫ぐらいです。
子供がエルセリア族と結婚して、その相手が産んだ孫だと考えることが出来るかも知れませんが、アサム殿は、リリア嬢とフォブ殿の間に血の繋がりが無いことを匂いで感じたのでしょう。




