思わぬ山賊討伐
「ウェインスさん、乗って!」
狼姿になったアサム殿が、人の姿の時と全く同じ声で言います。
「いや、良いのですか?」
「もちろん! 兄貴や姉さんだってライノさんやパルミュナちゃんを乗せてるよ。気にしないで乗って下さい。落ちないように服の肩を掴んでね!」
例え狼姿でも『人』だと分かっているので、少々気後れするというか罪悪感がありますが、状況的にそれを躊躇している場合では無いでしょう。
「では、よろしくお願いします!」
声を掛けてアサム殿の背中に跨がりました。
アサム殿の狼姿は結構巨大なので、跨がると言うよりも勢いを付けて飛び上がる感じですが。
「行きますね!」
私が跨がると、掛け声と共にアサム殿が走り出しました。
瞬く間にスピードを上げて、両脇の木立が流れるように視界から消えていきます。
凄まじい勢いですな!
アサム殿の背に必死で掴まって耐えることしばし、風圧をこらえて薄目を開けていると、道の先に一台の幌付き荷馬車が停まっているのが見えてきました。
小さな橋を渡る手前で諦めて、なんとか馬車の向きを変えようとしたところで二進も三進もいかなくなったというところでしょうか?
いや、むしろここがボーモン村の連中が使っている『罠』の場所なのでしょうね。
なんと言っているかは分かりませんが、怒声のようなモノも聞こえてきました。
たぶん金を払えか、身ぐるみおいていけか、最悪は殺すつもりで馬車から降りろか・・・ボーモン村は村ぐるみで悪事に手を染めていると見て間違いないでしょう。
小川を超える橋の手前で道が少しカーブして、片側が斜面になっていたのですが、アサム殿は直進して一気にそこを飛び越えました。
いきなり空中に放り出されたみたいで、口にはしませんが正直驚きます。
衝撃であやうく舌を噛むところでしたよ。
目前には中途半端に向きを変えて車輪が嵌まり込んでしまった荷馬車と、その周囲に立つ五人の男達。
御者台には老人風の男性がいて、大きな頭陀袋のようなものを脇に抱え込んでいるのが見えます。
五人いれば馬車の向きを変えさせることも出来るだろうと思えますが、馬車を囲む男達は手に手に山刀を持っています。
この状況で馬車を引き上げるのに、そんなモノは必要無いのでは?
アサム殿がズシンと着地すると、その音と振動に気が付いた男達がこちらに顔を向けて、次の瞬間に腰を抜かしました。
もう見事にタイミングを合わせて五人が同時に悲鳴を上げ、地面にへたり込みます。
「何をしているお前たち!!!」
アサム殿が怒りの籠もった声を上げると、五人が一斉に『ヒッ!』と叫んで後ずさりました。
私もアサム殿の背から降りて、五人に近づきます。
彼らは山刀を持っているので油断はせず、こちらも剣を抜いておきますが、むしろアサム殿の姿を見ても斬りかかってこれるようなら大したものでしょう。
「通りすがりの荷馬車を罠に嵌めて追い剥ぎとは、食うに困ったという言い訳で許されることでは無いですな」
「い、いや、ち、違う、俺たちは、この馬車が動けなくなってるのを見つけたんで助けようとしたんだ!」
「ほう? ご老人、それは本当ですか?」
恐怖に震えている老人はブルブルと首を振りました。
「まあ、聞かずとも分かっていますよ。さっきは怒声も聞こえてきましたからね」
「うん、ぶっ殺すとか、さっさと馬車から降りろとか叫んでたよ」
アンスロープ族の視力、聴力、嗅覚を舐めてはいけません。
彼らの所業などお見通しです。
「馬車が血で汚れないように降ろしてから殺すつもりだったのでしょう」
「きっとそうだよね!」
「ご老人、もう心配はありませんぞ? 此奴らは我々が引き受けましょう」
御者台のご老人が私の言葉を聞いて安心したのか、大きく息を吐きました。
「た、助かった...」
すると、さっき薄目で見たときには大きな頭陀袋だと思っていた白い布が動きました。
アサム殿が不意に鼻をあげて首をかしげます。
「あれ? この匂い...まさかひょっとして、リリアちゃん?!」
「は?」
アサム殿が何を言っているのかさっぱり分かりませんが、その声に反応して白い頭陀袋...もとい、粗末な白い服を着ていた少女がご老人の脇から顔を覗かせました。
てっきりご老人が荷物を抱え込んでいるのだと思っていましたが、白い服に白い髪の、この少女がご老人の背中にしがみついていたようです。
大変失礼しました。
いくら粗末な服装だとは言え、うら若き乙女を頭陀袋と誤認してしまうとは・・・
「リリアちゃん、俺の匂い分かる? アサムだよ」
「あ、あ、えっと、アンスロープ...もしかして、お魚をくれたアサム君なの?」
「そうだよ!」
「うわぁーっ!」
なんと、この真っ白な少女はアサム殿の知己だったようです。
こんなところで知り合いに会う、いや、窮地を救う羽目になるとは全くもって人生とは以下略ですな!
++++++++++
白い少女の名前はリリア殿。
頭の上に丸い獣の耳が立っているエルセリア族の娘です。
耳の形状からして、虎や豹の『形質』を持っているのでしょう。
巨大な狼がアサム殿だと分かって、御者台の席でピョコンと跳ねるように立ち上がりました。
白くて丸い耳には、ぼやけた灰色の斑紋が見て取れます。
縞模様では無く斑紋なので、豹でしょうか?
「ほらフォブ、アンスロープのアサム君なの! リンスワルド領の手前で私たちにお魚をくれた人なの!」
「おお、おお、そうか。そう言やぁ随分前にそんなことがあったなあ」
「また会えたねリリアちゃん!」
「うん! びっくりしたの! とっても嬉しい!」
二人とも嬉しそうですな。
本当ならこのまま若い二人に会話を弾ませていて欲しいところなのですが、残念ながらそうも行きません。
問題はこの、山賊まがいのことをしでかしたボーモン村の男達をどうするかです。
「ウェインスさん、こいつらどうするの?」
「そちらのご老人とリリア嬢、でしたかな? お二人を殺めようとしたことは間違いないでしょう。山賊行為の目撃者を生きて帰すはずはありませんからね」
「だよなあ...」
アサム殿の口調に怒りを感じます。
口蓋が少し引き攣られて牙が顔を出したのを見て五人が顔を青ざめました。
「わたしはフォーフェンの破邪ですから、リンスワルド領内とキャプラ公領地内においては、山賊や盗賊の現行犯を処断することが許されています。一番簡単なのは、ここでこの五人を処断してしまうことですが...」
そこまで言うと、すでに青ざめていた五人の顔に小さく震えが走ります。
「ですが、それでは根本的な解決にならないでしょう」
「え、どうして?」
「大抵こういうのは村ぐるみですから。しかし、ここでこの五人を殺せば、村にいる村長やさっきの男は、この者らが勝手にやったことだと罪をなすり付けて、自分たちは知らぬ存ぜぬを通そうとするでしょう。むしろ、彼らはただの実行犯と考えて黒幕を捕縛しなければなりません」
「そっかー!」
「そ、そうなんだよ。俺たちは村長に命令されてやってるだけだ!」
命乞いのチャンスと見た男の一人が慌てて弁明しますが、これはむしろ好都合。
「ならば、君たちは村へ連れて行きます。山刀を地面に置いて靴を脱ぎなさい」
「靴を?」
「ええ、靴を脱ぎなさい。脱がないものは逃亡の恐れありと見做して、ここで処断しますよ」
脅しではない、という意味で剣先を彼らに向けて見せます。
「なんで靴を脱がすのウェインスさん」
「この五人は普通の人間族でしょう。裸足で藪の中を駆け抜けるのは難しい。裸足なら、仮に逃げてもすぐに追い付いて斬り捨てられます」
「なるほどね!」
「アサム殿がいるので無駄な用心かもしれませんが」
「いや、裸足の方が匂いが強いから、もし逃げても何日だって跡を追えるよ。どこまで逃げても匂いを追えば絶対に捕まえられると思う」
狼姿のアサム殿は純真に事実を述べているだけですが、この五人にとっては恐ろしい宣告ですな。
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五人に力仕事を任せてフォブと言う名のご老人の荷馬車を引きずり上げ、もとの道に戻しました。
裸足で重労働をさせられた五人はブツブツ言っていましたが、アサム殿が一睨みすると大人しくなります。
このまま戻れば私たちが置き去りにした馬車とぶつかりますが、あそこはまだ周囲に余裕があるので荷馬車の向きを変えることはそれほど困難ではありません。
五人の男達には我々の前を歩かせ、置き去りにした馬車のところでもう一作業。
二台の馬車で挟むようにして五人を村まで連行します。
逃げたものは再度捕まえずに、追い付き次第処断すると宣告してありますし、五人のすぐ後ろをアサム殿が歩いているので、道脇の藪に逃げ込んで振り切ろうなどとは思えないでしょう。
靴も履いてないのにそんなところに駆け込めば、あっという間に足裏がズタズタになりますからね。
それに、どのみちアサム殿の追跡から逃げ切ることは不可能です。