公領地の山あいへ
そんなこんなで、私たちがいま目指している地域はキャプラ公領地というかミルシュラント公国にとっても南の端で、山奥と言っても良い場所です。
エマーニュさんに手配して貰った地図があるからこそ不安無く進めますが、それでも道は途中までしか記載されていません。
道の先は真っ直ぐ国境にある山を向いていますから、大昔は峠を越える道だったのかもしれませんね。
他に便利な道が出来れば、古くて通りづらい経路を使う人はいなくなり、すぐに廃れてしまいます。
百年、いや数十年も通る人がいなかったら、あっという間に樹や草に埋もれて道跡も見えなくなってしまうでしょう。
まだ現役で使われている気配はあるモノの、通りすがる人のいない山道をしばらく荷馬車で登っていくと、分かれ道に立て看板がありました。
見ると『ボーモン村を経てエドヴァルへ』と書かれています。
つまり、この先はエドヴァル王国まで抜けられる道があると言うことですね。
もう一方の道は単純に東側の麓へ降りていくようです。
ボーモン村はエマーニュさんから貰った地図にも載っていませんが、この近辺では唯一と言っていい村のようです。
山奥ですから、村の収入は狩りと炭焼きに薬草採取くらいで、あとは自給自足というところでしょうな。
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それからしばらく山道を登り続けてボーモン村に到着しました。
村のある場所は途中までの地形から予想していたよりも広々としていて、斜面に貼り付いているような村を想像していた私とアサム殿はちょっと驚きました。
集落中心部の入り口には一人の男が番をしています。
こんな人通りの少ない山奥の村でも警戒するモノがあるとすれば、魔獣でしょうか?
取り敢えず挨拶をしてみましょう。
「こんにちは」
「やあ、こんにちわ。アンタ方はどこからいらっしゃった?」
「フォーフェンですよ。ちょっと山あいの土地を調査する必要がありまして」
「調査?」
男性が不審げな表情を見せますが、無理もありません。
「ええ、土地の調査です。長官が新しく村を作る場所を探していましてね。その候補地をあちこち調べて回ってるんです」
「ああ、そういうことかい。この先には広い土地は無くて険しい森が続くから、ちょいと無駄足だったかのう」
「まあ森の様子も見てみたいので一応は行ってみますよ。この道はエドヴァルまで抜けられるのでしょう?」
「いや、抜けられん」
「え? でも、この村の手前の看板にはボーモン村を経てエドヴァルへって書いてあったよ?」
アサム殿が当然至極な質問をします。
「それは、向こうに見える山がエドヴァル領だからや。この村の先を進むと知らん内に国境を越えてエドヴァルの領地に踏み込むことになってしまうからの。その警告や」
「なるほど?」
「そやからアンタ方も引き返しなさい。なんならお茶の一杯くらい出すからここで休んでいくといい」
「いや、私たちは大丈夫ですよ。正確な地図も持ってますし土地の調査はしなきゃいけないんで、道の終わりかエドヴァルとの国境まで行ってみます」
「いや、だからこの道は抜けられんのや!」
「エドヴァルへ抜けるつもりはありません。調査対象はキャプラ公領地の中だけですから」
「あんまり余所モノに村の土地に踏み込まれたくないのう!」
男がかなりイライラし始めています。
「この先に、見られるとマズいものでも?」
「そんなもんあるかい! なに言うとるんや!」
「なら問題ないでしょう。適当なところまで進んで土地の様子を見たら戻って来ますよ」
「道が悪いから、馬車は途中で通れなくなるかもしれん、それでもいいなら勝手にすればええ」
「承知しました。では」
荷馬車を出すと、男の表情にどうするか逡巡する様子がアリアリと浮かびましたが、これ以上粘ると不審がられると思ったのか、身を引きました。
これ以上もなにも、こちらは最初から不審に思っていますとも・・・
「ねえウェインスさん、いまのオジさん凄く焦ってたよね? なんでかな?」
「まあ、この先に見られたくないモノがあるのでしょう。何があるかは幾つかの可能性がありますけど」
「そうなんだ!」
「まず分かれ道にあった看板です。アレを見ればエドヴァルに抜けられる道だと思って不思議は無いでしょう?」
「だよね! 俺もそう思った!」
「ところが村に来てみたら抜けられないと言い、村より先に進ませたくない様子があからさまです」
「村で食事でも出してお金を遣わせたかったのかな?」
本当に・・・アンスロープ族というのは純朴ですな。
もう少し、人の悪意というモノについて学んだ方がいいと思わせられます。
「山奥で良くあるのはもう少し物騒なヤツで、馬車で行くと大変な目に遭うと分かってる道に、ワザと余所者を入り込ませたりするんですよ」
「え? そんなことされたら困るよね?」
「もちろんですな。それで泥濘にはまって馬車が動けなくなって困ったところに村人達が現れて、『馬車を引き出して欲しかったら手伝い金を払え』と、とんでもない金額を吹っ掛けたりするのです」
「えーっ!!!」
「もちろん相手を見て行いますから、餌食になるのは余所から来た旅人や移住者、あるい別の土地へ行く途中に偶然通りかかった行商人くらいなモノですけどね。剣士や魔法使い風の者が乗っていたら絶対に手を出しません」
「ひどい話だなあ...」
心優しいアサム殿にとっては聞くに堪えない話でしょうか。
あえて口にはしませんが、手伝い料を吹っ掛けるくらいなら大人しい方で、そのまま追い剥ぎになって馬車ごと全てを奪い、口封じに旅人を殺してしまうというケースもあると聞きます。
最初は試しに金をせびってみせ、相手が大人しく金を払うようなら弱いと見て身ぐるみ剥ぐというやり方です。
まあ、そこまでやるのは住民全体で結託していないと無理ですし、領主にバレればただでは済みません。
村ごと処罰されることは確実ですから、そんな悪行に手を出すのは相当に追い詰められている村だけでしょう。
先ほどの村の様子は、そこまで困窮しているようには見えませんでしたが・・・
しばらく進むと道が狭く荒れ始めて、本当に馬車では難儀するような予感がしてきました。
ただ、通れないという訳ではありません。
もしもこの先が『通り抜けられる』と確信していたなら、頑張って進もうとするでしょう。
そういう程度の悪路です。
実は村を出たところに新しい馬車の轍が先へと続いていたので気になっていたのです・・・通り抜けられない道だというのなら、その馬車は何処へ向かったというのでしょうか?
おまけに、数人が同じ方向に歩いて行った足跡もあります。
足跡は轍の上を踏んでいますから、馬車の後を追っていったということでしょう。
あの村の男性は、破邪が『痕跡を追う』ことの専門家だと言うことに思い至らなかったのだと思いますが、おまけに今は現役の狩人・・・しかもアンスロープの若者・・・さえも一緒ですからね。
「アサム殿、私たちの前にも馬車が通った轍があるでしょう?」
「うん。一台がすぐ前を、俺たちと同じ方向に進んでるよね。それに五人くらいがその後から歩いてる」
さすがアンスロープの狩人ですね、とうの昔に気が付いていました。
「通り抜けられないし、馬車では途中で困ることになるし、行っても意味が無いと言われた場所に馬車が進んでいくというのは、どういうことだと思いますか?」
「あの村の人達かな?」
「村人が山仕事に行くのであれば、みんなで一緒に馬車に乗っていくのでは? 先に馬車を行かせておいて、わざわざ後から五人も徒歩で付いていくというのは不思議ですよね」
「え? あれ?...ひょっとしてさっきの話みたいな? 知らずに進んでいくと大変な場所にワザと行かせて助けるときに金を取るって」
「助けるならまだ良いのですけどね」
「ええ?」
「後を付けている五人は急いでいないでしょう? 足跡を見ると一定の歩幅で歩いています」
「そうだね。全然急いでない...って言うか、お喋りしながら散歩してるみたいな歩き方だ」
「目的地がはっきり分かってるからですよ。前を行く馬車がどこで行き詰まって二進も三進もいかなくなるか、知ってるのでしょう」
「うわあっ、どうしようウェインスさん!」
「もし、私たちが想像しているような事が起きているとすれば、助けてあげるべきですね」
「だよね! 急いだほうがいいよね?」
「ですが、この道では馬車のスピードがそれほど出せません。いっそ馬車をここに置いて徒歩で急ぎますか?」
「うん! そうしよう!」
ちなみにこの馬車は、シンシアさんの作ったメダル付きの『害意を弾く結界』が稼働していますから、私たちの後から誰か来たとしても荷物を盗むことは出来ないでしょう。
さっそく私が御者台を降りて歩き出そうとするとアサム殿が私を止めました。
「ちょっと待っててウェインスさん。狼姿の方が早いから!」
「え? いやしかし」
私が戸惑っていると、アサム殿は目の前で変身を始めました。
以前にも見ていますが、温和な青年が巨大な狼へと変化していく様子には目を瞠りますな!




