<閑話:行商人と白い女の子>
「おーいリリア、そろそろ行くぞぉ!」
馬車からフォブじいちゃんの呼ぶ声が聞こえてきた。
昼寝は終わったみたい。
『ちょっと帳簿を付けるからリリアはそこらを散歩でもしておいで』って言われたけど、ホントは荷台でお昼寝、ううん夕寝かな? してたのは知ってる。
だって川縁まで寝息が聞こえてたもの・・・
今日はずっと山あいの道を進んで峠を越えたから疲れちゃったのかな?
シーベル領からリンスワルド領に入る道は幾つかあるけど、こっちは南側の田舎だし、峠を抜けた先も人の住んでない平原がずっと広がってるから通る人が少ない。
でもここに限らず、田舎の方が私たちの行商先には向いてるんだって、フォブじいちゃんはいつも言ってる。
『だってなリリア。近くに商店が有って、いつでも欲しいもんが買えるような街中に住んどったら、わざわざ行商人からモノを買う必要なんかないやろ? 行商人っちゅうんは『そこまで荷を運ぶ』って仕事も込みの商売なんやから』
それもそうだよね。
だからわたしたちは、通る途中でちょっと安く仕入れたモノを、行った先でちょっとだけ高く売る。
その値段の差が、わたしたちのご飯を買うお金になるの。
売り先はフォブじいちゃん風に言うと『広く薄く』、どの時期にどこを通るか、訪れる間隔をどの程度空けるとかとか、そういうのを上手く考えるのも行商人の腕の見せ所なんだって。
「はーいっ!」
わたしは大きな声でフォブじいちゃんに返事をして、馬車に向けて手を振った。
「じゃあ行くね、えっと、アサム君」
アサム君は、さっき出会ったばかりのアンスロープの男の子で、凄く背が高いからきっとわたしよりも少し年上だと思う。
ちょっと尖った耳が頭の上にシュッと立っててカッコいいの。
わたしもあんな耳だったら良かったのに・・・
わたしの耳は先が丸くてヘナっとしてるように見える。
フォブじいちゃんは可愛い耳だって言ってくれるけど、わたし自身はちょっとだけ不満なの。
でも、『お母さんと同じ耳だから、きっとリリアも将来は美人さんになるよ』ってフォブじいちゃんに言われると、そうなのかなー?って思ったりして。
「あ、その、リリアちゃんは、あのおじいさんと二人で旅してるの?」
「そうだよ」
身体の向きを変えて岩から降りかけたわたしに、アサム君が聞いてきた。
フォブじいちゃんには、自分たちのことを余り人に喋っちゃいけないって言われてるけど、この人は大丈夫。
だって優しくて真面目そうな匂いがしてるから。
「そっか...だったら、これ持って行きなよ。二人で食べるといい」
そう言って手に提げていた鱒っていうお魚を二匹、差し出してくれた。
びっくり!
ホントは、さっきから物凄く気になってたの。
だって・・・とっても、とっても、美味しそうに見えたんだもん。
「えっ、いいの?!」
「いいよ。俺たちは三人だから、ちゃんと全員の分がある」
「ありがとう、嬉しい!」
凄く嬉しい!
最初にアサム君と出会った時に、わたしがお魚の方をチラッと見たのに気付かれてたのかな?
だって水がキラキラ滴ってて、ついさっき川から引き上げたばかりだって、見た瞬間に分かったの。
アサム君は五匹のお魚を手に提げてたんだけど、その中から大きい方を二つ選んで渡してくれた。
間違いない、やっぱり優しい人だ!
わたしはお魚が大好きだからフォブじいちゃんもご飯に良く買ってくれるけど、寝るときと店を開いてるとき以外はほとんど移動してる行商中に朝市に寄ったりとか滅多に出来ないし、海辺の街以外だと獲れたての新鮮なお魚を手に入れるチャンスって意外と少ない。
それに、街の食堂で食べるなんて値段が高くて出来ないし・・・
だから行商の途中で海辺の街に寄った時に、塩漬けのお魚とか天日で干したお魚を少し買い込んで貰って、それを大切に食べるの。
一度でいいから自分で魚釣りってやってみたい。
「税金のことを教えてくれたお礼さ」
「うん! ありがとう!」
あんまりフォブじいちゃんを待たせちゃいけないから、アサム君にお礼を言って馬車に走る。
でも、途中でちょっと振り向いたら、まだこっちの方を見ててくれたから手を振った。
そうしたらアサム君も私に手を振り返してくれたの。
今日の夕食は美味しそうな、大きなお魚!
それもフォブじいちゃんとわたしと、一人一匹ずつ!
カッコいい耳のアサム君に、もしもまた会えたら、お魚の御礼をなにかしたいな。
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「ほう、そらまた美味そうな大きい魚を貰うてきたなあ!」
「鱒なの!」
「鱒だな」
「うん、川であったアサム君って言うアンスロープの男の子がくれたの」
「アンスロープ?」
「耳がシュッとしてた」
「それなら、この辺りの川漁師かなんかかなあ」
フォブじいちゃんには、アサム君の姿がちゃんと見えてなかったのかな?
「ううん、旅人だって言ってた。兄妹でミルバルナから来たんだって。リンスワルド領の出入りの税金のことを聞かれたから、それを教えたら御礼だって言ってお魚をくれたの」
「ほんなもんリリア、出入りの税金のことや言うても『通行税なんか無いよ』ってだけやろう?」
「うん、そう教えたら『ありがとう』って言って、お魚をくれたよ」
「そらまた気前がええな!」
「ねっ! 凄く優しそうな人だったの」
「そっか。ええ人に出会えて良かったな」
「うん!」
フォブじいちゃんは、そう言ってわたしの頭をぐりぐりと撫でてくれたの。
頭を撫でられるのって大好き。
これから私たちはリンスワルド領に入って金物や道具を売って回るの。
シーベル領では思ったほど売れなかったらしくてフォブじいちゃんはちょっとガッカリしてたけど、リンスワルドは景気がいいから大丈夫だって。
それと、街道沿いにあるフォーフェンの街を通るのも楽しみ。
大きな街だから色々な種類のお店が一杯有って、通り沿いにびっしりと立ち並んでる。
もちろん、なにかを買ったりする訳じゃ無いけど、見てるだけで楽しいの。
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フォブじいちゃんは、リンスワルド領にあるデュソートって言う村で知り合いの行商人と会う約束をしてたんだけど、結局会えなかったみたい。
まあ私たち行商人は、いつどこを通るかが商売次第だから、約束って言っても『お互い丁度その時にそこら辺にいたらな!』っていうくらいの気軽なモノ。
だから行商人が沢山集まる大きなお祭りなんかが目印になりやすい。
ただ、その行商人さんには新しい仕事の口を紹介して貰える約束になってて、それが出来れば、これまでよりもずっと稼ぎが良くなるはずなんだって。
上手く行けばお金を貯めて、何年か後には、どこかの小さな街で露天商を開くことが出来るかも知れないって言ってたから、本当はフォブじいちゃんは少しガッカリしてると思うの。
デュソートの村では毎週の星の日に広場で市が立ってて、誰でも登録だけすれば商売が出来る。
フォブじいちゃんは目当ての行商仲間とは会えなかったけど、また次の約束っていうか、会う目安があるから大丈夫なんだって。
それに星の日の市で並べてた高価なノコギリとノミが売れて、鉄の釘も沢山売れたって言って喜んでたから良かった!
わたしは一日中、馬車の中で荷物番をしてたからちょっと退屈だったけど。
フォーフェンの近くで次の仕入れをした後はキャプラ公領地から北西に上がって行って、西の海岸にあるスラバスって言う港街を目指すってフォブじいちゃんが言ってた。
これからどんどん暖かくなってくる季節だし、海沿いの行商は、お魚を沢山食べられるから楽しみだなあ・・・
でも、海沿いの街は商売道具や売り物の鉄が錆びやすいから長居できないんだって言うのが、ちょっと残念。
スラバスから先は、いつも通りなら東に折れて本街道にあるタレンタっていう大きな街を越えて王都の方へ。
でも、王都には一度も入ったことが無いの。
フォブじいちゃんが言うには、街が大きすぎて、売るにも買うにも行商人の居場所なんて何処にも無いんだって。
だから王都の脇を素通りして・・・いつもはそのまま東に進んでラモーレンまで行って、それからまた東西大街道に突き当たるまで南下して、ミルシュラントの南地方をぐるーっと回ってからこの辺りに戻ってくるの。
とにかく、冬の間は雪が降る地方には行かないようにしてるって言ってた。
だって寒いもんね。
それにフォブじいちゃんが冬の間はリンスワルドとかキャプラとか、ミルシュラントの南側で過ごすようにしてなかったら、きっとわたしもフォブじいちゃんと出会えなくて、母さんと一緒に死んでたと思うの。
だから、フォブじいちゃんが寒いところが嫌いで良かった!




