エルスカインを騙そう
少年男爵のとんでもない『本音』の受け答えに、俺もレビリスもレミンちゃんも呆気にとられている。
どういう思考回路なんだよ、この少年は。
「貧乏もなにも、ルマント村で魔獣の被害が増えてきたことくらいは領主として知っていただろう? 村人が陳情したとも聞いているぞ?」
「ふん、もっと魔獣に荒らされて泣きついてくるようなら好都合だ。救援の条件に女達を差し出させて後は放っておくつもりだったからな。レミンを手始めに年若い娘達だけ抜き取って我が輩の奴隷にしてしまえば、後はアンスロープの村などどうでも良い」
一点の曇りも無いクズだな。
本当に岩塩採掘孔の悪党共と同レベル・・・
と言うか領主のくせに、領民の減少すなわち税収の減少とかが、まるっきり思惑の外というのも凄い。
だけど、この馬鹿な少年は変身したアンスロープの本気の戦闘力を全く理解していない。
パッと見でシルヴァンさんやサミュエル君の十分の一以下の戦闘力しか無いと思える騎士達や、そこにいるへっぽこ魔道士の宣誓魔法程度で抑えきれると思ってるのか?
「落ち着けよレビリス?」
「大丈夫さライノ」
「レミンちゃんもこらえてな?」
「はい!」
うん、俺の方が冷静じゃ無いかも。
「お前の隣にいる騎士のことをどう思う?」
「コイツは役立たずだな。背が高い癖に、のろまで剣の腕も並以下だ」
「こっちの男はどうだ?」
「そのジジイは親父の代から当家に長く仕えてるから仕方なく置いてるだけだ。首にしたいが周りの目があるからそうもいかん。落馬でもして死んでくれれば助かるんだが」
突然暴露された本音に二人の騎士が目を剥いている。
たぶん、誰のことを聞いても似たような答えが返ってくるだろうし、もう十分だ。
「この土地をドラゴンが見ていることを忘れた時が、お前の死ぬ時だぞモリエール男爵。いつか許される日が来るまで、これからは貴族としての真っ当な領地運営を学ぶんだ」
「何を学ぶ? 俺より優秀な貴族なんかこの世にいないんだぞ? そのうちミルバルナ王家なんか俺の足下にひれ伏させてやるさ」
このセリフが瞬時に本音として出てくるって言うのも底が知れない。
「あまり気負うなって。まだ若いんだから、今から周囲の意見を良く聞いて貴族のあり方を学んでも遅くないよ。事情は知らんが、親が事故か病気で急逝したせいで、その若さで爵位を継承する羽目に陥ったんだろう?」
俺もウッカリだけど、つい言い聞かせるつもりで質問のように喋ってしまった。
「いや、両親は俺が部下に命じて事故に見せ掛けて殺した。とっとと爵位を継承したかったからな。家令もそれに賛成してくれたし、親が老衰で死ぬまで悠長に待ってなんかいられるものか!」
マジかよ!
聞くんじゃ無かったと思っても、もう遅い。
モリエール男爵だって、秘密を知ってしまった俺たちをこのまま帰らせたくは無いだろうけど、もうルマント村に縁ある人間には手を出せないのだ。
口がパクパクしているのは、慌てて俺たちを殺すか捕らえるかする命令を出したくても声に出せないというところか。
ドラゴンが見ているのをもう忘れたのか?
まだ目の前にいるんだぞ?
喋った本人は顔が真っ青で、周りで聞いてた家臣たちも驚愕してるけど、さすがにこれはどうしようもないし、救いようも無いぞ・・・
「じゃあ村に戻るか、レビリス」
「そうだな。もう十分だろうしさ、こいつの顔を見てると不愉快な気持ちになるよ」
ドラゴンに怯える周囲の家臣たちは誰一人として動こうとはせず、俺たちは誰にも止められずに荷馬車に乗り込む。
「モリエールよ、貴様は愚かすぎるようだ。愚か者は得てして通り過ぎた恐怖を忘れる。貴様が後どれほど生き延びるか、我にも先が見えんな!」
最後にアプレイスはモリエール男爵にそう告げると、わざと不可視の結界を張らずに空に舞い上がって飛び去った。
もちろん、すぐに不可視化して近くに降り立つはずだけど、今回は飛び去る姿を見せておくことが必要だからね。
++++++++++
モリエール男爵による親殺しの自白を耳にして、なんとも言えない気分になった俺たちは、ルマント村への帰り道、ずっと言葉少なだった。
もはや怒りの対象を通り越して、見たことを忘れたいほど醜悪な存在というところだろうか・・・
まさか、ルマント村が苦境に陥った背景に、これほど悍ましい心を持った少年が潜んでいたとはなあ。
モリエール男爵の屋敷を離れて村に戻った俺たちは、とりあえず集会所に残っていたダンガたちに一部始終を説明した。
「で、モリエール男爵はもう、この村に触れられなくなったってことかライノ?」
「そういう訳だ。アプレイスの脅しが無くても、現実にはパルレアとシンシアの張った害意を弾く結界があるから怪しいヤツは入ってこれないけどな」
「それでも、気を張らなくて済むのは有り難いよ。村人が酷い目に遭ったりするのだけは避けたいからね」
「だな。あれでルマント村は触っちゃいけない相手だと男爵や手下の連中に刷り込めたと思う。普通なら領主と揉めれば後が大変だけど、どうせあと数ヶ月で縁の切れる相手だ」
「助かった。恩に着るよライノ」
「同じ屋根の下だよダンガ」
「ああ。そうだったな...」
「御兄様。それでルマント村への脅威は心配なくなったとしても、アプレイスさんの姿を男爵家の人々の前に晒して良かったのですか?」
「うん、むしろわざと晒したんだよ」
「えっ?」
「実は南部大森林をどう調べるかアプレイスとも相談してたんだけど、うまい方法が浮かばなくってな。それで、今回の件に絡めてエルスカインを引っ張り出す事が出来ないかって思いついたんだ」
「わざとエルスカインを引っ張り出すのですか?」
「うん。エルスカインは北部大山脈で狙ってたドラゴンを手に入れることに失敗してるだろ? アプレイスの消息は掴んでいないと思うし、引き続きエスメトリスを狙う可能性はあるかもしれないけど、彼女は絶対に罠にはまったりはしない」
「まあ姉上は俺とは違うからな」
「拗ねるなアプレイス。とにかくエルスカインはドラゴンを手中に収めることを諦めていないと思う」
「どうしてさ? あの罠は失敗したから無理だと分かったんじゃ無いか?」
「まだ俺が生きてるからだよレビリス」
「ああそうか」
「エルスカインは俺が勇者だって事を分かってる。そして、ドラゴンを罠に嵌め損なったことも理解してる。で、その罠と背後の拠点が俺とシンシアに破壊されたとなれば、むしろ戦力増強に注力するもんじゃ無いか?」
「ライノの言うとおりだな。次のドラゴンを探すハズだ」
「北部大山脈で取り逃がしたドラゴンが、これから南部大森林で噂になるドラゴンと同じかどうかエルスカインには確認できない。だけどドラゴンが『何故か』ルマント村に飛んでくる必然性はあるんだ」
「え、なんで?」
「北部大山脈から奔流の濃い場所を辿って...つまり大結界の線に乗って南に飛び続ければ、自然とここに辿り着くんだよ。そしてここは結節点のある終着点だからな」
「なるほど...」
「それにエルスカインって奴は...上手く言えないんだけど、自分以外の全ての存在を見下しているような、そんな印象があるんだよ。人も、魔獣も、それこそドラゴンでさえ一律にね。なんて言うか、誰もが本能や欲求に突き動かされてる存在だって決めつけって言うか、認識が有るように思える」
「金で動くか永遠の命に惑わされるか、か。...まあ、どっちも欲求ではあるよな」
「だから、仮にドラゴンとアンスロープが友人同士になったという話が出ても、コリガン族とドラゴンの話の延長くらいにしか考えないんじゃないかって気もするし、その背景については深く考えないんじゃないかって」
「だろうな。ドラゴンの俺が言うのもなんだけど、きっとエルスカインは俺たちもデカい魔獣くらいにしか思ってないのさ」
「そんな...ともかく御兄様は、それでわざとアプレイスさんを男爵家で衆目の目に晒したのですか?」
「ああ。モリエール家の家臣たちは、アプレイスがこれから南部大森林を住処にするって言ったのを聞いてるんだ。瞬く間に噂が広がると思うね」
「でも男爵家の恥ですよね? 口にするでしょうか?」
「仮に男爵が箝口令を敷いても誰も守らないよ。あれほど家臣に尊敬されてない主君も珍しいってくらいだ」
「そんなに...」
なぜかエマーニュさんがショックを受けている。
家臣に慕われていない領主という存在が衝撃的なのか?
「レビリスとアプレイスは見てたから知ってるけど、竜の姿になったアプレイスがモリエール男爵を脅した時に、身を挺して主を守ろうとした騎士が一人もいなかったんだ。ただの一人もな」
「それは...騎士とは呼べないのではございませんか?」
エマーニュさんの評価がストレートだ。
「むしろ男爵がそういう連中しか抱えてないって事ですよ。まともなヤツはとうに辞めて、残ってるのは村に来た四人組みたいな連中だけなんでしょう」
「凄まじいですね」
「ああ、シンシアも見れば納得するよ。あの男爵は、見た目は少年だけど中身は怪物のキメラだな」
「領主でありながら、それほど...」
ホントにエマーニュさんって純朴だよね。
良い意味でダンガとお似合いだと思うよ。




