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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第一部:辺境伯の地
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破邪衆の寄り合い所


目立たないのは無理だった。


騎士団の連絡所からすぐのところにあった建物を見つけて、部屋の外に掛かっていた札でフォーフェンの破邪衆の寄り合い所だということを確認し、ドアを開けて踏み込んだ途端に、部屋中から視線が集まった・・・特にパルミュナに。


だから『見た目』はすっごい美少女なんだよ、パルミュナは!


なんかこうなる気がしたから部屋で待ってて欲しかったんだが、いまさら泣き言を言っても仕方がない。


「こんにちは。今日はどんな御用件ですかな?」


部屋にいた数人のうち、奥に座って談笑していた中の一人が、にこやかに近寄ってきた。

年配の男性で、雰囲気からして明らかに破邪か、元破邪だ。


「どうも。自分は旅の破邪でライノ・クライスといいます。こっちは妹のパルミュナです」

「こんにちはー」

パルミュナも普通に挨拶をする。


「こんにちはお嬢ちゃん。お二人ともフォーフェンの破邪衆寄り合い所へようこそ。私はこの寄り合い所の世話役をしておりますウェインスと申します。今日は依頼をお探しですかな?」


「いえ、ちょっと情報収集ができればと思って顔を出しました」

「ほう?」


「旧街道の話なんですけどね。ここまでくる途中に、最近旧街道に魔獣だか魔物だかわからない化け物が出没してるって噂を聞いて、それで実際のところ、どんなもんなんだろうと...」


俺がそういうと、ウェインスさんは微かに顔を顰めるような表情を作って答えてくれた。


「ああ、アレですか...いやあ、なんというか説明しづらいのですが...まあ、こちらへお掛けください」


ウェインスさんに椅子を勧められて、パルミュナと並んで丸テーブルの椅子に腰掛ける。

あと、室内にいる人たちが、警戒する野ウサギのようにこちらに向けて耳をそば立てている気配がするよ?


もちろん、破邪は農民や人足のように毎日決まって朝から夕まで働くという仕事ではないけれど、昼間からここでのんびりしてる人たちがいるってことは、少なくとも貯まった討伐依頼を片付けるのに追われてるって状況ではないわな。


旧街道の化物の噂も、実はそれほど大した問題じゃないのか?


「実はですな...あれに関しては、かなり前にキャプラ公領地長官のエイテュール子爵様から調査依頼が出ておりまして、すでに何人もの破邪が旧街道の調査を行いました」


「ああ、そうでしたか! そっちの話は全然聞いていなかったもので。じゃあ...」


と、そこまで言いかけたところでウェインスさんは、俺の言葉を遮るように口を開いた。


「その成果はゼロです」

「は?」


「これまで何一つ、怪しいものなど見つかっていません。かなりの期間、複数の破邪が間をあけて旧街道と集落の調査に出向いたのですが、魔獣や魔物の存在を裏付けるような証拠は何一つとして見つかりませんでした」


「じゃあ、あの噂っていうのは?」


「そこが問題なんですけれどね。もちろん調査の時には、魔獣を見たとか化け物を見たという村人を探し出して、直接、それらの人からも話を聞いていますし、目撃したという場所の検分もしています。ただ、痕跡は何もない。腐っても破邪ですからね、そこに濁った魔力が澱んでいれば気づくものです」


「それは、もちろんそうでしょうね」


「あるのは目撃談だけ。現場には魔力の気配も魔獣の足跡も残っていない。そういったことが何度も繰り返されたのです」


「うーん、でも地域の住民が嘘をつく理由ってあるんでしょうか?」


「そこも問題でしてね。あまり頻繁に魔獣や魔物の目撃談が出るものだから、行商人たちさえ旧街道を避けるようになってしまって、住人たちは不便を強いられているはずです。化物の噂なんか広めても、地元にいいことなんか一つもないはずなんですがなあ」


「そうなると...」


「まあ、タチの悪い魔法使いが、住人たちに幻惑魔法でもかけて遊んでいるのか、あの地方に、何かそういう幻覚を見せる悪い病気でも広まりつつあるのか、みんな、そういう結論に辿り着いてしまいますな」


「とはいえ、魔法使いがそんなに長い期間、一片の半銅貨にもならないことをして遊んでいるというのも、ちょっと無さそうな話ですね」


「悪行としても地味ですからね」

ウェインスさんは、そう言ってちょっと笑う。


「しかし、領民にはむしろその方がいいくらいでしょうな。地元に幻覚を見る病気の噂が立つよりはね?」


ウェインスさんの言いたいことは俺にもわかった。


「事実がどうであるかは別として、人々が思い浮かべる理由としては麦角(バッカク)ですか?」


今度はウェインスさんは重々しく頷いた。


『麦角』というのは麦の穂につく毒で、これにやられると穂の中から黒い小さなツノのようなものが現れるので、麦の角と呼ばれるようになった。

麦角になってしまった麦が混じっていることに気づかずに粉にひいてしまうと、それを食べた人に強烈な害を与える。

良くて幻覚症状や失神、ひどいと手足が動かなくなったり、女性が流産したり、気が狂うような状態になって死に至ることも珍しくはない。

もしも、麦畑で麦角が発生したという噂が流れたら、誰もその地域から麦を買おうとはしなくなるだろう。


いったん粉に挽かれてしまうと、もう見分けがつかないのだ。

そしてパンに焼いても毒は残る。


「クライスさんもお察しの通り、麦角が出たという噂が流れたりしたら、その地域の農家は壊滅します。旧街道はキャプラ公領地に含まれておりますから、本来ならフォーフェンとは別区となりますが、どちらもリンスワルド家の一族が統治していますから、無視はできません」


「公領地長官のフローラシア・エイテュール子爵が、リンスワルド伯爵の従兄妹(いとこ)なんでしたっけ?」


「さようです。いまはキャプラ公領地の都はリストレスの街に移っていますから、この辺りからはかなり遠く、リンスワルド伯爵様からのお声がけもあって、旧街道の出来事に関しては、フォーフェン在住の騎士団や破邪衆がお手伝いするということになっているのです」


「なるほど。リンスワルド家の方々は仲が良くて、互いに協力し合って領地経営をされていると聞きましたが、そういうとこにも協力関係が広がっているんですね」


「リンスワルド伯爵様は、従姉妹(いとこ)のエイテュール子爵とは幼少の頃からの仲良しだったそうですからね。お互いに損得抜きで手助けし合える間柄なのでしょう」


「俺は最近エドヴァルから来たばかりなので事情に疎いのですが、じゃあ、いまのエイテュール子爵の居城もリストレスなんですか?」


「ええ。元々はキャプラ公領地が、ガルシリス辺境伯の治めていた領地だったことはご存じでしょうかな?」


「はい。その経緯(いきさつ)は旅の途中で聞きました」


「では事情はお分かりかと思いますが、その大騒ぎの結果、ガルシリス家は断絶され、辺境伯の居城は放棄されました。なんでも、一族の一人が最後に居城に油を撒き、火を放って自害したのだそうで」


「それは...なんというか、壮絶ですね...」


最後まで、いかにも話に聞くガルシリス辺境伯らしい終焉だな。

皮肉なものだが、それも運命か。


「で、城は崩れ落ちて廃墟となり、新たに大公陛下から公領地の長官に任命されたエイテュール子爵は、リストレスにあったガルシリス辺境伯の元別荘を居所としたのです。ですが、リストレスはここと繋がる東西の大街道沿いにある街ですから、逆に今ではすごく発展しておりますよ」


いまのフォーフェンは南北と東西の大街道が交わる要所になったけど、リストレスもまた、ルースランドとミルシュラントを行き交う人々のための中間拠点として繁栄しているんだろうな。


「まあ、キャプラ橋の事業でもわかるように、リンスワルド様の一族は昔から辣腕ですよ。すごく長い目で世の中を見ていらっしゃると思いますな」


「なるほど。先を見た差配ができる領主さまがいるのは幸運ですね」


「ええ全くです。ああ失礼、話が逸れてしまいましたが、旧街道の噂話に戻りますと、そんな訳でして...破邪としてできることが明確にないというのが現状なのです」


「そうですか。いやあ、平和になってるんだったらもうそれでいいんですけど、ちょっとスッキリしない感じではありますね...」


「悩ましいところです。ただ、私たちとしては、麦角が原因ではないと考えています」


「なぜでしょう?」


「皮肉な話ですが、本当に麦角が原因であれば、もっと被害が出ていて然るべきだからです。幻覚を見たかもしれない人は何人もいるのに、もっとひどい病気になった人...例えば、手足に震えが出たりとか気を失ったりとか、そういう、伝え聞くような麦角らしい病状が出た人は一人もいません」


「ああ、なるほど...」


「もちろん発狂した者もいなければ死人もない。しかも、仮に村人たちが幻覚を見たのだとしても、それは何日も何十日も間をあけて、目撃場所としても街道のいろいろな所で、ポツリ、ポツリと起きたことです。麦角が原因なら不自然すぎるでしょう」


「うーん、確かにそれほど広い地域に麦角が広がってしまっているようなら、当然もっと沢山の被害者が出ていますよね?」


「そういうことですな。化物を見たという村人が旧街道沿いのあちらこちらの集落にポツポツと散らばっているというだけで、それ以外に被害と呼べるものはありません」


「何よりも、同じものを食べているはずの目撃者の家族にも被害がないとすれば、原因が麦角のはずはないと...」


「ええ、御明察の通りです。そこで最初の話に戻る訳ですな。いくら調べても成果はゼロだと」


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