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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第五部:魔力井戸と水路
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ルマント村の人々


今日も良い天気だ。

この季節の南部大森林は雨が多いはずだし、空に浮かぶ雲も結構な速さで流れているけど、今日はまだ雨が降りそうな気配じゃ無いな。


出発以来ずっと良い天気なのは助かるんだけど、正直ちょっと暑い。

乗用馬車の方には御者台の上に帆布の屋根を少し張り出せるようになってるけど、荷馬車の方にそんな仕掛けは着いてないし。


俺の横に座るアプレイスは、御者台の背にだらーっと寄りかかって流れる雲を見上げたまま動かなかったが、そろそろ村に近づくかという頃になって、ぼそっと奇妙なことを口にした。


「俺、こういう風に空を見上げながら移動するのは生まれて初めてなんだよな」


「ん? そりゃどういう意味だよ? アプレイスはいつも空を移動してるのに空を見てないのか?」

「だから移動するときはいつもドラゴンの姿で空を飛ぶだろ? 人の姿で遠くに行くことなんか滅多に無いよ」

「ああ、それはそうか」

「こうやって空を眺めながら移動していくなんて初めてだけど、自分では飛ばずに、流れる雲をぼーっと見上げたまま運ばれていくって、なんだか面白いな!」


アプレイスの言いたいことも分かる。

逆に俺は飛べないけれど、晴れた日に柔らかな草の上に寝転がって流れる雲を見上げているのは楽しい。

なにがどう楽しいのか説明は出来ないけど、ただボーッと雲を眺めているだけで満足できて、あっという間に一日が過ぎてしまうんだ。


「じゃあ、アプレイスは馬にも乗ったことが無いのか?」

「無いな」

「まあ必要が無いもんな...」

「馬って生き物は可愛いと思うけど、乗ってみたいと思ったことはないよ。俺がいつか乗ってみたいと思ってるのは船だな」

「舟か。リンスワルド領を流れてるキャプラ川にも漁師の川舟は沢山行き来してるし、旧街道には渡し舟もあるから今度乗ってみればいいよ」


「いやそうじゃなくて、海を渡るデカい船のことだよ。風を受ける帆が沢山付いてて何十人も乗れるようなヤツだ」

「そういう船か...」

「帆船って言うんだろ? ああ言う船に乗れば、誰でも南方大陸に渡っていけるって聞いたんだ」


「そうだな。金さえ払えば誰でも乗れるし、どんな荷物でも積めるものなら船で送れる。大きな船が作れるようになって、外国から色々なモノが安く輸入されるようになったんだ」


「俺は南方大陸には行ったことが無い。休まずに飛び抜けられる距離かどうか知らないんだ。海の上だったら、もし途中で魔力切れになっても休むところなんか無さそうだしな?」

「だろうなあ。そうそう都合の良い位置で一休みする島があるなんて、期待出来ないと思うよ?」

「だから一度、船に乗って南方大陸に行ってみたい」

「なるほどなあ」

「なあ、人の知恵って凄いよなライノ」

「ん、そうか?」

「だってドラゴンでさえ行くのを躊躇する場所を、平気で誰でも行き来できるように変えちまうんだぜ?」


「そう言われてみると...そうなのか...」


「知恵が全てだとは絶対に思わないけど、凄い力だって事は事実だ。現にいまポルミサリアを支配している魔獣は人族じゃないか? 熊や虎でも無ければドラゴンでも無いぜ」

「ドラゴンは国とか土地の支配に興味が無いだけだろ?」


「ドラゴンの縄張りの範囲はそこの魔力で決まるし、同族はみな、敵では無いけれど魔力を取り合うライバルではある。それに人族と違ってそこの地面そのものに価値を見いだしてる訳でも無いからな。だからどうでもいいと言えばその通りだけど、じゃあ支配できるかっていうと無理だ」


「なんでだよ?」

「広い土地をどうやって治めるんだよ? 支配するとか統治するってのは、ただブレスで焼いて回るのとは違うだろ?」

「確かに」


そんなヤツは、あのライムールの悪竜くらいなもんだ。


「だから俺たちドラゴンは土地そのものには興味が無い。普通は関わる『意味』が無いからな。でも人族は色々なことに自分で『意味』を作りだしていく...山を越える道を作り、荒れ地を畑にし、空を飛べなくても馬車や船に乗って縄張りを広げていくんだ。本当に凄いと思うよ」


なるほどな・・・


でも俺は、そう言うアプレイスの視座も中々凄いものだと思うよ。


++++++++++


魔馬が牽く四台の馬車を連ねた行列がルマント村に入っていくと、たちまち好奇の目をした人々が集まってきた。


ダンガやレミンちゃんにとっては見知った顔も大勢いるはずだけど、取り敢えず長老というか『オババ様』のいる家までは止まらずに真っ直ぐ向かってくれるよう先頭馬車に乗るトレナちゃんに頼んでおいた。


村のエリアはかなり広くて、畑や果樹が混じり合った広い盆地に、幾つもの集落が点在しているって感じ。

見通しのいい里だし、道幅も普通に広いので奥まで馬車で乗り込んでも詰まってしまう心配は無さそうだ。


オババ様の家は村の中で一番大きな集落の中央部にあって、他の家々よりも各段に大きいから見落とすことは無いとダンガに言われていたけど、確かにすぐに分かった。

コリガンの里でも同じような感じだったけど、長老の家が集会所的な役割を兼ねているのだろう。


この家と長老の役目は世襲するものでは無く、いまのオババ様も後進に長老の座を譲ったときにはここを出て、村のみんなが用意してくれる小さな家に住み替えるものらしい。

大抵は、長老になる前に住んでいた家を村の人々が維持管理してくれているからそこに戻るらしいけど、家は子や孫に譲ってしまったとか、そうも行かないケースもちょくちょくあって、その場合は別の家を村中の持ち出し合いなんかで建てたり譲ったりもするそうだ。


打合せ通りにオババ様の家の向かいで隊列を止めると、周囲の家からもワラワラと人が出てきて隊列を取り囲む。

ただ、余り近寄っては来ないな・・・

輝く騎士の鎧を身に着けて騎乗しているシルヴァンさんとサミュエル君が堂々とした姿で先導しているし、リンスワルド領以外の普通の村人だったら『触っちゃダメ』な相手と認識するんだろう。


ちなみにリンスワルド領内だと、領民は見回りしている騎士達に平気でバンバン声を掛けてくる。

通りすがりに農夫が『騎士さーん、イチゴあっけど持ってくけー?』とか、『ほんに済まんこったけど、(カカア)と喧嘩しちまったんで取りなして貰えねえだか?』とか、そんな感じ。

以前にシルヴァンさんも言ってたけど、リンスワルド家の騎士達は領民達とのそういうやり取りを日常の一部にしてるからね。


それはともかく、こういう挨拶系の『儀式』は最初が肝心だ。


なにしろこっちには本物の貴族と騎士がいるから、儀礼的なことで村人がとやかく言うって話はないはずだけど、念のために種族的なこととか村内でのダンガ達の立ち位置とかも事前に確認してある。


馬を下りたサミュエル君がオババ様の家の扉を礼儀正しく叩いて声を掛けると、中から一人の中年女性が出てきた。

出てきて速攻で腰を抜かしそうになっているな。

荷馬車に乗って後ろから見てる俺には、『目の玉がひっくり返る』っていう形容が納得できるほど驚愕の表情だ。


サミュエル君がさっと膝をついて口上を述べる。


「ルマント村の長老、ヤルミナ様はご在宅でしょうか?」

「はは、は、はい。おります。中におります!」

心底動転してるよね、すいません。


「ミルシュラント公国リンスワルド伯爵家の縁者、エマーニュ・エイテュール様が、こちらの村出身のダンガ様とレミン様によるご案内を頂戴しまして、ヤルミナ様へのご挨拶に伺いました。急な訪問で誠に失礼とは存じておりますが、お目通り願えれば幸いにございます」


さすが護衛隊の若手ホープのサミュエル君だ。

挨拶も堂々として、格好良くて、いいねえ・・・

先頭の御者台からはトレナちゃんがこちら向きに頭を出して、婚約者のカッコいい姿を覗いてるよ。


「ははははいぃ、かしこまりましたればただいま呼んで参りまする」

中年女性は盛大にどもりながら半ば転げ込むようにして奥に戻っていった。

重ね重ね、すみません。


オババ様はご在宅と言うことが分かり、シルヴァンさんが馬を下りて、(うやうや)しくダンガとエマーニュさんが乗る馬車の扉を開けた。

シルヴァンさんが昇降台を降ろして一歩下がると、固唾をのんで見守る村人達の視線を浴びながら、まずは貴族風衣装に身を包んだダンガが出てくる。


この見慣れぬ貴族の装束に身を包んだアンスロープの男がダンガだと言うことに気が付いたらしい数人がどよめいたり、あんぐりと口を開けて固まったりしている。


下まで降りたらくるりと後ろを振り返りって手を差し伸べるダンガ。

その手先を掴んで笑顔を振りまきながら優雅に降りてくるエマーニュさん。

『お願いだからここで転ぶのだけは勘弁して欲しい』と祈っていた甲斐あって無事に昇降台を降りきり、シルヴァンさんに護衛されながらダンガと並んでオババ様の家の玄関へと、にこやかに歩いて行く。


続けてレビリスとレミンちゃんも出てくる。

レビリスはあえて破邪の装束で、レミンちゃんは姫様に誂えて貰っていた高級な旅装姿だ。

レミンちゃんだと気が付いた村人達がこれまた激しく動揺して、互いに小声で囁き合う。

驚いてレミンちゃんを指差そうとした女性が、隣の男性にパシッと腕を叩かれた。

貴族一行を指差すとか不敬と咎められる可能性があるからなあ・・・


それにしても四人の姿を見た村人達の騒めきがもの凄い。

みんな何が起きているかは分からないながらも、村出身のダンガとレミンちゃんが豪華な服を着て、騎士の護衛付きで貴族家由来という淑女と一緒に現れたのだから、田舎の村にとっては天地がひっくり返りそうな大事件だ。


それに一行の和やかな雰囲気からして、どう考えても悪いことのようには見えないからね。


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