あえて馬車で入村
シルヴァンさんとの待ち合わせ場所は街道沿いだと言うこともあり、念のためアプレイスに地面や周辺を何度も確認した上で着陸して貰う。
地上に降りたアプレイスが不可視の結界を解除して俺たちが姿を現した瞬間、草地の端に座って俺たちを待っていたシルヴァンさんが息を飲むのが分かった。
だけどさすがにベテランの元遍歴騎士だ。
取り乱した様子は微塵も見せないね。
シルヴァンさんにアプレイスを紹介して、そのまま馬と装備を預かると、シルヴァンさんが『いやはや・・・』という様子で左右に首を振った。
「クライス様、収納魔法と転移魔法の次はコレですか? どこまで周囲の人々を驚愕させれば納得されるので?」
「色々な事情でどんどんネタが増えてるってだけですからね、出し惜しみはしてないですよ?」
「なんとも...お伽話で遍歴に出た騎士が竜に出会うというのは、こういう事とは少々違うように思いますが、これも目を瞠る経験であるという事には変わりありませんなあ!」
「しかも戯曲にありがちなお姫様を攫った竜では無くて、アプレイスはお姫様と友達になった竜ですからね」
無論ここで言う『お姫様』とは、いま草地の外れでパルレアと一緒に新型転移門を張る場所を確認しているシンシアのことだ。
日頃一緒にいると、シンシアが『リンスワルド伯爵家爵位継承者』という本物のお姫様であることを全く意識しないけどね。
「まったくです。なんであれ私はエストフカを出たことを心から感謝しますな。あの時は『新しい世界を見る』という思いつきがこれほど劇的な人生に繋がるとは思いもよりませんでしたが...ともかく、騎士と冒険は実に相性の良いものです」
「喜んで貰えて嬉しいですよ!」
シルヴァンさんの馬を革袋に収納した返す手で資材と食料を出して並べ始めると、トレナちゃん達がすぐに集まってきてお茶やら夕食やらなんやらの準備を始める。
今日はこのまま、この草地で幕営だ。
その間にシンシアは早速、土地の魔力を蒸留して収集する機能と、屋敷の方位を調べて座標を確定させる機能が付いた『新型転移門』の魔法陣を設置していた。
屋敷周辺の草地でテストしたときには問題なかったから、シンシアの読み通りにキチンと稼働することは分かっている。
「あれっシンシア、その杖を持ち帰ってたのか?」
シンシアは、アプレイスに会いに行く途中で俺が即興で作った『杖』を小箱から出していた。
「てっきりアプレイスと一緒に戻る時に、あそこに置いてきたと思ってたよ」
「まさか捨ててくる訳無いじゃないですか!」
「いやホラ、それって魔法使いの杖でも何でも無い、ただの歩くための杖だし、職人が作った訳じゃ無いから仕上げも雑だし」
「御兄様が私のために作って下さった杖を捨てる訳が無いでしょう? これからもちゃんと使わせて頂きますよ」
よく見ると、杖の握りや石突きのところには魔銀の細工が追加されていて、表面全体も俺が渡した時よりもスベスベと滑らかになっているように見える。
シンシアが自分で加工して装飾したようで、俺が渡したものと同じとは思えないほどオシャレで上品になっているぞ。
これは・・・加工技術だけでなく根本的なセンスの差か・・・くっ。
「もちろん、使って貰えるなら嬉しいよ」
「はい、大切にします」
「ありがとう...じゃあシンシア、ちょっと屋敷に跳んでみるな?」
「はい、お気を付けて御兄様!」
「シンシアの作った転移門に不安なんて無いよ?」
「お兄ちゃんいってらっしゃーい!」
お前は来ないのかよパルレア!
まあ最近のパルレアはシンシアと一緒にいることが本当に多いけど。
ともかく屋敷に転移してみるか。
転移門の中心に立って意識を集中すると、これまでとは違って屋敷の地下室以外の情景も周囲に浮かんでいる。
その中から一つを選んで転移・・・
お定まりの空間がズレる感覚の後は、俺の前には緑の芝生と大きな屋敷の姿があった。
俺がいま立っている場所は屋敷の地下室では無くて、庭に張ったテスト用の転移門だ。
つまり、地下室の『中心点』を経由せずに直接別の場所に転移したって事で、遠距離でもテストが完全に成功したことは分かった。
魔力の収集機能はまだ動き始めたばかりだから魔力の補充は無いけれど、この程度ならいまの俺には何の問題も無い。
庭先から眺める、赤みがかった夕日に照らされているアスワン屋敷の姿が感動的に美しい。
シンシアのお陰で、俺たちの手が届く世界がかつてなく拡張されたのだ。
歩いて屋敷に入り、パントリーの棚からエールの小樽を一つ手に取った。
地下室に降りていったん外の庭に飛び、そこからさっきの領境にある草地へと連続して跳ぶ。
浮かんでくる景色の中で、シンシアが不安そうな顔でじっと魔法陣を見つめているのが分かった。
相変わらず心配性だなあ・・・
自分自身で動くときはあんなに大胆不敵なクセに。
再び空間のズレた感覚と同時に、草地の転移門の中心にしっかりと立った俺は、ちょうどこちらを見ていたレビリスにエールの小樽を投げ渡した。
「忘れ物だぞレビリス! 今日の夕食用だろ?」
「おっ、悪いなライノ。何処に仕舞い込んだか探してたところさ」
レビリスも咄嗟に軽口を返してくる。
もちろん、アプレイスの背中に乗るときにみんなの荷物は俺が革袋に預かっているから、本当は全員『手ぶら』だけどね。
「凄いなシンシア。転移門の連携も完全に上手く行ったぞ!」
「良かったです御兄様!」
シンシアが駆け寄ってきて俺に抱きついた。
「うんうん、シンシアのお陰で俺たちの行動は本当に自由になるよ。どれほどお礼を言っても足りないくらいだ」
「御礼なんかいりません御兄様! 私は、自分にも出来ることをやりたいだけなんです!」
「知ってるさ。でもありがとうシンシア」
「はい!」
俺を見上げるシンシアの顔がキラキラと輝いている。
血の繋がりの有無なんか問題じゃ無い、シンシアは心の底から俺の自慢の妹だよ。
++++++++++
ルマント村への道中では、シンシアのプランに沿って途中で何カ所かに着陸して夜を明かし、同時に新型転移門を設置していった。
アプレイスの翼に頼れないときでも、少なくとも俺とパルレアとシンシアは、この転移門の『飛び石』を伝って、ルマント村とアスワン屋敷を往復できるという算段だ。
しかも、パルレアが苦心した『不可視の結界』のお陰で、アプレイスが結界を消した後でも夜明かししているときに俺たちの姿を見られる心配がない。
当然、転移魔法陣の存在に気付かれることもないので好都合だ。
アプレイスも二日目の夜までは人の姿になっていたけど、三日目の夜からは『不可視結界で見つからないんだったら面倒だからこのままでいい』と言ってドラゴン姿のままで夜明かしをした。
ちなみに竜形態の時は積極的に食事をする気にならない、というか魔力不足で無ければ空腹を感じないらしいので、アプレイスだけが食事抜きである。
そして五日目の朝、推定で馬車半日分ほどルマント村から離れた場所に目星を付けて最後の着地を行った。
「やっぱり、魔力が濃厚ですね御兄様」
降り立った直後にシンシアが感想を言う。
「北部の山裾みたいな感じかい?」
「あの森の周辺よりは薄いと思います。結界の角というか結節点に近いことと、周辺に零れ出る魔力の多さは直接関係ないのかもしれません」
「ふーむ」
「漂ってる魔力の濃さの話ー? それならここはエンジュの森と同じくらいじゃないかなー?」
「そうですね、パルレア御姉様の言うとおりだと思います」
「なるほど。状況的には納得できる感じだな」
++++++++++
ここからは、アプレイスも人の姿になり、みんなで馬車に乗ってルマント村に入るって言う算段になってる。
さすがに何も知らないルマント村の人々の前で、ドラゴンから降り立つ訳にはいかないから、さもミルシュラントから馬車で長旅をしてきましたって体で村に入るワケだ。
俺の革袋からドラゴンキャラバンで使っていた二頭立ての乗用馬車を三台と、シンシアの小箱から荷馬車を出した。
「じゃあ、シルヴァンさんとサミュエル君は自分の馬で。ダンガとエマーニュさん、レビリスとレミンちゃんは、それぞれ馬車の中に入っててくれ」
「え、俺も御者やるよライノ?」
「いや、レビリスは中にいてくれた方がいいんだ」
「そうなのか?」
「ああ、御者はトレナちゃん達がやるから大人しく乗っててくれ」
「取り敢えず了解だ」
出発前にトレナちゃん達には、二頭立ての馬車を操れるかどうか屋敷の庭と草地で試してみて貰っていた。
結論として、魔馬は賢いから難しいことを要求しなければ大丈夫。
と言うことで、乗用馬車の御者はメイドチームの三人にやって貰うことにしていたのだけど、いざ実際に乗り込んだ姿が尋常ならざる可愛らしさ。
なんというか、お揃いでメイドのお仕着せを着た少女が大きな高級馬車の御者をやっているというのは、有りそうで無さそうな非日常的光景だな!
どこの金持ちの道楽だ?って印象も無くはないけど・・・まあいいや。
魔道士役のシンシアは子供サイズになっているパルレアと一緒に乗用馬車に乗ってもらい、俺とアプレイスは荷馬車の御者台だ。
協議の結果、ルマント村滞在中はパルレアにコリガンサイズでいて貰うことになったので、つまり見た目は俺の幼い妹っていう役回りである。
ピクシーでなにが悪いという訳でも無いのだけど、珍しがられて色々質問されると面倒臭いからね。
なにしろパルレア自身がピクシー族の事について姫様からレクチャーされた以上のことを知らないに等しいし・・・
その点、コリガン族サイズならただのエルフ族の子供に見える。
パルレアには、歩くのが面倒になってもピクシーの羽は出すなと強く言い含めておく。