ルマント村へ出発
防護メダルと手紙箱の改修版を全て配り追えた頃、ようやくダンガも杖なしで歩けるようになり、エマーニュさんもダンガを支えて歩くというのでは無く、もしもの時にすぐに手を出せるような距離感で横に付いて歩くという感じになった。
これなら、そろそろルマント村に向かっても大丈夫だろうか?
本人に確認する前に周囲の意見をそれとなく聞いて回ったところ、アサムは『兄貴は丈夫だから』、レミンちゃんは『少し心配ですけど』、エマーニュさんは『まだ懸念がありますが』という辺りの見解で、まとめると『体調に不安はあるけど気を付ければ出発しても大丈夫じゃないか?』という意見で落ち着いた。
馬車での長旅はまだ無理でも、アプレイスの翼で数日の旅であれば、さほどキツくはないだろうという事を織り込んだ結果だ。
ならば、早速出発だな。
ルマント村の人々の説得と移転準備に掛ける時間を考えたら、一日でも早いほうがいい。
ここからアプレイスと一緒に行くメンバーは十一人。
俺、パルレア、シンシア、エマーニュさん、ダンガ、レミンちゃん、レビリス、そしてトレナちゃん、ドリスちゃん、エルケちゃんのメイドチームと護衛騎士のサミュエル君だ。
ただしパルレアはピクシーサイズでいるか革袋で寝てるかなので、アプレイスが運ぶ対象としては員数外である。
さらに途中でリンスワルド領に降り立ち、シルヴァンさんをピックアップする予定で都合十二人。
シルヴァンさんを転移でアスワン屋敷に連れてきてもいいのだけど、馬の収納を考えると本城の人達の目を気にするのが面倒臭い。
それだったらフォーフェン騎士団詰所のローザックさんを通じて、王都へ来る命令をシルヴァンさんに届けてもらい、さりげなく途上で拾い上げる方が手間がないからね。
アスワンの屋敷は一時的に無人になるので、まずは姫様を王宮に送り届ける。
姫様専用の白いお召し馬車を置いておけば、姫様が王宮にいることは不自然ではないから、俺たちが戻ってくるまで姫様にはジュリアス卿と一緒に過ごして貰う予定だ。
王宮で姫様が人前に出ることは無いと思うけど、エルスカインの目は油断できないと考えるべき・・・二人には、例え湯船に浸かっているときでも防護メダルは必携だと言ってある。
それからアサムとウェインスさんをフォーフェンへ送迎して、移動用の荷馬車を一台渡しておく。
もちろん他の馬車同様に、これにも害意を防ぐ不可視結界と出先で手紙箱のやり取りが出来る新型転移魔法陣が埋め込んである。
ちなみにさすがは姫様で、俺が気が付く前にリンスワルド家の紋章入りペンダントを二つ発注してあったので、それを二人に渡して、もしもの時にはリンスワルド家の名前を使うようにと言っておく。
ついでにローザックさんには姫様とエマーニュさんからの勅命状を見せ、二人のアシストとして手配万端のサポートをお願いした。
ローザックさんは転移魔法を知っているから、フォーフェン周辺で頼みたいことがある時は彼宛に手紙箱を送れるし、騎士団を動かせる立場だから諸々安心だ。
これで後は、俺たちルマント村遠征チームが出発するだけになった。
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そしてルマント村への出発当日。
メイドチームやエマーニュさんにアプレイスの背中にジャンプしろというのも無茶な話だし、ダンガにも無理をさせたくないので、アプレイスには悪いが背中に梯子を掛けさせて貰う。
誰かが登ってるときにクシャミとかするなよアプレイス。
特にエマーニュさんは転びやすいからな!
サミュエル君以外のみんなは、俺たちが屋敷へ帰還した段階でドラゴン姿のアプレイスを一度見ているから恐怖感はないはずなのだけど、さすがに荒事になれていないドリスちゃんとエルケちゃんはアプレイスの背中に上がったときには顔面蒼白だった。
ちなみにトレナちゃんは欠片の躊躇も見せず、むしろサミュエル君よりも平然として見えたことが印象深い。
まあ、屋敷内で飄々としたアプレイスの姿を散々見ているから、というのもあるんだろうけどね。
みんなでドラゴン姿のアプレイスの背中に乗ってと言うか貼り付いて屋敷から飛び立ち、半刻も飛ぶ頃には最初の戸惑いや怖がりはどこへやら。
「東の湖って、あんな高い位置にあったのですね...」
「あーっ、あれ王都ですよね!」
「やっぱデカい街だなあ」
「広ーい! すっごーい! 川が綺麗ーっ!!」
もうみんな騒がしいよ!
まあ俺も初めてアプレイスの背に乗ったときは周囲の景色に目を奪われ続けていたから気持ちは良く分かる。
そして今日は天気が良くて本当に良かった。
「よっしゃあ、みんな景色を楽しんでるみたいだからちょっと王都に近寄ってみるか!」
「大丈夫なんですか? 騒ぎになったりしないでしょうか?」
「俺の姿は不可視の結界で見えないから平気だよ」
「へぇー凄いですね!」
「任せろ!」
アプレイスが楽しそうな声を上げて方向を少し西に寄せると、見ている間に王都の広い街並みが眼下に迫ってくる。
「貴族街って空から見ると雑木林みたい」
「あの辺りにリンスワルド家の別邸があるんじゃ無いのか?」
「感動致しましたクライス殿、アプレイス殿!」
「ぐるーっと周りの全部が見えて、まるで大地が丸いお皿か、お盆みたいです!」
トレナちゃんの表現が可愛い。
「確かに、みんなの住んでる場所がポルミサリアって言うお盆に載ってると考えると面白いね!」
「いや、大地はお盆じゃ無くて球だろう?」
大地がお盆だというトレナちゃんの言葉にサミュエル君が賛同すると、アプレイスが空気を読まずに否定した。
「へっ?」
トレナちゃんもサミュエル君もアプレイスの言葉の意味がピンと来なくて、どう返事をしていいか分からずに戸惑っている。
「ん? みんなは、大地と海っていうかポルミサリアの全体が丸いってことは知らないのか?」
「そうなんですか! アプレイスさん?」
トレナちゃんが屈託なく尋ねる。
「そうだよ。でなきゃ景色がこうは見えない」
「えっ、大地って丸いんですか?!」
「ウソだろ! なんで?」
割とみんなにとっても珍しいトピックだったみたいだ。
「俺は海に出た事が有るから聞いたことがあるな。周り中に水面しか見えなくなるのはポルミサリアが丸いせいだと船乗りに教えられたよ」
「ライノが言うとおりだな。そもそも地平線とか水平線ってものがあるのは大地が丸いからだよ。だから遠くの大地は丘の向こうにあるかのように空に隠れてしまう。もしも大地が『真っ平らな板』だったとしたら、ああいう綺麗な地平線で空と大地が区切られたりしない。遙か遠くまでボンヤリと地面が見えている風になるだろうな」
「えぇーっ!」
「俺には、良くわからないな...」
「えっと、どうしてなんですかアプレイスさん?」
「だってな、もしも大地がでっかくて平らな板だったら、目で見分けられる限界の更に遠くまで地面が伸びてる事になるだろ? それなら端っこが空の向こうに隠れるハズが無いからな?」
「んんん?」
「そそそそそうなんでしょうか?」
見える範囲を考えるとそうなる。
大地が平らな板の場合、遠すぎて霞んで見えなくなることはあっても、地平線や水平線は存在しないって訳だ。
だけど大地が丸いと言われても、いつぞやの『斜めに進みすぎると、ぐるりと円を描いて元いた場所に戻る』って話と同じで日常の感覚にはそぐわないから、みんな納得しにくいんだろう。
「じゃじゃじゃじゃあポルミサリアの裏側ってどうなってるんですか?」
「おいおいレミン殿、『球』に表も裏もあるもんか。なんでも大地にくっ付くように出来てるんだよ。だからモノを落とせば地面に落ちるし、逆に大地を離れて空に浮かぶためには特別な力がいるだろ?」
「なるほど...」
「どうして、くっ付いてるんですか?」
「さあ、それは俺も知らん!」
大昔の偉い学者が、『全てのモノは太古にポルミサリアの中心から生まれ出ていて、皆、そこへ戻ろうとしている。夜に空から星が落ちてくるのも、手を離れたコップが地面に落ちるのも、理由は同じなのだ』と論じたそうだ。
真偽の程は知らないけどね。
「みんな楽しそうで良かったなシンシア」
「そうですね。生まれつき高い場所が苦手という方も多いそうですから、今回は誰もそうで無くて良かったです」
「たしかにな! じゃあみんなが寛いでるところでお茶でも入れるか?」
「ライノは俺の背中で熱魔法を使うの禁止!」
「悪かったってばアプレイス...じゃあ湯沸かしはシンシアに頼む」
「はい。御兄様が新しく買った大きい鍋が早速役に立ちますね!」
「ああ買って良かったよ。それもシンシアが背中を押してくれたお陰だな」
みんなには生まれて初めての空の旅を堪能して貰いつつ、アプレイスにリンスワルド領の端まで一気に飛んで貰った。
今日、シルヴァンさんと落ち合う場所は、リンスワルド領の外れ、シーベル子爵領との領境間近にある草地だ。
王都へ向かう途中にみんなで昼食を取った場所で、その際に俺の実の母親であるシャルティア・レスティーユとリンスワルド家に血縁関係がある、ということを知った場所でもある。
あそこなら広く整った草地の近くに泉もあって、シルヴァンさんにものんびりと待って貰えるだろうし、アプレイスが着地するにも十分な広さがあるからね。
それに、長旅の時にはまず初日に『忘れ物があったら取りに戻れる距離』で一泊するのが鉄則だ。
あそこからなら転移で屋敷でも王都でもフォーフェンでも、どこでもすぐに戻れるから問題ない。




