出迎え部隊の編成
手紙箱自動振り分け装置・・・これもシンシア呼称だと呼びにくいので、姫様は単純に『手紙ゴーレム』と呼ぶようになったけど、その運転開始から数日後、ジュリアス卿が屋敷に来て、ルマント村へダンガ達の同胞を迎えに行く『出迎え部隊』の編成が無事に確定したという報告してくれた。
ダンガ達を送り届けるのはアプレイスの翼で数日だとしても、ルマント村の人々をリンスワルド領まで連れてくるのは大事業だ。
さすがに大勢の村人と、その家財道具を運ぶためにアプレイスを乗合馬車扱いする訳にはいかない。
アプレイスがうんと言ってくれたとしても間に合わない。
推定で片道に約五日、つまり一週間かかるとして往復二週間、その行程を仮に五十回繰り返すとして・・・一ヶ月は六週間だから一年は七十二週間、どうやっても年に三十六往復しか出来ないのだ。
あり得ないな。
その間エルスカインとの戦いが中断していたとしても、村人の半分も運ばないうちに村は魔獣に蹂躙されてしまうだろう。
つまり、ダンガ達がミルシュラントまでやってきたときと同じように陸路を辿って貰うしかないんだけど、村人全員が国を跨がって移動するなんて戦争難民のレベルだし、まっとうな健康と安全を確保しつつ何十日も移動させようとするならば、とんでもない規模になる。
もともとダンガ達は、領主にバレないように動ける者から少人数ずつ移住して新しい場所での地歩を固めておき、ある程度の目処が付いたところで残っている者たちが山伝いに一気に脱出する、という考えだったらしい。
いくらアンスロープ達の要望を聞き入れなかった領主が悪いと言っても、勝手に村を捨てるってことには変わりないし、身勝手な領主が税収の減る行動を許すはずないからね。
それは『可能な方法論』ということでは現実的だったろうし、むしろ数年先を見越してダンガ達を送り出した村の長老達には先見の明があったと言ってもいいくらいだ。
だけど、エルスカインの奔流操作の実態と、大結界の南端がルマント村のすぐ近くにある南部大森林の中に隠されていると言うことが明らかになった今では、ルマント村の存続という意味で数年がかりの移住は非現実的になってしまった。
できる限り速やかに、しかも一気に、ルマント村の全住民を移動させるしか無いのだけど、それは肝心の移住対象者であるルマント村の住民達にとっても寝耳に水の話になる。
領主の方はミルバルナ王室に抑えて貰うとしても、村人達にどうやって穏便に素早く納得させるか・・・
成功の是非は移動手段の手配だけで無く、村人の説得いかんにも掛かっていると言っていい。
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「ジュリアス卿、その出迎え部隊の出発はいつ頃になりそうですか?」
「最優先の命令にしたので、単純に移動のための馬車と護衛だけであれば、後二週間ほどで整う。往路の人員分であれば食料の調達も問題ない。ただ、帰路の村人達の食料を全て道々で購入するという訳にも行かないだろう。あらかじめ通過する各地の領主に協力を依頼するか、面倒を避けてすべて輜重隊に運ばせるか、だな」
大公陛下の勅命だったらミルシュラントの貴族達は協力してくれるだろうけど、その向こうにはミルバルナの貴族達の領地もあるんだよな・・・
「それ次第ですか」
「左様。この国も長らく平時だった故に軍の物資輸送は最小限の機材と人員しか抱えていないからな」
「では、リンスワルド家の騎士団に食料を運ばせるといたしましょう」
「いえ姫様、それは良くない気がしますね」
「なにゆえでございましょう?」
「理由は二つです。まず、リンスワルドの騎士団が大々的に動くとエルスカインに目を付けられる可能性があります。ルマント村にシンシアとエマーニュさんが赴くことを考えると出来るだけ隠密にしておきたい」
「それは確かに...」
「もう一つ、リンスワルド家には御用商人がいません。一気に大量の食料を動かすと噂も立つし、商機だと勘違いして目の色を変えた商人達が群がって大騒ぎになりかねない。その中にいつぞやの行商人のような者が混じってこられても困る。長い旅程ですから不穏な者を完全に排除し続けるのも難しいでしょう」
「そうですね...出迎え部隊や食料の運搬班にライノ殿が付き添う訳にも参りませんし、当家が表立って見えないようにする必要がございますね」
「そこで、食料の運搬をシャッセル兵団にやらせてみるのはどうでしょうかね? 彼らは全員、宣誓を受けてるし」
「なるほど!」
「シャッセル兵団であれば彼ら自身が戦えますから輸送に護衛はいりません。見た目は傭兵団の移動ですから、ある程度の調達を彼ら自身が手配しても不自然じゃ無いでしょう。一度にまとめてではなくバラバラの商会に発注すれば、納入する商人達も遠くに良い雇い主でも見つけたんだろうと思うだけです」
「なるほど、そうなれば公国軍の輜重隊やレティの騎士団を動かして目立つ必要も無くなるか」
「ええ。わたくしもライノ殿のお考えが適切かと思います」
「じゃあ、それで」
「大公家名義で、シャッセル兵団への命令書の類いは何か必要であろうか? 例えばドラゴン探しの際に彼らを北部大山脈地帯の調査要員として臨時雇いしたような建前だが」
「そうですね、あの時と同じように調査要員が治安部隊遊撃班の指揮下だって事にしておいて貰えれば、途中の領主も手を出せなくなります。任務内容はミルバルナへの入国で揉めない理由付けが有ればなんでも」
「承知した。すぐに用意しよう」
「俺の方からスライに話してプランを立てて貰います。彼らは旅慣れてますから、出迎え部隊との合流方法や補給の段取りについても知恵を出してくれるでしょう」
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スライにミルバルナへの食糧輸送の任務について話したら大喜びだった。
根っからの傭兵揃いである彼らにしてみれば、いかにリンスワルド牧場で快適に過ごせていても、日々訓練だけでは退屈なものらしい。
なにしろ、斥候班に出た連中が羨ましがられていたというのだから、スライが言うように『兵隊ってのは何かしていないと落ち着かない連中だ』というのも本当のようだ。
「久々の遠出だな! しかも輸送兼護衛となりゃあ傭兵の本領発揮だぜ!」
なんだかんだ言って、スライ自身がとても楽しそうである。
「出発はジュリアス卿の手配した出迎え部隊に合わせる感じだな。スライ達も治安部隊の臨時雇いって扱いだから、ミルシュラント国内については何処をどう通っても問題ないはずだ」
「気になるのはミルバルナとの国境越えぐらいか...」
「それもミルバルナ王家の往来保証が間に合えば問題ないけどな。まあ大公家名義の命令書があるから大丈夫じゃ無いか?」
「いや食糧輸送だぜ? 調査要員の命令書なんかいらねえよ。むしろ静かに動きたいときは出来るだけ、王家だの貴族家だの国家だのが絡んでねえように見せるのが良いのさ」
「そういうもんか?」
「そおゆうもんだ。政治ってぇのは、ただそれだけでトラブルのタネだからな。金が絡むことよりも権力とか威信が絡むことの方が、大抵は遙かに面倒臭えもんだし決着もさせづれえ」
「なるほど。それこそ『金で解決』しにくいってことかい?」
「まさにそれ」
「じゃあ大公家の勅命状とかは最後の手段ってことにして、別に表向きの理由でも用意した方がいいかな?」
「食糧輸送なら商売に見せ掛けるのが一番だな。どっかの商会がネタを聞きつけてきてミルバルナに食料を売りに来たってくらいか? 実際、ミルバルナに入国する出迎え部隊に食料を渡す商いだと言えなくもねえからな」
「言われてみればそれもそうか。その建前の引き受け元になる商会はこっちで手配しておくよ」
「そんなのは前みたく『シャッセル商会』でいいんじぇねえのか? 姫様と大公陛下が後ろ盾になってくれるんなら、シャッセル商会が実在してるように見せ掛ける書類なんざ簡単なもんだろ?」
「そうだな...でも姫様のことだから、きっと書類だけじゃ無くて本当にシャッセル商会を立ち上げる気がするね」
「言い訳用に本物の商会を一つ作るってのか?」
「王都に商会を作っておくのは今後も色々と使い道がありそうだし、悪くないと思う。むしろ、シャッセル商会を食料の買い付け窓口にすればいいさ」
「マジかよ?」
「姫様は、俺がシャッセル兵団の寝床を相談したら、次の週にこの牧場を買ってたくらいだぞ?」
「判断の基準が分からねぇ...」
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結論から言うと姫様は即座に『シャッセル商会』の正式立ち上げを決断し、関係各所に指示を出した。
ただし、当面はできる限りリンスワルド家が関わっていることが外部に知られないようにするという方針で出資者は匿名扱い。
出資者が匿名と言っても、外部に対して代表者や組織について表明しない訳にはいかないので、流れでスライが商会の代表に就任することになった。
スライは、『あくまで書類上の話だよな?』と言いつつゲンナリした顔をしていたけど、君に拒否権は無いのだよ。