シンシアの旅仕度
結局シンシアの選んだ服、というか猛禽さんのオススメを元に俺が選んだ服はパルミュナの時とは違って、軽やかで薄手のモノが中心になった。
これから夏の盛りに入っていくし、それでなくてもミルバルナの南部大森林は文字通りに『南部地方』だ。
ルマント村の標高がどの位かは正確に分からないけど、ダンガ達の話を聞く限りではそれほど高地には思えない。
となると、きっと暑い。
恐らく俺の故郷であるエドヴァル北部と較べても圧倒的に暑い気がするし、しかも、その南にある山脈のせいで雨が多い土地のハズだ。
その辺りも総合的に勘案し、薄手のワンピースとショートジャケットという組み合わせになった。
ショートジャケットは最近ミルシュラントでも流行っているらしい南国風の造りで、身頃の丈が短くて臍まで隠れない。
昔、師匠と一緒に南岸のポルセト王国で見たお祭りの踊り子をちょっと思い出したけど、シンシアがワンピースの上に羽織ると、逆にとても上品に見える。
「南の方へ向かわれると言うことでしたら...」
はい来ました!
もはや予想通りとも言うべき猛禽さんのオプションプランご提案。
「実は同じ生地のワンピースに袖なしデザインのモノがございます。じっとしていても汗をかくほどに暑い地域などでは脇が開いている方が快適に過ごせますのでオススメです」
「なるほど」
「そこに、こういった薄手で前に打合せのあるカシュクールタイプを上着にしますと、品良く通気性を持たせることが出来ます」
うん、シンシアの場合は『品良く』というのがとても重要だ。
さすが猛禽さん、分かっているな。
それに暑い地域と言っても、山あいでは夜中に冷え込むことも多い。
袖ありワンピースとショートジャケット、袖なしワンピースとカシュクール、どちらの組み合わせも必要だと考えて差し支えないだろう。
さらに陽射し避けと雨避けの帽子も必須だね。
シンシアもパルレアに負けず劣らず色白だもんな・・・こういう色白な人が日焼けしすぎると真っ赤になって皮膚が荒れてしまうことが多いと聞く。
まあ、エマーニュさんが回復してくれるかもしれないけど、物理的に防げることは防いでおいた方がいいだろうからな。
それとダンガ達の状況次第ではこちらに戻ってくるのが秋口になってしまう可能性は十分にある。
使わないとしても、軽い防寒具くらいは持っていた方がいいかな?
「ところで、以前に買った山羊毛のケープはいまでも取り扱っていますか?」
「もちろんでございます! 季節柄ご購入になる方が少ないので表には出しておりませんが、色もお選び頂けますし、なんでしたら元生地の反物もご用意しておりますので、ご要望に合わせられます」
山羊毛の毛布も、もう一枚作らせる気か?
確かにシンシアの場合は自前の小箱があるから、荷物の量が増えても全く問題にならないからね。
有って悪いものでも無いだろうさ。
それにパルレアがコリガンサイズに身体を大きくしたときには、ここで買った衣類もちょっと調整すればなんとか着られるだろうから、シンシアとの共有は考えない方がいいな。
「シンシア、ルマントから戻る頃には肌寒くなってる可能性もあるから、雨避けを兼ねてパルミュナとお揃いの山羊毛のケープを買おう。それと薄手の毛布も一枚有るといいと思うよ?」
「はい御兄様。ではそうします」
「と言う訳で、ケープと毛布もお願いできますか?」
なぜかシンシアより俺が買い物を楽しんでるような気も、しないでもない。
「かしこまりました。ジャケット類の袖丈合わせは夕方までには。毛布の縁仕上げも刺繍と合わせて明朝にはご用意できるかと存じます」
毛布の長さを決めるためにシンシアの背丈を測る猛禽さんは、あの時と同じすっごくいい笑顔だ。
しかし、ここの店員さん達は知らない事だけど、屋敷で日頃シンシアや姫様が着ている服なら、これまでに俺がこの店で買った服の値段を全部合わせても一着分に届くかどうか怪しいところだな。
「肌着はどうなさいますか?」
カシュクールの色を選んでいたシンシアが店員さんにそう問われ、はっとした顔をして俺の方を振り向いた。
いや猛禽さん、そこまでパルミュナの時と合わせなくても!
シンシアとパルミュナは根本的にキャラが違うから!
上品に!
「あ、あの...そ、それも御兄様が選んで下さるんですか?...」
「それはムリ」
さすがに即答だよ。
「でしたら新調しなくていいです」
「かしこまりました」
「それより、以前、俺が自分用にザックリした編みのストールを買ったんですけど、ああ言うのって何かありますかね?」
「リネン製のストールですね?」
「ええ」
さすが、よく覚えていらっしゃる・・・
「似た織り方で色違いのモノがございます」
「じゃあそれと、リネンのショールも一つ欲しいですね。ショールの色はシンシアに決めて貰って下さい」
「お持ちしますので少々お待ちくださいませ」
これらは単純にパルレアと持ち物を合わせるとかって意味では無く、山あいの気候に臨機応変に対応するためだ。
たぶん、ダンガと一緒に村で過ごす時間が長いであろうエマーニュさんと違って、シンシアは俺やパルレアと一緒に行動したがる可能性が高いからね。
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シンシアの旅装をアレコレと一通り整えた後は、またブラブラと街を歩いて、いつぞやの金物屋にシンシアを連れて行ったら、本来は今日のメインテーマであった『鍋と調理用品』の方は思わぬ展開になった。
あの、入れ子状に組み合わせる銅鍋も少し種類が増えていて、大きさも選べるようになっていたのだ。
今は大きな鍋でも革袋に仕舞えるから少し惹かれるけれど買い換えるほどじゃないしなあ・・・と悩んでいたら、シンシアから意外な提案。
「御兄様、もしそちらの大きな鍋が良いのでしたら、今使っているモノを私に譲って頂いて、御兄様がそちらを新調なさってはいかがでしょう?」
「それだ!」
さっそくシンシアの気遣いに乗らせてもらい、二回り大きな鍋セットを購入する。
ぶっちゃけ嬉しい。
本当は荷馬車ごと収納できる革袋があるんだから『コンパクトにまとまる鍋セット』という必要性自体が無いのだけど、この合体商品のロマンは捨てがたい。
もしも俺が将来大金持ちになることがあったとして、目の前に『オリカルクムの鍋セット』とか差し出されたら思わず買ってしまう気がするよ・・・
他にもシンシアの『野外料理イメージ』に合わせて他にもいくつかの調理用品を買い込むとそろそろお昼時になってお腹も空いてきた。
せっかくだからと『銀の梟亭』に行ってみようと言う事になったのだけど、俺は店に踏み込んでから重大なことに気が付いたのである。
ここの調理人と配膳人の兄妹は、お城でずっと小さな頃からのシンシアを見てきているのだ。
シンシア本人は、街娘の衣装で完全に変装できているつもりらしいんだけど、さてはて・・・
「いらっしゃいませ! 今日の昼は炙り肉の串か薄切り肉のクリーム煮になりますが、いかがでしょう?」
昨日はパルレアの目論見通りにパーチの切り身を魚醤で焼いたものが食せたから、今日は肉がいいな。
「シ、シンシアはどっちがいい?」
一瞬名前を言い淀んだけど、バレたらバレたで何が問題になるという訳でも無いのだし、隠しても仕方が無い。
俺自身もすでに、リンスワルド家の紋章入りペンダントと姫様の勅命状を見せて出入りしている身だからね。
「私はクリーム煮を頂いてみたいです」
「そっか、じゃあ俺は炙り焼きで」
テーブルの脇に控えている給仕のお姉さんにそう伝えると、いつもなら元気よく返事をして奥に消えていくはずのお姉さんが微動だにしない。
「あ、あの...まさか、もしやとは思いますが...」
やっぱりバレてるね。
でも言いにくそう・・・宣誓魔法の影響とは違う感じだけど。
「そう、そのもしや。でもお忍びだから気にしなくて大丈夫、というか普通の振る舞いでお願いします。彼女のことはただの街娘だと思ってて」
「は、は、はい。か、かしこまりました!」
こんなに慌ててる様子のお姉さんを見るのは始めてだな。
俺たちのせいだけど!
「気付かれてしまいましたか」
「そりゃあ仕方ないよ。向こうは何年もシンシアの顔を見てきてるんだから」
「やはり服装くらいでは誤魔化せないモノなのですね...」
「それは場合によるかな? この店の場合はバレない方がおかしいっていう状況だけど、むしろ普通の人は服装しか見てない事の方が多いから」
「そうですか?」
「うん、『馬子にも衣装』って話が有ってね」
「まご?」
「馬子。まごって言うのは馬の世話をする小僧さんのことだよ」
「あ、なるほど」
「昔、悪戯好きの領主の息子が、自分の馬の口を牽いてる小僧さんと服を取り替えて出掛けてみることにした。立派な服を着せた小僧さんを馬に乗らせて、代わりに自分が馬子の服を着て一緒に出掛けてみたんだけど、結論から言えば、領地を一回りしてみて、二人が入れ替わってることに気が付いた領民はゼロ。それで領主の息子は、みんな服装や立場を見てるだけで、自分の顔を覚えてる人なんて誰もいないと気が付いたと...まあ、そういう話」
「それは分かる気がします御兄様。私も、外で魔道士の服を着ているときと、城内でドレスを着ているときで、向けられる眼が違っているのを感じたことがありますから...」
「そっか、リンスワルド家の臣下でも全ての人がシンシアのことを知ってる訳じゃ無いもんね」
「ええ、しばらくの間アルファニアに留学していたこともありますし、雇われ魔道士だとしてしか、私を知らない人もいます」
「そりゃあ無理もないよ」
だから、破邪がみんな似たような服装をしていることにも意味がある。
もし破邪の装いをしていなかったら、自分が破邪であることを一々説明しないといけないし、信用させるのも面倒だったりするものだ。
魔道士だって同じ事。
以前にシンシアが着てきた『魔道士学校の制服』だって意味は同じだろうね。




