シンシアと一緒に買物
「私も御兄様と買い物に行きたかったです!」
おっと!?
俺とパルレアが、エルケちゃんドリスちゃんを連れてフォーフェンに買い物に行っていたことを聞いたシンシアが意外なことを口にした。
魔法や自然現象に関係しないことにはそれほど興味がないと思っていたし、人の世のことについても、社会制度とか政治とか、将来の領主として実のあること以外に目を向けるとは思わなかったな・・・
それともアレか。
庶民の暮らしを調査するとか、人々の暮らしを皮膚感覚で掴もうとするとか、そういう意図だろうか?
まあそれならそれで、将来はシンシアが姫様の後を継いで良い領主になりそうだから歓迎すべき事でもあるけどね。
「そうだよな。シンシアも最近は手紙箱の自動振り分け装置に掛かりきりで、全然息抜きをしてないもんなあ。じゃあ、街の実地検分も兼ねて俺と一緒にフォーフェンに行くか?」
「検分ってなんですか? 私は買物がしたいだけなんですけれど」
「いやまあ、街の様子を知ることもシンシアには大事だろうと思ってな?」
「そうですか?」
「ところで買い物したいって言うのは、具体的に何が欲しいんだ? それによって向かう場所も少し変わるからな」
俺がそう聞くと、なぜかシンシアがグッと言葉を詰まらせた。
「えっと、特に何がという訳ではないのですけど...」
「ん? だって買いたいモノがあるんだろ?」
「それはまあその...買いたいモノがあると言うよりも要は買物がしたいというか、つまり...」
「え、つまり?」
「なんでも有りません! 買いたいモノは...そう、アレです。鍋です」
「は? 鍋?」
「鍋です。御兄様が使っている可愛らしい銅鍋! 実は私もアレが欲しいんです」
「そうなのか?」
「他にも調理用品を色々と...自分の目で見て確かめて買いたいんです」
なんと、ついにシンシアが料理に目覚めたのか?
でも、この前みたいに野営しながら旅をする機会なんて、今後そう頻繁には無いようにも思えるけど・・・
先日の姫様の一言がグサッと来たのかもしれないな。
あれはエマーニュさんに向けられたセリフだったけど、あれ以来、エマーニュさんはかなり必死でトレナちゃんに調理技術を習っている。
貴族の女性が手料理で誰かをもてなすなんて普通なら有りそうにない話だけど、エマーニュさん的にはダンガの『実家』を訪問する訳で、向こうでダンガの血縁者とかにも会うことを想定しているに違いない。
とは言え、ホントにそうなのかな・・・いまだに半信半疑なんだけど?
エマーニュさんが気さくで優しい人だって言うことは重々承知してる。
でも実は子爵だよ?
しかも公領地の長官だよ?
ダンガも心底からいい奴で立派な男だと思う。
だけど外国生まれの、アンスロープの、村の狩人だよ?
レビリスとレミンちゃんならともかく、ダンガとエマーニュさんじゃあ良い悪いじゃなくて住む世界が違い過ぎたりしないのかな?
この二人が『結婚』とか本当にありえるんだろうか・・・心配だ。
ちょっと余計なことに考えを巡らせているとシンシアに袖を引っ張られた。
「いつだったら一緒に買い物行って貰えますか御兄様?」
「いや、忙しいのはシンシアの方だからね。魔道具のことも任せっぱなしで申し訳ないし、俺はいつでもシンシアの都合に合わせるよ」
「分かりました。では早速ですけど明日行きましょう!」
「いいよ。パルレアもそれでいいよな?」
「えー、アタシは行かないよ? シンシアちゃんがお兄ちゃんと二人で買い物に行ってきてね! お土産待ってるからねー」
「え、お前はどうするんだパルレア、なんで一緒に行かないんだ?」
「アタシは、イザというときのための転移門要員?」
「あー...そうか、まあ確かになあ。折角屋敷に戻って来た三人がまたまとめて出掛けちゃったら、もしもの時に困るよな?」
「そーゆーこと。だから気にせずにいってきてねー!」
「お、おぅ、ありがとうパルレア」
「ありがとうございます御姉様!」
最近・・・と言ってもピクシー姿になる前のドラゴンキャラバンに出た頃からと言うことだけど、パルレア・・・当時はまだパルミュナか・・・が、何が何でも俺と行動を共にしようとしなくなっていることには気が付いていた。
なんと言うか、場を読む? 空気を読む?
俺一人の方が自由に行動出来そうだとか、誰かと話しやすそうだと感じたらしいときには、スッと自分から別行動にしたりという事が増えていたのだ。
それでも、まさかパルレアが自分からみんなの転移係、しかも緊急時に備えた留守番役を引き受けてくれるとは思っても見なかったな。
ピクシーボディになって身体の大きさはむしろ縮んでいるが、妹の人間的な成長を目の当たりにして、兄としては目頭が熱くなる思いである。
++++++++++
翌日、朝食の時にはシンシアから一日の予定を再確認されて、ほぼ終日に渡って二人で行動するつもりだと言うことが判明した。
姫様は微笑んでいるだけでノーコメント。
そりゃあ俺とシンシアが二人揃ってフォーフェンに買い物に行くだけなら、危険性なんてゼロにも等しいからね。
朝食後に、すぐに着替えると言っていったん部屋に引っ込んだシンシアを談話室で待っていると、驚いたことに街娘風の衣装を纏ったシンシアが降りてきた。
「どうしたんだシンシア、そんな服よく持ってたな?」
「トレナさん達に相談したら貸して貰えました。エルケさんの私服だそうです」
「なるほど...まさかそう来るとは思わなかったよ」
「街中で買い物するのにドレスや魔道士学校の制服という訳にも行かないですし、魔道士のローブ姿も意外に目立ってしまいますから」
「たしかにな」
「では早速フォーフェンへ向かいましょう!」
妙にウキウキとしているシンシアの姿を見て、不意に合点がいった。
『普通の少女』として見られたがっていたシンシアにとって、ごく普通の街娘の格好をして、普通の街娘のように街を歩いて買い物をする、ただそれだけのことが十分な娯楽なのだと。
昨日はピンと来なかったけど、シンシアが『買いたいモノがあると言うよりも買物がしたい』という意味のことを呟いていたのは、そういうことだったのだ。
そうと分かれば、シンシアの兄としてしてあげられることは何か?
「そうだシンシア、金物屋...あの銅鍋を売ってた店に行く前に、ちょっと寄りたいところがあるんだけどいいかな?」
「もちろんです。御兄様のお考えがあれば是非」
「じゃあ、付き合ってくれ」
早速フォーフェンに転移し、少しばかり懐かしい通りを目指してシンシアと連れ歩く。
シンシアは歩きながらあちらこちらに目をやっては、次々と面白そうなモノを見つけて、あれはなんだと俺に尋ねてくる。
それだけでも楽しそうで、予想が当たっていたことにホッとしたと同時に『優等生』なシンシアの新しい一面も見ることが出来て俺もちょっと楽しい。
そんなこんなで騎士団詰所からしばらく歩き、服飾品店が多い一角に入ってすぐに目当ての店を見つけた。
「ここは?」
「女性向けの服屋だよ。ここでシンシアの服を買いたい。これからルマント村に行くって事もあるし、市井の人達に紛れて過ごせるような旅装を揃えておくのも悪くないと思ってな?」
「御兄様...」
「どうかな? 有って悪いものじゃ無いと思うんだけど?」
「とても嬉しいですっ!」
シンシアが俺の腕を掴んで額を擦りつけてきた。
そこまで喜ばれるとは・・・咄嗟の思いつきだったけど試して良かった。
「いらっしゃいませ! ...あら、お久しぶりですね!」
店に入った俺たちを出迎えてくれたのは、あの『猛禽』な店員さんである。
相変わらずの高いテンションと笑顔が懐かしい。
「どうも、こんにちは」
「またいらして頂けて光栄です。今日はどのような...えっと?...」
俺の腕にしがみついているシンシアを見て戸惑い、咄嗟に言葉を選ぼうとしている様子がありありと見て取れる。
まあシンシアはパルミュナとは顔が全然違うもんね。
猛禽さんの表情には、『先日の妹さんではない。だとすれば・・・しかし迂闊なことを言ってしまうと・・・』という内面の思考がダダ漏れだ。
「もう一人の妹なんですけど、同じように旅装を整えてあげたいと思ってね。また少し遠くへ行くことになりましたから」
「そうでしたか!」
猛禽さんの額に『余計なことを言わなくて良かった!』という文字が浮かんだように見える。
「パルミュナの旅装は以前にここで買ったんだよシンシア。この人の見立てで、帽子とかケープとかも一式揃えさせて貰ってね」
「御姉様の服をここで! そうだったんですね」
「ああ。シンシアはどんな服がいいかな?」
「私は御兄様に見立てて頂いた服がいいです。ルマントの気候もよく存じませんし、御兄様や御姉様ほど旅慣れてはいませんから」
「そうか? じゃあまあ一緒に選んでいこうか」
「はい!」
予想以上に嬉しそうな様子ではしゃぐシンシアを見ることが出来て、正直、俺自身も幸せな気持ちになれたよ。