サミュエル君とトレナちゃん
昨日のドリスちゃんとエルケちゃんに続いて、次はトレナちゃんの慰労だけど、コレについて重要な要素は一つしか無い。
で、事前に姫様からヴァーニル隊長へ、サミュエル君をリンスワルド牧場へと移動させるように指示を出しておいて貰った。
対外的には、今日からシャッセル兵団への剣技指導のためにしばらく牧場に駐留するという建前だ。
「じゃあ、ちょっと行ってサミュエル君を連れてくるから待っててくれ」
「かしこまりましたクライス様!!!」
姫様がトレナちゃんとサミュエルくんを一緒にルマント村に派遣するって事が決まってからは、もうなんて言うかトレナちゃんの周囲に渦巻く『シアワセのオーラ』が凄い。
ホントに魔力でも零れ出てるんじゃないかって思わせるぐらいの迫力があるよ。
さっそく牧場の荷物置き場に転移して表に出ると、サミュエル君とスライが立ち話の最中だった。
「おっ! ボスもようやく無事に戻ったか!」
「留守番ありがとうなスライ。それと色々あって斥候班の連中とは合流しなかったから、戻って来たらねぎらっといてくれるか?」
「そんなことは織込み済みだ。問題ないよ」
「じゃあ任せた」
「おう」
「お久しぶりですクライス様、此度は無事のお戻り、なによりでございます」
「サミュエル君も元気そうで何より。いや、実はそうでも無いかな?」
「は? そのようなことは...」
「まあ冗談。なあスライ。サミュエル君は今後は牧場に駐留してシャッセル兵団に剣技指導するって建前になってるんだ。もし、誰かにサミュエル君の事を話す必要が出たときはそういう設定で頼む」
「了解だボス。実際は屋敷にいるのか?」
「いや、もうちょっと遠くに行って貰う予定だ」
「そっか、まあ十分に気を付けてな!」
最後のセリフは俺よりもサミュエル君に言ったっぽいけど、スライは笑いながら手を振って兵舎に引っ込んでいった。
余計な話はしないし空気も読む・・・久しぶりに顔を合わせたけど、やっぱりこういうサバサバしたところがスライらしいなって感じだ。
「で、サミュエル君。一応は長逗留のつもりで来てるんだよね?」
「はい。ヴァーニル隊長からもこちらでの駐留期限は未定だと言われております」
「荷物は馬に乗せてるので全部かな?」
「全部です」
「だったら、このまま連れて行こう」
例によってサミュエル君を相手に、馬ごとまるっと革袋に収納し、見た人が驚愕するという儀式を行った後で一緒に荷物部屋に移動する。
「サミュエル君、俺の革袋の収納魔法は知ってたでしょ?」
「さすがに馬ごととは...」
「実を言うと二頭立ての馬車が馬ごと三台入ってるよ」
「はぃ?」
考えてみると、サミュエル君は姫様の移動については理解しているから転移門の存在は知っているけど、彼自身は一度も転移したことがない。
ざっと屋敷を中心とした転移の仕組みについて説明しつつ、ついでなので荷物部屋に新たに追加されていた食材や備品類も片っ端から収納した上で一緒に転移する。
戻ってみると、屋敷の地下室にはトレナちゃんが待ち構えていた。
あれからずっとここで待ってたのか・・・
まあ、今日の彼女は終日屋敷での雑事からフリーという事になっているので問題ないけど。
「トレナちゃん、おれはちょっと上で荷物を出してくるから、このまま二人で待っててくれるかい?」
「かしこまりました!」
元気がいいなあ。
「サミュエル君は、これを身に着けておいてね」
防護メダルを渡して首に下げて貰う。
二人を地下室に残したまま一階のパントリーに行って、牧場の荷物置き場から仕入れてきた食料品の一部を出す。
主に屋敷で不足気味だった生鮮食品とか牧場の乳製品とか。
トレナちゃんから、『パントリーに収めた食材は傷まない』という事を聞いたときはビックリすると同時に、あらかじめ知っていたら、もっと生鮮食品をガンガン備蓄していたのにと残念だった。
食料庫に収めた食料が傷まないと言うのはトレナちゃん達の経験値から得られた結論であって、あらかじめそれを想定してドラゴンキャラバンが出払っている間の食材を貯蓄していた訳じゃ無いからね。
アスワンも言葉が足りないというか、あまり細かく教えてくれないというか、喋らなくてもいいから、屋敷の『取扱説明書』ぐらい書いておいて欲しかったよ・・・
さて、そろそろ時間的には十分かな?
何がとは言わないけど。
機嫌良く鼻歌交じりで食材の整理整頓に取りかかったドリスちゃんとエルケちゃんに後を任せて地下室へ降りる。
ちょっと大きめに音を立てながら階段を降り、ドアをゆっくり、かつ、ガチャリと音を立てさせながら開いた。
転移門の中心には何食わぬ顔で立っているトレナちゃんとサミュエル君。
サミュエル君が着ている膝上丈のサーコートに皺が寄っていることは不問にする。
そりゃあ背の低いトレナちゃんに抱きつかれたらそうなるよね?
「じゃあ行こうか」
「あの、クライス様、わたくしどもはこれから何処へ?」
「今日は俺とパルレアでピクニックに行くから、サミュエル君とトレナちゃんは、その護衛と世話役かな?」
「なるほど、承知致しました!」
元気よく返事するサミュエル君は、絵に描いたような好青年だ。
二人を連れて転移。
恐らくサミュエル君もトレナちゃんも、ここに来たことは一度もないだろう。
「あの、ここは? それにパルレアちゃんのお姿が見えないようですが?」
「ああ、今日はパルレアが一緒だと言ったっけ」
「はい、先ほど」
「あれは嘘だ」
「えっ?」
ここが何処かというと、実はドラゴンキャラバンの道中で幕営した場所の一つだ。
転移門を開いたのは街道からは見えない離れた場所だし、そもそも往来の少ない街道だから、ここに誰かが踏み込んでくることはまず考えられない。
もっと言うなら、ちびっ子たちの力でパルミュナの設置した結界が動いてるから、邪念や害意を持った者はここまで踏み込んで来れないだろう。
「あの、ではこのバスケットは?」
面食らった表情のトレナちゃんが、手に下げていたバスケットを掲げつつ俺に聞いてくる。
今日はピクニックに行くからランチと飲み物一式をバスケットにセットしておくように頼んでおいたのだ。
つまりお弁当である。
「それはサミュエル君とトレナちゃんのお弁当。俺とパルレアはフォーフェンで食べてくるから、そのバスケットの中身は二人で食べておいて。今日は他に仕事して貰うつもりがないし、ワインも飲んでいいから」
「えぇっー!」
革袋から適当なラグとブランケットを出してその場に置き、ついでに小腹が空いたら囓れるように、エールの小樽と腸詰めとパンなんかを適当に追加しておく。
近くには綺麗なせせらぎも流れているし、水が飲みたければそっちで。
緊急時の連絡用に手紙箱も一個置いておこう。
「陽が傾く頃には迎えに来るから、それまで二人でのんびりピクニックを楽しんで欲しい。この転移門の周りは結界に守られてるから安全だし、あっちの丘をちょっと登ると見晴らしのいい場所も有るよ」
「しかしクライス様...」
「いいんだってば」
「本当に...よろしいのでしょうか?」
「もちろん。今日は最初っからコレが目的なんだから。二人をずっと引き離してた上に屋敷で籠城させてたし、婚約の介添人としては埋め合わせをしないとね? ちゃーんと姫様の許可も貰ってあるよ」
「おお...」
「ありがとうございますクライス様!!!」
「感謝致しますクライス様!」
「大袈裟なのはナシでね。じゃあ、後で迎えに来るから、ごゆっくり!」
実は姫様に今日のことを相談すると、悪戯っぽく笑って賛成してくれたのだ。
加えて思いがけないセリフも出てきた。
「トレナもこの屋敷に来てから、かなり料理の腕が鍛えられたことと思います。スタインに腕前を披露する良い機会になりましょう」
「あれ、ひょっとして姫様はトレナちゃんの料理技術を鍛えるために、この屋敷に調理人を連れて来なかったんですか? 俺はてっきり秘密を知る人数を最小限にするためかと」
「もちろんそれが第一の理由でございますが、トレナには料理の才能が感じられました。それにトレナはこれからはメイドであること以上に、スタインの妻として家族の食事を面倒見ていかなければなりませんので」
「なるほど!」
いかに姫様がトレナちゃんを可愛がっているか分かろうと言うものだよ。
食へのこだわりも凄いけど・・・
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二人をその場に残して屋敷に転移し、そのまま続けて銀の梟亭の二階へと跳ぶ。
借りっぱなしの専用室に出ると同時に、パルレアがハイテンションな声を上げた。
「二人ともすっごい喜んでたよねー!」
「ああ、やっぱり段取りしてあげて良かったな!」
実はパルレアもずっと革袋の中にいたのである。
革袋の中にいても外の様子は分かっているから、初々しいトレナちゃんとサミュエル君の様子にパルレアがワクワクしていたことは想像に難くない。
「トレナちゃんも最初にテレーズさんと一緒に屋敷に来たときから公式には一度も別邸に戻ってないからな。合計で二ヶ月近くも引き離した上に籠城させてたんだ。あれくらいはしてあげないと可哀想だよ」
「ねーっ!」
「さてと、今日の昼飯のメニューは何があるかな?」
「甘いもの有るかなー?」
「有るだろうけど、まずは肉か魚だな」
「そー言えば、キャラバンの最中ってあんまり魚をたべなかったねー」
「まあヒューン男爵領って山国だからなあ...自前で養殖に取り組んでなかったら塩漬けの魚ばかりになっちゃうし、牧畜は盛んだったから魚を好んで食べるほどでもないって感じじゃないかな?」
「なーるほど。じゃあ、もしあれば今日は魚がいーかな。出来れば魚醤焼きで!」
そうだな、俺もその意見に賛成だ。
ついでに今日の夕食準備でトレナちゃんにバタバタさせないように、みんなへのお土産も仕入れて帰ろうか。




