メイドちゃん達とお買物
今現在のところ屋敷にいても特にすることの無い俺は、何かと忙しくしている『俺以外』の人達の中でも、特に負荷を掛けていた感のあるメイドチームの慰労に取り組んでみることにした。
一応姫様にも確認し、トレナちゃんだけを屋敷に残しておけば良いと言うことで、まずは『館の主権限』を発動してドリスちゃんとエルケちゃんを転移門でフォーフェンに連れ出す。
名目はルマント村遠征に関する仕入れと言うことになっているけど、まあ、それは建前。
一般的な意味での食料や資材の仕入れはメイドさん達が買い物して回るレベルで済むはずがないのでそっちでは無く、二人にお願いするのはエマーニュさんとシンシアが同行するという事で、彼女たちへの『サプライズ』、つまりいつもの食事に飽きたり疲れて気分転換したいと言うときに、思いがけないモノを提供してあげたいっていう発想だ。
とは言え、貴族家の女性が驚くほどの逸品なんて考えちゃあいない。
あくまでも庶民代表であるドリスちゃんエルケちゃんの目線で、こんなモノがあると気分転換にいいなって思えるモノを探してくれって言うお題だ。
お菓子でも変わった食材でもいいし、食べ物じゃ無くって飾りや遊び道具なんかでもいい。
そもそも俺は、ドリスちゃんとエルケちゃんについてほとんど知らないのだから、何を頼むのが最適かの見当さえ付かないのだ。
なんでもいいから田舎にいて『気分転換』になるモノを探してくれ、という大雑把でフワッとした指示と一緒に、銀貨がずっしり詰まった財布を各自に渡した。
金貨にせずに銀貨を姫様に用意して貰ったのは、その方が二人が買い物しやすいだろうからという理由。
恐らく二人とも金貨には『触れたことがない』だろうと姫様に言われたからね。
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今日のパルレアは手紙箱の自動振り分け機制作から解放されているらしので、身体をコリガンくらいに大きくして貰ってから連れて来ている。
屋敷の中は魔力が潤沢なので一時的に身体を大きくするぐらいは支障ないけど、これはあくまでもピクシー族の身体のままサイズを大きくしてるだけで、コリガン族の身体に変化している訳じゃ無いそうだ。
ただし、ピクシー族から貰った衣装は本当に糸を織って編んで作ったものだし、身体を大きくすれば破れてしまうので、今日の服は姫様に仕入れて貰った『子供サイズの服』である。
有り体に言えば子供服。
コリガン族の成人女性が服屋にコレを渡されたらムッとするんだろうか?・・・
「面白ーい、ゲームみたいなお買い物ー!」
パルレアも妙に面白がってるな。
「まあ確かにゲームの一種だな。当たりが出るか、外ればかりか。ま、あの二人が楽しければいいんだけどね」
俺とパルレアはフォーフェンで一番大きな中央市場の一角にある茶屋に陣取っていた。
表通りにはみ出すような形で椅子とテーブルが並べてあって、道行く人々を眺めながらのんびりと寛ぐことが出来るし、茶菓子の味も銀の梟亭と較べる訳にはいかないけど、そこそこ種類も豊富で美味しくて、パルレアもご満悦である。
「なあパルレア、屋敷の中なら魔力も豊富だし、頻繁に身体のサイズを変えるのもそんなに負担じゃ無いんだろ?」
「まーねー」
「だったら食事時だけコリガンサイズになってればいいじゃ無いか? その方が色々と面倒が無いだろ」
「えー。それはそーだけど、ピクシーサイズの方が姫様やレミンちゃんがチヤホヤしてくれるからいーの!」
「お前なぁ...まあ姫様も楽しそうだからいいけどさ」
大人用の椅子から足をブラブラさせているパルレアが『妹感』に溢れていて、兄的には異様に可愛く見える。
レンツの街以降は怒濤のような勢いで日々の状況に対応していた感じなので、俺自身も自主的にこうやって寛ぐのは随分と久しぶりの気分だ。
「だったら、お小遣い渡して自分の好きなモノ買わせてあげればいーのに」
「いや、それじゃ仕事にならないよ」
「あ、なるほどね!」
「それに自分の買物だと、あの二人は『無駄遣い』が出来ないだろ?」
「確かにねー」
「トレナちゃんからも言われたよ。『あの二人は自分のお金として渡されたら、全部そのまま貯金するか、ムダにならない物に使おうと二週間くらい悩みますよ?』って」
「分かるー、あの子達ってそんな感じだ!」
「で、今日は何を買ってもいいし、どんな馬鹿馬鹿しいモノを買い込んでも構わない、怒らない、馬鹿にしないって約束したんだ。だから二人が面白いとか素敵だとか、自分だったら欲しいと思ったモノを買えって」
「買ったモノが役に立たなくっても構わない?」
「そういうことだな。とにかく二人には財布の中の銀貨を全部残らず、なにかの品物に取り替えて来いって言ってあるんだし、幾つかはマグレ当たりだって有ると思うよ。少なくともあの二人は俺達より、よっぽど貴族女性のことを理解してるだろうしな」
「そこは姫様のメイドだもんね」
ドリスちゃんとエルケちゃんは、買ったモノが貯まって重たくなったり、なにか大きなモノを買い込んだときにはここに来て俺に渡している。
俺は、受け取った戦利品を背負い袋にしまうフリをして、背負い袋の中に入れてある革袋にしまうと言う、いつものスタイルだ。
「クライス様、クライス様、少々大きなモノを買い込んでしまったのですが、問題ありませんでしょうか?!」
エルケちゃんがパタパタと駆け寄ってきて報告してくれる。
その後ろから若い騎士が大きめの布包みを抱えて歩いてきていた。
今日はリンスワルド家の用事だし人数も多いので、騎士団詰所の馬房を転移に使っているのだけど、そのついでに分隊長のローザックさんに声を掛け、ドリスちゃんとエルケちゃんそれぞれに護衛の騎士を出して貰ったのだ。
防護メダルはまだ付けたばかりだし、そこそこの大金を持って街の人混みをうろつくことになる訳で、もしも二人に何かあったら姫様に顔向け出来ないからね。
「全く問題ないよ。というか荷馬車ごと買い込んできても驚かないからね!」
俺がそう答えるとエルケちゃんが大笑いした。
「承知致しました!」
ホントに荷馬車ごと買い込んできそうな元気いい返事だ。
取り敢えず護衛の騎士から包みを受け取って背負い袋に収納する。
「まだ時間はたっぷり有るから慌てなくていいよ。万が一俺たちとはぐれたときは騎士団詰所に戻れば大丈夫だから」
「かしこまりました!」
また元気よく返事をして街の喧噪の中に戻っていく。
「二人を連れ出して正解だったな。まだ若いんだから、あの屋敷に押し込まれてるだけじゃあ息も詰まってただろうし」
「お兄ちゃんの言い方が年寄り臭ーい!」
「ほっとけ。それにまあコレは自分のためでも有るって言うか、ドラゴンキャラバンの反省でも有るって言うか...」
「買物が?」
「違うよ...あの時はなんて言うか必死だったんだよな。エルスカインに後れを取っちゃダメだとか、ドラゴンを奪取されたら世界の終わりだとか、いつ次の攻撃が来るかにビクビクしてさ」
「それって、ホントーにその通りじゃなかった?」
「そうだけど、俺に余裕が無かったって風にも思うわけだよ」
「魔力の? 心の?」
「両方だよ知ってて聞くなよ。ま、とにかく神経をピリピリさせてたのは事実だ。お前をあの井戸の罠に踏み込ませちゃったことや、ダンガに大怪我させたことも含めて、俺次第でもうちょっとナントカ出来ただろうなって思うんだよ」
「そっかなー?」
「もしだったら...ばかりを言っても意味がないけどな。結果良ければでアプレイスも一緒に来てくれたしパルミュナとクレアも呼び戻せた。シンシアの力も物凄く伸びてて俺やみんなを助けてくれる。だからなにも文句は無い。ないけど、まだ途中経過だ」
「それは相手が相手だもん」
「まあな。だけど俺はこれからもエルスカインと戦っていく中で、ただ必死になって刀を振り回すだけじゃなくて、もうちょっと周りに目を配れる、ゆとりを持った男になりたいと思う」
「へー」
「それに、人の気持ちとかも分かるようになりたいって思うし」
「むずかしーね」
「だよな?」
「お兄ちゃんにはムズかしーってことかなー」
「なんでだよ?」
「教えなーい!」
「おまっ!」
こういうパルレアとのじゃれ合いも俺の癒やしで寛ぎだ。
今日の俺はドリスちゃんとエルケちゃんを慰労するって言う名目で、実は自分自身が、ただただ無目的にのんびりしたかったんだろうな・・・




