防護メダルと転移実験
翌日から、シンシアの魔道具改良と製作は急ピッチで進められた。
元々、『防護結界付き魔力収集装置』に関しては、すでにシンシアが頭の中で魔法理論的に組み上げていたので、後はそれを実際の魔道具に落とし込んでいくという作業だし、それ自体はパルレアの手も借りればなんと言うことはないらしい。
動作テストもすぐに終了し、余裕を持った数量が四日で完成した。
どの程度魔力の濃い場所で過ごすかによっても変わってくるけど、二ヶ月ほども身に着けていれば、誰でもアプレイスの鉤爪を跳ね返せるようになるって言うのがシンシアの目算。
さらっと言ってるけど凄いよね・・・
自力で精霊魔法が使える俺だって、この魔力収集装置が無ければ罠の破壊もパルレアの復活も叶わなかったのだから、もちろん効果はお墨付きだ。
シンシア曰く、防護結界付き魔力収集装置については『この屋敷にいる間に出来るだけ身に着けておいた方が、外よりも魔力の溜まりが圧倒的に早いです!』と言うことで、いま屋敷にいる人はトレナちゃん達を含めて全員が身に着けているし、ジュリアス卿のところにも届けてある。
ちなみにシンシアの杓子定規な名付けのままでは口にしづらいので、みな最近は単純に『防護メダル』と呼ぶようになった。
そりゃあ見た目的にも、その方がしっくりくるからね。
『手紙箱自動振り分け装置』の方はさすがに大変で、シンシアは自室と図書室と地下室を行ったり来たりしている。
シンシア曰く、『歩かないゴーレム的なモノを作ってるような雰囲気で...』と言うことらしく、図書室で資料を探し、自室でアイデアを練って設計を考え、地下室でそれを実験して検証と、日々それの繰り返しだ。
パルレアもよく付き合っているけど、『実際に魔法を埋め込んだりする技巧の方はアタシも手伝えるけどさー、作るまでの発想? 構成? とかの方はシンシアちゃん任せの方がいいい気がするのよねー』と言うことで、途中からは呼ばれたときだけ手伝うスタイルに変更。
それでも、かなりの時間を二人で一緒に過ごしているので、例え兄としても男一人では踏み込みにくい空間が頻繁に地下室に出来上がっている。
パルレアが小さいせいで、遠目に見るとシンシアが『一人でキャーキャー騒いでる変な人』に見えてしまいそうなのが唯一の難点か・・・
魔道具の方は二人に任せて置いておくとして、レビリスとレミンちゃんは故郷の人々をどうスムーズに移動させるかに頭を悩ませているし、ダンガとエマーニュさんは言うまでもない。
アサムとウェインスさんは新しいルマント村建設に関して熱く語り合っている。
要するに、いま屋敷内でみんなが取り組んでいる案件の中には、俺が嘴を突っ込む隙間が何処にもないのである・・・
またしても一人で暇になってしまった俺は、後回しにしていたアプレイスとの転移を試してみることにした。
++++++++++
「で、地下の転移門から移動するときは、自分の魔力を消費しなくてもいいって言う話だったか?」
「そうだ。だから帰還ギリギリの距離を超えると、跳べるけど戻れないっていう片道旅行になる」
「と言っても、そもそも誰かが行って転移門を置いてきた場所じゃないと跳べないんだから、それほど困ることもないだろ?」
「まあな。だけど例えば今度ミルバルナまでアプレイスに連れて行ってもらったとして、そこに置いた転移門まで屋敷からは一瞬で跳べるけど、戻りは馬車で数十日ってことになるな」
「なるほど...行きと帰りのアンバランスさが問題か」
「アプレイスがいた山の中腹な? あそこにだってシンシアが転移門を開いてるから行くだけなら跳べるぜ? だけどいまの俺やシンシアじゃあ行ったまま戻って来れないな」
「そいつは危ねえな」
「危なそうかどうかは跳ぶ前に感覚で分かるよ。転移先の光景が明晰になるまでに時間が掛かるからな」
「ふーん、で、どう実験するんだ?」
「まずは近いところに行く」
さっき玄関ホールに転移門を開いておいた。
この地下室から階段を上がってすぐ先という、何故ゆえ転移するのか謎なくらい近い場所だ。
「俺の隣に立ってくれアプレイス」
「おう」
意識を集中して跳び先を探す。
と言うか、すぐ隣に玄関ホールが浮かんでいる・・・近い、近いよ。
「じゃ跳ぶぞ!」
次の瞬間、俺とアプレイスは玄関ホールのど真ん中に立っていた。
空間がズレるまでの間合いが短すぎてほとんど感じ取れないほどだ。
偶然、階段から降りてきていたトレナちゃんがビックリしている。
「おお、コレが転移魔法か!」
「どうなさったのですかクライス様?」
「あー、ちょっと実験してるだけだから気にしないで」
「はい、かしこまりました...」
「アプレイスは転移するときに、なんか変な感じとか受けたか?」
「いや、なにも無いな。気が付いたらここに立ってた」
「なら問題ないか...じゃあ、このまま地下室に戻ってみよう」
実験はこっちが本番だ。
もしも、最悪の場合には極端な魔力欠乏で命に関わることさえ無いとは言えないけど、いつかは試さなきゃいけないことだし早いほうがいい。
意識を集中すると地下室の情景が周囲に浮かび上がる。
あっという間に空間がズレて二人は地下室に戻っていた。
「あれ?」
「どうしたライノ、なにかマズいのか?」
「いや、何も感じなかったんで拍子抜けしてる。近いせいもあるけど、一人で跳んだのと変わらないみたいだ」
「へえー」
次は屋敷の外の草地の上に転移してみた。
今後も着陸地点になりそうだと思って、初めてアプレイスが降り立った場所をマーキングしておいたのだ。
ここじゃ感覚的には玄関ホールと変わらないな・・・
「ちょっと別の場所でも試していいか?」
「おう」
少し離れた場所として牧場の荷物部屋に跳んでみたけど、やはり感覚的にはさっきと変わらない。
スライに挨拶でもしていこうかと一瞬思ったけど、それはまた今度にしておく。
「もう一往復な?」
「ああ」
次は別邸に跳んでみた。
「何処だここ?」
「リンスワルド家の王都別邸だ。そこの庭に建てた離れの部屋だよ。茶室って呼んでる」
「ふーん」
俺たちがドラゴンキャラバンに出発してから後、奥の庭の離れが完成して、そこに転移門を開いたことはシンシアから聞いていたけど、実は、俺自身がここに跳ぶのは初めてだ。
でも、跳んだときの感覚はさっきの牧場と全く変わらない。
「うーん...」
「さっきからちゃんと転移出来てるじゃ無いか。なにか変なのか?」
「変と言えば変なんだ」
「なにが?」
「魔力の抜け具合がおかしい。普通なら誰かを一緒に連れて跳べば、その分だけ余分に魔力を消費する。なのに、近場とは言えアプレイスを連れて跳んだ分の消費が無い感じなんだ」
「俺はお得な男だからな!」
「ほざけ。あえて言うなら、以前のパルミュナと一緒に跳ぶ時に近い感覚か...やっぱりドラゴンの魔法と精霊魔法には関連があるんだな」
「この前の話か?」
「ああ。魔法の系統が似てるって言うか、きっと根っ子が同じなんだよ。アプレイスは人の姿を取ったときに実際の身体とは関係なく、人の肉体や服は自分のイメージを現世に投影してるんだろ?」
「服はそうだな。身体は自分でイメージするって言うよりも、そもそも自分の中にある『人から得た知性』の部分が姿を持ったような感じだ。どっちも一回作るとそれが自分の『カタチ』になるから、面倒なことしてまで変えようとは思わないけどな」
「なるほど。その『カタチ』に本来のアプレイスが持ってる魔力が押し込められてる訳だ。最初にみんなと会った時はアプレイスが魔力をこらえきれずに、ちょっとお漏らししてるのを姫様に見つけられてたもんな」
「言い方っ!」
「まあとにかく、精霊魔法の術式にとっては、人の貌を取っているドラゴンは大精霊に近い存在に映るんだと思う」
「えっ、そんなもんか?」
「物理的に無理だけど、たぶんドラゴン姿のままで転移しようとしたら、その身体のサイズに近い魔力を消費すると思うよ。人の貌に竜の魔力を押し込めてるからこそ起きる現象じゃ無いかな?」
「なるほどね...分かったような分からんような感じだけど、とにかくライノやシンシア殿と一緒に移動することに問題ないのならいいさ」
しかしそう考えると、『ドラゴンをドラゴンのままで』吸い込んで転移させる為に作られていたエルスカインの罠は、やはり相当なモノだ。
レンツの郊外や山の麓では一度に三桁に上る魔獣を送り込んできたことも考えると、俺たちが使っている転移門とは規模が違うと感じるし、やはり奔流の魔力を意図的に操作してなければ動かせない代物じゃないかという思いは強まる。
シンシアが転写した『魔法陣の写し』を解析して、その手掛かりが掴めるといいんだけどな・・・




