メイドチームの扱い
姫様の申し出にどう答えようかと悩んでいると、シンシアが俺の気持ちを代弁してくれた。
「お母様、御兄様が案じてらっしゃるのは、自分の都合で誰かを一所に押し込めておく、ということの不条理です」
「なるほど...やはりライノ殿はお優しいですわね...では良いことを思いつきましたライノ殿」
「はあ」
「たとえシンシアの収納魔法があるとしても、日々の食事をエマーニュの付け焼き刃な料理で過ごしていてはダンガ殿のお体の予後に差し障りが出かねません」
「お、お姉さま...」
冷酷な事実をきっぱり断言した姫様のセリフに、エマーニュさんが泣きそうだ。
そして渦中のダンガは鋼のような精神力でなにも表情に出さないように努力しているように見える。
でも今の発言って、ダンガに対するエマーニュさんの思いを、さりげなく姫様が肯定したようにも聞こえるな・・・
「開き直っているように聞こえてしまうかもしれませんが、わたくしやシンシア、エマーニュに生活技術がないことは事実です。ここは専門家に頼ることに致しましょう」
「え、つまり?」
「トレナ達に一緒にルマント村へ行って貰いましょう。彼女たちもパルレアちゃんに防護結界を授けて貰えば危険は少ないはずです」
なるほど、そう来たか!
「それにいくらフローラシアではなくエマーニュとして訪れると言っても、貴族家の女性であることは一目で分かります。メイドや護衛の一人も連れていないと言うのは却って不自然でございましょう」
「そうなると、護衛の騎士もいた方がいいですね」
「左様でございます」
姫様はそう言ってにっこり微笑んだ。
やっぱり優しい人だなあ・・・なんだかんだ言いつつ、トレナちゃんのことは本当に目を掛けている。
「じゃあ、メイドチームの三名と護衛のサミュエル君は、ダンガ達と一緒にルマント村に向かうってことにして貰いましょう」
「ライノ殿、本城の離れで警護に就いているシルヴァンも暇を持て余していることでございましょう。スタインと一緒にルマント村へ連れて行かれてはいかがでございますか?」
「いいですね。是非そうさせて下さい」
演武大会の時の二人の試合運びと太刀筋から言っても、明らかにサミュエル君はシルヴァンさんを見本にしている。
師匠とは言わないまでも色々と学んでいたのは間違いない。
そこも考慮して、か・・・さすが姫様。
「アプレイス殿の背中に乗り切れるかい?」
「全部で十数人だろ? 問題ないよレビリス殿。俺の背中の結界に入っていてくれれば風を浴びることも無いし、宙返りしたって落ちることはないからね」
「そりゃ凄いな」
「フローラシアよ、新しいルマント村の場所探しに関しては、リンスワルド領のみならずキャプラ公領地全域も候補地として貰うのが良いだろう。長官名義で勅命状をしたためておけ」
「はい、ジュリアス御兄様」
「これで万事解決であろうか? ただそうなるとレティが一人で王都に残ることになってしまうが...」
「問題ありませんわ」
「うーむ...もし嫌でなければ、皆が戻ってくるまでレティも王宮にいてはくれまいか? いかに防護結界があるとは言え、エマーニュもシンシアもいない状態で別邸に一人と言うのは、我もいささか心配であるゆえな...」
姫様はちょっと斜めに視線を向けてジュリアス卿を見た。
ジュリアス卿は何食わぬ顔をしてるつもりでいるらしいけど、表情を見れば心の内がダダ漏れだよ。
「いいですわジュリア。皆が戻ってくるまで、あなたと一緒にいることにします」
「おお、そうしてくれるか!」
小難しい表情で取り繕っていたジュリアス卿が、ぱあっと笑顔になったね!
そしてジュリアス卿は、すぐにルマント村に向かう使節団と移住の警護部隊を編成して送り出すと約束してくれた。
王都キュリス・サングリアからルマント村のある南部大森林まで、俺たちはアプレイスの翼に乗って数日で着くとしても、普通に馬車で行くなら数十日かかる道程だ。
雨や雪の多い季節なら、さらにその五割増しというところだろうか?
逆に言えば、今から王都で部隊の編成と各種の手配に取りかかって出来るだけ早くに出立させたとしても、ルマント村側の引っ越し準備が整うかどうかって頃になって、ようやく現地に到着出来るという頃合いになる。
その通りに行くなら、むしろ丁度いいタイミングにも思えるけど、実際は色々とギリギリだろう。
それに、まだミルバルナ王家からの返事も来ていない以上、少人数とは言え武装した軍人に断りも無く国境を越えさせる訳にはいかない。
事前に根回しをして了解を取っておかないと間違いなく揉める話だ。
その辺りの承諾を取ることに時間が掛かった場合は、国境の手前で足止めを食う可能性もなきにしもあらず・・・色々と考えると、途中での計画変更も上等で、とっとと動き出すのが正解だろう。
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ところで、俺がメイドチームの心持ちについて心配していたのには、ちゃんと理由がある。
中でも、トレナちゃんの影に隠れて存在感の薄いドリスちゃんとエルケちゃんの二人が問題なのだけど、この二人はジュリアス卿が屋敷に顔を見せるようになって以来、ほぼ裏方に徹しっぱなしである。
俺も顔を見るのはキッチンで食材を渡すときぐらい。
まあトレナちゃんがクルクルと良く動き回るから支障は無いし、俺やジュリアス卿が屋敷にいないときには表に出てきて色々と仕事をしているらしいが・・・
あれ?
つまりナニか?
俺は二人に避けられていたと?
「ねえトレナちゃん、以前にテレーズさんの反応も見てるからドリスちゃんやエルケちゃんがジュリアス卿の前に出たくないって気持ちは分かるけどさ、俺はどうして? そんなに怖がられてるの? 俺の顔って怖いの?」
思わずトレナちゃんを問い詰めたら苦笑された。
「怖い訳はないですよ。だいたいクライス様ほどお優しい主さまの話は聞いたことがありません!」
「じゃあなんで? 勇者って存在が不気味とか?」
悪い方向にしか想像が行かない。
「えっとですね...このお屋敷は大精霊アスワン様がお造りになったものをクライス様が譲り受けられている訳ですよね?」
「借りてるだけだよ」
「そこは余り関係ないかと。現に、このお屋敷の主はクライス様ですので」
「じゃあそうだとして、なんで?」
「魔石ランプも無いのに夜中も明るくて勝手に汚れが消える屋内、いつも綺麗な水が絶えない水瓶、指で触れるだけで熱くなるカマド、食材が傷まないパントリー...不思議な魔法だらけです。まさに大精霊様の奇跡を具現化したかのようなお屋敷」
「まあアスワンだからね。物作りに掛けては凄まじい情熱だよ」
アスワンに対する俺の言いようも、だいぶパルレアっぽくなってきた自覚がある。
「その大精霊アスワン様と友人同士のように対等に語り合う...これを庶民の言葉では『タメ口』と申しますが」
「知ってる」
「パルミュナちゃん、いえ、パルレアちゃんを妹さまとし、大精霊アスワン様とタメ口で話していらっしゃる勇者クライス様を見て、どうとも思わない方が不思議ですよ」
「そうなの?」
「だって、ご友人の方々ならまだしも私たちはただの使用人ですからね? クライス様のことが『怖い』んじゃなくって、『畏れ多い』んですよ」
「えー、大袈裟じゃないか? ただの勇者だよ」
「ただの、という形容はそぐわないです」
「そもそも勇者ってのも便宜上の呼び名だし、別に権威のある称号とかじゃないからなあ」
「権威とか爵位のような階級的なことじゃ無くて、もっとこう心の底から...本能的って言うか感覚的なモノなんですよね...」
「でも俺、トレナちゃんから畏れ多く扱われてる自覚とかないけど?」
むしろ転移で『お使い』に行かされたりしてるよね?
「まあ、私はクライス様に婚約式の介添人を引き受けて頂いた上に贈り物まで賜り、もはや勝手に他人では無いかのように感じてしまっていますけれど」
「もちろん俺もトレナちゃんやサミュエル君を他人だとは思ってないからね? もう正直、同年代の親戚くらいの感覚だな」
「ありがとうございます。サミュエル様が聞いたら泣いて喜びます」
「それはいいから!」
「とにかく、エルケやドリスは仕方ないと思います。クライス様のお顔を眺めてると緊張して仕事にならないんですよ、あの二人は」
「マジか」
「大マジです。勇者様のお屋敷で使用人だったことがあるって記憶だけで、今後の人生の支えにして生きていけそうですからね」
「怖いなあ...」
「私たち庶民って、そう言うモノですよ?」
うーん、なるほど・・・
みんながみんな、トレナちゃんのようにどんな環境でもブレないという訳では無いのだ。
屋敷での仕事や俺自身に対して不満はない、と言うか、むしろこの屋敷で働くことを幸運だと思って貰えてる事は分かったけど、ともかく緊張しているのなら緊張を緩める必要があるよな?
出来ればルマント村に向かう前に。




