やっぱりシンシアが解決
「確かに空からであれば、道がなくとも行けますな!」
やっぱりジュリアス卿はドラゴンの背中に乗ってみたそうだよ・・・
「ですが、その密林の中にエルスカインの置いた『何か』がある可能性は高いのではございませんか?」
「だから、それを確認したいと思うんですよ。あの『罠』の転移門を解析できたら、南部大森林に繋がる『ナニカ『が出て来るっていう可能性も有り得ると思いますからね」
「かなり危険な気も致しますが...」
「そこは分かってます。ただ、南部大森林にエルスカインの拠点があるとしても、そもそも人が入ってくる場所じゃないという前提があるでしょう?」
「確かに」
「転移門を使えることはバレましたけど、アプレイスのことはまだエルスカインもちゃんと掴んでいないと思います。だから調査に赴くなら、むしろ今のうちだって思うんですよね」
「仰るとおりかもしれませんね。では、ライノ殿とパルレアちゃんはエマーニュやダンガ殿らをルマント村に送り届けた足で、そのまま南部大森林へと向かわれますか?」
「罠の解析次第では行動を変える可能性もありますけど、現時点ではそう考えてます。ただそうなると、一つ問題も出て来るんですけどね」
「どのようなことでございましょう?」
「この屋敷で転移門を使える人が誰もいなくなります」
「ですわね...」
それでこの屋敷に誰かを残していくとすれば、またしても籠城状態だ。
だけど、誰かが屋敷の転移門に張り付いていないと手紙箱が使えない・・・これ以上はトレナちゃん達に負担を掛けたくないんだけど、難しいところだよな。
「それでも、ここに誰かがいないと手紙箱のやり取りが出来なくなりますわ」
「ええ、そうなんですよね...それともう一つ。俺とパルレア、シンシアから離れた上にこの屋敷を出ると、精霊の防護結界が効かなくなります。この屋敷に残った人も、またしても外に出られなくなるままというのは...」
「わたくしがここで手紙番をすることは厭いませんが?」
「ルマント村の移転に掛かる日数が読めないし、さすがに不在期間が長すぎるでしょう。あまりにも姿を見せないと良からぬ噂を立てられたりして、領地運営に支障を来す可能性もありますよ?」
「その心配がないとは申しませんが、エルスカインと戦う以上は、元より全てを失う覚悟にございます」
「そう言われると弱いんですけどね」
「我のほうでなんとかしよう。それも大公家からの勅命だと言うことにすれば、レティの不在にも言い訳程度は立てられよう」
まあでも抜本的な解決にはならないんだよな・・・それにジュリアス卿が俺たちと通じて頻繁にこの屋敷に来ていることは、今はまだエルスカインにも把握されていないと思うけど、この先、姫様とジュリアス卿をまとめて狙うって行動を取られる可能性も無いとは言えない。
罠の解析結果とウォームの動き次第では、南部大森林からレンツへ直行って言う可能性だってあるし、結局、姫様とメイドチームをどれくらいの期間ここに籠城させる事になるのか予定の立てようがないんだから。
「あの御兄様、お母様」
「なんだい?」
「本当はちゃんと実験を済ませてからお話ししようと思っていたのですけれど、あの魔力収集装置を、精霊魔法の稼働に応用する魔道具について考えていたところなんです」
「え?」
「アプレイスさんを狙った魔力井戸の罠では、魔力収集装置を改造して御兄様の石つぶてに熱魔法を加えることに成功しました。であれば、同じようにあの魔道具の応用で他の精霊魔法を稼働させることも出来るんじゃないかと考えたんです」
「ひょっとして、それって?」
「はい。思惑通りに行けば、精霊魔法の使い手でなくとも、あの魔道具の改良版を身に着けておくことで防護結界を動かすことが可能になります」
「おおおぉ!」
「精霊魔法そのものを使いこなせる訳ではありませんから稼働しっぱなしですし、事前に防護結界の魔法陣を移植して貰っていなければ、そもそも動きませんけれど」
「おおう、凄いぞシンシアっ!」
「いえ。えっと...それとですね、この屋敷の転移門に手紙番を置くことが必要なのは届いた手紙箱の行き先を振り分けるためです」
全ての手紙箱は、どこから送っても一度この屋敷の地下に出てくる。
それを改めて別の場所に送り直すためには、分岐点となるここで中継作業を行う人手が必要だ。
「もしやそれも?」
「はい。この屋敷の転移門は常時奔流からの魔力を供給されています。なので、送り先を示した魔法的な『ラベル』を付けられるように手紙箱を改良して、ここの地下に、現れた手紙箱を検知し、そのラベルを読み取って書かれている場所に送る...そういう魔道具を...かなり大掛かりになりますけど、そう言う装置を設置すれば、誰も屋敷にいなくても自動的に手紙箱をやり取りできるようになるんじゃないかと思うんです」
「マジか...」
何度目の絶句だろう俺?
シンシアの魔法理論と魔導技術の拡張は留まるところを知らないように見える。
しかも、これ精霊魔法なんだけど!
「実現すれば素晴らしいことですわシンシア! あなたは真の天才です!」
「全くだ。さすがは我が愛娘シンシア! この先、世界を変えていくことは間違いない!」
文句なしに子煩悩な姫様とジュリアス卿である。
まあでも、俺も二人には同感だね。
「シンシアちゃんってば、さすがアタシの妹ねー!」
「いやホントに凄いなシンシアは。もしその装置が上手く行けば、この屋敷に誰かが幽閉される必要は無くなるぞ!」
「ライノ殿、これほど快適な屋敷に幽閉などという言葉はそぐわないものですわ」
「長期間出られないって意味ですよ」
「いやライノ、本当は馬車でも徒歩でも出入りできるんだろ? 転移魔法が楽すぎて頼りたいってだけでさ?」
「まあな」
「昨日までこの屋敷から出られなかったのは、なによりもエルスカインの攻撃を恐れてたからさ。でもシンシアちゃんの魔道具で一人一人が精霊の防護結界を持って動けるって言うんなら、今後は馬車に乗って買い物にだって行けるよ」
「それもそうか!」
シンシアのアイデアは、コレまで出来ないと思っていたことや諦めていたことをバンバン覆していく。
シンシアとアプレイスが一緒にいてくれれば、エルスカインも恐れるに足らずだって気がしてきたよ。
それとパルレアは俺の『癒やし枠』として不可欠だ。
「魔力収集装置は長く付けているほど集積効果が高まります。その分大きな魔力を防護結界に注ぎ込むことが出来るので徐々に強固なモノに育っていきます」
「おお、育つ防護結界って訳だな...」
「それに、常時発動と言っても攻撃を受けたところに集中して結界が張られるので、強度の割に消費する魔力は少なくて済むんです。アサシンタイガーの爪程度で削ることは出来ないでしょう」
シンシアの発明による人の魔法との合成技だ・・・『なにしろアプレイスの鉤爪をがっちり撥ね返したくらいだからな!』と危うく言いかけて思いとどまった。
それを言うと、アプレイスが俺とシンシアを攻撃した事がジュリアス卿に露呈してしまう。
シンシアもそれを分かっていて、チラッと俺の方を見て微笑んだ。
「そうなると、だいぶ行動範囲が広がるって言うか選択肢が増えるね。シンシアが防護結界付きの魔力収集装置と手紙箱の自動振り分け装置を作るのにどれくらい掛かるか、それが出発の目処だな」
「アタシも手伝うー!」
「パルレア御姉様に手伝って頂ければ、防護結界付き魔力収集装置の方はそれほど日数が掛からないと思います。手紙箱の自動振り分け装置はちょっと大掛かりなので、実験も含めて二週間くらいは掛かってしまうかと...」
「ぜんぜん早いよ!」
「だな。そのぐらいなら他の準備をしてる間にすぐだ」
「罠の転移門の解析も御姉様に手伝って頂く必要があると思いますけど、もし時間が取れるようでしたら、他にもいくつか試してみたいことがあるので、それも追々できればと...」
「ああ。シンシアのチャレンジは最優先でサポートするぞ!」
「ねーっ!」
「ありがとうございます御兄様、御姉様」
「しかし、この屋敷が無人になっても手紙箱のやり取りに問題ないって事は、トレナちゃん達も別邸に戻って大丈夫か...」
「ですがライノ殿、今後の行動がどうあれ、その合間合間にはこの屋敷へ戻ることになりましょう。それに転移で動くことがあれば、わたくし共もこの屋敷を使わせて頂きたいと思いますので、管理の手は何某かあった方が良いと思いますが?」
「まあ、そうなんですけどね...」
とは言え、期限も無く、明確な目的もなく、ただ『必要があった時のため』に・・・それも誰かの食事の世話だとか屋敷の手入れだとか、ある種どうとでもなるようなことでトレナちゃん達をこれ以上長く屋敷に縛り付けておくのは、どうにも気が進まないんだよな・・・