リンスワルド使節団?
そこでジュリアス卿が話を変えて、少し言い訳っぽくルマント村移設の現状を伝えてくれた。
「ルマント村の移設については先日ここで話した後に、すぐミルバルナ王室への書簡は送っているのだが...なにぶんにも遠い地のことゆえ未だ返事が無い。順当であったとしても先方からの返事が届くまで、もうしばらく掛かっても不思議ではないところだが、返事を待たずに行動されるかな?」
「ええ。極端に言えば、ミルバルナからの返事がどうであってもやるつもりの事ですからね」
「確かにその通りであるな。命を賭してフローラシアを救ってくれたダンガ殿の悲願だ。我も万難を排して実現に助力させて頂く」
「ありがとうございますジュリアス卿。ライノが『今は移転に全力を』と言ってくれたんで、俺達兄妹も出来るだけ早く村に戻りたいと思います」
「まずは『移転できる』って事をみんなに知らせないとね!」
「ああ。俺たちのような狩人は身軽だけど、みんながそうじゃないからな。移転が村の総意だと言っても、畑や工房を持っている者はおいそれとは移動できないし、人それぞれに事情や思いもあるだろうから...きっと色々と難しいことも出てくるだろう」
「そうだよなあ...ダンガの見込みだと、村人全員が移動を開始できるようになるまで、ざっと、どの位掛かりそうだ?」
「アサムとも話したんだけど、村人達の要望をそれなりに聞き入れれば最短でも準備に二ヶ月やそこらはかかるだろうな」
「でも村人達がどう考えようと、魔獣は待ってはくれないだろ?」
「それが大きいよ兄さん。不備や不満はあっても、出来るだけ早く動いた方がいいと思うな」
「俺もアサムの意見に賛成さ。他人事みたいに言っちゃあ悪いと思うけど、僅かな財産を持ち出すことに執着してたら、移転前に総崩れになる可能性だってあると思うもの」
「そこはレビリスの言うとおりなんだけど...秋の収穫を待たずに移動して、こちらに越してすぐに冬って事になると、それはそれで食料とか色々とヤバいと思うんだ。収穫には時間も人手も掛かるから、その前後を縫って準備するのも中々大変だろうけど...」
「そうなると、準備期間と移動期間を合計し、冬になる前にこちらに到着できるように素早く動くか、いっそ来年の春を待つかってことか?」
そこで、黙っていた姫様が口を挟んだ。
「みなさま、この際食料の心配は忘れましょう。リンスワルド領に来て頂けさえすれば、一年でも二年でも食べる心配など決してさせないと、村人全員にお約束いたしますわ」
「ああ、ありがとうございます姫様!」
「それなら収穫を待たずに移動しても大丈夫だよね兄貴!」
「ただ、村のみんなにそう言っても信じて貰えるかどうかって言うのもあるかもしれん...何しろ、縁もゆかりも無い外国の話なんで」
「それは無理もないか」
「きっとさ、『ダンガ達がお人好しだから騙されてるんだ』って言い出す人さえ出かねないと思うね、俺は」
「じゃあ村人達に、なんらかの保証が必要じゃないか?」
「あの、お姉さま...」
こういう時は滅多に発言しないエマーニュさんが珍しく手を上げた。
「なんでしょうエマーニュ?」
「ダンガさま達だけが向かえばそうなると思います。行った先に生活の保証が有ると言うことをルマント村の皆さんに分かって貰うために、ここはリンスワルド領からの使者も同道した方が良いのでは無いかと思いますわ」
そんなことを言っても、姫様の部下である伯爵家の官吏や騎士に使者としての任務を与えたところで、ルマント村に行ってからの意思決定が出来ないから役立たずだし、そもそも俺やアプレイスの正体、今のシンシアの立ち位置なんかを知らない人を一緒に連れていく訳にもいかない。
結局は、このメンバーの関係性を理解している人に全権を持たせてないと意味が無い訳で・・・
あ、つまりコレってエマーニュさんは自分が一緒に行くって言いたいんだよね?
驚いたことにレビリスの言ってた通りだったか・・・
姫様はエマーニュさんの顔を見つめた後に、ちょっと俯いた。
溜息を吐くって程では無いけど、『仕方ないわね...』という心の声が零れてきそうな様子ではある。
「分かりました。ダンガ殿さえよろしければ、あなたがリンスワルド家からの使者としてご一緒させて頂くことも考えに入れましょう」
「ありがとうございますお姉さま」
「だが公領地の長官でもあるフローラシアが国外へ赴くとなると、護衛を全く付けないという訳にも行くまい。それに、伯爵家や子爵家の家臣たちを引き連れていけないとなれば、向こうでのフローラシアの面倒は誰が見るのだ? ダンガ殿らに迷惑を掛けることにはなるまいか?」
ジュリアス卿が空気を読まない発言をするけど、意見としては正しい。
本来ならフローラシア・エイテュール・リンスワルド子爵が国外旅行に赴くとなったら、事前準備に数ヶ月を掛けての大行列になるだろう。
普通の外遊なら、現地側の準備や根回しも大変な世界だ。
「そこは、ただのエマーニュとして...」
「表向きはそうであってもだ」
「ジュリアス卿、行き帰りはアプレイスに送って貰うから大丈夫ですよ。彼の翼なら一週間掛からずに南部大森林まで行けるでしょうからね。いいよなアプレイス?」
「無論だライノ」
「なんと、ドラゴン殿の背に乗って向かうと!」
「ジュリア、自分も行くとか言い出さないで下さいましね?」
ジュリアス卿に姫様が釘を刺す。
乗りたそうだもんね。
「む、無論だとも。大公としての職務を放り出して何週間も留守にする訳には行かんからな」
「お父様、私も叔母様にお供します。御兄様とアプレイス殿がこちらに戻った後でも私が一緒に残っていれば、ルマント村で精霊の防護結界を維持できますから」
ほう、シンシアはエマーニュさんの味方か。
ならば是非もなし。
「シンシアが向こうに残ってくれるなら俺も安心だな。まあ、奔流の乱れと大結界の影響は行ってみないと分からないけど、イザって時は指通信も使えるかもしれないし、こっちからの片道だけなら転移で近くまで行くことだって出来なくは無いだろうからね」
「はい! 御兄様の名代としてしっかり努めて参ります!」
「ふむ...であれば安全か?」
「ですがエマーニュ、あなたは自分の食事を作れるのですか? シンシアにも無理でしょう? 結局レミン殿やルマント村の方々に迷惑を掛けてしまうことになるのでは?」
「お姉さま、いま私もトレナ達に料理技術を教わっている最中でして、出発までにはなんとか...」
ああ、なるほど。
エマーニュさんが配膳の手伝いなんてしてるのは、その状況を見越してのことだったのか・・・
これはもう姫様に確認するまでも無く、俺にも予想通りな気がしてきたよ。
姫様に反駁はしたものの、ちょっと自信なさげなエマーニュさんに、シンシアが助け船を出した。
「実はお母様、御兄様のお陰で私も収納魔法が使えるようになりました。アスワン様から拝領した小箱が、御兄様の革袋のような魔道具だったのです」
「それはまことかシンシア!」
「ジュリア、シンシアが嘘を...」
「いや凄いぞシンシア! さすがはシンシアだ!」
ジュリアス卿のテンションが高い。
今日は姫様に小言を最後まで言わせない勢いがあるな。
「ですから、私と叔母様の食事や必需品は幾らでも持ち込むことが可能です。向こうでルマント村の方々を煩わすことにはならなくて済むかと」
「助かりますシンシア...」
「それは素晴らしいことですわね」
「えっと俺として話をまとめるとこういう感じですかね? ダンガとレミンちゃんが村に戻って移転の準備を先導し、それにエマーニュさんとレビリス、シンシアが随伴してダンガ達をフォローする。アサムはこっちに残ってウェインスさんと一緒に候補地探しを手早く進める。で、ミルバルナとの行き帰りはアプレイスに頼んでって感じかな」
ただし、ダンガ達はともかくエマーニュさんの居所をエルスカインに覚られると、攻撃の矛先が向く可能性はあるから注意が必要だ。
いまのシンシアが一緒ならまず大丈夫だろうけど、それはそれで別の問題も出てくるかもな・・・
「ライノ殿とパルレアちゃんはどうなさいますか?」
「ウォームが予想通りにレンツに到着するまで、まだしばらく日があります。その間に訪れてみたい場所がルマント村の先にあるんですよ」
「どちらへ?」
「南部大森林の奥地です」
「えっ?」
「つまり、アスワンの絵図に描かれていた大結界の南端ってことですね」
「なるほど...」
「行って何が分かるってものでも無いかもしれないけど、大結界の結節点の中では南端だけが不可解です。他はみんな、奔流の濃い場所に立てられていた古い街が残ってるのに、アスワンの描いた図版から見れば南端だけが街もなにも無いところにあるらしいですから」
「そうですわね。サランディス、アンケーン、ラファレリア、そしてリンスワルド領で有ったゲルトリンクも、みな古くからの王国があった土地ですわ」
「ええ、だけど南部大森林のあの辺りは、俺たちが知る限り、かつて街なんて存在したこともない原野で、未踏の地です」
「確かに不可解ですわね」
「道もなければ地図さえない場所です。普通なら行くだけでも大変だと思いますけど、いまはアプレイスがいてくれるから踏み込めるかなって思うんですよ」
それに、さすがにエルスカインも空からの訪問者は予想して無いだろう?




