屋敷で久しぶりの夕食会
ダンガとの相談を終えて談話室に降りて行くと、アプレイスもそこでレビリスやウェインスさんと話し込んでいた。
もちろん姫様とレミンちゃん、アサムもいる。
さすが伝説的存在のドラゴンである。
誰しもが『本人に』聞いてみたいことが溢れるほど有って当然なのだ。
アプレイスも嫌な顔をせずに、淡々とそういう話題に付き合ってくれるヤツだから大いに助かる。
ここに来るまでの間に興味津々のシンシアに色々と抉られても不快感を出さなかったしな。
見ると、パルレアはいつの間にかレミンちゃんの腕の中から姫様の腕の中に移動していた。
相変わらずウトウトしているみたいだけど、果たして自分で飛んだのか、レミンちゃんが引き渡したのか、それとも姫様が強奪したのか?
美しい女性が美しい人形を胸に抱いて・・・って言うのはやっぱり非日常的というか、正直ちょっとだけ怖さも感じてしまうけどね。
なんでだろう? 不思議。
ともかく俺も会話に加わってアプレイスの負担を少々和らげようかと隣のソファに座ったところで、談話室のドアが勢いよく開いた。
「おおっ、無事にお戻りになりましたなライノ殿!」
そう来たか・・・
シンシアがここにいなかったのは、王宮へジュリアス卿を迎えに行ってたんだな。
俺の戻りを姫様が報告しておいたんだろう。
「先ほど戻りましたよジュリアス卿、色々とご心配をお掛けしました」
「何を仰る! 我ら一同、ライノ殿の無事の帰還を疑ったことなど一瞬たりとも有りませんぞ!」
相変わらず元気というか圧が強い。
姫様の腕の中でウトウトしていたパルレアがビクッと目を覚ますほどだ。
まあ、今回は成功の報せと共に、ということだから無理もないけど。
「パルミュナもこうして無事に」
「おお、なんという愛らしい姿でおられることか!」
「姿も変わったし、実はライムール時代の俺の妹のクレアの魂もパルミュナと一緒になって顕現してるんです。それで、今後はパルレアと呼ぶことになりました」
「なるほどパルレア殿ですな、承知しましたぞ」
ジュリアス卿は姫様の腕の中で寛いでいるパルレアを見て相好を崩しているけど、きっとシンシアが赤ん坊だった頃のことでも連想しているに違いない。
「ところでジュリアス卿、新しい仲間のアプレイスを紹介しますよ。聞いていると思いますけどドラゴンです。アプレイス、彼がジュリアス卿だ」
「おおっ、ドラゴンのアプレイス殿か。我はジュリアス・スターリングだ。ジュリアスと呼んで欲しい」
「どうも、アプレイスです。よろしくお願いします」
人の姿だと、アプレイスの自己紹介もなんというかフワッとしてるね。
「で、ジュリアス卿がシンシアの父親だ」
「えっ、そうなのか?」
「アプレイス殿、娘が世話になったようで恩に着る。私に出来ることがあればなんなりと言って欲しい」
アプレイスが凄く微妙な顔をしている。
だって、初めて会った日には俺とシンシアに向けてブレスを吐いたもんな。
『世話になった』具体的な内容は絶対に言えないって感じか?
シンシアはジュリアス卿の後ろの見えない位置に立っているので、父親のセリフとアプレイスの表情に、ちょっと噴き出しそうだ。
「いやまあ、今後も色々と助け合いたい。よろしく頼むジュリアス卿」
「そう言って頂けると心強い。もちろん私も全力を挙げてライノ殿と共にエルスカインと戦うつもりだ」
「アプレイスにはピンと来ないだろうけど、ジュリアス卿は公式には『ジュリアス・スターリング大公』って呼ばれててな、要するにこのミルシュラント公国の君主なんだよ」
「へ? つまり王様って事かライノ?」
「王とは名乗っておらぬが、まあ、似たようなものだ」
「シンシア殿のお父上って王様だったのか...やっぱり正真正銘、問答無用のお姫様じゃないか!」
「なあに、ドラゴン殿にとっては人の世の地位など、心底どうでも良いことであろう?」
「まあドラゴンの世界の中ではそうだけど...」
「ならばそれで。そもそもライノ殿の屋敷では誰しも立場に拘らぬ事が約束だからな。むしろドラゴン殿に気安く口を利いて貰えるなど、逆にこの屋敷で無ければありえぬことよ!」
「俺がここにいるのもライノと出会ったからこそですし、普通のドラゴンは人族と会う機会が滅多にありませんからね」
「確かに。領内にドラゴン殿が飛来したという報せを聞いたときには正直、肝を冷やしましたがな!」
「その節はご迷惑を...」
「何を仰るか! こうして知己になれたのはアプレイス殿が公国内に飛来されたからこそ! 今となっては幸運としか言いようがないですぞ!」
更に、東の方に飛んできていたドラゴンが、実はアプレイスの姉のエスメトリスだと聞かされて、ジュリアス卿は驚きに腰を抜かしそうになっている。
まあ、『飛んできたのがアプレイスとエスメトリスだった』ことが幸運だという点には俺とシンシアも全面的に同意するけど、それにしてもジュリアス卿が凄く楽しそうだ。
あと、アプレイスがジュリアス卿に対して妙に大人しい。
ドラゴンには人の爵位も王位もへったくれも関係ないだろって思うけど、さっき姫様を見てエスメトリスを連想していたし、ひょっとしたらアプレイスはこういう『君主キャラ』って苦手なのかな?
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ジュリアス卿が登場して程なく、食事の準備が出来たとトレナちゃんが絶妙なタイミングでみんなを呼びに来た。
逆にジュリアス卿が来ることを聞かされていて、その到着に合わせて料理を仕上げたんだとしたら見事なものだ。
ほぼ同じタイミングでダンガもエマーニュさんに付き添われながら二階から降りてきたし、全員揃ってダイニングルームに入っていくと、いつも姫様が座る席の横に小さな小さな足つきトレイの様なものがセットされている。
なるほど、これはパルレア用のミニチュアテーブルと言うことか。
テーブルクロスの上に正座すれば、ちょうどコリガン族達が食事に使っていた『膳』という食事用の台というか足つきのお盆と同じような感じだ。
コリガン族は床で食事をすると言っても、床の上に直接食器を置くのでは無く、各自の前に個別に膳という食事用の台を置いて、その上に一人分ずつの皿や椀を置いていた。
トレナちゃんがコリガン族やピクシー族の風習を知っていたのか、はたまた即興で思いついたのか・・・トレナちゃんだったら十分に後者もありえるところだけどね。
で、姫様の脇にその膳が置いてあるって事は、パルレアのポジションはそこ。
シンシアもサッと空気を読んで一つ間を空けたポジションに着いたので、俺の席はそこ。
姫様ったら、食事中にパルレアの世話をするというか構う気が満々だな・・・
そしていざ食事が始まると、予想以上に姫様のパルレア対応が凄かった。
もう侍女どころか母親、いやエマーニュさんのダンガ介護に近い。
ピクシー族からパルレアにも使えるサイズの食器やカトラリー類を一通り譲り受けてはいたのだけど、元々、彼らはそれほど多くの食器を使う訳では無いというか、日頃使うのは皿と椀程度で、貴族家の食卓と較べる方が間違っている。
カトラリーなんて木から削り出したオモチャのようなものだ。
屋敷に持ち込まれている食器類の中からも、最も小さいものを選んで追加されているけれど、それでも今のパルレアにしてみれば眼前に大皿を置かれるようなモノだろうな。
姫様はそれらに載った料理が、パルレアの魔力で扱いやすいサイズになっているかを逐一確認して、ちょっとでも大変そうに感じたら片っ端から切り分けていた。
その気になればパルレアは、そこそこ大きな食材でも魔力で捌いて食べられるようだし、どう見ても身体のサイズに見合わない量を食べることも出来る。
ただし大量の食物を取り込むと魔力変換が追い付かないらしく、食事のスピードがどうしてもみんなより遅くなってしまうが。
それでも姫様は自分の食事はほったらかして果敢にパルレアの世話を焼いているので、もう一切の手出しをやめて姫様に任せることにした。
これが普通のピクシー族の成人女性だったら、逆に子供扱いされて憤慨するところかも知れないけど、まあパルレアだからね。
甘やかされると、その倍に甘えてくる奴だから問題ない。
むしろコリガンの里の宴会の時のように、食べ過ぎて魔力変換の二日酔いみたいにならないかがちょっと心配・・・
などとどうでも良いような気を回しつつ、食事があらかた進んだところで、ジュリアス卿が議題を振ってきた。
「ところでライノ殿、先ほどシンシアから少しだけ今後の考えについて聞いたのであるが、まずはダンガ殿らのルマント村移設について取り組む事と、ヒューン男爵領での企みについて確かめるという事でよろしいか?」
「ですね。ヒューン男爵領って言うかレンツの街で行われてることに関しては、シンシアの力を借りてウォームを追跡してみるつもりです。それと、アプレイスを狙った罠についてもなにか分かるようだったら、その結果次第で次の動きを決めることになるでしょう」
「では、我の方から直接ヒューン男爵領の内情について探ることは控えた方がよろしいかな?」
「ええ、普通に調べても意味は無いでしょうからね」
「うむ、承知した」
「御兄様、ウォームの動く速さは人が歩く速度の十分の一程度だと仰っていましたが、そうしますとウォームがレンツの街に到達するのは随分先になってしまいそうですね」
「いや、歩く速さの十分の一って言うのは穴を掘りながら進む速度だからね。いま、あのウォームはトンネルの中を一目散にノイズから逃げているところだし、もっと早いと思うんだよ」
もし、人が徒歩で進むのと同じくらいだとすれば数週間か、一ヶ月もあればレンツに到達するんじゃ無いだろうか?
「では、これからは定期的にウォームの位置を確認することに致しましょう」
「ああ、頼むよシンシア」
「もしも、こちらからエルスカインの動きを追えるようであれば光明ですな」
「ええ期待したいところですよ」
追った先に何があるのか、何がいるのか・・・
まあ何が待ち構えていたとしても、俺たちがやるべき事に変わりは無いが。