ダンガとエマーニュさん
「うーん、俺にも分からないから、今度それとなく姫様辺りに聞いて見るよ」
「頼むライノ。もし俺が失礼なことをしたんだったら謝っておきたい」
「それは無いと思うよ。エマーニュさんがダンガの世話をしてる様子を見れば、悪感情なんて一欠片も無いことがすぐに分かる」
「それは分かるけど...むしろ俺、あの襲撃の件でエマーニュさんに余計な心配を掛けてるって言うか無用に気遣いさせてるんじゃ無いかってのも不安でさ。そんな必要無いのに」
「違うと思うけど...まあ、理由が分からないとスッキリしないよな」
「うん。なんか落ち着かなくてさあ...」
そこまで言ってダンガはふと黙り込み、扉の方を振り返った。
一拍して、軽いノックの音が室内に響く。
「どうぞ!」
すぐにダンガが返事をすると扉が開いて、エマーニュさんが顔を覗かせた。
エマーニュさんは俺に向かって軽く目礼すると、にこやかな表情でダンガに語りかける。
「ダンガさま、今日の夕食の内容ですが、ライノ殿に頂いた肉と魚を炙り焼きにしてお出ししたいとトレナが申しておりました。基本は魚醤焼きを考えているそうですが、ご希望があればクリームソースやバターソースも作るつもりだそうです。ダンガさまのご希望はございますか?」
えっと、『ダンガさま』って・・・さま付けって?
「いえ、特には...その、すでに用意されているものが有れば、それで...皆と同じもので...」
「かしこまりました。伝えておきますわね」
そう言って軽く頭を下げるとエマーニュさんは廊下に引っ込んだ。
いまのやり取りで俺もなんとなく雰囲気は察したけど、さすがにその結論には自信が無い。
迂闊なことを言う前に姫様に確認しよう。
「ダンガ、まあそのなんだ...ドレスの件はトレナちゃんか姫様を通じてそれとなく確認するとして、俺も相談したいことがある」
「うん、なんでも言ってくれ」
「ぶっちゃけ言うけど、まだまだエルスカインとの戦いはこれからだ。で、俺としてはその前に懸案事項を片付けておきたい」
「なにか懸念があるのか?」
「ルマント村だよ。村の移転の件だ」
「いや待ってくれライノ、そりゃ気持ちは嬉しいけどエルスカインとの戦いはこれからが本番じゃ無いか。ライノだけを戦いに送り出して俺たちはのんびり引っ越しの準備なんてしてられないよ」
「それは逆なんだよダンガ」
「逆って?」
「俺も最後まで一緒にいてくれようとするダンガの気持ちは嬉しい。だけどエルスカインとの戦いは、以前パルミュナが言ってたようにいつ終わると言えるものじゃ無いだろ?」
「そりゃあ、そうかもだけど...」
「ハッキリ言って、『移転は戦いの目処が付いてから』なんて言ってたら、その前にルマント村が滅びる可能性だってあると思うぞ?」
俺がそう言うと、ダンガはぎょっとした顔になった。
「ここに戻る前にエンジュの森でコリガン族の里に寄った話をしただろ。結局、コリガン族もピクシー族も、エルスカインの弄った奔流の影響で押し寄せてきた魔獣達に生活環境を踏み荒らされて、それで存亡の危機に陥ってたんだ。まるっきりルマント村と同じなんだよ」
「そうか...」
「コリガン族の里は、そのままだったら保って後二ヶ月って読みだったし、ピクシー族も同じだ。そりゃあアンスロープは彼らに較べれば桁違いの戦闘力があるけれど、子供や年寄り、病人にとっては同じ事だろ」
コリガンの里で、アプレイスに感謝を伝えに来た小さな女の子。
重い病気を患っている彼女の母親は、里を捨てる際には自分が犠牲になることを覚悟していた。
そして俺は、あの時のアプレイスの姿を見て、自分が良い仲間を得たことを心の底から確信したのだ。
「コリガンの里は、魔力井戸を破壊してウォームを追い返したことで救えたと思う。だけどルマント村は大結界の結節点のすぐ近くだ。そうそうすぐに、魔獣が押し寄せてくる原因を排除できるかはわからないぞ?」
「それは、分かってる...」
「だから俺は、むしろ心置きなくエルスカインと戦うためにも、先に友人であるダンガ達の最初の目的、最大の目的を片付けておきたいんだ。そうしておかないと、日々心配が溜まって膨らんでいくばかりになるからな」
「ああ...」
「ダンガ達だって、いつ自分の故郷が消え去るかを案じたままずっと外国に居続けるのは辛いだろう? レミンちゃんやアサムだって同じハズだ」
「...うん、それはライノの言う通りだ」
「だったら、お互いに片付けられる事から片付けていこうぜ? 結局俺たちはみんなで大きな屋根を背負っていくんだからな!」
「そうか...そうだな...」
「それが友達だろ? 俺はダンガの友人として、ダンガに故郷の仲間を犠牲にして欲しくなんか無いし、後悔して欲しく無いんだよ」
「分かった。まずはルマント村の移転に全力投入させて貰うよ。心配してくれてありがとうな、ライノ」
「いいさ。俺もダンガ達に感謝しているからお互い様だし。で、今後の段取りだけど、みんなとは夕食の時に話すとして、まずはアプレイスに頼んでダンガ達をミルバルナまで送っていこうと思う」
「いいのか?」
「もちろんだ。馬車なら数十日掛かるかもしれないけど、竜の翼なら直線距離で飛べるから一週間と掛からないだろう」
「いやあ、ドラゴンの背に乗せて貰えるなんて最高だな!」
「先に三人とレビリスを南部大森林まで送り届けて、そっちで村人達を束ねて移転の準備に取りかかって貰う。その間にウェインスさんが移転先の村を作る候補地について、目処を付けておく算段だ」
「レビリスも一緒に行くのか?」
「まあボディーガードだな」
「レミンのか?」
「他に理由があると思うか?」
「それって、どっちがどっちを守るんだい?」
一拍して、二人で同時に吹き出した。
どうひっくり返っても、レビリスがレミンちゃんに勝つことは不可能だけどな!
俺の予想通り、ダンガもレビリスのことはレミンちゃんの相方として受け入れるつもりのようだ。
もしも浮気をしたら『死』有るのみだぞ、レビリス。
なにしろ相手は血縁関係まで嗅ぎ分けるアンスロープ族だからね、世間の浮気話のように『女性の香水の匂いでバレた云々』なんてどころじゃ無いだろう。
「まあレミンもレビリスのことは好いてるし、あの二人はいい夫婦になると思ってるよ」
「長兄の公認となればレビリスも気が楽だな」
「正式に所帯を持つのはこっちに村を移転できてからって事になるだろうけど、レビリスがレミンの夫になるなら文句は無いね」
「そいつは俺もホッとしたよ。ダンガもレビリスも俺の親友だからな。舅だなんだでギスギスされると俺が困る」
「レミンのことは可愛いさ。レビリスが信用できる男だからこそだ」
「ああ」
「覚えてるかライノ? 最初にレビリスの事を話してくれたときに、お前が『俺の妹と同じくらい信用しているヤツだ』ってレビリスのことを言ったんだ。あれで俺たちのレビリスに対する見方が決まったようなもんだったのさ」
「あー、有ったなそういうこと...まだあの時はダンガ達にここまで一緒に来て貰うとかレビリスを呼ぶとか全然考えてなかったんだよなあ...」
随分遠い昔のことのように思えるけど、実はほんの数ヶ月前の話に過ぎないって言うことに自分でも驚く。
「で、レミンから聞いたんだけど、最近は村の候補地探しのことでアサムがウェインスさんとよく話してるらしい。だったら、俺としちゃあ村の場所探しはアサムに任せてもいいかなって思うんだ」
「そうか?」
「ああ、俺が色々考えても、やっぱり狩人の発想から抜けられないんだよな...レミンは賢くてしっかりしてるけど心配性だし、将来的にレビリスと所帯を持ったら村を出るかもしれないだろ? そうなると、最後まで村のことを真剣に面倒見られるのはアサムかなって思うようになってな」
「それもそうだな。レビリスもウェインスさんも、アサムの考え方には一目置いてるみたいだし、ダンガがそれでいいなら任せてしまうのが最適だと思う」
「分かった。ライノも賛成してくれるならそうするよ」
「よし、だったら、アサムはここに残ってウェインスさんと一緒に候補地探しを進めて貰うか?」
「そうだな...ルマント村の移転準備は俺とレミンが行けばアサムがいなくても問題ないか。レビリスも手伝ってくれるしな」
「ただ向こうで、一つだけダンガに頼んでおくことがあるんだが?」
「なんだ?」
「もしもレミンちゃんを妻にしようと狙ってた他のアンスロープの男がいたならダンガが食い止めてくれよ? 例え変身した相手に決闘を申し込まれたとしても、レビリスは死んでも引かないぞ」
「心しておく...」
実は一瞬、逆のケースも頭を過ったのだけど、それを口にするのはやめた。
どこにいても人目を引くハンサムなレビリスが、ルマント村のアンスロープの妙齢女性達の中に放り込まれたら、それこそ『狼の群に放り込まれた羊』のようになってしまわないかと・・・
ま、そこはレミンちゃんが憂慮すべき部分だよね。