暇な破邪衆
夕食までは各自が勝手に過ごすということで解散し、いったんダイニングルームを出たものの、まだかなり時間がある。
キッチンの方を覗いてみると、トレナちゃん達三人が鬼気迫る勢いで料理に取り組んでいて、とても声を掛けられる雰囲気じゃ無かった。
パルレアはあのままレミンちゃんが抱っこして姫様と一緒に談話室に行ってしまったし、アプレイスはシンシアとアサムが屋敷の内外周辺を案内中。
ダンガとエマーニュさんは当然のように二人揃って二階に引っ込んだので、つまり俺を含めた破邪三人衆だけがヒマである。
なんとはなしに三人で屋敷の外に出て、前庭をぶらつきながら話をする。
「しかし、本当にドラゴンを連れてきちまうとはさあ...ライノのやることには度肝を抜かれるよ」
「全くですな。クライスさんからドラゴン探しに声を掛けて頂いたときには驚きましたが、今日はそれ以上に驚きましたとも。生きてて良かった」
「大袈裟ですねウェインスさん!」
「いやいや、驚きがあってこその人生ですからね」
「まあ、確かに」
「ライノの場合は単純な驚きって言うよりも、ドキドキハラハラが多すぎる気もするけどな?」
「なんだよレビリス、俺が失敗するとでも思ってたか?」
「上手く行っても説得成功ってくらいだと思ってたからさ、まさか仲間にしちまうとはな! フツーはそんなこと想像もしない」
「まあ、色々と運が良かったんだよ」
「運てっヤツにも限界が有ると思うぜ? やっぱ凄いよライノは」
「ですなあ」
「あんがとさん!」
「ところでクライスさん、『ドラゴン探し』の任務はこれで終了した訳ですが、私はこれからどうしましょうか? お役御免と言うことであれば転移門でフォーフェンに送って頂いても有り難いのですが、折角なので少し王都を見物してのんびりフォーフェンに向かおうかとも思っています」
「いやウェインスさん、そこはご相談なんですけど...特に急いでフォーフェンに戻りたい理由がないのであれば、もう少しお付き合い願えないですか?」
「それはもちろん喜んで! ですが、今後も私でお役に立てることが何かありますかな?」
「レビリスと一緒にお願いしたいことがあるんです」
「ああ、あっちの件かライノ?」
「そうだ。エルスカインとの戦いはまだ続く...って言うか、ここからが本番だけど、だからと言ってダンガ達の村の話をいつまでも宙ぶらりんにしておきたくないからなあ」
「つまり、新しいルマント村の場所探しですな?」
「そうです。ウェインスさんとレビリスには、新しいルマント村の候補地探しを進めて欲しいんです」
「アサム殿から沢山の話を伺っておりますよ。それにダンガ殿、レミン殿、それぞれに違う視点もあって大変興味深い調査案件です」
「じゃあお願いできますか?」
「もちろん、言うまでもありませんとも!」
「良かった。ダンガの傷が治り次第にでも、俺はアプレイスと一緒に三人をミルバルナ王国まで送っていこうと思います。向こうで村の移転準備を進めるにはかなり時間が掛かるでしょうから、その間にこちらで候補地を探す猶予は十分に有るでしょう」
「承知しました。喜んでお手伝いさせて頂きましょう」
「なあ、アプレイス殿の背中って何人ぐらい乗れるんだ?」
「結界があるから何人乗っても落ちないよ。長旅でも十人やそこらならゆとりを持って好きな場所に寝っ転がっていられるな」
「なら大丈夫か...」
「なにが?」
「いやあ、俺とウェインスさんと二人で場所探しを手分けしてもいいんだけどさ...ここんところずっとウェインスさんもアサムと話し込んでたし、俺も三人の意見を色々聞いてて、村の場所について一番深く考えてるのはアサムだって思う訳さ」
「うんうん」
「で、だったら...むしろ俺とウェインスさんで手分けして色々と違う場所を当たるよりもさ、アサムの考えを沢山聞いてるウェインスさんが一緒に選ぶ場所の方がいいんじゃ無いかって思うんだよね?」
「なるほど...確かにそれは一理あるか」
「だったら俺は手として余るからさ、三人と一緒にミルバルナに行って移住の手伝いをするって言うのもアリかなー、とか...」
なるほど!
・・・ようやくレビリスの言いたいことが分かった。
つまり、レミンちゃんと離れたくないと。
なにかと心配だからミルバルナまで付いていきたい、と言うか、行き帰り一緒にいたいと・・・
そういうことだなレビリス?
「あー...レビリス」
「うん?」
「お前の下心、もとい、真心は分かった」
「ひどいな」
「とにかく、ダンガ達とウェインスさんがそれでいいんだったら、俺には別に反対する理由は無いよ」
「そうか!」
レビリスがパッと明るい顔になる。
ウェインスさんが隣で苦笑気味だぞ。
「それで、もう一人アプレイスに乗れるかって事だった訳だな」
「いや、もう二人かな?」
「ん、なんで?」
「ダンガの傷が完全に癒えるまでって言ったら、まだかなり時間が掛かるだろ? でも、先に村の移転準備をさせるんだったら早めに移動して貰った方がいいし、そうなるとエマーニュさんも付いてくぜ?」
「えっ、まさか?」
「マジだ」
「いや、いやいやいや...」
確かに、俺たちを出迎えに来てくれた時の様子や、ダイニングルームでもダンガの横にへばりついてサポートしていたエマーニュさんを見て『なるほど...』とは思っていたけど、それはエマーニュさんを助けるために大怪我をしたダンガを気遣ってのことと言うか『恩に報いる』的なことだろう。
いくら恩を感じてると言っても、さすがにキャプラ公領地長官のフローラシア・エイテュール・リンスワルド子爵が、『村の引っ越しのお手伝い』に行くって言うのはどうなんだ?
ありなのか?
「まあそれは置いといてだな。ルマント村移設の件についてはあくまでもダンガ達が主体だろ。俺は出来るだけ彼らの希望通りにしたいと思っているけど、一つ問題がある」
「なんだよライノ、問題って?」
「エルスカインとの戦いが終わってないんだ。きっとダンガは最後まで俺に付き合おうとするだろ? いまはエルスカインのことは忘れて村づくりの方に専念して欲しいって事を、どうやって納得して貰えばいいかな?」
「う...それはそれで難問かもな...」
++++++++++
悩んでいても始まらない。
それにこういう事は、グズグズ引っ張ったり搦め手で話を持っていこうとするよりも、ダイレクトに話した方がいいって言うのが俺の信条だ。
レビリスとウェインスさんは夕食まで遊戯室のボードゲームで時間を潰すというので、俺は一人で二階に上がってダンガの部屋を訪れた。
ダンガはベッドに横になってる可能性があるから、軽くノックをして自分でドアを開けようと思っていたら、室内から軽やかな返事がしてエマーニュさんがドアを開けた。
二人きりで部屋にいたのか・・・そうですか。
「えっと...ちょっとルマント村の件でダンガと相談したいことがあったんですけど...」
内心の動揺を悟られないように、なんとかそれだけ口にすると、エマーニュさんはいつもの薄桃色の薔薇のような笑顔をパァっと咲かせて俺を中に招き入れる。
完全に、客を室内に招き入れる主の振るまいだな・・・いいけど。
「それでは、わたくしは下で配膳の手伝いをして参りますわ。どうぞごゆっくり」
配膳?
エマーニュさんが配膳の手伝い?
なにそれ?
しかもダンガの部屋を訪れたのに、エマーニュさんから『どうぞごゆっくり』とか言われてしまったよ?
俺がカウチに寄りかかっているダンガに近づくと、ダンガは誰もいないことを確認するかのように、ちょっと周囲を見渡してから小声で言ってきた。
いやダンガたちの目と耳なら、室内はおろか廊下にも誰もいないこととか把握済みだろ・・・見回す必要なんか無くない?
「なあライノ、ちょっと聞きたいって言うか相談したいことがあるんだけど?」
「ああ奇遇だな。俺もだ」
「ん? なんだい?」
「いや、ダンガから先に言ってくれ」
「そうか...で、俺たちって貴族さまの風習とか仕来りとか全然知らないから、どういうことか分からない事があってな...」
「うん」
「エマーニュさんが俺を助けてくれた時に着ていたドレスが、俺の血でべっとり汚れて酷い有様になってたらしいんだけど...そのな...エマーニュさんが二度と着られないほど汚れたドレスを浄化も洗濯もしないで、そのまま自分の部屋で壁に掛けてるそうなんだ」
「へぇー、なんでだろ?」
「いや、だから俺もなんでか知りたかったんだよ。なんか俺、エマーニュさんに失礼なことしたとか、俺に回復を掛けたのが原因で大切なドレスが浄化出来なくなったとか、そんなことだったら申し訳ないし...」
確かにあの時、ドレスを浄化しようとした姫様の手をエマーニュさんは断ったんだよな。
振り向いたエマーニュさんの表情はとても優しくて、だけど決意に満ちたような毅然とした雰囲気を纏わせてもいた。
あれは、どういう心の内だったんだろう?




