Part-3:竜の翼に乗って 〜 空からアスワン屋敷へ
エンジュの森を出てからは、ほぼ一直線に南西へ向けて飛び続け、途中の草原でアプレイスに銀の梟亭の料理とエールを振る舞ったりしながらのんびりと一泊して、二日目の午後には王都が望める辺りまでやってきた。
本当はちょっとだけ空から王都を眺めてみたい気持ちもあったんだけど、いくら不可視の結界があるとは言え今回は王都に降りる必要が無い。
用心して王都に近づくのは避け、湖がある北東の高台が見えたところで南に向きを変え、そのまま屋敷のある森を目指す。
「この辺りかライノ?」
「そうだ。王都から東に向けて田園の中を街道が走ってるのが分かるか? ドルトーヘンへ向かう道なんだが」
「ああ、割と真っ直ぐな一本道だな」
「その街道から南に見える森の方に向かって細い道が一本伸びてるだろ? すぐに木立の中に入ってしまうから空からだと見えづらいかもしれなけど...その森の中を南に向かう道の途中に屋敷への入り口があるんだ」
「と言うか屋敷は何処だよ? 直接そこに降りればいいだろ?」
アプレイスに聞かれて、わずかに小さく見える屋敷の辺りを指差した。
「ちょい左側の先の方だ。森の中に開けた場所があって、周りに牧場みたいな草地とか見えるだろ? 屋敷はその縁の辺りだ」
「...森しか見えんな...」
「マジか?」
「俺の目には眼下一面に鬱蒼とした森が広がってる。家とか草原とか、そういうのは一切見えない」
やっぱり、俺たちに招待されてないモノは入れ無いし見えないって事か。
いまのアプレイスは招待されてるけれど、逆に俺たちの方がアプレイスの結界に包まれてしまってるからな・・・
「一度でも屋敷に行けば、あとは視認して出入りできるようになると思う。とりあえず森の中を南に向かう道に降りられるか? 馬車がすれ違える程度の幅は有るんだけど」
「狭いけどなんとかなるかな? 左右の樹が少し倒れるかもしれんが」
「アプレースってドラゴンなのに目が悪ーい!」
「違うぞパルレア殿、大精霊の結界のせいだろ。ちょっと下に降りて結界に穴を開けてくれよ」
「アプレースが結界を消せばダイジョーブ」
「いや万が一にでも、村人なんかにアプレイスの姿を見られたら大騒ぎだろ。それに結界を消したらみんなが背中から落ちないか?」
「降りる直前に結界を消せばいーのよ。場所はちゃんと示せるから信じてー!」
「パルレア殿が言うならそれで行くか。でも俺にとっては茂った森のど真ん中に降り立つような感覚だからな? もし狙いを外してナニかぶっ潰しても怒らないでくれよ?」
「ダイジョーブ!」
「よし、じゃあパルレア殿が着地場所を教えてくれ」
「はーい」
パルレアはヒョコヒョコとアプレイスの頭の上まで行くと、そこに腹ばいでゴロリと寝そべった。
「じゃーねー、少しずつ左に向きを変えて...ストップ!」
「このままの向きで高度を下げればいいのか?」
「うん。下がって...もっと下がって...まだまだ...少し右! ここからゆっくり前に...もうちょい右!」
アプレイスがパルレアの声に合わせて飛んでいるけど、指示を完全に信用しているのが凄い。
あと少しでアプレイスの足先や尻尾が梢の先端を掠めそうな高さというか低さを飛んでるけど、むしろ俺の方がパルレアがギリギリで突拍子も無いことを仕出かすんじゃ無いかと不安になりそう。
まあ、森の大木よりもチョットだけ高いぐらいの高度だ。
この高さならイザって時でもシンシアを抱いて普通に飛び降りられるし、パルレアは飛べるから言わずもがな。
と言うかシンシアは、結界を消す話が出たときから俺の膝に乗ってガッシリとしがみついているから問題ない。
「ここで結界消して...はい! 真っ直ぐ下に降りてーっ!」
途端に周囲に巻き起こる風を感じて、翼の結界が消えたのが分かった。
アプレイスの巨大な翼は、魔力調整のために軽く煽るだけでも凄まじい風圧を産み出している。
そして数拍の後、俺たちを乗せたアプレイスは屋敷前の草地にふわりと降り立っていた。
++++++++++
「なんとも感動致しましたライノ殿。わたくしの人生には勇者様に出会えた事に匹敵する驚きなど、もうあるまいと思っておりましたのに...大精霊アスワン様に続いてドラゴン殿にまで、このように間近でお目に掛かれる日が来るとは!」
姫様が、なんとも言えない表情でアプレイスを見上げながら呟くように言う。
アプレイスには、わざと竜の姿のままでいて貰っている。
みんなに見慣れて貰うためと言うか、人化したときの飄々とした青年の『中身』がコレだと言うことを知っておいて欲しいと思ったからね。
みんなも降り立ったアプレイスの勇姿を間近で見ようと、続々と屋敷から出てきてここに集まってきた。
ダンガも杖を突いてはいるものの、片側をエマーニュさんに支えられながら自分で歩いてきている。
「じゃあ、みんなに俺たちの新しい仲間、アプレイスを紹介するよ」
「我が名はアプレイス。古き竜の末裔ガルゥエルスとストリアスの子にして勇者と共に歩むものなり。皆、これからよろしく頼む」
自己紹介の出だしはチョット重々しいけど、やっぱり最後はフレンドリーなのがアプレイスらしい。
「アプレイス、仲間達を紹介しよう。レティシア姫は前に話した通りシンシアの母親だ。隣が破邪仲間のレビリス、そしてウェインスさん、こっちはアンスロープの兄妹で、末の弟のアサム、姉のレミンちゃん、長兄のダンガだ。ダンガの隣がレティシア姫の従妹のフローラシアさんで、またの名をエマーニュさん。みんな、俺やシンシアと一緒に死地をくぐり抜けてくれた大切な仲間なんだ」
「ああ、皆さんの話はライノからおおよそ聞いている。これからのエルスカインとの戦いでは、我も微力ながら力を尽くすつもりだ」
「おっ、力を尽くしてくれるかアプレイス?」
俺が茶々を入れると、アプレイスがグイッと首をこちらに向けた。
「当たり前だ。って言うかライノに誓っただろ? 命に替えてもシンシア殿を守るってさ」
「おう...そうだったな!」
「だから、ライノは後のことは一切心配せずに戦いに赴いてくれよ。俺はここでシンシア殿を守ってるから」
「アプレイスさん、御兄様が赴く場所が私の行く場所ですよ?」
「はっはっはっ、知ってたさ!」
アプレイスが竜の顔で笑って答える。
このくらい馬鹿なやり取りでスタートすれば、みんなもドラゴン相手だと緊張しなくて済むだろう。
ついでにシンシアが微妙に乗っかって姫様に戦いへの決意を伝えた気もするけど、まあいいか。
「俺も皆さんの姿に合わせるとしよう、では失礼」
アプレイスがそう言うと、俺とシンシアにとってはすでに見慣れた感もある魔力の旋風が巻き起こる。
みんなは本能的に目を瞑ったり顔を覆ったりするが、一瞬後には若い男性姿のアプレイスが立っていた。
話には聞いていても、実際に見るのは初めてだから全員が驚いた表情だ。
「さすがに...凄まじい魔力が零れ出ているのが分かりますわ」
「あなたのような美しい方に迷惑を掛けてしまって申し訳ない。しばらくしてこの姿に馴染めば収まりますよレティシア姫」
そう言いつつ、優雅に貴族っぽい礼をしてみせるアプレイス。
「あら迷惑だなんて、そんなことはございませんわアプレイス殿」
よし、もう馴染んだな!
「してライノ殿、パルミュナちゃんは何処に? 革袋の中でおやすみでございましょうか?」
「ええ。まあ取り敢えず屋敷でお茶でも飲みませんか?」
俺が軽い調子で返事を戻したので、姫様が明らかにホッとした様子を見せる。
心配させてごめんなさい。
パルレアは着地と同時に自分から革袋の中に飛び込ました!
皆揃ってゾロゾロと屋敷に戻る。
ダンガの側にピッタリ付いてるエマーニュさんが心配そうな表情をして世話を焼いているけど、ダンガも歩く速度は遅いものの、特に苦しそうな様子は無い。
ほっと安心すると同時に、アンスロープの凄まじい回復力に舌を巻くな。
屋敷の玄関には、トレナちゃん達メイドチームが揃って待ってくれていた。
「いらっしゃいませアプレイス様。お帰りなさいませクライス様、シンシアお嬢様。使用人一同、無事のお戻りを信じてお待ちしておりました」
「ありがとうトレナちゃん。エルケちゃんとドリスちゃんも。俺たちのせいでみんなをここに籠城させちゃったからね。今度絶対に埋め合わせをするよ」
「とんでもございませんクライス様。留守宅をお守りするのはメイドとして当然の職務でございます」
「そう? でも出来るだけ早くサミュエル君に会いに行きたいでしょ?」
「はい、よろしくお願いしますクライス様!!!!」
トレナちゃんの返答の勢いが凄い。
なんというか熱のこもった返事だ。
すでに一ヶ月以上も婚約者と引き離されているんだから当然だよね・・・
 




