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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第五部:魔力井戸と水路
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<閑話:アサムの魚採り>


「ここらで一休みとするか」


兄貴がそう言うと、背負い子を降ろしてその場に座り込んだ。

街道から少し外れた草地は、側に綺麗な川も流れていて居心地が良さそうだ。

せせらぎがキラキラと光っていてるし、周囲の草も青々と茂ってる。

食べられる魚も獲れるかな?


そう言えば、どうして大きな街道って川沿いに有ることが多いんだろう?


いま俺たちが下ってきたような山あいや森の中ならいざ知らず、この先に広がる平原みたいな場所なら、道を真っ直ぐにした方が進む距離を短く出来るのに。

あ、いや逆かな。

川沿いに歩く人達が多いから、それが道になったんだ。

うん、きっとそうだろうな。


「兄さん、今日中に領境(りょうざかい)を越えますか?」

「うーん悩ましいところだよなあ...いまは陽が照ってるけど、この後は天気も崩れてきそうだし、たぶん夜までには雨が降る」

「きっと、そうでしょうね」


姉さんと兄貴が二人で街道の先に目をやった。

平原の上にはポコポコと小さな雲が浮かんでいるけど、曇り空と言うにはほど遠いかな。

この地方の雲はなぜか下側が真っ平らで、遠くから見ると空の上にお行儀良く並んでいるみたいで面白い。

俺たちが住んでいた森林地帯じゃあ、こんな形の雲は見たことがなかった気がするけど、あの可愛らしい形の雲がこれからどんどん増えてきて、合体して雨雲になるとか?


まあ良く分からないけど兄貴の言うことは大抵が正しいし、飛び抜けて鼻の利く姉さんも雨の匂いが近づいてることに気が付いてるのかもしれない。

俺には、近くを流れてる川の水の匂いしか感じられないけどなあ・・・


「ミルシュラント公国は通行税を取らないって聞いてるけど、ホントはきっと領主次第だと思うし、領境を越えるのに金を取られなくても街に入るときに入市税を取られるかもしれない。周囲の様子が良く分からない雨の夜に街に入るのは気が進まないなあ」

「市壁のある街なら、中では野宿禁止かもしれませんね」

「あり得るな」

「ねえ、それって強制的に宿代を払わされるって事だよね...」


それは厳しい。

って言うか絶対に嫌だ。

昨日は三人で『そろそろ次の街か村で路銀を稼ぐ手段を探さないと』って相談したばかりだ。

お金を稼ぐ前にむしられたんじゃ話にならないよ。


「領境を越える前に地元の人や他の旅人を見つけてその辺りの話を聞きたいな。でも、雨の夜は他の通行人も少ないだろうし、いても声を掛けにくい。今日は進むのを止めてこの辺りで寝るか...ついでに川で魚でも捕ろう」

「やった!」

「アサムって、本当に魚採りが好きよねえ...」

「だって姉さん、魚って美味しいじゃん!」


「それは美味しいけど、いつもアサムは食べることよりも採ることに夢中になってる感じがするもの」

「確かにな。俺も獲物を追うことが喰うのと同じくらいに好きだから分からんでも無いけど、アサムは狩人よりも川漁師の方が向いてそうだ」

「へぃへぃ」

「別にいいじゃないのアサム。川漁師だって立派な『猟師』だわ」


「まあね。ただ、いつも獲物を獲るだけじゃなくて育てられないかなって思うんだけどさ...猪や熊を育てて増やすって事は難しいだろ? でも魚だったら池さえ有れば村の中でも育てられそうじゃないか」


「ウサギや鴨なら育ててる家もあるだろ。それに大きさって言うか肉の量からすると猪並の魚なんて見たことないぞ? もしいても、池で育てられる様な代物じゃあ無さそうだしなあ」

「そんな凄いの考えてないよ! 小さいのを早く沢山育てればいいんだから!」


「そうね。とにかく新しい村の場所が見つかって、そこでアサムの考えてる様なことが出来る様になるといいわね」

「うん」

「とにかく今日は晩飯に魚を捕ってみるか。俺は上流側に行くからアサムは下流側に進め。レミンはここで荷物の番をしててくれ」


「分かりました兄さん。荷物は川の側にまとめておきましょうね」


三人でバラバラに分かれて、俺は下流に向かって歩く。

俺たちは上流側から歩いてきたから、この先の様子は知らない・・・とは言っても道じゃなくて川岸に沿って進むから、周囲の様子を知らないって点では、どっちにしても大差ないか。


兄貴は魚採りとか言いつつ、上流側の森に入って小さな魔獣でも探すつもりかな?


俺たちは村では狩人だったけど、余所の土地じゃあそうも行かない。

大抵の土地で、猪や鹿は免状のある地元の狩人しか獲っちゃいけないことになってるそうだし、鳥を捕るのに網を使うのは禁止とか、ウサギは一人が一日に二匹までとか、色々とうるさい決まりがあるらしい。

で、土地の決まりを破ると罪人になる。

それは恐ろしい。

良く分からないことには手を出さないのが賢明だよ。


そうなると何処の土地でも勝手に獲っていい獣は魔獣ぐらいって事になるんだけど、デカい魔獣が相手だと普通は逆にこっちが獲物にされてしまうからね!

ま、俺たちアンスロープは、それでもたぶん大丈夫だけど・・・


川沿いを歩きながら真っ直ぐで細い枯れ木を見つけ、それを狩猟刀で斬り倒して枝を払った。

先を尖らせれば即席の槍、というか(もり)だな。

何度か使えればいいんだからこれで十分。

ミルシュラントでは、誰でも・・・旅人でも・・・『銛か釣り竿』で自分が食べる魚を捕るのは合法だそうだ。

でも免状を持ってない人が『魚網』を使うのは禁止で、捕った魚を『売る』のも禁止らしい。


できるだけ川面に影を落としたり、石を踏んだ震動が水の中に伝わったりしない様に用心しながら魚のいそうな場所を探りながら進み、魚影を見つけたら静かに川岸ギリギリまで忍び寄る。

俺たちアンスロープは半分が魔獣の種族だから、気配を殺して音を立てない様に忍び寄るなんてお手の物・・・


流れてくる水に頭を向け、尾鰭を左右に振りながらツツッ、ツツッーっと僅かに動くだけの魚なんて止まっている的に等しい。

距離を測り、狙いを定めて一気に銛の穂先を突き入れると、手に震動が伝わってきた。


間髪入れずに銛を斜めに動かしつつ引き上げる。

木を削っただけの即席の銛だから、獲物が外れない様に(かえ)しの付いているちゃんとした銛先なんかじゃない。

穂先に逆向きの切り目を入れてササクレさせた引っかかりを作ってあるけど、それでも真っ直ぐに引き抜くとすっぽ抜けて、折角仕留めた魚を川に流してしまいかねないからね。


いや正直に言うとガキの頃は、そうやって大きな獲物を逃して何度も泣いたんだけどさあ・・・


大きくて脂の乗っていそうな立派な鱒だけど、地元にいる灰色っぽい鱒とは違って赤い斑点の混じった模様が綺麗だ。

だけど模様がどんなに違っても脂鰭もあるし、鱒は鱒。

きっと美味いはずだよ。

川辺に生えていた(つた)を切り取り、それを紐代わりに捕った鱒のエラと口に通して輪っかに結ぶ。

こうやって括っておけば、木の枝にでもぶら下げて楽に持ち運べるからね。


一匹を獲ると、周辺にいた他の魚は驚いて逃げてしまうから、また下流側に少し歩いて場所を変える。

それを何度か繰り返していくうちに五匹の鱒を仕留めた。

夕食に一人に二匹ずつとすれば、もう一匹、同じくらいの大きさの鱒を仕留めたいところだな・・・

だいぶ時間が経っちゃったけど、もうちょっと下流まで歩いてみるか。


そう思って踏み出したとき、少し先になにかがいる気配に気が付いた。


魔獣か!?


いまの俺は血と水を滴らせている大きな鱒を五匹もぶら下げて、辺りに魚の匂いを撒き散らしているから、匂いに気付いた魔獣が寄ってきても不思議じゃない。

だけど、その気配はこちらに寄ってくることもなく、一カ所に留まっている様子だ。

それに、最初は魔獣かと思ったけど人族の様な気もする。

一応、何かあったら銛をいつでも突き出せるようにだけ気を配って鱒を持ち直し、気配のする方に近寄っていく。


しばらく歩いて曲がりくねった川を越えた先に見えたのは、街道脇に停まっている一台の古びた幌付き荷馬車だった。

そして岸辺には一人の女の子。


その女の子も、とうの昔に近寄ってくる俺の気配に気が付いていたらしく、岸に立って真っ直ぐにこちらを向いていたから、見つけた瞬間にお互いの目が合った。

粗末な白い服を着た小柄な女の子だ。

まだ少し幼い感じが残っているけどエルフっぽい顔立ちで可愛い。

色白で髪の毛も真っ白。

そして頭の上には、ぼやけた斑紋が浮かぶ一対の丸い獣の耳・・・


おおっ! この子はきっと俺たちとは別の獣人族、たぶんエルセリア族だな!


「だれ?」

その子が俺に向かって不安そうな声を向ける。


「ただの旅人だよ。ここの上流で夜明かししようと思って、晩飯にする魚を捕ってたんだ」

そう言って、捕ったばかりの鱒を持ち上げて見せた。

「さかな!」

その子の着ている頭陀袋の様なワンピースの裾が急にはためいた。

服の下で、長い尻尾が急に動いたらしい。


無意識に鱒に反応したんだな?


「鱒って魚だ。塩をたっぷり振って焼いて食うと美味いんだよ」

「美味しそう」

「俺たちはミルバルナから来たアンスロープだよ。訳あって兄妹で旅をしてる。俺の名前はアサムって言うんだ」

「そうなの? あたしはリリア。行商の途中で一休みしてたの」


この子の目が鱒に釘付けになってる気がする・・・

ともかく、荷馬車の向きからして俺たちの前を進んでいたらしい。


「あの荷馬車だね。これからこの先の領境を越すの?」

「うん」

「そこの領境って、通るときに税金とか取られる?」

「取られない。行きも帰りも。ミルシュラント国内は通行税を取るのは禁止だって聞いてるの」

「街に入るのにも税金は掛からないのかな?」

「入市税のこと? それもミルシュラントの街ではほとんど取られないって言ってた。あたしたちも、これまでに一度も払った事が無いと思うの」


「そっか、助かったよ。教えてくれてありがとう」


このリリアと名乗った少女の視線がどうしても気になってしまう。

鱒、美味しそうだもんな・・・


逡巡していると、荷馬車の方からおじいさんっぽい男性の声がした。

「おーいリリア、そろそろ行くぞぉ!」

「はーいっ!」

そう答えてリリアちゃんは荷馬車に向けて手を振った。


「じゃあ行くね、えっと、アサム君」

「あ、その、リリアちゃんは、あのおじいさんと二人で旅してるの?」

「そうだよ」

「そっか...だったら、これ持って行きなよ。二人で食べるといい」

そう言って二匹の鱒をリリアちゃんに向けて差し出すと、またワンピースの裾がはためいた。

売るんじゃなくてタダであげるんだったら合法なはずだよね。


「えっ、いいの?!」

「いいよ。俺たちは三人だから、ちゃんと全員の分がある」

「ありがとう、嬉しい!」

「税金のことを教えてくれたお礼さ」

「うん! ありがとう!」


リリアちゃんが目をキラキラさせながら魚を受け取ってくれた。

二匹の魚を持って荷馬車の方へ駆け出したけど、一度途中で立ち止まって俺に手を振ってくれる。


やっぱり渡して良かった。

今日の晩ご飯は鱒が一人一匹、追加は兄貴が獲ってくるはずの分を期待するとしよう。


真っ白なリリアちゃん、また会えるといいな。


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