ノイズを出す魔道具
しばらく石つぶてを地面に撃ち込み続けていると、俺の足にも僅かな振動が伝わってきた。
慌てて樹上に跳び上がり、少し離れたところから地面めがけて石つぶてを撃ち続けると、見ている前でその辺りの土が崩れ落ちて、大きく開いたウォームの口が現れた。
地面に出てきたウォームの口は、本当に花が開くように八方に広がっていてデカい。
もしも、あの位置に鹿の親子でもいたら、あっという間に飲み込まれていたかもしれない。
ウォームは獲物がいる場所まで魔法で土を溶かしながら静かに上がっていき、地面ギリギリのところで一気に表土ごと獲物を飲み込むのだ。
狙われた獲物にしてみれば、立っていた大地がいきなり崩れ落ちて奈落に落とされたって言う感じだろう。
まあ、落ちる先は奈落じゃ無くてウォームの胃袋だけど、残念ながら今回、ウォームの胃袋に収まるのは俺が生成した石つぶてだけだ。
ウォームが口を閉じる前に、素早く熱を奪う魔法を叩きつけて口を凍らせる。
パルレアも俺の狙いが分かっていて、即座に熱魔法を同調させた。
出てきたウォームは地面で大口を開けた状態で凍らせられてしまったから、八方に開いた口蓋が引っ掛かって地下に引っ込むことが出来ない。
「よし、そのまま冷やして動きを止めてくれ!」
「まかせてー!」
パルレアが元気よく返事をしてウォームの体内から熱を奪い取っていくと、地下に逃げようとジタバタしていたウォームも、すぐに動かなくなった。
このウォームも今日は前後両側から凍らされて凍えさせられて、不運なことだな。
「よし、それでいい。後はノイズを出す音の魔道具を付けよう」
「また牙に埋め込む?」
「いや、このロープを括り付けて、その後ろにぶら下げる」
「へー」
こちらの魔道具はウォームの身体に直接埋め込むんじゃ無くて、少し離れた場所から追い立てるように動かす必要があるからね。
ウォームの口蓋にオリカルクムのナイフで小さな穴を開けて革袋から出した麻のロープを通し、長い長いロープの反対端にシンシアが作った音を出す魔道具を括り付けるという寸法だ。
シンシアには取り付け方を説明して、音を出すノイズ魔道具を『とにかく丈夫に』作って貰ってある。
ノイズ魔道具を括り付け終わって待つことしばし、やがて口元の凍結が溶けたウォームはごそごそと地下に潜っていった。
そのままだったら、いったん水平地点まで戻ってからまた西に向けて前進を再開したのだろうけど、俺はウォームの頭が降りきった瞬間に穴の中にノイズ魔道具を放り込んだ。
さて上手く行くかどうか・・・
縦穴を覗き込んでいる俺の耳にも魔道具が出す耳障りな音が響き始めると、ウォームの頭が逆方向に引っ込んでいく。
ウォームの頭が見えなくなったところで穴の底に飛び降りて指先に明かりを灯すと、ずるずると東に向けて進んでいくウォームと、長いロープに引っ張られていくノイズ魔道具が見えた。
成功だ!
< シンシア、ノイズ魔道具を取り付けたよ。ウォームは東に向けて戻り始めたから、しばらくすると、その縦穴の真下を通るはずだ >
< はい、分かりました! 探知魔法で動きを追ってみます >
< 穴から少し離れた場所にいてくれよ。穴の中を覗き込んでいなくても、通り過ぎればノイズ魔道具の出す音で分かるはずだから >
< そうですね! >
撤退するウォームから少し時間を空けて、俺とパルレアは地下のトンネルを元来た方向に歩き始めた。
ウォームの掘った地下トンネルは滑らかで足下も整ってるから歩きやすい。
地上の鬱蒼とした森を歩いて戻ると二倍くらい時間が掛かりそうだな。
「生臭ーい!」
「そりゃあ、たったいまウォームが通ったばかりだからな。俺はピクシーみたいに飛べないんだから、こっちの方が早く歩ける」
「えー、めんどー...」
「俺の肩に座っていて言うセリフか、それ?」
++++++++++
また一刻ほど歩いてシンシア達と合流し、最初の縦穴に寄ってもう一つノイズ魔道具を放り込み、さらにシンシアにはトンネルの底に音を出す魔法陣も刻んで貰った。
これで、もしも別のウォームがトンネルを通ってやってきたとしても、音に気付いた辺りで引き返すはず・・・
途中でも探知魔法でウォームの位置を探ってみたけれど、一目散に東に向かって進んでいる様子だから、ノイズ魔道具に追い立てられていると考えて間違いないだろう。
「これでピクシーの人達も大丈夫ですよね御兄様?」
「ああ、元々あそこでウォームに鉢合わせしたこと自体がイレギュラーだからな。東から森に流れ込んでくる魔獣が減って、山のエルクや鹿をウォームにむさぼられる心配が無くなれば、コリガンもピクシーもこれまで通りに暮らせるはずだ」
「それにライノが例の手紙箱を族長達に渡してあるんだろ? 何か困ったことがあったら連絡してくるだろうさ」
「俺とパルレアとシンシアは、普通なら屋敷からここへ転移で跳べるはずだしな。今はアプレイスが一緒にいるから控えたいけど」
「そうですね。まずは屋敷に戻って、アプレイスさんと一緒に転移することに問題ないか、出来るだけ近くで試してみましょう」
「んー、それこそ屋敷の庭で試してみればいーんじゃないかなー?」
「そうだな。ただの実験ならそれでいいか」
コリガンの里に戻るために岩場に降りてすぐ、姫様にはウォーム退治が上手く行ったことを知らせる手紙を送っておいたから、向こうもあと二〜三日で俺たちが戻ってくると予想しているはずだ。
明日にはこの里を出て、アプレイスの翼で屋敷に向かおう。
ちなみにピクシー族と出会って以来、あの岩場はピクシーの狩人とコリガンの狩人が共同で一日中警備してくれているらしい。
さらに先ほどはウォーム退治の成功を聞いて喜んだラポトスさんがやってきて、是非ともピクシー族主催で宴会を開かせてくれと懇願されたのだけど、それはアプレイスの忠告で見送らせて貰うことにした。
「だってライノ、ピクシー族達の狩りは小物専門なんだぞ?」
「うん、この前それは聞いたよ」
つまり肉の量が少ないって事かな?
「果実や木の実はいいけどな。肉はつまり小動物の肉って事だ。シンシア殿はリスとかムササビとかモモンガとかネズミとかイタチとか、そう言う類いの肉でも平気なのか?」
「あー...それはちょっと」
「だろ? どうしてもって言うなら茸とか植物系の材料だけピクシーに出して貰って、肉類とかはコリガンに調達して貰うか、ライノの革袋から出した方がいいんじゃ無いかな?」
「うん、アプレイスの言うとおりだな!」
と言う訳で宴会は合同開催ということにして貰い、キャランさんに気が付かれる前に革袋から大量の食材を出してコリガンの世話係に渡しておく。
その時にパルレアが、件の仮縫いをした衣装の仕上げだと言ってピクシーの女性に連れ去られていたのだけど、宴会が始まる前にしっかり新しいドレスを着て戻って来た。
他のピクシー族の女性も着ている系統の意匠ではあるけれど、淡くて、清楚で、なんというか幻想的な雰囲気さえ感じさせる美しいドレスだ。
仮縫いの時に貰ってきたシンプルなワンピースとは真逆で、つまり、明らかに野良仕事をするような服じゃあない。
凜とした美少女なパルレアの雰囲気に最高にマッチしていることも事実で、チョットだけ大精霊らしい荘厳ささえも感じてしまう。
サイズは小さいけど。
「なんだか凄く手の込んだドレスだなパルレア。たった二日でそこまで仕上げるなんて、ピクシー族の手芸も相当なモノじゃ無いか?」
「えーっとコレはねー、たまたまた作りかけてた衣装があったから、それをアタシ用に手直ししてくれたんだってさー」
「そうなのか? それにしては、かなり豪華なドレスじゃないか?」
「うん、ホントーは花嫁衣装なんだって!」
「はあ!?」
「だから、ピクシー族で今度結婚する人がいて、その人の衣装を作りかけてたんだけど、丁度アタシとサイズが合いそうだからって譲ってくれたのー」
「いやいやいやいやパルレア、それはマズいだろうっていうか良くないだろう。その譲ってくれた人は辛い思いしてるんじゃないのか? 返してきた方が良くないかな?」
結婚式の衣装と言われてみると、造りの良さにも醸し出す雰囲気にも納得だけど、さすがにそれを横取りするのはよろしくない。
ピクシー族としては先日の件もあってパルレアのご機嫌を取りたい気持ちがあるんだろうけど、それで悲しい人が背後にいるのは俺も嫌だ。
「うん。で、コレ持ってきてくれたのは、その結婚する本人なのー。最初アタシも悪いからって断ったんだけど、どーしても受け取って欲しいからって押し切られちゃった!」
「おー...そういうことなのか...」
「もう作り直したって言うし、あんまし拒否するのも却って悪いかなーって思って受け取ったんだけど、やっぱりお兄ちゃんは返した方がいーと思う?」
「いや、そういうことなら別だな。ご機嫌を取るための貢ぎ物じゃなくて、気持ちのこもった贈り物なら有り難く受け取る方がいいよ」
「あー、その人も似てる事を言ってたー!」
「そうなのか?」
「アタシがさー、『この服の御礼は何がいいかなー?』って聞いたらね、何もいらないし絶対に受け取らないって。だって対価を受け取っちゃうと贈り物じゃなくって貢ぎ物になっちゃうから嫌なんだってさー」
「なるほど...じゃあ感謝の気持ちと嬉しさを沢山伝えような?」
「うん!」
出会い頭の行き違いが有ったからとは言え、俺は正直ピクシー族をちょっと軽く見ていたんだと思う。
本当にごめんなさい。
それにしても偶然エンジュの森に降り立って以来、予想外に怒濤のような数日間を過ごしたもんだな。
ドラゴンを捕らえる罠を破壊して、パルミュナとクレアがパルレアとして復活、さらにウォーム退治までと・・・今はまあ、全てに一応の解決を見てほっと一息というところだ。
これでようやく兄妹一緒に晴々とした心持ちで屋敷に帰る事が出来る。




