探知魔道具の埋め込み
動かなくなったウォームに近づいて指先に明かりを灯し、慎重に観察する。
俺たちのプランとしては、このウォームを元来た方向・・・恐らくはレンツの方へと追い返したいわけだから、こちら側の口に雑音を出す魔道具は取り付けられない。
とは言え、せっかく大口を開けて固まっているのだから、こちら側には探知魔法の魔道具だけを取り付けさせて貰おう。
口内の縁に無数に生えている牙の中から、一番奥の方に小さく頭を出している物を選んで、その根元に土魔法で慎重に穴を開ける。
これもさっきのパルレアの熱魔法と同じように『産み出す』方じゃ無くて、『消失させる』方の力だ。
つまりはソコにある物質を削り取って穴を掘る土魔法と言っていい。
牙の根元がシンシアの作った探知魔法の魔道具が収まるくらいの深さに掘れたら、慎重に魔道具を牙の中に開けた穴に収め、革袋から出した魔銀を溶かしながら魔道具の周囲へと充填していく。
言うまでもなく魔銀は魔法を通す性質があるのだから、これで魔道具を密閉しても機能に問題はない。
まるで歯の治療だ。
なんだかウォームの治癒士になったみたいな気分だな・・・
「痛かったら言って下さいねー」
「え、なーにお兄ちゃん?」
「独り言だ、気にするな」
「あ、そう...」
さらに牙の根元にも魔銀をコーティングして、ウォームが激しく口を動かしても魔道具がこぼれ落ちたりしないように念を入れる。
牙をすっぽりコーティングし終わると、その一本だけがアクセサリーのようにキラリと光った。
「なんかオシャレー!」
「ウォームの口の中を覗き込む奴なんていないだろうけどな」
「なんで、奥の方の小っさな牙に埋め込んだの? 手前の大きな牙の方が丈夫そうなのに」
「ああ、この手の獰猛な生き物ってのは牙が生え替わっていくことが多いんだよ。その時に、外側の牙が抜け落ちると順繰りに奥の牙が前に出てくる」
「そーなんだー!」
「だから、前の大きな牙ってのはそれだけ残り寿命が少ない。出来たばかりの奥の牙の方が長い間保てるだろうから、そっちに埋め込んだのさ」
「すっごーい! お兄ちゃん物知りー!」
「ありがと。魔獣じゃ無くても、海に住むサメっていう獰猛な魚なんかも似たようなもんだぜ」
「へー。で、もう一個の魔道具はどーするの?」
「あっちは逆側に付ける必要があるからな、向こう側の口に行かないと」
「えーっ、コイツのお腹の中を通っていくなんて防護結界あっても絶対ヤダ!」
「誰もそんなことするとは言ってないだろ。って言うか、もしそうするならパルレアは革袋に潜り込むに決まってる」
「まーねー」
「とにかく、いったん地表に出よう」
ただ、縦穴まで歩いて戻るのも馬鹿馬鹿しい。
ウォームの口元から少しだけ後ろに下がり、天井に向けて土魔法を放つ。
この消失版土魔法で穴を掘ると魔力は相応に消費するものの、『掘った土のやり場に困る』と言うことが無い。
更には天井に向けて上向きの穴を掘っていても、落ちてくる土くれを全身で被り続けるという状態にならなくてすむのが最高だな。
今日は朝から魔力の濃いトンネルの中にいっぱなしだから、シンシア謹製の魔力収集装置もいい具合に働いている。
あっという間にお手製の縦穴を掘り終わり、ぽっかりと小さく丸い空が見えた。
俺がジャンプして飛び上がるには十分な幅が有るけど、ウォームの身体の直径からすると半分くらいだから、この穴を通じてウォームがそのまま出てくることは出来ない。
出たければ自分で掘り直してくれ。
「先に上を見てくるねー!」
「気を付けてな!」
パルレアがすーっと飛び上がって、穴から地上に出て行った。
さほど待つことも無く舞い降りてきて地表の様子を教えてくれた。
「えーっとねー、古い森の中! 大きな木が一杯生えてて苔むしてる感じ?」
「じゃあアプレイスが降りてくるのはきつそうか?」
「ちょっとねー。周りの樹がバッキバキにへし折れそー」
「それは...狩人の見てる前でやらせる気にはならんな。まあいい俺たちだけで片付けよう」
「うん!」
取り敢えずジャンプを繰り返して地表に上がり、指通信でシンシアを呼び出す。
< はい御兄様 >
< ウォームを見つけて無事に探知魔法を埋め込んだよ >
< さすが御兄様です! >
< いやまあ...これからノイズの魔道具を取り付けてみるけど、探知魔法で俺のいる方向を探して、そっちを向いてくれるか? >
< はい。えーっと...いま御兄様がいる方向に正面を向けて立ちました >
< 太陽はそこからどの位置にある? >
< え、太陽? そうですね...御兄様に向いて真っ直ぐ伸ばした線から少し右側に寄った感じで、線と太陽との間に満月で二つ分の隙間があるくらいです >
相変わらずシンシアの説明は的確というか聡明というか・・・
< 分かりやすい説明だよシンシア、ありがとう >
< いえ、お役に立てれば >
< じゃあノイズの魔道具をウォームに取り付けられるかやってみる。また連絡するよ >
< はい、私は探知魔法が上手く動くかどうか確認してみます! >
梢の向こうに見えている太陽に身体を向けて、その左側で月二つ分くらいの隙間を取ったところに心の中で線を引く。
森の木々の間を抜けるラインをしっかりと自分の中にイメージ出来たところで、身体の正面をその線に向けた。
トンネルの中にいた時の方向感覚とほとんどズレていないから、これで大丈夫だろう。
「パルレア、悪いけど俺の真っ正面に向けて少し飛んでくれるか? ここから俺が歩いて三百歩くらいの距離が目安だ」
「りょーかーい!」
パルレアが時々俺の方を振り返って向きを確認しながら木立の中を飛んでいく。
いったん上空に上がって向きと距離だけ確認した方が楽なのだろうけど、ピクシーはあまり高く飛べないのだと聞かされた。
ここまで案内してくれたピクシーの狩人が言うには、基本的に森の梢より高く飛ぶことはないし、なんであれ周囲にある物体より高く飛ぼうとすると相当な魔力を消費するのだそうだ。
だからピクシー族が鳥のように大空を舞うって姿は滅多に見られないらしい。
どういう理屈か良く分からないけど、魔法の使い方に起因する話なんだろうな・・・
「お兄ちゃん、アタシが見えるーっ?」
森の向こうでパルレアが大きな声を出した。
ほとんど木立に遮られてはいるけど、辛うじてパルレアの着ているワンピースがチラチラしているのが分かるな。
ちゃんと俺の真っ正面にいるようだ。
「おう、大丈夫だ。俺が行くまでそこでじっとしててくれ!」
「はーい!」
革袋から取り出した帆布を、穴の脇に貼りだしている木の枝に目印として括り付けてから、パルレアが待っている場所に向かう。
岩と太い木の根で地面が激しくでこぼこしている上に苔むしていて、とてもじゃないが真っ直ぐには進みにくい。
飛べるパルレアに手伝って貰わなかったら、真っ直ぐな線を追い掛けるだけで一苦労だったろうな。
「お兄ちゃん、おつかれー」
「さすがにこういう場所は、飛べるピクシー族の方が有利だな!」
「でも、普通に地面を歩いてたら、ピクシーの足じゃ他の人族には置いてきぼりになっちゃうもん。逆に飛ぶしかなくない?」
「それもそうか。歩幅が圧倒的に違うもんなあ」
「ねー」
ピクシー族が森の中に隠れ住んでいるのは、こういう理由もあるか。
協調性云々は関係なく、衣服や食べ物、住居や集落に至るまで、物理的に他の人族と都合を合わせることが一切出来ない訳だ。
まあ、他の人族と一緒に暮らすのは子供エルフサイズのコリガン族が限界だろうな・・・
それはともかく、師匠の図版に乗っていたウォームの説明によると長さはおよそ二百歩程度だと言うことだから、この辺りならウォームの反対端を通り越しているハズだ。
「お兄ちゃん、こっからウォームの頭を狙って掘り出すの?」
「掘り出す必要は無いんだよパルレア。自分で動いて貰えばいいんだから」
「へ?」
「やってみてダメなら他の方法を考えるさ」
まあ『他の方法』というのは、自分に防護魔法を掛けてウォームの腹の中をくぐり抜けていくって事だけど・・・
周辺で一番開けてる場所に移動し、恐らくウォームの頭がこちらを向いているであろう方角に向けて、手の平に生成した石つぶてを地面にぶつけてみる。
武器として使うときのような威力じゃ無くて、重くコツコツと打ち付ける程度、イメージとしてはエルクの親子が歩いているような規則的な振動を心がける。
つまり、そろそろ解凍が溶けて動き始めたであろうウォームを、餌が沢山いると誤認させた振動でおびき出そうという魂胆だ。