ウォームの存在
「ただし俺が知る限り、ウォームは北部ポルミサリアで目撃されたことは一度もない。南方大陸の乾燥地帯にしか住んでないはずだ。俺も自分の目で見たことはないけれど、絵図や記録は沢山残っている」
なにしろ師匠が手に入れた魔獣の図版本にもコイツは載っていたからな。
「そうなのか...で、その虫って言うか、ウォームの場合はどうすればいいんだ? 俺がドラゴン姿に戻ってそいつに言って聞かせればいいのか?」
「いや、ウォームは会話が出来るような相手じゃ無いよ。ただただデカくて凶暴な虫だからな。そこに行って討伐するしか無いだろ?」
「なんか触りたくないモノの気配がするぞ」
「贅沢言うな」
「でも、魔獣がこの森に入ってくるのは抑え込めるようになるだろうし、そっちは放っておいちゃダメなのか?」
「ピクシーの一族がそれまで持つかどうかってこともある。さっきキャランさん達にも話した事だけど、魔力井戸を潰したことで魔獣達の縄張りが元の鞘に収まるまでどの位掛かるかは分からないからね」
「えー、お兄ちゃんを蹴っ飛ばしたような奴、助けなくってもいーじゃん?」
いきなりパルレアがとんでもないというか、大精霊らしさの欠片もない言葉をぶっちゃけて、俺は絶句した。
「おま! もう話が決着してることを蒸し返すんじゃ無い!」
「だってさー」
「だってもへったくれもあるか!」
これはアレか、パルレアに早速ピクシーの姿による影響が出てきたのか?
この突拍子も無い発言がピクシーらしさなのか?
正直、こういう方向性は予想外だぞ?
座ってるピクシー族たちの顔が本気で真っ青だ。
以前のパルミュナだったら頭でも軽く叩いていたところだけど、いまのボディサイズではそういう訳にもいかない。
頭を撫でるのさえ、おっかなびっくりなんだからな。
「まあ座れパルレア」
妹として心の底から愛していることと、人というか精霊だろうがなんだろうが口にして良いこと悪いことは別である。
例え悪戯心でも、さすがにこれは放置できない。
パルレアも俺の声のトーンを感じ取ったのか、自主的に肩から降りて俺が指差した床に正座した。
「いいかパルレア、まず自分の立場を弁えろ。お前は勇者の妹で仮にも大精霊なんだぞ? お前が冗談のつもりで軽く口にしたことでも、相手によっては重く受け止めるしかないって事もあるんだ」
「う、うん」
「だから口を開く前に、まず自分が相手からどう見られてるかを考えろ。お前のことを単に俺の妹として認識してる相手になら、ぶっちゃけ何を言ってもいいよ。俺はどんな時でもお前の味方だし、お前を守るから」
「うん」
「でも大精霊だと知ってる相手や、コリガン族やピクシー族の様に精霊の気配に敏感な、森の民みたいな相手にそれはダメだ。相手によってはお前の言葉を絶対だと考えてしまうし、お前だけじゃ無くてアスワンに迷惑を掛けることになるかもしれないだろ?」
「うん...」
「だから、その言葉で無関係な誰かが苦しんだり悲しんだりするかもしれないかどうかを、まず考えてくれ。そして、もしそう思ったら口には出すな。いいな?」
「はい...ごめんなさいお兄ちゃん」
「分かったならいいんだ。愛してるよパルレア。不安にさせたラポトスさん達にもちゃんと謝ろうな?」
「うん」
パルレアは正座したまま向きを変えてピクシーの一行に向き直り、可愛く頭を下げた。
「みなさんに酷いこと言ってごめんなさい」
「滅相もございませんっ!!!」
ピクシー全員のシンクロ率が凄い。
ハモるというよりも合唱の勢いだし、同席しているキャランさん達も目が点になっている。
「大精霊パルレア様! 事の発端、悪いのは儂なのでございます!」
「まあラポトスさん、この話はこれで終わりと言うことで。それでウォームのいた場所というのはここから遠いんですか?」
「はっ! いえ...ピクシーの狩人が半日で行ける場所でございます。しかし、その勇者様...先ほど森に入ってくる魔獣を抑え込めるようになったと仰っていたのは、どのような意味でございましょうか?」
そう言えばピクシー族にはそもそも説明してなかったな。
「細かな話は後でキャランさんにでも聞いて欲しいですけど、俺たちは昨夜、この森に魔獣が増えだした元凶を取り除いてきました。だから恐らく森をうろつく魔獣は今後減り始めるはずです」
それを聞いて、ピクシーの一行はまた全員が床にひれ伏した。
「なんと! 儂はエンジュの森すべての恩人にあのような態度を...」
「いや、それはもういいですから!」
放っておくと延々と繰り返してしまいそうだ。
ともかく、このウォームの話はナニか凄く嫌な予感がする。
これがエンジュの森だけの話じゃ無いと、心の奥で警報が鳴ってるんだよ。
まず問題なのは、ピクシーの狩人に目撃されたウォームらしきモノが、本来は北部ポルミサリアに生息していない魔獣だって言うことだ。
以前ギュンター邸に現れた『犀』の魔獣だって、シンシアの情報によると南方大陸にいるはずのものだった。
となるとこのウォームも、エルスカインがどこからか連れてきたという可能性を考えるのが妥当だろう。
「シンシアは分かってると思うけど...」
「はい御兄様、犀の魔獣と同じですね?」
「そういうことだ」
「サイ? なんだそりゃ?」
「ウォームと同じ南方大陸に住む魔獣で北部ポルミサリアにはいない。俺とパルレアとシンシアは、少し前にミルシュラント国内でそれに襲われたことがあるんだよ」
「つまり、例の誰かさんが遠くから連れてきたって訳か?」
「多分な。方法は分からないけど」
「海の向こうってなると、ドラゴンでも休憩なしで飛ぶのはちょっと躊躇するな。それに犀は知らないけど、リントヴルムと違ってミミズは空を飛べないだろ?」
「だよなあ。犀も飛べない。どうやって持ち込んだのやら...」
「でかい船だろ?」
「ああ、まあそれが妥当か」
生きてる犀の魔獣だのウォームだのを荷物として乗せてくれる貿易船があるかは甚だ疑問だけど、それよりも不可解なのは、エルスカインはわざわざウォームをここまで連れてきて何をさせていたのか?って事だ。
このエンジュの森は人里離れた僻地で、魔力は濃いけれどレンツの井戸程じゃあないし、大結界の範囲からもかなり離れている。
ピクシーの狩人がウォームに遭遇したのは偶然みたいなモノだろうし、この森のコリガンやピクシーをどうのこうのするために、わざわざ南方大陸から連れてきた珍しい魔獣を森に放つなんて間尺に合わなさ過ぎるからな。
なにかここでやらせたいこと、ここで無ければいけないことがあるのか・・・
「まあどこからどうやって連れてきたかはライノとシンシア殿が後で考えるとして、魔獣使いの配下にあるなら放っておく訳にもいかないか。とりあえず、どうするのがいいんだ?」
「そうだな、アプレイスが炎のブレスでバシュッと燃やし尽くすとか?」
「馬鹿言うなよ、コリガンの住んでる森で炎を吐けるわけ無いだろ!」
「まあそうか」
「ったく。もしも森が燃えたりして、それが姉上にバレたら俺がどんな目に遭うと思ってんだ?」
「エスメトリスにお仕置き喰らって回復されて、またお仕置き喰らって回復されて、またお仕置き喰らって回復されて、彼女が納得するまでずっとそれの繰り返しとか?」
「しれっと恐ろしいことを言うなよライノ!」
「冗談だってば」
「あの...普通に御兄様が斬って成敗することは出来ないのですか?」
「まず地下にいることが多くて見つけ辛いそうだけど、地上にいてくれれば討伐出来ると思う。ただ、凄く斬りにくい相手らしいけどね」
「とても硬いんですか?」
「いや逆。身体が柔らかくてグニョグニョしてて、表面がヌメヌメでネバネバしてるから刃が通りにくいそうだ」
「うわあ...ますます触りたくないな!」
シンシアも頭の中で姿を想像したらしく、なんというか微妙な表情をしている。
「基本がミミズみたいなもんだからな。でも別にアプレイスに掴み合いで格闘しろとか言うつもりはないよ」
「じゃあどうするんだ?」
「燃やしにくい斬りにくいと言っても、地上に出てきてくれればなんとでもなるんだけどな...そもそも地下に隠れられると、石つぶてを撃つのも熱魔法で焼くのも難しいしちょっと難儀かな」
地下で片付ける方法を考えるか、なんとか地上におびき出す方法を考えた方が良いのか・・・