それは地竜なのか?
あー、俺も迂闊だったなあ・・・
でもまさか、周囲に本物のピクシー族がいて耳をそばだててるなんて思っても見なかったんだもの。
・・・って言うか、知ってたなら教えてくれよアプレイス!
「どうするライノ?」
「なんでそこで俺に振るんだよアプレイス!」
「いやだって、こいつらが無礼を働いたのはライノにだろ? だからライノが許すか許さないか、って事になるんじゃ無いのか?」
「そもそも別に怒っちゃいないよ」
「マジか?」
「マジだ。あの件は俺の発言にも非がある」
「おい勇者ってなんでそんなに心が広いんだ? 挨拶もせずに威張り散らして頭に蹴りを入れて来るような奴、もしも昔の俺がライノの立場だったら集落ごとブレスで灰にしてるぞ?」
土下座したままの一行が、明らかにビクッとしたのが分かる。
「でも、いまのお前は違うだろ?」
「そりゃあまあ...」
「で...ラポトスさんでしたっけ?」
「は!」
「まずはソレを止めて普通に座って下さい。後ろの皆さんもです」
「しかしあのままでは、さすがに申し訳が立ちませぬ」
「怒ってないのは本当ですよ。ま、種族が違うゆえの誤解って言うか、出会い方が悪かったって事で良いじゃ無いですか?」
俺にしてみればその存在すらちゃんと認識してなかったほど、森の奥に籠もってひっそり暮らしてる人達なんだし・・・
「では、本当にお許し頂けるので?...」
ラポトス氏が恐る恐るという雰囲気で少しだけ顔を上げる。
「ほう、ピクシーは勇者が嘘をつくと考えるのか?」
「滅相もありませんっ!!!」
「やめろってばアプレイス」
「ちょっと冗談」
「ったく...で、謝罪の方はもういいから本来の目的を教えて下さい。あの岩場でアプレイスに...ドラゴンに会いに来たのは、なにかピクシー族として相談したいか頼みたいことがあったからなんでしょう?」
「...勇者様のご賢察の通りでございます。実は十日ほど前に一人の狩人が南の山に向かったのですが、一匹の獲物も仕留められずに逃げ帰って参りました。しかも手ひどい怪我を負っておりました」
「狩人が怪我を? デカい魔獣でも相手にしたんですか?」
「ライノ、ピクシー族が狩るのは普通の獣たちだけだよ。魔獣は幻惑が効きにくいからな」
「なるほどね」
そうだな・・・魔獣達は人族とは違って魔法耐性も高いか。
まあ大精霊に言わせると、理から離れつつあるのは人族の方らしいけど。
「ドラゴンさまの仰るとおりでございます。我らにはコリガン族のような俊敏さも無く、また重い獲物を集落まで持ち帰る膂力もございませぬ。人族の中では身体も小さく、このエンジュの森のように魔力の濃い場所に暮らしておりますれば、それほどの食料を必要ともしないので、日頃は小さな獣を狩りつつ森の恵みを口にしておれば生きていけるのでございます」
「小物狙いなら尚更かな。だけど、最近のように外の森からデカい魔獣が入り込んでくるようになったら往生していたのでは?」
「はい。日頃は危険な相手を見つけたときには姿を隠してやり過ごしておりましたが、最近のように森をうろつく魔獣が増えてくると安心して狩りに出ることも出来ません。それで、少しは魔獣の少ない南の山へと向かうようになっていたのですが...」
ラポトス氏はそこで一息入れてアプレイスの顔を見た。
「そこで狩人は地を這う長い竜に出会い、突然それに攻撃されたと言っておるのでございます」
おっと! それはピクシーがドラゴンに襲われたって事なのか?
確かにアプレイスはドラゴンとの盟約を結んでいるのはコリガン族だけであり、ピクシーはコリガンと仲がいいからおまけで許容しているだけだと言っていた。
でも、かと言ってドラゴンが積極的にと言うか、理由も無くピクシーの狩人を襲うなんて事も、ちょっと考えづらい。
それに『地を這う長い竜』っていうのも引っ掛かるな・・・
さっきアプレイスが口にしていたリントヴルムのことなのだろうか?
これって、まずはアプレイスに任せる話だよな。
「これまでならば、南の山をドラゴンさまが縄張りにされるというのならば、我らは立ち入らないようにするだけでございましたが、エンジュの森に魔獣が溢れ始めている今、南の山にも入れぬとなれば一族が困窮するは必至。それで、舞い降りられましたドラゴンさまに仲裁をお願いできないかと伺った次第でございます」
「長よ。それはどのような姿をしていたという話だ?」
「はい、蛇のように細長く、しかし決して蛇では無く、その大きさは我らピクシーが数百人も横に並べそうなほど。そして足も翼も無く地を這っていたとのことでございました」
「ふむ...リントヴルムにしては小さいか...子供の可能性もあるが。だがリントヴルムならば子供でも羽がある。本当に羽は無かったのか?」
「遭遇した狩人の話によれば、最初に見たときは上下も前後も分からない、細長く巨大な茶色い筒のようであったと」
「上下はともかく、前後も分からないというのはどういうことだ? 尻尾の見分けが付かなかったと言うことか?」
「左様でございます。どちらが前か後ろか分からないまま、とりあえずドラゴンさまにお声がけしようと近寄ったら、突然前の端が花が開くように大きく開いて、無数の牙が生えた口で襲いかかられたと。咄嗟になんとか避けることは出来ましたが、お言葉を交わすことは適わず、そのまま逃げ帰ってきたのでございます」
「花が開くように口が開いた? それはリントヴルムでは無かろう。むしろリントヴルムなら顔そのものはドラゴンに似ているし翼もある。何より、頭と尻尾の見分けが付かないなどと言うことは有り得ん」
「では、あれはドラゴンさまでは無いと?」
「恐らくな」
「左様でございますか...あれがドラゴンさまで無いのならば、お口添え頂くというのも無理な話でございますなあ...」
ラポトス氏が落胆して肩を落とす。
最初にアプレイスから『長居は出来ない』と言われたキャランさんも似たような感じだった。
やっぱり、どんな種族でも『長』って言うのは大変だな。
「姿形はともかくとして、そもそもリントヴルムは火山や岩山を好む連中だ。ここのように草木に満ちあふれた場所に住処を構えると言うこと自体が不自然だと思えるがな」
「ははぁっ!」
ピクシー的には、今のアプレイスの言葉で僅かな希望が断たれた、と言うところか・・・可哀想ではあるけどドラゴン関係じゃ無いんだったら、アプレイスの領分じゃ無いしなあ。
仕方ないか・・・
・・・あれ? いや違うだろ。
ドラゴンじゃ無くて魔獣か魔物だったら、それこそ破邪の領分じゃないか!
「えっと、ラポトスさん? その茶色い筒みたいな奴って言うのは、別の生き物に喩えると何に近いですか?」
「別の生き物でございますか? いえ、それほどに大きい生き物はドラゴンさま以外に覚えが無く...」
「あーいやいや、大きさは忘れて下さい。単純に姿形として似てるものがあるかどうかってだけです」
「それは...実際に遭遇した狩人が言った言葉はございますが、ドラゴンさまを表す言葉としてあまりにも不適当なので...」
「いいから教えて下さい」
「しかし...なんとも不躾な表現でございまして...」
そう言ってラポトス氏がチラリとアプレイスを見る。
さっきから散々アプレイスが脅かしてるからね。
この上、不興を買ってブレスでも吐かれたら目も当てられないって心情だろうか?
「構わぬ」
「ではその...狩人が言うには、まるで巨大なミミズのようだったと」
最初に茶色い筒って聞いたときに頭を過ってたんだけど、やっぱり想像通りの言葉が出てきた。
となると・・・
でもこれも、『まさか!』って話なんだけどなあ・・・
「アプレイス、確証は無いけど俺もそいつはドラゴンとは無関係だと思う。たぶん、そいつは『ウォーム』だ」
「いやライノ、人族が言う『ウォーム』の意味はデカい蛇だろう? つまりリントヴルムの事じゃないのか?」
「アプレイスの言ってるリントヴルムは人族が『地竜』って呼んでる奴だよ。昔は『ウォーム』って呼んだのかもな? だけどいま人族に『ウォーム』って呼ばれてる奴はドラゴンや蛇のように鱗のある生き物じゃ無い。大きさはともかく種類としては虫の類いだ。つまりは超巨大ミミズだな!」
「うわ、まじかよ?」
「マジだ」
「げぇーって感じだぞ」
超巨大ミミズと聞けばドラゴンでさえ厭がるか・・・無理もないよな、『怖がる』ではなくて『厭がる』だし。