リンスワルド領の印象
活気に溢れてて、美味しいものが沢山あって、人々が親切で・・・
そして、なぜか魔力の奔流が乱れてて、やたらと魔獣が多い。
そのチグハグな印象が生み出す違和感が、どうしても拭えない。
飯は美味くて物価は安くてエールは三種類もあって、日々の旅暮らしにはなんの不満も無いんだけどな!
「しっかし、ミルシュラント公国全体がどうなのかはわからないけど、パルミュナと歩き始めてから美味しいものに出会う機会がダダ上がりだな」
「これぞ大精霊のちからー!」
「嘘つけ。この地域が発展してるおかげだろうが」
「バレたー」
「子供か!」
「でもラスティユの村はビックリだったねー」
「あれは別格としてもさ、最初に泊まったワンラの村長さんの家でも山里としちゃあ破格に良い食事を出してもらえたし、街道沿いで泊まった宿や農家でも、ごく普通の食事だったけど、ちゃんと美味しかったよな?」
「そうだねー。なんていうか、この辺りの人は割と暮らしにゆとりがあるんだなーって感じ?」
「そうなんだよなあ。ルーオンさんの家に泊めてもらった時に色々聞いた話でも、ここの領主のリンスワルド伯爵っていうのが先祖代々の辣腕らしいからな」
「大金を投じて架けた橋をタダで通らせるとか凄いよねー」
「その橋の話とか、ここの四辻の市の話とか聞くとさ、やっぱり土地の賑わいって、領主の経営手腕次第なんだろうなって思えるよ」
「んー、地の利をうまく使う的な?」
「それそれ。そりゃあ土地の産物が経済に一番影響あるだろうけどな、その土地の特徴をどう活かしてお金に変えるか、領民の暮らしに役立てるかって、やっぱりアイデア次第だろ?」
二杯目のエールがやってくると、パルミュナはすぐに手を伸ばして、味比べだ。
「これは、フツーだけど濃いエールって感じー? 変わった味はしないけど、その味がすごく濃いの」
「へー。それはそれで面白いな」
「これも美味しーよー。まるで、ラスティユの村で飲んだエールを煮詰めてるみたーい」
「おう、ちょっと一口くれ」
「どうぞーっ」
パルミュナからジョッキを受け取って飲んでみる。
確かに味が濃い。
煮詰めてるみたいっていうパルミュナの表現もあながちハズレちゃいないな。
もちろん、料理じゃあるまいしエールを煮詰めるわけないから、これはまた、何かそういう特別な作り方があるんだろう。
俺は給仕の娘さんに、エールの味付けのことを聞いてみた。
「この苦いのって何が入ってるの? 普通のエールよりも苦いけど美味しいし、焦げてるような苦さじゃないし、それにこっちの燻製風味とはまた違うよね?」
「そのエールの苦味は普通のグルートじゃなくて、ホップっていう名のハーブで味付けしたものですね。アルファニアとか東の方では昔から飲まれてたらしいですけど、こっちでも増えてきたそうです」
「へえ、ハーブの苦味なんだ」
「体にもいいらしいですよ? あと、燻製風味?ってお客さんが言ってる方は、エールにする前の大麦をきつく焙煎してるんだそうです」
「そうなのか...色々あって面白いねえ」
「三つ目に注文されたのは、なんだかコクを出すために涼しい季節にしか作れない方法を使ってるらしくて、この店で出すのは、そろそろ終わりですね。次は秋が深まった頃になると思います」
「いやあ、どれも美味しくて、腸詰と塩野菜にも本当にばっちり合うし、大満足だよ。ありがとう」
「喜んでもらえてよかったです!」
ラキエルから『エールの飲み比べ』って言われたときは、『どの店のエールが一番うまいか?』を比べてみるんだろうってイメージだったのに、エール自体の味わいがまるで違うものを一気に三種類も試せたとは予想外の収穫だった。
ただこれ・・・
もしも、この先、他の街でどれも飲めなかったら寂しいな・・・
このエールが恋しくてフォーフェンにくる用事を探しちゃいそうだ。
パルミュナは、給仕の娘さんが去ると話を戻した。
「そうねー、黙っててもお金になるものが産出される土地なら領主も気楽だけど、それが取れなくなると急に傾いたりとかあるもんねー。前に話した昔の王宮の面白事件でも、発端は金鉱が掘れなくなったことだったりとかだったしねー!」
パルミュナよ、人族の昔話とはいえ、隣国までを揺るがして最終的に国が三つに分裂した大事件を『面白事件』と片づけるのはどうかと思うぞ?
「南からずっと街道を歩いてきて、公国に入る時の関所も、ほとんどチェックらしいチェックもなくて拍子抜けって感じだったんだけど、ここの賑わいを見てると、それが正解なのかなって気にもなるよ」
「それは、旅のしやすさが大切ってことー?」
「ある意味じゃな。例えば、川や街道のあちこちで細かく入領税やら入市税やらナントカ税って言って税金取っててな、それで商人たちも出来るだけ狭い範囲で商売を済まそうとしてる国とかも見てきたから、特にそう思うかな?」
「それはさー、人が動かなかったらお金も動かないよねー。人が動けない国はお金も動けないってことだねー」
「もちろん、個人としては、お金なんてできるだけ自分の手元に溜め込みたくなるもんだけどな...俺だってお金は貯めたいし」
「うん、それは当然だよー」
「でもやっぱり、お金って動かないとダメなんだよ。っていうか、そもそも人同士の間で、価値のあるものを動かそうって作り出したのがお金って存在だと思うんだよな。溜め込むだけで外に出さないなら、わざわざ金や銀を溶かして貨幣の形にする必要もないだろって」
「なるほどねー。今度ドラゴンに会ったら、その話をしてあげるといいと思うよー。財宝を溜め込むばかりじゃダメだよ? って」
「するか! その場で消し炭にされるわ! っていうかドラゴンが金貨を持って買い物に来たら市場の人が困るわ!」
とか馬鹿なことを言っていると、二人分のおすすめ定食もやってきた。
俺の方は川魚・・・これは鱒だな。
もちろんエドヴァルでも鱒はポピュラーな魚の一種ではあるけれど、割と山間の方に行かないと店先に出てこない。
エドヴァルの平野部では採り尽くされているのか、それとも元々の住んでいる数が少ないのか知らないが、庶民の食卓に並ぶのは鱒よりも、鯉とかパーチ、ウグイなんかの方が多いはずだ。
あとそれなりに食べられてるのは鰻やパイクか。
皿の上には良い感じに焼き目のついた大きなマスがどんと鎮座している。
腹の部分は裂いてから焼いてあるようだが、そこから滲み出た汁と皿の上の溶かしバターが混ざり合って、いかにも美味そうだ。
そして、鰭が真っ白になるほどの塩を塗してある。
これは焼いてから塩を振ったんじゃなくて、生の状態で塩をたっぷり塗した上で焼いたんだな。
さすが塩の産地だ。
背の部分にナイフを入れると、焼けた皮の弾力を押し切った後に、スッと身に刃先が入り、白くて柔らかそうな身が姿を見せた。
同時に湯気と芳しい匂いがフワッと立ち上ってくる。
急いで一欠片の白身を取り、皿の上に溢れ出ている溶かしバターに絡めて口に運ぶ。
これは・・・
美味いなあ・・・
俺が自分で獲った魚を木の枝に刺して、焚き火で炙り焼いただけの代物とは大違いだ。
いや、野営の最中はそれでも大ご馳走なんだから比べるものじゃないとはわかっているけどさ。
二口目は腹の部分の皮を開いてみる。
と、内臓があったはずの場所には、刻んだ野菜のようなものが詰められていた。バターと混じり合ってるソースの出どころはこれか。
細かく刻んで何かでトロミがつけてある野菜を、ほぐした鱒の身と一緒に口に運ぶと、また違う味わいが舌の上に広がった。
うーん絶品。
もちろん言うまでもなくエールに合う。
ラスティユの村でご馳走になった料理とはまた違う方向の、色々な味を重ねた手の込んだ料理ならではの、複雑な美味しさだ。
きっと、この味に辿り着くまでに色々と工夫や試行錯誤があったんだろうなって思わせる。
俺もせっかく素晴らしい銅鍋セットを手に入れたんだから、これからは塩を振って茹でると焼くだけじゃなくて、少しは精進しないといかんな・・・
パルミュナの方には羊肉の煮込みだ。
そっちもうまそうだな。
たっぷりスープの入った大きめの深皿に、ゴロッと大きく切られた羊肉の塊が乗っていて、周りには一緒に煮込まれたらしいカブやパースニップが彩りを添えている。
パルミュナがスプーンを羊肉の端っこに当てると、繊維に沿って肉のかけらがホロリと崩れた。
もう見ているだけで涎が出そう。
肉のかけらとスープを一緒にスプーンで掬い取って口に運んだパルミュナは、しばらくモニョモニョと咀嚼してからゴクんと飲み込み、特大の笑顔を綻ばせた。
「おいしー!!!」
「おおぅ。見ているだけでも美味しそうだと思ったよ」
「ねぇねぇ、ライノも食べてみて!」
「おっ、じゃあ一口いただくか。パルミュナもこの魚を食べてみなよ、これも美味いぜ?」
「ありがとー」
お互いに皿を相手の方に押しやって交換する。
羊肉を一口分崩して、スープの中に沈んでいる刻み野菜と一緒に掬い上げて口に含む。
途端に、凝縮された肉と野菜の旨味が、しっかりした塩味と一緒に口の中に広がった。
すごい。
これはスープだけ何杯でもおかわりできそう。
羊肉の味がしっかりと溶け込んでいるのに、スープにたっぷり刻み込んであるセルリーのおかげか、肉自体の臭みは全く感じない。
「この魚も美味しいよー。焼き魚をこの刻み野菜と一緒にって、初めて食べた気がするー」
「だよなあ。きっとすごい工夫してあると思うよ」
「だねー。よく思いつくよね、こんな料理方法」
「この煮込みも物凄い美味しい。なんか、明日の晩飯もここで良いよねって気分になってきた」
「さんせー。エールもどれも美味しいし、この土地って言うことなしだよねー」
そうなんだけどさ・・・
「しかしなあ...色々と考えれば考えるほど、あの山道で出会ったことって、ますますこの土地に似つかわしくないんだよなー」
「んー?」