パルミュナはパルレア
「それで、本当に『パルレア』って呼ぶのがいいのか? いくらクレアと一緒になったと言ってもパルミュナはパルミュナだろ? クレアを気遣ってくれてるんなら...」
「そーじゃなくって、アタシがパルミュナでもクレアでもあるってだけー。別に融合したとか溶け合ったとかじゃなくって、今のアタシにとって区別がないってだけなのよねー」
「その違いがさっぱり分からん!」
「ヤニス兄さまは細かいことを気にしなくて良いのです。今日から私たちはパルレア、それだけの事ですから」
「うーん、パルミュナとクレアを区別しない方がいいって事か?」
「そんな感じー」
「分かった。とにかくお前がそう言うんなら、俺もパルレアって呼ぶよ」
「うん!」
「まあ何より、ピクシーの身体になったって言う意外性が大きいから、呼び名を変えてもあんまり違和感ないしなあ...」
コリガン族はまあ納得できるというか、肉体的に大きく成長しないエルフ族の一種だと見做せば、それほど不思議な存在でもない。
エルフ族自体、元々が若作りというか見た目に加齢が出てきにくい種族で、中には姫様のように極端な人もいるからな。
魔法が得意なのも美男美女揃いなのも、コリガン族がエルフ族の系統だって言うことを如実に示しているし、エルフの子供の身体として考えればごく普通のサイズってことになる。
だけど、今目の前にいるパルレアの姿は、マジで俺の手の上にだって立てる程度の大きさだ・・・とても人間族やエルフ族と同じ『猿の魔獣』から枝分かれしてこうなるとは思えないんだけど?
「アプレイスはピクシーのことを知ってたんだな」
「まあな。ピクシーはコリガンとは違う意味で森の住民だ」
「へー」
「不思議か?」
「いやホラ、前にアプレイスも考え事をしたいときに人間の姿を取るって言ってたけど、いくら姿が人族でも、その大きさで色々と大丈夫なのかなって...」
「失礼なことを言うな! この無礼者が!」
急に知らない声が頭のすぐ近くで聞こえてきた声と同時に、後頭部を棒で軽く叩かれたような衝撃。
「えっ?」
慌てて振り向くけど俺の背後には誰もいない。
いや待て待て、そもそもアプレイスの結界の中には、招かれていないモノは入れないはずじゃあないのか?
それにコリガン達も戻って来た様子はないぞ・・・
「大きさでヒトの力を図るなど愚の骨頂! ドラゴンさま達に較べれば貴様とて矮小な存在に過ぎまいに!」
今度は空中で野太い男性の声がする。
声のする辺り・・・と言っても空中だけど、そこに目を凝らすと漸く小さなヒトっぽい姿が消えてきた。
「あっ!」
「ほう、見えるか? ならば隠すまい」
その声と同時に、空中に声の主で有る小さな男性の姿が浮かび上がった。
背丈は今のパルレアと同じくらい。
つまり手に上に立てるサイズ。
転移門から実体化してくるときみたいな感じだけど、これは恐らく『見た目だけ』の出現だ。
単純に・・・と言っていいことではないけど、他者の目からは姿を見えなく出来るんだろう。
さっきの後頭部の衝撃は、この男から叩かれたか蹴られたか?
「我が名はラポトス。エンジュの森に住むピクシーの長である!」
「俺はライノ・クライスだ。こっちは妹のシンシア」
「ふん、貴様らのことなどどうでも良い。我らはここに舞い降りたドラゴンさまを見て集まり、大精霊さまの気配に驚いておるだけだ」
敵対的とは言わないけど、あんまり友好的な態度じゃないなあ・・・
まあ、いいけど。
ラポトスと名乗った小さな男は、背中に蜻蛉のように透明な羽根を生やして空中に浮いていた。
周囲を見渡すと、ラポトスが姿を現したのに合わせて、アプレイスの周りを数十人のピクシー族らしき男女が囲んでいた。
そして全員浮いている。
羽が生えてはいるけど全く羽ばたいてはいないから、ドラゴンやグリフォンなんかと同じく魔法の浮力で浮いているのだと分かる。
ラポトスはギロリと俺を睨めつけると身体を回してパルレアの方を向き、輿の上に降りたって跪いた。
「大精霊さま。我らと同じ御姿で現れて頂けるとは、この上ない栄誉にございます。差し支えなければ、このラポトスに大精霊さまの御名を教えて頂けませんでしょうか?」
すっごい態度の違い。
まあ、普通に考えれば俺とシンシアはフツーの人族で、パルレアは正真正銘の大精霊だ。
屋敷でアスワンに初めて会った時の姫様達の態度を思い出せば、これが当たり前なんだろう。
「アタシの名前はパルレア!」
「パルレアさまにございますか。承知致しました」
「アタシはライノの妹でシンシアの姉なのー」
「は?」
ラポトスが『何を言われてるのか分からない』という顔をする。
そこにアプレイスが助け船を出した。
「エンジュのピクシーの長ラポトスよ。パルレア殿は真にそこにいるライノ・クライスの妹君だぞ? そしてライノとシンシアはただの人族ではなく、大精霊の力を承けた勇者だ」
「なっ、なんと! それは誠にござりますか?」
「ほう疑問形か...つまり、ピクシーはドラゴンが嘘を言うかもしれないと考えているわけか?」
「い、いえ、滅相もございません!」
「そうか? お前たちの他種族嫌いは知っているが、見かけで人を判断しているのはお前の方ではないのか?」
「言葉のアヤでございます。ではドラゴンさま、ここに精霊の気配がしているのは、ただ大精霊様がお側にいらっしゃるからという事ではなく、この二人から発していると?」
「先ほど我はそう言ったぞ?」
「はっ!」
なぜか、このラポトスというピクシーの男性にとって、アプレイスの厳しい反応は予想外だったようだ。
かなり動転しているな・・・
「そもそも、お前が我の結界の中に入ってこれたのは、お主らがコリガン族の友人であると我が考えたからだ。よもや、自分の透過の術を過信してはおるまいな?」
「いえ...」
アプレイスの態度も、コリガン達に対するものとは全然違うよね。
助け船って言うよりも、むしろ辛辣なツッコミだったし・・・
「ならば、とっとと村に戻って話を伝えるが良い。我らと大精霊はピクシー族に会いにここを訪れたわけではない。今日はコリガンの里に滞在するゆえ、話したいことがあるなら来るが良かろう」
「は...では、失礼致します」
登場したときの傲慢っぽい姿勢は何処へやら・・・
いきなり挙動不審な状態に陥ったラポトスはパルレアに一礼すると、俯き顔で俺たちの側を離れると森の方へ向かう。
周囲にいた他のピクシー達もラポトスの後を追ってすぐに去って行った。
なんと言うか・・・
俺たちのピクシー族との出会いは、嵐のような一瞬の出来事だった・・・
++++++++++
「アプレイスがちょっと辛辣だったのに驚いたよ。普通ならああ言う連中には優しく接しそうなのに」
「か弱そうな種族って感じか?」
「まあな。きっとそうじゃないんだろうけど、人間基準で見るとそう見えるのも仕方ないかなって」
「アイツらは純粋な魔法勝負なら相当なモノだぞ? 身体が小さな分だけ魔力の凝縮度合いが高いと言うことかもしれんが、並のエルフでは敵うモノも少ないと思うね」
「そりゃ凄いな」
それで結構な自信を見せてたというか、俺に対しても横柄な態度だったのかな?
とにかくピクシー族が去るとアプレイスの口調も普段通りに戻った。
「ドラゴンはピクシーを攻撃しないけど、ことさらに守ってやってる訳でもないんだ。ただ、ほとんどの場合にコリガン族とピクシー族は森で共生関係にある」
「共生?」
「ああ。コリガンは俊敏で優れた狩人だ。大抵は魔獣すら獲物にする。ピクシーは魔法...とくに幻惑系の魔法は大得意だけど、物理的な攻撃力が高いわけでもない。だから人族相手なら『相手を惑わす』ことで勝てるんだけど、魔獣相手ではそうも行かないからな」
「おお、それでコリガンはピクシーを魔獣から守って、ピクシーはコリガンを他の人族から守る、とか?」
それなら共生と呼べるだろうと思ったが、アプレイスは少し首を振った。
「いや正確に言うと、コリガンは森そのものを守ってて、ピクシーはエルフや人間みたいな外敵から森を守ってる...だな。だからお互いに森を守るって点では目的と言うか利害が一致してるけど、コリガンとピクシーに直接の交流はほとんど無いんだ」
「へえー」
「ただし尊重し合ってるし相手の邪魔もしない」
「外敵から森を守るって、具体的にはピクシーは何をやってるんだ?」
「ピクシーは森に入ってきた他の人族を惑わせて追い出したりすることで自分たちの森を原初の姿のままで守ってるんだよ。コリガンは危険な魔獣を間引いたり森の植物を世話したりして豊かな森を守ってる。お互いに相手に頼る部分はある。だけど、種族間で協力し合ってなにかをするとか、そういう関係でもない」
「なるほどねえ」
「まあ、ピクシー族の方が全般的に人嫌いなんだよ。どこの種族相手でもな。だから他種族には姿を見せない。さっきシンシア殿が幻の種族って言ってたのはそういうことさ」
「ホントに幻か。そりゃあ自分たちの姿を消せるんなら、相手にとってはいないも同然だよな」
「そういうことだ」
「でも、俺とシンシアが最初に来たとき、コリガンは俺たちを大精霊だと間違えてたし、その後にエルフ族って聞いて、ちょっとビビってたよな? あれはどうしてなんだ」
「単純にコリガンはエルフ族が苦手なのさ。まず一見して同族の子供と間違われるだろ? その誤解を解くのも一苦労だし、解いたら解いたで『小さい種族』のように小馬鹿にされることが多いからな」
「あー、そういうもんなのか...それは理不尽だな」
不憫というかなんというか・・・条件反射的にそう言う扱われ方をするとなったら、種族全体としてエルフ族からは距離を置きたいと思うようになって不思議じゃないよな。