パルミュナ復活
覚悟を決め、頑張って魔力を注ぎ込み続けていると『人形』の表面が段々と本物らしくなってきた。
すでに顔というか目鼻立ちの見分けも付くし、小さいながらもパルミュナっぽく見える気がする。
鼻が立ち上がり、口元にぷっくらとした膨らみが隆起する。
頭の横には僅かに先の尖った耳が伸びて、光の糸がいつのまにか銀色の髪に変化していた。
パルミュナだ!
これは間違いようもなくパルミュナだ!
手足があまり明確に分かれていなくて、顔以外の表面もちょっとゴツゴツしている感じに見えていたのは、素手素足ではないというか、服を纏った状態のままの姿が創られていたからだった。
そもそもパルミュナの裸をまじまじと見た記憶はないので、俺の中でのパルミュナのイメージは服を着ている状態にしかなれないもんな・・・
山奥での初めての出会いの時は『大人風』に成長した身体だったし・・・
ただ不思議なことにパルミュナが纏っている服は、転移門の罠に吸い込まれたときの村娘スタイルではなくて、フォーフェンの店で整えたワンピースとボディスの旅装だ。
どうやら俺の中でのパルミュナの見た目は、この姿が一番イメージが強いらしい。
俺自身にとって思い出深いというか、強い思い入れがあるんだろう。
それはともかく・・・
身体のサイズが小さい!
服まで小さく再現されてる。
以前の身長くらいまで大きくなる様子が全然見えない!
ちゃんと、頭の中ではパルミュナの頭身でイメージしているはずなのに・・・
これ、どうすればいいんだ?
俺の魔力が不足しているのか?
もうパルミュナの姿は、顔も形も衣装も、大きさ以外は完全なように見える。
さらに魔力を注げば、この状態でサイズだけ大きくなってくれるんだろうか?
そろそろ俺自身がヤバいって言うのも分かる・・・けど諦めないぞ!
歯を食いしばってパルミュナに精神を集中していると、不意に背中に何か温かいモノが触れた。
さっきまで腰を挟んで目の前にいたはずのシンシアが、いつの間にか俺の背中に回り込んでピタリと身体をくっ付けてきている。
同時に、シンシアからの魔力が身体に流れ込んでくるのを感じる。
暖かさ、ムズムズする感じ、充足感。
「ダメだシンシア! 俺から離れろ!」
「僅かでも足しになれば!」
「止めるんだ。いまの俺の身体にくっ付いてると魔力を根こそぎ抜かれるぞ! すぐ離れろ!」
「構いません!」
背中のシンシアを弾き飛ばしたいが、顕現途中のパルミュナから手を離すわけに行かない今は、僅かも動けない。
「頼むシンシア、離れてくれ!」
「私も御兄様と御姉様の力になりたいんです!」
「もう十分なってくれてるよ! 俺もパルミュナもシンシアの犠牲なんか求めてないんだ!」
パルミュナへ魔力を注ぎ込むことを一時中断してでも、シンシアを俺から引き剥がすべきか?
一旦中断しで、また途中から続きをやることが出来るのか?
もしも最初からもう一度やり直しになるのだったら、すでに今の俺には不可能だ。
本当に死ぬまで魔力を放出しても絶対に足りないと言うことは分かる。
どうする? どうする! どうすればいい!?
「だめよー、シンシアちゃん」
混乱している俺の耳に、とつぜん聞き慣れた声が届いた。
「パルミュナっ!」
「おはよー!」
眼前の台上で、小さな小さなパルミュナが半身を起こしてこちらを見ていた。
優しい笑顔。
小さくてもパルミュナの表情を見間違えるはずはない。
和やかに、微笑んでいる・・・
「あぁパルミュナ! パルミュナ無事かっ?!」
「だいじょーぶよー」
「良かった...で、でも、身体の大きさが...大丈夫なのか? 俺の魔力が不足してたのか?」
「これはねー。ピクシーのサイズだから」
「え? どうすればいいんだ?」
「別にどーも? って言うか、ちゃーんと顕現できたよ。お兄ちゃんありがとう。シンシアちゃんもありがとー!」
「あ、はい。大丈夫なんですね? パルミュナ御姉様」
「うん! もうバッチリよー」
パルミュナの顔を再び見ることが出来て、ただただ、ひたすら嬉しい。
思い切り抱きしめたいけど、小さすぎて壊しそうだ。
怖くて触れられないのがちょっとだけ残念・・・
「そうか、そうなのか? なら良かったけど...身体のサイズが小さいのは問題ないのか?」
「まーぶっちゃけ、お兄ちゃんの魔力を全部吸い取っても元の身体の大きさには出来ないって途中で気が付いたからさー、自分で調整して妖精族の大きさで顕現したのよねー」
「そうか、とにかくパルミュナはパルミュナなんだよな?」
「そーよ!」
「良かったぁ!」
なんとかなった!!!
俺は安堵感で全身から力が抜けそうになり、思わず輿に寄りかかるように膝を落とした。
背中にくっ付いていたシンシアも、そのままの姿勢で一緒にしゃがみ込んでいる。
あの一瞬で相当に魔力が抜け出したようだ。
パルミュナは少し前と姿が違うけど、そんなことは気にならない。
どんな姿形をしていようとパルミュナとして話が出来る相手であれば・・・
そして俺の妹でいてくれるなら・・・
他は全て些細な問題だよ。
「それで、そのパルミュナ...目覚めたばかりのところすまないけどな、あの...クレアは?」
それを聞いてパルミュナがニヤッと笑ったように思えた。
「もっちろん、アタシたちは一緒にいるから大丈夫よー!」
「おお、そうなのか! じゃあクレアの魂も一緒に掬い上げることが出来たんだな?!」
「うん! まー、それもあって身体のサイズを大きくしない方がいいって判断したんだけどねー。アタシがクレアちゃんと一緒に元のサイズの顕現に拘ってたら、お兄ちゃんもシンシアちゃんも危険だったかもしれないからさー」
「そうか...いつもありがとうなパルミュナ」
「お互い様ですよ? ヤニス兄さま!」
「なっ!」
不意にパルミュナが、自分自身ですら思い浮かべていなかったその名前を口にした。
かつてのライムール時代の俺の名前、クレアの兄としての俺の名前。
この時代に、その名前を知っているのはアスワンとクレアだけだろう・・・
「クレア...」
「わたしはクレア、アタシはパルミュナ、アタシ達はひとつ。アスワンから経緯を聞いたよねー?」
「ああ、聞いたよ」
「ならそーゆーこと。勝手なことやってゴメンね、お兄ちゃん」
「パルミュナ...その件で俺は、お前に感謝の気持ちしか抱いてないんだよ?」
「じゃあ良かったー!」
フォーフェンで一緒に買い物した旅装の小さな小さなパルミュナが、台の上に仁王立ちし、両手を腰に当てて胸を張る。
このパルミュナも可愛いなあ!
「パルミュナとしての立ち位置で話をするとさー、最初にクレアと一緒になったときは、アタシがクレアを取り込んだ感じだったのねー」
「うん、アスワンからもそう聞いたな」
「で、今回はちびっ子なアタシとクレアは一緒に顕現したから、以前よりも、もーっと『一つ』の存在なの!」
「おぉ、そうなのか...」
「だからアタシはパルミュナでクレア。そーねー...いわばパルレアとかクレミュナって感じ?」
「は?」
「アタシ達の一体感を名前で表現してみましたー! みたいな?」
「なんだそれ...」
「ところでお兄ちゃん」
「なんだ?」
「アタシ、肌着を着けてないんだけどー?」
「え? いや知るかっ! そんなところまで俺にイメージできる訳ないだろっ!」
「えーっ! だってフォーフェンでこの服と一緒に、絹の肌着も一揃え買ってくれたのにー!」
「えーじゃない、無理!」
「なんかスースーしてるし...」
「やかましいわ。って言うか今喋ってるのは、絶対にクレアじゃ無くてパルミュナだろ?」
「あら、そういう区別って無いのよね?」
「それはクレアの口ぶりだ」
ああ、これくらいのやり取りがちょうどいいよパルミュナ、クレア。
でないと、嬉しくてシンシアとアプレイスの前で号泣してしまいそうだからな。
「どうやら上手く行ったか? 良かったなライノ」
アプレイスが首をこちらに曲げて、輿の上に立つ小さなパルミュナを物珍しそうに見ている。
「ああ。ありがとうアプレイス。紹介するよ、以前とはちょっと姿が違うけど、中身は俺の妹のパルミュナとクレアだ」
「はじめましてー、ライノの妹の『パルレア』です!」
おい、本当に『パルレア』呼びでいいのか?
変わったような、変わらないような・・・・
「俺の名前はアプレイス。見ての通りのドラゴンだ、どうぞよろしく...それにしても大精霊がピクシー族の姿とはな...少々驚いた」
「えへー!」
「って言うかパルミュナ、パルレア? その姿は妖精族って言うかピクシー族の姿を真似て小さくしたのか?」
「真似たって言うか、ピクシーの身体そのものだよー」
俺がパルミュナの返事に戸惑っていると、しゃがみ込んでいたシンシアが突然輿の台上に身を乗り出しで声を上げた。
「御姉様、私もピクシー族の姿をこの目で見るのは初めてです!」
「そーなんだー!」
「俺も話にしか聞いたこと無かったな」
「見えないからねー。と言うか、ピクシー族達が他の人族から見られないようにしてるって言うのが正しーけど」
「では御姉様、いまは幻の種族だと言われているのも、ポルミサリアからいなくなったわけではなくて、ただ隠れているだけなんですね?」
「そーゆーこと。まー、元々の数が少ないから何処にでもいるって訳じゃーないけどねー!」
「そうだったのか...俺はよく知らなくて、てっきり妖精族って言うのは精霊が姿を変えた一種みたいなものかと思ってたよ」
「ぜんっぜん無関係よー。ピクシー族は大精霊みたいに魔力的な存在が人化してるんじゃなくて、元々が人族だもん。身体は極端に小さいけど魔力の強い人族ってだけー」
「そうなのか...その大きさで人族かあ...」
「この場所にはピクシー達の気配がとっても濃く残っててさー、それで咄嗟にピクシーの姿を取ることが出来たのよねー。幸運だったかも?」
「だったら良かったよ...そもそも俺にはピクシー族の知識なんて皆無に等しいからなあ」
どんな種族であろうと俺にとっては、ただただ小さくて可愛いパルミュナとクレアだよ!