表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第五部:魔力井戸と水路
386/934

エンジュの森への帰還


支配の魔法やらなにやらについて話し込んでいる内に、エンジュの森が近づいてきた。


「ところでライノ、降りたらすぐに大精霊の顕現を試すのか?」


「そうだな...時間をおいても仕方が無いというか...特に何かを準備すればいいってモノでも無いからなあ」

「そうですよね。お屋敷に戻る前にここでやってみませんか御兄様?」


「俺は正直、大勢の見てる前で試すのは気恥ずかしいって気持ちもあるよ?」

「今さらです、御兄様」

「まあそうだな。それにパルミュナだけじゃ無くてクレアのこともあるから、何がどうなるかやってみないと分からないし...うん。そうしよう。降りたらすぐにやってみよう!」

「ならライノ。あの岩場でやろう。あそこなら俺がこの姿のままでいられる」

「もちろん構わないけど、どうしてだい?」

「顕現させるためにはライノが自分の中に貯め込んだ魔力を練って、大精霊の『核』って言うか、ライノが『ちびっ子』って呼んでる精霊の原初の姿に注ぎ込むんだよな?」


「そうだ。いまのパルミュナは力も思考も失ってるから、自分自身では人としての姿をイメージ出来ない。それで、俺の思い浮かべた姿を頼りにして身体を構成しながら顕現させるんだ」


「で、その時に一緒に抱え込んでるライノの妹、つまり『人の魂』も大精霊の核と一緒にその肉体に宿らせるわけだよな?」

「理屈ではね。だけど、もう一人の大精霊のアスワンは、元々パルミュナがクレアの魂を取り込んだときの正確な状態が分からないから、どういう流れが最適かはっきり分からないと言っていたよ。そこはとにかく臨機応変に試してみるしか無いと思ってる」


「だったらやはり岩場でやろう。正確に言うと岩場でって言うか、俺の背中の上で、だな」

「は? アプレイスの背中で顕現させるのか?」


「そうだよ。いま俺の背中には輿が乗ってるだろ。輿の蓋は平らだし人が横になれる大きさだ。ま、それはどうでもいいとしても、俺の結界の中には招かれたことが無い物は入れないから、なんであっても外からの影響を受けることは防げる...たぶん勇者の石つぶてとか熱魔法以外は!」


「その話はもういいから!」


「まあ冗談はともかく、いまライノが抱え込んで魔力は相当なもんだろう? それほどの魔力を練るのは初めてだろうし、どういう事が起きるか分からないと思う。とにかく俺の結界の中でやれば外からの影響は弾けるし、内側で起きてることの影響も封じ込められるからな」


「それ、アプレイスにとっては危険な話じゃないのか?」


「大精霊を顕現させるのは、別にシンシア殿が作った攻撃用の魔道具を扱う様な話じゃないだろ? 危険とは思わないぞ」

「そうか...」

「それに、俺には人の『魂』は(さわ)れないけど、少しの間なら結界の中に保つくらいは出来るはずだ。一瞬でも肉体から魂が漂い出てしまったときに、なにも遮るモノがなかったら、すぐに消えてしまうかもしれないぜ?」


「そうか...何が起きるかはっきりしてないんだから、その方が安全だな。色々とすまんアプレイス、ぜひ頼むよ」


「ああ、まかせろ」


++++++++++


毎度ながら着地のショックを全く感じさせないアプレイスの見事な飛翔技術で岩場に降り立つ。

コリガン族の六人には里長への報告と共に、これから三人で強大な魔力を操作するから、この岩場に誰も近づかせない様にさせてくれと言付けた。


「じゃ、さっそく始めるかライノ」

「ええ、やってみましょう御兄様!」


俺よりこの二人の方がよっぽど意思決定が早いというか迷いがないというか。

これ、俺一人だったらまだグズグズ躊躇してる可能性が高いな・・・

我ながら情けない。


「じゃあやるぞ!」

自分に発破を掛ける意味でも力強く掛け声をあげ、革袋の中に手を差し入れた。


パルミュナの部屋では、姫様から強奪したソファの上に可愛いちびっ子が鎮座ましましている。

目を瞑ってそこに手を差しのばし、心の中でパルミュナに声を掛けながらソファの上からちびっ子を掬い上げた。

プルン!と、ちびっ子が震えた感触が手に伝わる。

そのまま持ち上げるとプルンプルンと震えが強くなる。


いまはそれを、俺の手と触れ合ってパルミュナが喜んでくれている事だと信じる。


俺はパルミュナの全てを僅かな疑念もなく信じているし、パルミュナが俺を信じてくれている、という事も信じている。

クレアを助けしようとしてくれたこと、俺と一緒にいようとしてくれたこと。

そして、シンシアを導いてくれたこと。

・・・その全てに心の底から感謝してるし、パルミュナの真意を信じているんだ。


革袋から抜きだした手の上には、ちゃんとパルミュナがいる。

ちびっ子の姿でも手の上からフワリと飛んで行ってしまったりはしない。

俺はちびっ子パルミュナを抱いた手を、そっと輿の蓋の上に乗せた。

目を瞑り、顕現していたパルミュナの姿を思い出す。


街道脇の『箱』から不意に飛び出してきたときの姿。

初めて一緒に野宿をしたときの暖かさ。

ラスティユで村を守る結界を張ってくれたときの勇姿と、そのあと魔力を使い果たして俺に運ばれていたときのぐったりした様子。


フォーフェンでイチゴのジャムを買ったとき。

新しい旅装を整えたとき。

二人一緒に銀の梟亭で舌鼓を打ったこと。

そして、東西大街道で俺の両親について教えてくれたときの暖かい感触。

ガルシリス城での戦い。

岩塩採掘場での一件。

そしてポリノー村での二度目の顕現とグリフォン討伐。


パルミュナは右も左も分からないまま勇者になった俺を茶化しながらも、この世とあの世の狭間(はざま)から救い出してくれたクレアの魂と一緒に、ずっと支えていてくれた。


俺の頭の中でパルミュナのイメージがどんどん膨らむ。

その姿が、表情が、笑顔が、やたら間延びした口調が、ふざけた態度の奥にあるやさしい心遣いが、俺の中でしっかりと(かたち)を持っていく。


「パルミュナ...」


俺の呼び声に応えるかの様に、手の上でプルプルと震え続けていたちびっ子パルミュナが変化し始めた。

元々が見る角度によって色が変わる様な不思議な質感だったけど、いまはそれがシャボン玉の様に目まぐるしく色合いを変えながら虹色に光り出している。


同時に物凄い勢いで俺の身体から魔力が抜け出し始めるのが分かった。

いや抜けるというよりは、体中から魔力が噴出してるとさえ感じるほど。

シンシアの魔力収集装置を持って井戸に浸かっていなかったら・・・

以前の俺のままだったら、これを続けていれば確実に死ぬだろうと、そう覚悟するほどの喪失感。


仮に最後の一滴まで注ぎ尽くしてこの場で命を失うとしても、パルミュナを再生出来るなら本望だ。

途中で止めるつもりはない。

俺は足を踏ん張り、光り始めたちびっ子に魔力を注ぎ続ける。


やがて、輿の上で光の球の様になったちびっ子の形状が変化し始めた。

全体が細長く伸びていき、球ではなく楕円というか、光の(まゆ)の様な形状になっていく。

その繭は徐々にでこぼこした形に変化していき、捉えようによっては横たわっている小さな人の姿のように見えなくもない。


輿の向かい側に立つシンシアも、固唾をのんで見つめているのが分かる。


絹よりも細い無数の光の糸が表面を波打って、徐々に徐々に人族のディティールを再現しているかのようだ。

有るところでは無数の糸が集まって騒めき、別のところでは絡み合うように織り込まれて、光の繭の表面自体が生き物の皮膚であるかのようにも見える。


俺が注ぎ込む魔力に呼応するかのように、人の(かたち)をした繭は少しずつその精細度を上げていく。

頭の部分の窪みと出っ張りが顔らしきものに変わっていき、足下が二つに離れ始めた。

繭の両脇には、伸ばした手のような膨らみ。

首と思わしき部分が細くなり、逆に肩が張り出す。

そう言った『人体っぽい』形状は、俺が再認識することによって更にしっかりとした貌に変容していく。

なんとなく分かってきたけれど、俺から注ぎ込まれる魔力を素材に、そして思い浮かべているパルミュナのイメージを基にして、『ちびっ子自身』が自分の姿を思い出しながら再構築を進めている・・・という事らしい。


ただ、元が俺の両手の上に乗ってしまうほどのちびっ子サイズだから、人の形をとっていても、大きさが人とは比べものにならないくらい小さい。

言ってしまえば『人形』が横たわっているかのようだ。


ここからパルミュナの姿がどう変化するのか、どの時点で顕現したと言えるのか、まるで見当も付かないけど、とにかくありったけの魔力を注ぎ込み続けるしかないだろうな・・・


だけど、いまの俺には覚悟がある。

パルミュナの身体がなんとか構成できるのか、俺が魔力枯渇で倒れるのが先か、二つに一つだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ